2021年9月12日 主日朝礼拝説教「あなたの故郷に帰れ」

https://www.youtube.com/watch?v=OS_65hJHmDg=1s

創世記31:1~21

主はヤコブに言われた。「あなたは、あなたの故郷である先祖の土地に帰りなさい。わたしはあなたと共にいる。」(創世記31:3)

説教者 山本裕司 牧師

 ヤコブの寄留の地パダン・アラム(ハラン)での日々は、強欲な伯父ラバンとの緊張関係が付きまといました。ラバンの二人の娘を妻とした時、持参金を持たないヤコブは労務を強いられました。妻たちは、先ほど朗読した、創世記31:15bで「父(ラバン)はわたしたちを売って、しかもそのお金を使い果たしてしまったのです」と嘆いています。この意味は、ヤコブがこの姉妹を妻とするために、14年間に亘る労働よって生み出した莫大な利益を、みな父は浪費してしまったと、そう父の非人間性を訴えているのです。ヤコブの方は、31:7で言います。お父さんは「わたしをだまして、わたしの報酬を十回も変えた」と。このように搾り取られ続け、彼はどれほど30:25「独り立ち」したいと願ったことでしょうか。しかし彼はこの苦しみを、ベテルの荒れ野の夜、梯子を伝わり降って来て下さった神の約束、28:15b「あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る」、その言葉を思い出して耐え忍びました。その約束を忘れなかったベテルの主は、ヤコブの帰郷のための備えを始めて下さったのです。ヤコブはラバンに求めました。この14年間で妻たちの分の債務は終わったと、今後は毛並みが縞とぶちの家畜だけは私の報酬として下さいと。ぶちと縞の家畜は元々少数であるにもかかわらず、貪欲なラバンはその家畜を遠く引き離してしまいました。一匹もヤコブに与えないためです。しかし神はヤコブに天来の知恵を授ける。木の若枝の縞模様を家畜に見せると、新たに産まれる子どもはみなまだら模様になると。そうやって6年が過ぎた頃、ヤコブは夢の中で御使いから呼ばれたのです。31:12a「目を上げて見なさい。雌山羊の群れとつがっている雄山羊はみな、縞とぶちとまだらのものだけだ。ラバンのあなたに対する仕打ちは、すべてわたしには分かっている。」

 かくして、ヤコブが縞模様の家畜の大繁殖によって莫大な富を得た時、今度はラバンの息子たちから妬まれ憎悪されるようになりました。31:1「ヤコブは我々の父のものを全部奪ってしまった。父のものをごまかして、あの富を築き上げたのだ。」そう言っているのをヤコブは耳にしたのです。トーマス・マンはその作品の中で息子たちにこう語らせています。「あいつは、ここへ宿なしの乞食としてやって来た。おやじがあいつをかわいそうに思って雇ってやったのだ。それがどうだ、今ではあべこべだ。あついはおやじの財産をかすめ、物持ちとなりやがった。これは土地の神々の目からは盗みだ。あいつの神はあいつに魔法を教えたんだ。そのため産まれた家畜はみなあいつのものになってしまう。それならどっちが強いかみせてやろうじゃないか。この土地の神々が強いか、それとも丘の上の石ころでしかないベテル以外には家ひとつないあいつの神が強いかだ。」そう言って、息子たちは、ヤコブを殴り殺し、後はライオンの仕業にしておこう、そう殺意を漲らせる、そうマンは想像の翼を広げて物語りました。

 この大作『ヨセフとその兄弟』は、マンが1926年から16年かけて執筆した四部作です。これを翻訳された小塩節(たかし)先生によると、今私たちが読んでいる創世記の箇所を描いた第一部「ヤコブ物語」を脱稿した当初、マンは第一部の単独出版は考えていなかったと言われます。それなのに、1933年10月に彼はこれを出版しました。その理由は同年1933年1月30日にヒトラーが首相に就任したからです。その直後の2月、彼は妻と共に鞄一つ抱えて国外講演旅行の途につき、ところが思い掛けずそのまま事実上の亡命生活に入ってしまいます。マン家は純ゲルマン人でありプロテスタントでしたが、彼の最愛の妻カチアはユダヤ人でした。このナチ支配下でのドイツではユダヤ人のものと言われた旧約聖書が禁書とされ、教会で旧約を引用しただけで強制収容所に入れられた牧師、神父は無数に上り、五千人が犠牲となりました。その時代、マンはあえて旧約の創世記を舞台とした物語を書くことによって、ヒトラーに対する抵抗の証しとしたのです。マンはラバンの息子たちの殺意を物語りましたが、それを身を以て感じていたと思います。また31:2「ラバンの態度を見ると、確かに以前とは変わっていた。」そうありますが、このボン大学より名誉博士号を贈られ、プロイセン芸術院文学会員に選出された大作家に対する、ドイツの態度は、まさに「確かに以前とは変わっていた」そういう聖書物語を反復するような経験をしていきます。

 しかし60歳を間近にしたマンは決して力強き闘士ではありませんでした。それに対して、長女エーリカはほとんど異常な人物だったと言われます。1933年2月、講演のためスイスに行った父親に、彼女は国際電話をかけました。秘密警察の盗聴を受けていたために「こちらドイツは悪天候」と叫んで、鈍いマンが天気予報ではそんなに悪くないよと答えるの遮って、帰国を思い止まらせます。しかしマンにとって母国ドイツを捨てることは断腸の思いであり、何としても帰ろうとしますが、エーリカより「帰ったら親子の縁を切る」と脅さる。ついに1936年2月、マンは自分の亡命を公に宣言する他なくなりました。そのため『ヨセフとその兄弟』の第三部が外国(ウィーン)で出版された後、1936年12月、彼の著作は全巻禁書となり、全財産は没収、ドイツ国籍もボン大学名誉博士号も剥奪されました。

 そのような過酷な仕打ちの中で、彼は妻と共に欧州各地からアメリカへと点々としながら、このヤコブとその家族の旅の物語を書き続けたのです。彼はこの行き先を知らない自分自身の亡命生活を、ヤコブやヨセフの旅と重ね合わせていたに違いありません。未知の旅に出ることは勇気なしには出来ません。ヤコブもマン同様にパダン・アラムからの「亡命」に逡巡したと思います。聖書でもヤコブはラバンの息子たちの悪意に気付きましたが、直ぐ脱走したわけではありません。先ず注意深く伯父ラバンの態度を観察します。すると31:2、5、ラバンのヤコブに対する態度は益々冷淡となっている。マンによれば、息子たちのヤコブ暗殺計画を伯父は黙認しようとしていると直感する他はないのです。その時ヤコブは、31:4、誰も聞かれないように野原に妻たちを呼び寄せて、こういう状態だから何とか一緒に故郷ベエル・シェバに逃げてくれるかと問います。それは普通、この時代の妻にとって大変困難な要求でした。それと言うのも、彼女たちはヤコブと結婚しても、ラバンの大家族の一員であることには変わりはなかったからです。むしろヤコブの方が婿養子としてこの大家族に入ったのであり、彼も家族も、31:14「父の家」と呼ばれる、ラバンが支配する家父長制の下にいることには変わりはなかったのです。だから妻たちがラバン一族に留まり、よそ者のヤコブを見捨てても何もおかしくなかったのです。ところがそうではなく、二人はこう口を揃えて応えました。31:15~16「わたしたちはもう、父にとって他人と同じではありませんか。…神様が父から取り上げられた財産は、確かに全部わたしたちと子供たちのものです。ですから、どうか今すぐ、神様があなたに告げられたとおりになさってください。」ヤコブはどんなに嬉しかったでしょうか。このヤコブへの妻たちの愛と励ましを、作家は自分自身の妻や長女の姿と重ね合わせながらこう描写したに違いありません。

 「まず第一に、レアとラケルはヤコブを愛していたのだ。ヤコブが到着した日から、彼女たちはヤコブを愛していたのだ。だから二人は競い合うように言った。『わたしはあなたのものです!あなたがここからこっそり出かけると言うのでしたら、私たちをこっそり盗み出してください。アブラハムの信仰した神があなたに与えた財産を残らず携えて。』」そうマンは書きました。それに止まらず、ラケルは夫への愛の故に生命懸けで、思い掛けないことを決行したのです。31:19「そのとき、ラバンは羊の毛を刈りに出かけていたので、ラケルは父の家の守り神の像を盗んだ」そうある通りです。

 ここを解釈する多くの人が取り上げるのが、古代アッシリアの都市ヌジ遺跡で発掘された、ヤコブと同時代、紀元前15世紀頃の「古代文書」のことです。そこから、当時の族長間では「神の像」(原語・テラフィム)の所有者が財産を相続する習慣だったことがわかったそうです。つまりラケルは夫ヤコブを合法的な財産相続者にさせるために、像を盗んだと考えられるとのことです(松本敏之牧師)。ラバンやその息子たちに、31:1「ヤコブは我々の父のものを全部奪ってしまった」と言わせないために、偶像を用いて、ヤコブのした脱走、創世記31:21にはこうありますが、「ヤコブはこうして、すべての財産を持って逃げ出し、川を渡りギレアドの山地へ向かった」、しかしこれは盗みではなく、これは正当なものである、合法である、この物証としようと、ラケルは像を盗んだと解されるのです。ラケルはそこまでするのです。ただ夫への愛の故に、ただ夫を助けたい一心でであります。

 マンはヤコブが老人になった時、この出来事を思い出す情景をおいています。彼は「愛するラケルが、そのとき愛らしい無心さで、しかも抜け目なくやってのけたことを感動をもって回想し、死ぬ日までそのことを口にした」と。ラケルは誰にも言わず、自分ひとりでやってのけた。自分のしたことでヤコブの良心を悩ますまいとして、夫にそのことを打ち明けたのはずっとあとになってからだった。…ラバンが家畜の毛を切り取るために屋敷を留守にしたあいだに、ラケルは一同が眠りこんだのを見計らって、地下室へ下りていき「家の神」テラフィム像を盗み出したのである。…ヤコブがすべてを知ったとき感動させられたのは、ラケルがヤコブのために真夜中、生命懸けの行為をしてくれたことだ。…ラケルはラバンがどれほど、これを大切にしているか知っていた。そうと知りつつも、彼女がヤコブへの愛のゆえにそれを父親の手から盗み取ったのである。…ヤコブはあとになってラケルからその盗みを白状されたとき、ほんのついでのような口調でとがめ、しかし目をうるませ、ラケルに接吻しただけであった。」

 そう描写したトーマス・マンの経験に戻ると、1933年2月、マンの講演旅行からの帰国を「悪天候」と叫んで阻止した長女エーリカは、自分が強制収容所に収監される、その噂が飛び交う3月、既に差し押さえられていたミュンヘンの自宅に生命懸けで忍び込みます。そして書きかけのまま放置されていた『ヨセフとその兄弟』の原稿と諸資料を持ち出すことに成功しました。やがてそれは南フランスに寄留していた父親のもとに届き、マンは執筆を続けることが可能となったのです。彼は今朝私たちが読んだラケルの物語を描き直した時、この長女エーリカのしたことを思い出さなかったと思う方が不自然です。マンはこの数千年前の古代人の旅の物語を書きながら、20世紀の自分たちの運命を重ね合わせて描いていくのです。歴史は繰り返されると。旧約の出来事は新約の主イエスにおいて繰り返される。ナチ政権が新約聖書だけで事足りるとしたのは、聖書への無理解以外の何ものでもありません。旧約の過去は新約の主イエスの出来事に繋がっており、その旧約新約の過去は、それから数千年後の21世紀を生きる私たちの人生の旅においても、何度でも反復されるからです。聖書に書かれてあることが、私たちの人生にこの世に繰り返し起こるのです。ですから「旧新約聖書」の御言葉こそ、詩編詩人が歌ったように、先の見えない人生の旅を進む私たちの「道の光/わたしの歩みを照らす灯」(詩編119:105)となることが出来たのです。ヤコブの旅、その帰郷の勇気を与えたのは、妻たちの愛であったと語りました。しかしそれ以上に決定的な力を与えたものこそ、この「道の光/わたしの歩みを照らす灯」である神の言葉だったのです。

 創世記31:5「最近、気づいたのだが、あなたたちのお父さんは、わたしに対して以前とは態度が変わった。しかし、わたしの父の神は、ずっとわたしと共にいてくださった。」ヤコブはここで「しかし」と言いました。お父さんの態度は変わった。しかしと、ずっとと、ヤコブは続けます。誰が態度を変えようとも、あの私の父イサクの神は20年間、ずっと、一つも態度を変えられずに私と共にいて下さったのだ、そう感謝するのです。

 31:7ラバンは「わたしをだまして、わたしの報酬を十回も変えた。しかし、神はわたしに害を加えることをお許しにならなかった。」ここも「しかし」であります。人は何度でも欺す、しかし、神はその害から守って下さった、その意味は、しかし、神は私を欺さなかったのだ、つまり神は約束を変えることはなかったと彼は言おうとしているのです。

 もう一度言います。20年前、ベテルの荒れ野の夜、梯子を降って来て下さった神はこう約束して下さった。28:15b「あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。」その約束を違えることなき神がこう促されたのです。31:13「わたしはベテルの神である。かつてあなたは、そこに記念碑を立てて油を注ぎ、わたしに誓願を立てたではないか。さあ、今すぐこの土地を出て、あなたの故郷に帰りなさい。」

 このずっと変わらない神の愛、妻たちの愛、それが彼に旅立つ勇気を与えました。私たちもこの数千年前のヤコブ、その変わらない愛の祝福を受けたヤコブ、その同じ経験を反復しながら、この人生の旅を続ける勇気を得ることが出来るのです。何と私たちは幸いなことでしょう。

祈りましょう。 主なる父なる神様、時におぼつかなくなる私たちの足を、その都度照らして下さる、聖書の御言葉を頼りに、旅を続ける私たちとならせて下さい。あなたは私たちの真の故郷へとこうして導いて下さっておられる、その約束を信じて信仰の旅を共に手を携えて進む私たち秋の西片町教会とならせて下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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