2021年2月7日 主日朝礼拝説教「旅人への誘惑」

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創世記12:4~20(旧15頁) ローマの信徒への手紙8:26~27(新285頁)

ファラオはアブラムを呼び寄せて言った。「あなたはわたしに何ということをしたのか。なぜ、あの婦人は自分の妻だと、言わなかったのか。」(創世記12:8)

説教者 山本裕司 牧師

 今朝、朗読しました創世記12:5以下には、メソポタミアから旅立ったアブラムたちが、カナン地方、その中心シケムに入ったと書かれてありました。主は12:7で、アブラムに「あなたの子孫にこの土地(カナン)を与える」と決定的な約束を与えて下さったのです。そうであれば、この一家は旅の目的を遂げ、ここに定住したかというとそうではありません。12:6bには既に「その地方にはカナン人が住んでいた」と先住民の存在が記されているのです。無人の土地ではなかったのです。アブラムの子孫、神の民イスラエルが約束の通り、カナンに定住するまでには、恐るべき歴史の紆余曲折を経ねばなりませんでした。アブラムとその一族はこれからも長い間、旅する人、ベドウィン、あるいは難民、そのような移動する民として生きるのです。その物語には、信仰とは漂泊の旅の中で育まれるという御心と、聖書記者の経験が込められているに違いありません。ただ荒れ野の主の「恵みによって人は生きる」、それを知るのが信仰だからです。かくして、アブラムの旅は続きました。

 12:8~9「アブラムは、そこからベテルの東の山へ移り、西にベテル、東にアイを望む所に天幕を張って、そこにも主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ。/アブラムは更に旅を続け、ネゲブ地方へ移った。」彼らが至ったネゲブ地方は、カナン南部の広大な地域ですが、その大部分を占めるのが砂漠です。そこはベドウィンの遊牧地であり、太陽が照りつける厳しい環境でした。時に一滴の雨も降らないまま井戸も涸れ、砂の海に動物の白骨が点々と浮かんでいる、そのような灼熱の年が、十年に一度は襲ってくるのが、ネゲブだったのです。

 今朝、巡ってきた12:10には、「その地方に飢饉があった。…その地方の飢饉がひどかった…」、そう繰り返され、その深刻さが強調されています。土着のカナン人は、凶作の年は農村共同体の互助によって、何千年も生き延びてきたことでしょう。しかしアブラムのような最弱の流れ者は、何の保護もなく真っ先に飢餓難民となってしまうのが常でした。それはメソポタミアの豊穣の都、しかしバベルの塔が立つ偶像崇拝の都ウルを出で立った者の試練の旅路でした。しかしその荒れ野にこそ、荒れ野の主ヤハウエはおられるのです。

 カナンに寄留する旅人にとって、いつの時代も飢饉から逃れる最短の場は、メソポタミアに匹敵するナイルの賜物エジプトでした。聖書には信仰の家族が、エジプトに逃れる話が幾つもあります。アブラムの孫ヤコブとその息子たちも飢饉の時、奇しき導きによって、エジプトの宰相となった弟ヨセフのいるエジプトに助けを求めて、旅立つ物語が後に出て来ます。

 しかし今朝の物語のアブハムは、これまで私たちがイメージしてきたアブラムと、本当に同一人物であろうかと首をかしげたくなる男です。後の名でアブラハムとは、原罪を持ったあらゆる人間が、神から離反し呪われてしまった世界の中で、唯一、神の祝福を保持するために選ばれた人です。ベテルの東でも、12:8b「…主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ。」そうあるように、この時代、主の御名を呼ぶ唯一の礼拝者として、奉献に生きる人でした。しかしこのエジプト移住において、彼の姿にはもはや信仰の父としての面影はありません。それはノアの時にもありましたが、聖書はどんなに立派な人であっても聖人とは決して描きません。信仰を持ちながら、なお迷い、地上だけでなく、霊的にも放浪し、右往左往するのが人間だと聖書は描きます。しかしそれは、私たちにとって慰めではないでしょうか。何故なら間違いを犯しても、アブラムはやがて神に立ち返るからです。キリスト者とは聖人の事ではありません。洗礼を受けても相変わらず罪人です。しかしその都度、神に立ち帰る者のことです。それを可能とする神の憐れみがあるのです。一度神から離反しても戻ることが出来る、それがアブラムの紆余曲折の路程を辿っても分かります。それは道に迷う私たちへの福音です。私たちも一度信仰を得て教会員になっても、世の誘惑を受けて、教会さえも去ってしまうことがあるのではないでしょうか。祈ることも忘れた長い歳月があったかもしれません。その時、もう恥ずかしくて教会に帰ることが出来ないと思うかもしれません。そんなことはないのです。アブラムもエジプトで殆ど信仰を失ったと言って良いと思います。しかし彼は神のもとに帰ってきました。その主の執り成しと赦しを身を以て証しする、そのことも含んでアブラムは私たちの信仰の父なのではないでしょうか。信仰とは、私たちの意志の堅さや、真面目さの別名ではありません。罪人の私たちを神は見捨てられない。神の愛は私たちの罪よりも強い、その真を信じるのが信仰の本質だからです。だから私たちは、西城秀樹の歌ではありませんが、ブーメランのように、どんなに遠くに離れて行ったとしても、暫くすれば、神様のもとに、教会に「あなたは戻ってくるだろう!」、それは何と嬉しいことでしょうか。

 アブラムは、妻サライに言いました。12:11b~13「あなたが美しいのを、わたしはよく知っている。/エジプト人があなたを見たら、『この女はあの男の妻だ』と言って、わたしを殺し、あなたを生かしておくにちがいない。/どうか、わたしの妹だ、と言ってください。そうすれば、わたしはあなたのゆえに幸いになり、あなたのお陰で命も助かるだろう。」
 エジプトはアブラムが出て来たメソポタミアに匹敵する都市国家でした。難民をどう扱うか権力者の胸先三寸です。無力なアブラムにとってエジプトに下るのは恐怖以外の何物でもありませんでした。権力者は、もっともっとと、自己を拡大する者のことです。自分を神にまで拡張し高く昇られねば満足しません。そのような王の貪欲を、彼はバベルの塔の建つウルで嫌というほど見てきたのです。権力者にとって美しい女性ほど手に入れたいものはないということも。案の定、12:14「アブラムがエジプトに入ると、エジプト人はサライを見て、大変美しいと思った。」とあります。王は、それが人妻であれば夫を殺して女を召し上げる、それもまたアブラムはメソポタミアの宮廷で起こった幾つもの事件から熟知していたに違いありません。妻サライのために、アブラムは自分の命の危険を直感したのです。後の時代、イスラエルの王ダビデもまた、夫ウリヤを最前線に送って殺し、その妻バト・シェバを自分のものとするという、永遠に語り伝えられるスキャンダルを引き起こしました。

 ところでサライはアブラムより10歳年下(17:17)ですので、アブラムが75歳(12:4)であれば65歳です。若い女性ではありません。そうであれば、少し物語としては不自然な感じもします。先週お話ししたように、トーマス・マンの作品『ヨセフとその兄弟』は、ウルから旅立った一族の祖アブラムと、先にも少し触れた、エジプトの宰相に出世したヨセフの間には、ゆうに二十世代、六百年の隔たりがあると想像しています。つまり旅人アブラムとは実は一人ではない。砂漠の神ヤハウエへの信仰を家訓とし、子々孫々、祝福を継承していった一族の歴史を体現する「名」、それが「アブラハム」のことではないかという推測です。その六百年に亘る信仰の旅を一人の男アブラハムに凝縮、神話化したのが創世記物語だと言うのです。そうであれば、この創世記の様々な矛盾も説明がある程度つきます。つまり、この12:10以下のエジプト下りの物語は、ある時代にその一族を代表した未だ若いアブラハム・ジュニア夫妻が経験したことだったのではないか、という解釈も出来るのではないでしょうか。

 それはともかく、エジプトでアブラムは信仰を殆ど捨てたと言ってよいと思います。信仰ではなく、自らの知恵と経験に依り頼みました。ここで彼は主の名を呼んだという形跡はありません。祈ってもいません。12:10「飢饉がひどかったので、エジプトに下り、そこに滞在することにした」とあるだけです。自分で考えた。自らの知恵から、最良の道を選びました。その賢さの中で、妻を独身の妹と偽り、ファラオに献上して、自らは生き延びようとしました。12:13「どうか、わたしの妹だ、と言ってください。そうすれば、わたしはあなたのゆえに幸いになり、あなたのお陰で命も助かるだろう。」そう妻に言うのです。事態はアブラムの思惑通り進みます。サライは宮廷に召し抱えられ、彼はまんまと妻の代価として、12:16「羊の群れ、牛の群れ、ろば、男女の奴隷、雌ロバ、らくだなど」を受ける「幸い」を得たのです。いつ飢え死にしてもおかしくなかった、ベドウィン・アブラムは、自らの賢さに有頂天だったかもしれない。しかしその瞬間、神が介入したのです。12:17「ところが主は、アブラムの妻サライのことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせた。」

 「ところが主は」とあります。人間が「うまくいった」と思ったことが、神から見ると実は「失敗」である、「幸い」と思ったことが「呪い」である。そういうことは多いのです。信仰の母となるべきサライをエジプトのファラオに与えた時、「真の幸いである祝福」をアブラム夫妻を通して、この世にもたらすという、神の壮大な計画は最初から妨害された。それは恐るべき裏切りの罪です。それは目先の命と幸いを愛おしみ、永遠の命と祝福をどぶに捨てる愚行以外の何ものでもありません。しかしアブラムは目先の成功に酔って、それに気付きません。「ところが主は」、これは大きな言葉です。私たちの人生にも、うまくいったと思った瞬間、「ところが主は」という、私たちの思惑を覆す、破壊すると言ってもよい、思い掛けない神のご介入がある、それを人生で経験する人は私も含めて少なくない、そう思います。そうやって神は私たちを実は呪いから真の幸いへと、祝福への道へと、力尽くで引き戻して下さるお方なのであります。

 妹と信じた王ファラオは何も悪いことはしていません。罪を犯したのはアブラムです。けれども、主はファラオの方を病気にしました。そういうやり方で神様は、サライを救うと同時に、信仰の母を犯すという重罪から王を守ったのです。彼は、自分たちの病気が、サライのせいだと知って、アブラムに言いました。12:18「あなたはわたしに何ということをしたのか。」これとほぼ同じ言葉が、既に創世記に二度出てきたことに気付いた人は多いのです。一度目は、「何ということをしたのか」(3:13)。これは蛇の誘惑に負けて禁断の木の実を食べたエバに、神様が言われた言葉です。二度目が、弟アベルを殺した直後の兄カインに対する神の言葉です。「何ということをしたのか」(4:10)。つまり何とこの言葉は「原罪」を犯した最初の人間たちに対する神の嘆きの吐露として用いられる、特別な神の言葉なのです。創世記記者は、エジプトの王ファラオの口を借りて、神様はアブラムに、「あなたは何ということをしたのか」と、あなたはエバやカインと同じことをしたのだと、原罪を犯したのだと言われたのです。

 物語の結末としては、アブラムはエジプトから当然去ることを命じられます。妻は返されました。贈り物は全部そのまま持って行くことが許されました。ファラオの善良さが、それに対するアブラムの薄汚さが強調されています。しかしここでアブラムの知恵も経験も破綻したのです。メソポタミアのウルでの経験から、王とはバベルの塔の頂きで高ぶる、残酷な原罪の男である、そうアブラムは知っていました。エジプトのファラオも当然同じだと思ったのです。12:12「エジプト人があなたを見たら、『この女はあの男の妻だ』と言って、わたしを殺し…」、そんなことはなかったのです。そのように自らの強迫観念を、妄想を絶対化することこそ、そして御心を聞かないことこそ、自らが神に成り上がろうとする、知恵の実、原罪への誘惑そのものだったのです。原罪の男とは、異国の権力者ファラオではない、バベルの塔を建てたのは、実に旅人アブラムの方だった、そう聖書は訴えているのです。

 しかし人は、自らが原罪の下にある罪人だと知らない限り、信仰を得ることは出来ません。何故なら、そのようなバベルの塔を建てる原罪の下にある人間を、神は見捨てない、それでも、人間はブーメランのように戻ることが出来る、エジプトから約束の地カナンに帰ることが出来る、そう導く憐れみの神ヤハウエを信じることこそ、信仰です。罪を犯しても終わりではない、その罪人をなおも愛の御手を以て、神の約束の下に立ち帰らせて下さる、霊が執り成して下さる(ローマ8:26)。その憐れみと恵みの神を信じる信仰、その信仰の父としてアブラムは選ばれたのです。私たちも同じです。

祈りましょう。 主なる神様、私たちもまた、あなたに頼らず、自らの知恵才覚に頼って生きようとする傲慢な者であることを懺悔します。そのために最愛の人を苦しめ、バベルの塔から転落する私たちを、どうか憐れみの内に捕らえて下さい。どこに落ちたとしても、そのあなたの罪の赦し、その憐れみを信じる信仰に一日も早く立ち帰る私たちとならせて下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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