2021年4月2日(金)受苦日テネブラエ説教「メビウスの輪」

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そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた。/ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。(マタイ福音書26:74~75)

説教者 山本裕司 牧師

 この受難週金曜の夕べの礼拝のために、二年ぶりにこの礼拝堂に集められた私たちは、その第三の蝋燭を消す時、こう唱えました。「ペトロが…三度も主を否認したことを思いつつ、このろうそくを消します。」そうやって神の光を奪い、この地に闇「テネブラエ」を広げていったのです。ペトロは、決して臆病な男ではありませんでした。一番熱心であった、一番真面目であった。だから一番弟子となった。日和見なエゴイスト、世の中には、そういう人間が余りにも多い、その中でペトロは、「わたしは決してつまずきません」(マタイ26:33)と「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(26:35)そう誓った。そのような人に私たちは深く憧れるのではないでしょうか。そのように生きたい、そのように死にたい、私たちにも、そう思った青春の朝があったかもしれません。しかしその情熱もまた、コヘレトが言うように「空の空」/余りにも儚い。やがて人生の夕べを迎えた頃、現実の厳しさに打ちのめされ、その理想は霧散霧消(むさんむしょう)し、残るのは「自己承認欲求」にまみれた抜け殻、そういう信仰者の一生があるのではないでしょうか。

 過ぎ越しの直後、主イエスと弟子たちが、ゲツセマネで敵に取り囲まれた時、ペトロは大祭司の手下に斬り掛かって耳を切り落としました(マタイ26:51)。彼は逃げなかった、真っ直ぐであった、一人でも義に生きようとした。しかしその人こそ、明るい道を走っていると思っている内に、いつの間にか、裏側の夜の道を一人とぼとぼ歩いている、そういうことがあるのではないでしょうか。

 一昨年2019年8月、作家谷賢一さんの演劇「福島三部作」が上演された時、私は東京芸術劇場に行き、その作品計6時間を観ました。その第一部タイトルは「夜に昇る太陽」です。舞台はこの度の聖火リレー出発地、福島県双葉郡です。時代は1961年、それは福島県への原発誘致活動が強化された年でした。その主人公は農家、穂積家の次男19歳の忠です。ある夜、家に「先生」と呼ばれる東京電力の男と双葉町町長が訪ねて来る。そして忠の祖父に原発誘致のために自宅と裏山の土地売却を求めます。躊躇する祖父に東電の男はいきなり2,150万円でと提示する。それは今の金で3億円の値打ちでした。一家はその大金に圧倒されて逆らうことが出来ません。その中で次男忠だけは東電の先生に言う。「これは本当に、自分たちで決めたと言えるのか。目の前に札束ぶら下げられて、そうとしかならねえように、仕向けられたでねえのか」。先生は答える。「いえ、みなさんは、自由です。」しかし当時、夜のように暗く貧しかった双葉町の農家に、提示された額が3億円、それであなたたちは自由です、さあ選んで下さいと言われた時、本当に選択の自由があるのかと物語は問うのです。その座で、地元民のためにと、立ち退き料をつり上げるようとする町長を、先生はぴしゃりと撥ね付け、別に我々はここでなくてもいい、原発を喉から手が出る程求めている地方はいくらでもあると、そう言われた時、町長は先生に取りすがる他はなかったのです。そのような経緯を経た1961年10月22日、双葉町議会にて、原子力発電所誘致が議決されます。双葉の夜を照らす太陽が今、昇ろうとしていたのです。

 しかし熱血青年忠は、その地上の太陽の恐るべき危険性を仲間たちと学習していきます。やがて青年団から日本社会党に入党し、1971年、福島県議会議員に初当選、双葉地方原発反対同盟のリーダーとなる。原発は安全ではない、これは悪魔のエネルギーだと、事故が起きたら福島県はおしまいだ、それでもいいのかと訴えた。しかしそれを尻目に原発は次々に増設され、それに連れて町は見違えるように豊かになりました。双葉の民意も原発推進一色となり、忠は支持を失った。やがて彼は県議会議員選挙で三期連続落選という惨敗をなめ、失意の内に政界から身を引いたのです。

 次の第二部「メビウスの輪」は、福島第一原発が稼働して15年後、1985年の物語です。長期間町政を担ってきた自民党系町長が汚職によって失脚しました。双葉町では政治不信が沸騰した。そんな夜、四十四歳となった穂積忠の家に自民党議員吉岡が現れ思い掛けないことを言う。「町長選挙に出馬して下さいませんか」と。「あなたは社会党で汚職とは何の接点もない。あなたの真っ直ぐな人柄を疑う町民はいない。今、無所属で立ってくれれば、自民、社会両党が応援に回る、当選は確約します。但し一つだけお願いがあります。原発容認だけは表明して下さい」と。忠が「それは飲めない」と言った時、「いや、これからはあなたのような原発の危険性をよく知っているリーダーが必要なのです」と説得される。「原発抜きで町の経済は一つも回らん。あなたでだってそこは認めるでしょう。また出稼ぎの町に戻っていいのですか。あなたの信念を曲げろとは言わねえ。原発の危険性はこれからも主張して下さい。」忠は首をかしげます。「危険なら、事故が起きる前に止めるべきではねえですか。」その時、老練な吉岡は言うのです。「その事故が起きないようにするのが、これからのあなたの仕事ですよ。危険を訴え続けるのです。高い安全基準を求め改築工事を続けさせる。土建屋は感謝しますよ。政府や東電を突き上げて、補助金を出させるのです。それが一番得意なのがあなたなのだ。」忠は「危険を口実に金をもらいたくはない。」そうやっと答えましたが、何故かこう続けてしまったのです。「今さら脱原発が不可能なら、せめてその危険性を指摘して、安全を求め続けるのが、私のこれからの使命かもしれない」と。「それでいい」と差し出された吉岡の手を思わず握った。そうやって、穂積忠は、青年時代からの夢であった町長の椅子に座ったのです。

 ところが町長になって僅か五ヶ月後、1986年4月26日、チェルノブイリ原発事故が起きました。その破局的被害に忠は慄然とします。そこにあの自民党議員吉岡と穂積の親族でもある東電社員が、何かを察知して町長室をいち早く訪れました。彼らを前に、穂積町長は、今直ぐ、原発全機を運転停止にして緊急点検を行うよう要求するつもりだと言います。それを予想していたかのように東電社員は「日本とソ連とでは、原子炉の形式が異なりますので、必要はありません」と淀みない。忠は青年時代に戻ったように「いや、あの事故の様子では、放射能大量漏出によって夥しい人が死ぬのは確実だ。今こそ立ち止まって考え直すチャンスです」そう主張した時、東電は「日本の原発は安全です、何故かって、日本人が運転しているからです。日本人は真面目で几帳面だからです。」いや日本人だってズボラはいる、と忠が言うと「我が社にはいません」と返され「なしてそう言い切れる」と問うたら、「だってうち東電ですよ、ソ連とは違う」と。忠は叫ぶように反論する。「そんなわけねえ、ソ連は世界初の人工衛星だって打ち上げたではないか。日本以上の科学力を持つ大国が大事故を起こしたのだ、日本だってあり得る。」

 その瞬間、ずっと黙って聞いていた吉岡が口を開いたのです。「分かりました。では町長、止めたとしましょう。どう町民、県民にそれを説明するんですか。」「それは、おめえ…、万に一つ、億に一つも事故のねえように点検するのだと…。」男はさらに問う。「では万に一つ、億に一つ、事故があるかもしれないと、あなたは認めるのですね。なら何故、今まで止めなかったんですか。億に一つ、チェルノブイリのように双葉町が滅びる、その可能性を知りながら、運転を許してきたのは、町長、あなた自身ではないですか。そうであれば、これは町長による未必(みひつ)の故意と報道されますよ。」その言葉は、原発容認を表明して当選した町長の弱点をえぐりました。「それはそうですが、でもこういう事故があったんだから、用心して調べるだけです…。」その時、吉岡議員は蛇のような目で見詰めて言った。「では、明日の記者会見でこう聞かれたらどう答えますか。『町長、日本でも、同じような事故はあり得るでしょうか。』」忠は「分かりませんと…」そう口籠もった瞬間、吉岡は人が変わったように、大声をあげた「馬鹿野郎、分からねえなら辞めろ!」そして急に猫なで声で、「就任したばかりで辞任はしたくないでしょ、ならどう答えるんです」、忠は真っ青な顔で「日本では…日本では…」、いつの間にか寄り添っていた東電社員が耳元で囁く、「日本では、炉の種類が違いますから、同様の事故は起こりません。」忠は機械のようにリピートする「…炉の種類が違いますから、同様の事故は起こりません。」吉岡は畳み掛ける。「では億に一つ、ヒューマンエラーの事故は起こる可能性はありませんか。」忠は「億に一つくらいなら…起こるかも…」、吉岡の形相はまた変わり「馬鹿野郎、ならなして今まで動かした、町長、責任をどう取るんだ、事故があるかもしれないと知っていながら。」忠は弾かれたように「あり得ません」と言う。「よ~し、それなら日本の原発は結局のところ、危険なのか危険でないのか」その時、忠は自分でも信じられない言葉が、自分の開いた口から、放射能のように漏出するのを感じた。「日本の原発は、安全です」と。

 その瞬間、鶏の鳴き声ならぬ、拍手喝采がどこからともなく上がり、舞台は一気にカタルシスの大団円に流れ込んでいきます。そこは記者会見場に反転し、音楽が響き渡るミュージカンルに変貌する。いつの間にか穂積忠町長は、パンクロックのメイクをほどこされ、お立ち台の上でエレキギターをかき鳴らしている。記者はマイクを向ける。「町長、今回の事故について一言お聞かせ下さい。」町長は答える。「日本の原発は安全です!」、記者たちが予想外の言葉に混乱する中、忠は歌い出す「日本の原発は安全です。日本原発は、ソ連とは炉心タイプが違います。日本人は真面目で几帳面、だから日本の原発は安全です!」記者たちは「そう聞いたからには書かなくちゃ」と、町長の周りを走り回って「安全」と書かれた号外を撒き散らす。「日本の原発は安全です」と繰り返し歌う忠の後ろには、後光が射してきて、まるで神様のように東電が自民党議員が記者たちが拝礼する。「ハイ、それでも原発は安全です!」そう絶唱して、舞台は真っ暗になり、第二部は終わりました。観ていた私たち観客は、呆気にとられて物も言えない、そういう状態でした。

 更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、/ 「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。/すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、/ただ主に仕えよ』/と書いてある。」(マタイ福音書4:8~10)

 休憩後、2011年を描いた第三部が始まる。既に穂積忠は六十九歳で、3月11日の大地震後の放射能汚染によって双葉町の自宅から追われています。福島第一原発、四基が次々に爆発していく光景を見て、ショックで倒れ、今、老人病院に屍のように横たわっている。そしてマスコミの取材にも応じず、原発のことは一切語らないまま、死んだ、それが、忠のモデル、実在の双葉町町長・岩本忠夫の一生だったのです。

 ところで、先の第二部のタイトル「メビウスの輪」とは何でしょうか。メビウスの輪とは、長い帯状の紙を180度ひねった状態で結び合わせた図形です。表面を指でなぞっていくと、いつのまにか表から裏へ回ってしまいます。それは穂積忠やペトロの人生行路を思わせるのではないでしょうか。ペトロも真っ直ぐに生きようとした。一番弟子として、そうやって明るく表を走って来たはずなのに、いつの間にか闇の裏側に回って裏切りの言葉「そんな人は知らない」と何度も叫んでいた。それで人生の道は行き止まりとなったのでしょうか。

 このテネブラエの最後の後奏に、夕べの讃美「心をはずませ」(讃美歌21-215)を選びました。それはバッハがあの『マタイ受難曲』において、ペトロの否認の直後にこのコラールを用いたからです。勿論その前に「憐れんでください、神よ」と、泣くように歌うアルトのアリアがあります。しかしこの嘆きの歌が終わった瞬間、地の底から浮かび上がるような明るさを伴って、コラールが登場する。「たとえ、あなたから離れても、きっとまた戻って来ます。…何故ならあなたの恵みと愛は、罪よりもはるかに大きなものだからです。たえずこの身に宿る罪よりも。」涙のアリアの直後「夕べの祈り」のコラールが挿入された理由について、バッハ研究者杉山好(よしむ)先生は、こうコメントします。「罪と背きの人の心の夜、その暗闇のただ中に、既に神の赦しと恵みの曙(あけぼの)の光が射し込んできているのだ…。」
 
 私たちも同じです。青年忠に似て、明るく一筋の道を辿ってきた自分が、今、人生の夕べを迎えて…暗い。半世紀の間に犯した裏切りの罪を思い出さないわけにいかない。理想を失い、主を裏切ること、それと少しも違わない罪を思わず犯した一生であった。しかしその夕べ、私たちがなお絶望しないとしたら、それは「あなたの恵みと愛は、罪よりもはるかに大きなものなのです。たえずこの身に宿る罪よりも」という、事実による。道に迷う私たちを、十字架の主はなお見捨てない、なお導いて下さる。その御手を離さなければ、やがてこの私たちでも、メビウスの輪の表に、光の朝に、もう一度戻って来るであろう。使徒ペトロのように。その導きに感謝の祈りを献げる他はありません。

 主イエス・キリストの父なる御神、光を目指して来たつもりで、いつの間にか陰府の闇に飲まれる私たちを、あなたは見捨てず御手を以て導いて下さる、そうやってなお先に進ませて下さる、そうやってメビウスの輪を辿って、もう一度、御光の降り注ぐ表へと私たちを甦らせて下さる、その御子の十字架と復活の恵みを心から感謝します。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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