北からの難民を考える ヨベルの年連帯
消息誌 2号
Jubilee Coalition for North Korean Defectors
巻頭コラム
ヨンビョン通信1. 北朝鮮脱出者の一般的状況
特別寄稿文 韓米頂上会談以後の朝鮮半島情勢
北朝鮮脱出者インタビュー 
ある元教師の北朝鮮脱出手記(1)
お知らせ/連絡先

巻頭コラム
北朝鮮難民
チョヨンネ
(‘ヨベルの年の連帯’事務局長、
国民日報 論説委員)

昨年6月の南北首脳会談は我々の現代史にあって
大変重要な転換点であった。南北間に50余年の
間横たわっていた分断のよじれの構造が和解と
協力の方向へと旋回する契機となった為である。

以後朝鮮半島には冷戦体制を克服できるという
自信感と感動が溢れ統一に対する期待でいっぱい
になった。特に飢えに打ち勝てず故郷を逃れて中国の
瀋陽・延吉等を流浪していた北朝鮮難民たちにその
感動と期待はなお一層大きいものであっただろう。
しかし彼らの期待とは異なる展開となった。

延吉の現地活動家と連携して北朝鮮脱出者
後援事業を展開してきた‘北からの脱出者を考える
ヨベルの年連帯’(代表 パクソンジャ牧師)側は
その理由を2通りに分析する。まず首脳会談以後
北朝鮮脱出者に対してより強硬になってしまった
北朝鮮の態度である。北朝鮮は脱出者の存在自体が
恥ずべきことであると脱出者の逮捕組織投入を
強化する一方友好国である中国政府と外交的接触を
通し強力な脱出者の検挙支援を要請しているという。
また北朝鮮脱出者に対する一般の人の関心が 首脳会談以後急速に萎んできている点を無視 できないと指摘する。事実首脳会談以前までは 北朝鮮脱出者問題は北朝鮮の食糧難と共に 我々の社会の重要な関心事だった。しかし最近では 宗教界と一部市民団体の支援活動だけがかろうじて 維持されているだけで北朝鮮脱出者に対する一般の 人達の関心は希薄になっている。首脳会談の 溢れんばかりの感動は南北間の全ての問題がいっせいに 解消されるだろうという漠然とした期待を生みこれは 結果的に北朝鮮脱出者問題、対北朝鮮関係等に 関する我々の緻密な対応に混乱を与えてしまったことは 否めないだろう。 それでも北朝鮮脱出者に対する我々の関心が殆ど 無くなってしまったという事ではない。最近‘北朝鮮 難民保護国連請願運動本部’(本部長キムサンチョル弁護士)は、 北朝鮮脱出者を難民として認定しなければならないという 主張を国際世論に訴えるためにすぐる1999年4月に 始まった国民署名運動が先月28日遂に署名者1000万人を 突破したと明らかにした。 最近北朝鮮脱出者が以前よりもっと大きな困難に 身をおくようになったのは我々の関心不足とともに 北朝鮮と中国政府の検挙強化にあるだけでなくより 本質的な問題は北朝鮮脱出者達の不安定な地位である。 現行国連の‘難民地位協定’は難民を‘政治、宗教、 人種的迫害を避けて国籍のある国を脱出した者’と 規定しており、飢えを避けて国境を越えた脱北者は難民と しての保護を受けられないという状況のためである。 1000万人の署名運動の結実を土台として北朝鮮難民に 対する関心がもう一度高まることを期待する。併せて 支援体系の再整備とともに同様国際世論を喚起させ彼等の 地位を保証することが急務である。 (この巻頭コラムは国民日報4月2日紙‘ハンマダン’を そのまま転載したものである。 訳:小川ひとみ)

ヨンビョン通信1.
北朝鮮脱出者の一般的状況

(‘ヨンビョン通信’はヨンビョンから直接送ってきた北朝鮮脱出者に
ついての現状記録で、今後この消息誌に毎回掲載するものである。
保安関係上筆者は勿論正確な地名、人名、日時等を明らかにしない
ことを原則とした。以下の文中[]表示は‘ヨベルの年連帯’が付記した
ものである。編集者注)17歳の脱北少年の手記である。特定地名と
日時は明らかにしないことを原則とした。以下【 】表示は‘ヨベルの
年連帯’が付けたものである。編集者注)

1. 南北首脳会談は非常に大きな喜びであった。特に空腹と 飢えに耐えられず北朝鮮を脱出した人々にその知らせは 死の中に垣間見る希望にも等しいものである。しかし未だ 北朝鮮脱出者は減少せず北朝鮮一般の農民たちは毎日 毎日ひとかたけの食事を切望して現地で飢餓にあえいで いる。昨年夏の異常な長雨と(全ての山の頂まで月光の畑、 星の畑[日中には集団で働かなくてはならないので夜に月と 星の光の下で鋤きおこされる畑という意味]ですき起こされて いるために北朝鮮の山には殆ど木がなくて酷い洪水被害が 起こる)ここ何十年来始めてという冬の寒さで相変わらず 北朝鮮の状況は厳しい。 そのうえ首脳会談以後むしろ北朝鮮では祖国を辱めたと いう理由で北朝鮮脱出者に対する態度がより強硬である。 中国でも北朝鮮の強硬な態度にならい随時北朝鮮脱出者を 検挙するなど摘発を強化している。それでも中国へ北朝鮮 脱出者は逃れるのだ。たとえ一瞬たりとも落ち着いて休める ところがなく不安と恐怖に震えながらもひとかたけの食事だけ でも満足に摂れたらとい期待をもって相変わらず中国領土を 流浪している。 韓国では最近政治的に南北関係がよくなることと錯覚して これ以上北朝鮮脱出者に対する関心と配慮をすれば かえって好転している南北関係を暗転させるのではないかと 案じて配慮しないのかもしれない。同様に今は北朝鮮人民たちの 状況が大変よくなったのではないかという漠然とした期待の ためにこれ以上北朝鮮脱出者に対する関心が必要ないと 考えるのかもしれない。心配だ。 2.北朝鮮脱出者を援助することはまことに困難が多い。 まず彼らに会い援助することそのものが不法で法的な制裁と 監視、いつ誰が告発するかわからないという状況が推測される ためである。それで彼らに必要な物資をあらかじめ決めておいた 場所に持って行き置いておけば彼らは隠れてみていてこっそり 出てきて持っていくという形式をとることが普通である。 それでも到底予測できない緊急事態が頻発するのでその 時々の突発的な事態にあわせて力になる以外に無い。とりあえず 食べ着せ寝る場所を準備しなければならず病気になればどのよう にしてでも治療してやらねばならない。 最近政治的に南北関係がよくなることと錯覚してこれ以上 北朝鮮脱出者に対する関心と配慮をすればかえって好転している 南北関係を暗転させるのではないかと案じて配慮しないの かもしれない。同様に今は北朝鮮人民たちの状況が大変 よくなったことだろうという漠然とした期待のためにこれ以上 北朝鮮脱出者に対する関心が必要ないと考えるのかもしれない。心配だ。 北朝鮮脱出者に家を世話する時も困難なことが多い。とりあえず 最低2〜3ヶ月あるいは6ヶ月、はなはだしい場合は1年間の 家賃を一括して払わなければならない。それも北朝鮮人民で あることを隠さなければならないがいったんその事実が判明してしまったら 通報されることが明らかなためすぐその家を出て逃亡しなければならない。 そうなればその間準備した衣類や食器類までも全て捨てて出て行き 彼らは再び流浪の生活を始めることになる。 北朝鮮脱出者たちに最も難しい問題が睡眠のよく取れる場所である。 普通レンタルビデオショップやゲームセンター、食堂などどこでも 凍死しない所を探して眠るが中国公安[警察]に急襲されれば 皆いっせいに捕まるほか無いのである。だから北朝鮮脱出者は 夜明けまであちこち徘徊するが夜明けになるや暫しの間目を 閉じて都市の建物の狭い隙間で眠るのだ。 また突然の事故あるいは病気に罹った時も問題である。特に 北朝鮮脱出者は中国ではどのような法的保護も受けられないために 互いに喧嘩をおこしたり朝鮮族の青年たちとの間で喧嘩が起これば 一方が死ぬ時まで争うことも珍しくない。(訳 小川ひとみ)北の 人たちは殺しても罪にならないと公然と口にするほどだ。また、 衛生に気を配る状況にないため、彼らはあらゆる病気に対して 無防備であるだけでなく体力がすでに弱まるだけ弱まっており、 たやすく病気にかかる。病気にかかっても、長い間放置されて きたため、一箇所治療すれば他の箇所が病気にかかる。うかつに 手出しができない状況である。彼らに必要な薬は、まず駆虫剤を はじめとして貧血剤、肝炎治療剤、ビタミン剤、消化剤、鎮痛剤、 関節炎薬、神経痛薬、消炎剤、その他各種軟膏、ワセリンなど 数え切れないほどである。 3.勉強しなければならない子供たちの問題も並大抵ではない。 子供たちは‘花ツバメ’と‘放浪者’に分けられる。花ツバメは 両親がなくなったり行方がわからなくなったりして完全に孤児と なってさまよう子供を指す。真っ黒な目だけが輝き、誰かが 食べているのを見ると側に行ってさっと掠め取って食べる子供と いう意味である。放浪者は、両親は故郷の家にいるが、飯のために 何年間も何処へでも食べられるところを探してさすらう子供たちの ことである。思いがけなくお金を手にすると家にいる両親へ薬や 食べ物を持っていき、なくなるとまた家を出て行く子供たちの ことである。 今はたとえ‘花ツバメ’、‘放浪者’であっても、彼らは紛れもなく 統一韓国の未来を背負っていく子供たちである。この子供たちは 学校には行かないで、嘘、盗み、物乞いなどをしながらひたすら 一膳の飯のためにほっついているけれども、彼等をそのままに ほっておくのは、正に、民族の未来を我々自らがほっぽり出すのと 同じである。どうしてでも彼らが勉強できるようにして やらなければならない。せめて、中国公安に捕らえられたときでも 中国語のおかげで出てこられるようにするためには、中国語を 習わせるのは基本であり、その子供の適性に合わせて コンピュ‐ター、音楽、英語など何であれ習う機会を与えて やらなければならない。 これと関連してより本質的なことは、北韓(朝鮮民主主義共和国)の 教育を生きかえらせることである。いろんな方法を通して北韓の 子供たちに個別的に奨学金を与えて学校を助けるのは非常に 重要なことである。政治的支援も重要であるが可能ならば一人の 子供でも直接助けることがより重要である。それは一つの魂を 生かし救うことになる。具体的な一つの魂のために覚えて祈り 助けるとき、私たちは統一韓国のために何をなし何を学ばなければ ならないかをより具体的に知ることができる。 4.私たちには北韓の兄弟たちと同じように中国朝鮮族もまた 愛さなければならない対象である。彼らは本来北韓の人たちに より近い。北韓とは同じ社会主義の体制であり、すでに長い間 深い情で結ばれているからである。しかし最近韓国人が北韓の 人たちを偏愛しているように見えるときがあるが、そのようなとき 朝鮮族の人たちは韓国と北韓の人たちをみな一緒に憎むことがある。 事実、北韓の兄弟たちをたすけるとき一番注意しなければ ならないのは北朝鮮チョギョウ弔橋?【元来北朝鮮国籍を もっているが中国に住みながら既に中国人のようになった北朝鮮同胞】で あり、韓国の北韓偏愛によって心が傷ついた朝鮮族中国同胞の告発である。 勿論、告発を恐れて言うのではないが、間違いなく中国朝鮮族も 私たちの愛を受けるべき確かな資格がある人たちだ。このような意味で 韓国は当然に彼等を配慮し、助けることに率先しなければならない。 考えてみれば、中国同胞は韓国と北韓の間をとりもつミツバチや 蝶のような存在だ。彼らは韓国から自分たちのための蜜を 取りながら韓国の文化や愛を北韓側に伝えてくれ南北間の大きな 差をいつのまにか縮めてくれる美しい蝶のようなものだ。それ故、 韓国は朝鮮族に対する偏狭感を捨てより幅広い愛を持って彼らに 対さなければならず、これは結果的に平和統一の世を早める力に なるであろう。(2001年2月)ヨベルの年   (訳 山田貞夫)

特別寄稿文
韓米頂上会談以後の
朝鮮半島情勢
キムクァンヨン
(‘ヨベルの年連帯’運営委員、ハニャン大研究教授)


去る3月7日ワンシントンで開かれた韓国のキムデジュン大統領と
米国のブッシュ大統領間の頂上会談をめぐって非難がかしましい。
会談結果は勿論今後の北朝鮮米国関係と南北関係に対しての
展望にも楽観と悲観が交錯している。これに加えてNMDをめぐって
混乱した論争まで起き一般人としてはいったい何が正しく何が
間違っているかの評価問題は言うまでもなく、今後韓米関係、
北朝鮮米国関係、そして終局的にこれに影響を受けるほかない
南北韓関係がどのようになるのかを予想することが難しい情勢だ。

キム大統領の訪米結果は大部分の専門家が同意したように
“こぶを置きに行ったがこぶを付けて帰って来る結果”となった。
北朝鮮と米国の接触が全面中止になったことは勿論、予定されて
いた公式的な南北韓会談まで延期ないしは中止になっている
状況だ。つい最近の事例に4月3-5日開かれる予定であった
南北赤十字者会談もついに会談場所の通報が来ないまま
自動的に霧散してしまった。せっかく朝鮮半島に造成された
和解協力の雰囲気に水をさされる状況だ。

何故この様なことがホンの2、3ヶ月の間に起こったのであろうか?
ブッシュが大統領に就任する以前から共和党を代表とする保守派は
対北朝鮮政策について根本的な疑問を提起していた。最近まで
米国はこの包容政策を推進するため莫大な国民の税金を
つぎ込んだがその結果はどうなのか?北朝鮮はなんの変化もなく
韓国の太陽政策もまたその目的と意図に疑問があると
言っているということだ。


先ず韓国との関連に言及すれば核心問題は
@駐韓米軍地位変更問題
A国家ミサイル防護(NMD)体制構築問題
であった。太陽政策の目標の中のひとつは朝鮮半島の緊張緩和と
しての平和体制の制度化である。キム大統領は訪米前キムジョンイルの
答礼訪問が成立した場合平和宣言あるいは平和協定が締結できる
だろうという明るい見通しを明らかにしたことがあった。ところで米国が
見ればその宣言ないし協定の内容が必然的に駐韓米軍の
地位変更ないしは撤収に繋がる可能性が大きかった。すなわち
平和協定さらには宣言は既存の停戦協定を代替するだろうことで
停戦協定に根拠を持つUN司令部の解体と駐韓米軍の機能、
性格の再調整を必然的にしていた。その視点がいつかは判らないが
終局的に駐韓米軍の主力部隊は撤収させいわゆる、
‘多国籍平和維持軍’ないしは‘UN平和維持軍’などに変わるという
状況をもたらすということだ。

米国の立場から見るとき駐韓米軍は南北韓だけの問題ではなく
米国の東北ア戦略、さらには世界戦略を実現する主要な軸である。
けれども予想を超えた南北関係の急進展は米国を疎外したまま
南北韓両者だけの合意で駐韓米軍の未来を決定出来るという
憂慮をはらんでいた。勿論キム大統領は北朝鮮指導部が
統一以後にも駐韓米軍の存在に同意したと伝えたが、米国は
その実現可能性について冷笑的な態度を見せた。


もう一つはNMDと関連して同盟国である韓国が黙視的反対ないしは
曖昧模糊とした態度をとるということが米国には深刻な問題であった。
NMDは外形上は最適な防護システムであるが逆に攻撃時には
即刻相手側を完全に無力化出来るという最高の攻撃システムで
あるという両面を持っている。


従って21世紀にも米国の覇権が軍事的な後ろ盾となるためには
NMDの構築は譲歩の余地が無い戦略的選択であった。
弾道ミサイル防御体制(ABM)制限条約を破棄してでもNMDを
構築したいとの発言はこのような米国の立場をはっきり示している。
この他にもNMDは潜在的競争者である中国の未来成長力を
消耗させるという期待効果をもっていた。もう一つは共和党=ブッシュ政権の
最大支持者であった軍事産業部門の要求を無視できなかったと
いう点も指摘されなければならない。


もう一度話を前にもどして北朝鮮との問題について分析してみよう。
ブッシュは合同記者会見でキム大統領を前にしてソウル答礼訪問時
キム大統領と頂上会談を行うキムジョンイルに対し疑念(Sceptism)を
持つという話を二度も繰り返した。これはブッシュ政府の対北鮮観を
あますことなく表す事例だ。北朝鮮の首長であるキムジョンイルも
信じられず、北朝鮮の変化は立証されていないというのが要点だ。
すなわち米国は今までの対北朝鮮政策が北朝鮮にのみ有利な一方的な
支援策に過ぎないと判断しているということだ。したがって米国の
今後の対北朝鮮政策が強硬路線に立脚したものになるだろうという
予測を可能にする兆しを少しづつ窺わせている。現在の北朝鮮−米国関係の
土台であるジュネーブ協定を改定する必要があるという主張が
米国内から絶えず提起されている点、点検(Monitoring)と検証(Verification)を
今後の北朝鮮米国関係進展に全体条件として提示しているという点、
核ミサイルの他に新しく旧式兵器縮小問題を加えている点などが
それである。 勿論北朝鮮はこの様な米国の問題提起について強力に
反発している。この様な中からも“我々が望むことは米国との
関係改善で敵対ではない”という風に接触を再会したいという
信号を送っている。


今や韓国は米国と北朝鮮から同時に強力な要求を受け進退が
困難な状態に至った。“韓国は何をすることが出来るのか?”と
いうことだ。北朝鮮が要求していることは持続的経済協力だ。
従って万一ソウルからの支援を充分に受けることができなければ
北朝鮮のソウル答礼訪問は特に魅力がないということだ。一方
米国が要請していることは駐留米軍の地位不変更とNMDへの
参画である。これを保障しようとキム大統領は米国に“南北関係進展の
各段階毎に米国と緊密に協議する”と明言した。これが我々に
意味することや今後の南北関係に及ぼす影響はどのようなもの
になるのか・・・ヨベルの年

         (訳 一方井卓哉)

北朝鮮脱出者インタビュー
ある元教師の北朝鮮脱出手記(1)

(このインタビューは2000年11月、中国エンチ(延邊)で活動している 韓国宣教師と元教師の北朝鮮脱出女性(45歳)の間で行われたもので ある。安全のため名前は明らかに出来ない。便宜上質疑の形で記録、 整理した。言葉遣いは理解しやすくするため若干修正したが用語表現は 可能な限りそのまま活かした。(編集者注、以下[ ]表示は編集者)

問:どこから来られましたか? 答:オンソンから来ました。 問:何をされていましたか? 答:チョンジンで師範学校を卒業し教員生活をしてきました。 北朝鮮の学校生活 問:そこでの子供達の学校生活はどのようなものですか? 答:私はチョンジン師範大学で数学・物理学部卒業生として、   卒業する時期に多くのことを感じるようになりました。   卒業証を受けて、数学物理学教師として、該当授業より   政治科目時間数が多い中学校の学生達を有用な   人材として育てられるかということを懸念しながら大学の   門を出なければなりませんでした。実際現実につとめて   みると、教員が学生達に見せるものすらなく、絵のような   ものも無いので、言葉で一時間、二時間説明するの   ですから学生達の頭に残ることがありません。この様な   ことを見れば学生達が生きた知識の保有者になる   ことが出来ず、6学年を卒業[私達の高等学校卒業に   該当]したといってもでくの坊になって社会に出ます。   だからこの社会がどうやって発展し、知能が復興する   ことが出来るでしょうか。 教育というものは社会発展の基調と見なすことが   出来ますが、北朝鮮の何処も人民学校、中学校、   大学校の全期間全てこの様な教育をします。また世界との   通信が全く途絶えているため北朝鮮でいわれる   その様なことが神さまの第一の命令のように行われる   ように思います。だから[北朝鮮の教育は]あまりにも   知っている知識が少なく歴史も歪曲するので有用な   人材を養成する事が出来ない役立たずなんですよ。 問:最近は学生達は大勢勉強しにきますか? 答:1990年から食料事情のため、教員、学生皆に   食料を与えずに、出勤して仕事だけしろと言っています。   ただどの様にしたら一日食べて生きるかのみをよく   考えるので、本当に働けません。先生がいくら何を   言ってもお腹がすいた学生達の耳に聞こえることは   ないですよ。学生達がしばしば、“学校に行って何を   するのか、今は飴売りかパン売りでもして金を稼いでこそ   私が生きていくことができる”と言って、段々学校に出て   くる学生数が少なくなりました。教員生活もやはり   同じことです。教員、学生も皆が飢え死にする数が日が   経つにつれ増えました。この世に大学を卒業しても   こんな状況に置かれる国が一体いくつあるでしょうか? 問:子供達が商売をしても学校へは来ますか? 答:段々学校に来る人数が減っています。毎日商売を   する子供達の数が多くなって本当に憂慮しています。   子供達が初歩的なお金の計算も出来ないだけでなく、   手紙ひとつろくに書けません。
食糧事情
問:子供達が生計のために学校ではない違うところに   行くようになっていますか? 答:商売する子供達も居れば、家を出て北朝鮮各地に   行って物乞いする子供達の数も多く、強盗をして山に   隠れ住む子供達も多くなっています。 問:韓国からも多く支援し、他の国々からも多く支援して、   最近は少し食べて行けるのではないかと思いますが、   最近はどんな状況ですか? 答:毎日、陽が昇ると今日は中国からトウモロコシが   入って来る、その次には世界市場で食料を買って   来るので今迄に配れなかった食料を沢山くれると   いったうそをこの10年間、毎年して来ましたが、   実際に人民達に順番がくることは一粒でもないと   言わなければなりません。    その実例をひとつ見れば、祝祭日というものは   北朝鮮で一年に5−6回だけしかないにもかかわらず   この日にはトウモロコシさもなければ脱穀していない   籾そのまま二日ないし三日分をくれるというわけです。   教員達の一人を見てもこんな物を食べて奉仕する   ことが出来、出勤して学生達を教えることが出来ますか?    そして韓国からとかそのように多くの支援をしたと   言いますが、韓国から支援したという話はこの北朝鮮   人民の所に一銭分も聞こえることはありません。底辺で   ある人民達はひとつも知っていません。実際一文も   人民達の順番が来ない有様です。    それで人達は最近この様に言います。朝鮮戦争の   最中に朝鮮人民100万人が死んだが、今この現代は   銃声もないのにこの90年代10年間に200万人が死んだと   いう。ですから今は町の市場で大人子供を問わず死ぬのを   あまりにも多くみます。私は少女時代お年寄りが病で   死ぬことだけみても心臓がとまりそうで千里万里駆け   出して逃げていましたが、今はその様に心臓が弱かった   私もまわりで人が死ぬことをあまりにも沢山見たので犬が   死ぬことよりも恐くなくて、ただ‘あ お前 死ぬね’という   くらいで片方で死んでも片方で食べるという具合です。    最近青年学生達のあいだで“やあ 今日 誰と誰かが   死んだので チクパル[簡易な埋葬を称するさま]”という   話を多く聞きます。私も最初はそれは何かと思いましたが、   昔は赤ちゃんが死ねば全部お棺に入れ父母達が泣きながら   心を込めて埋葬しました。けれど今はあまりにも死ぬことが   多くて政府から青年達に3名程度ずつお金を少し持たせて、   “君たちこれから市内界隈に散らばっている死体を処理   しなさい”と指示して手押し車を一台ずつひかせて、一日だけ   寝て起きたら町の市場周辺に沢山死んでいる子供、大人、   年寄りをかまわずカマスのような麻袋でもないただの薄い   ビニル、ソ連の麻袋でぐるぐる巻き縄を何回か巻いて、   墓地として掘ったところに二名、三名集めて埋めます。この様   なので一口でこれ以上は話すことが出来ません。この様に   畜生よりもひどい生活状態をさまよう北朝鮮の人民達です。   本当にもう涙もかれて出ず、今はどのように話さなければ   ならないか、心臓がどきどきするだけです。
問:食事はどの様に解決しますか? 答:私の様な者も働き盛りの者と見る事が出来ますが、   朝から晩遅くまで飛び回って一日三食食べるのが難しく、   やっと二食か一食です。ある日はどうしても商いが出来ず   お腹がへったので町の市場に行ってプルチェ[粥]の   一番安いのを一鉢買って食べ先ずお腹を満たして、   それからトウモロコシを芯まで食べました。それもひとつ   5ウォンします。それをひとつも食べられず素粥たべる   だけだと本当に立ち上がることが出来ませんよ。時には   キムチだけ食べてお腹を満たし続けますがそれ以上   我慢できない時、お金をやっと作ってトウモロコシを   一回の食事に一本ずつ食べて、やっと命をつなぎました。   ある家では、糠にトウモロコシ粉を沢山混ぜて食べて   います。豚も嫌がって食べない糠さえも不足して食べる   事ができない有様なので飢え死にする数は推し   量ることが出来ない状況です。 問:召し上がる時は一人で召し上がれますか? 答:町の市場で主に食事します。トウモロコシ麺一鉢が   朝鮮のお金で10ウォンですが一杯買って食べて   しまうと、‘私 今一食たべたのかな’という程度です。   この様に食べないと死んでしまうのでようやく買って   食べますが、沢山の子供達が側に来て“お母さん達、   お父さん達、ご飯少し下さい、ご飯少し下さい”と   言うので、涙が出てそれ以上は食べることが出来ず   一匙か二匙くらい食べて与えてしまいます(わっと泣き出す)。   ですから子供達が生きることが出来ず死ぬ数が多いです。 (続く)ヨベルの年

お知らせ/連絡先

・イジンスク院長訪韓および今後の事業計画論議
 ヨンビョン大学付設民族文化教育院イジンスク院長が
 2月中旬一時帰国し2月16日、23日と2回にわたって
 ‘ヨベルの年連帯’事務局と今後の協力事業について
 深く掘り下げた論議をしました。

・2001年第1定期運営委員会
 さる3月5日(午後7時〜9時)チャムシル中央教会
 「愛の家」にて運営委員会が開かれ、昨年の事業
 運営報告と会計決算報告を始め2001年度の
 事業計画および予算案等を準備しました。

・ヨンビョンに物資を送ること
 ヨンビョンの朝鮮族のために皆様の協力を求めます。
 本、学用品、衣料等。送ろうという意向のある方は
 事務局まで連絡してください。

・朝鮮族の学校「1+1支援方法」
 ヨンビョンの朝鮮族の小学校と北朝鮮の小学校が
 姉妹関係を結ぶようにして我々の援助物資を受け
 取った朝鮮族の小学校が北朝鮮の小学校へ
 間接的に支援する方案を模索しています。支援物資は
 学用品を始め教育機材等様々です。詳細は
 事務局に連絡してください。

・会員拡大をお願いします
 特に小、中、高校生会員を歓迎します。合わせて
 会員の皆様には会費をお納めくださいますよう
 お願い申し上げます。会費は振込用紙(振込用紙が
 必要な方は事務局まで連絡ください)でまたは
 オンライン送金でも結構です。

・ホームページ(www.jubileekorea.or.kr)を積極的に
 利用してください。ホームページの掲示板を通して
 活発な意見交換が行われることを期待します。


●‘ヨベルの年’とは
 ‘ヨベルの年’は旧約聖書からでてきた言葉です。
 全ての人が抑圧されないで自分の権利を共有することの
 出来る年を‘禧年’(訳者注:‘ヨベルの年’と訳しています)
 呼びます。我々はその全ての人の範囲に北朝鮮難民も
 含まれていると考えました。

後援会費をお納めくださった方−アイウエオ順
 クインスク キムミギョン キムペヨン キムスングク 
キムジョンイル キムフン キムヘギョン 中村雄介 パクソンジャ 
チョンゲィファ バクヨンジュ トンイン教会学生会 アンガンムク 
パクドクス 山田貞夫 ヤンギョンス ヤンスンジョン オミソク 
ユギョンヒ ユウォングン イギョンジャ イホジュン 
チャムシル中央教会  チョンジョンニョル チョングウン 
チョヨンネ チョンミョンジュ チョヒョンヒ 百人町教会 
無名氏1
●連絡先
発行人: パクソンジャ
編集: ヨベルの年連帯事務局
発行所: 北からの難民を考えるヨベルの年連帯
ソウル市ソンパ゚区シンチョン洞17-2 シヨンアパート64-101
代表電話: (02)419-2265(FAX共用)、(02)423-8495
発行日: 2000年12月31日
URL: http://www.jubileekorea.or.kr/


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