2021年12月19日 主日朝礼拝説教「悲しみと慰めのクリスマス」

https://www.youtube.com/watch?v=oif5T92r7lc=1s

イザヤ書40:1~5 マタイ福音書2:13~23

「慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる。」(イザヤ書40:1)

「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、/慰めてもらおうともしない、/子供たちがもういないから。」(マタイ福音書2:18)

説教者 山本裕司 牧師

 昔この季節になると、日曜学校でよく歌われたのは「うれしいたのしいクリスマス」という讃美歌でした。それを聞くと子どもの頃、本当に嬉しく楽しくなったものです。しかし今朝のクリスマス礼拝のために選ばれた福音書の言葉には「嬉しい」とか「楽しい」という言葉はありません。むしろ逆です。マタイ福音書2:16「大きな怒り」が語られています。そして2:18「激しく嘆き悲しむ声」、「子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない」との言葉があります。何故こんな悲しみの叫び声があがったのでしょうか。「子供たちがもういないから」と理由が記されています。クリスマスは幼子イエスの誕生を祝う時です。その誕生の知らせの結末に「子供たちがもういないから」とのエレミヤ書の言葉が引用されたのです。何ということでしょうか。しかしこれもまた紛れもなくクリスマスの物語の一つなのです。

 ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男の子を虐殺したのはユダヤの王ヘロデです。占星術の学者から新しい王が生まれると聞いた時、彼は自分の大王としての地位が脅かされると不安を抱きました。この二千年前の幼児虐殺に関する歴史的資料はありません。ですからこれは伝説に過ぎないという注解もあります。しかし一方このような殺人はヘロデの周りで余りにもありふれていたために幼児が20~30人殺されても当時の歴史家は特筆する必要を感じなかったとも言われます。実際ヘロデは権力の座を狙う者を、いえ、その可能性が感じられただけでも容赦なく粛正しました。家族でさえ、妻を、その兄を、その母を、妻の伯父2人を、さらに自分の息子3人を殺したのです。ましてあらゆる反ヘロデの動きに徹底的な弾圧を加えました。彼は自分が死んだ時、ユダヤ全国民は、家族の中の一人を殉死させて、民がそろって喪中に入ることに決めていたと記録されています。ヘロデ大王はそのような生殺与奪の権力を持っていたのです。しかし命は神のものです。創造主だけが、ヨブが言ったように、「主は与え、主は奪う」、その主権を持っておられます。しかしヘロデのような世の権力者は、他の生命を奪うことを以て、自らを神の如き存在とおごり高ぶりました。

 今「世の権力者は」と言いました。そうであれば、権力など何もない私たちは安心なのでしょうか。マタイ福音書はそうは考えていないようです。新しい王の出現に不安を抱いたのは「エルサレムの人々も皆、同様だった」(2:3)とあります。人はそれぞれに小さな王であろうとするのではないでしょうか。その高慢が上から下まで人間世界に浸潤して、この世を真っ暗闇にしているのではないでしょうか。

 コロナ禍によって行き場を失った家族たちの家の中で、児童虐待が増加していると指摘されています。それを聞いて私は2008年に、青森県八戸で母親が子どもを絞殺した事件を思い出しました。その報道によって多くの人たちが衝撃を受けました。どうしてかと言うと、何故こんなことになったのか分からなかったからです。30歳の母はシングルマザーでした。経済的困窮はあったにしても実家におり、両親の援助もありました。母は「子どもが生き甲斐」と話しており、虐待どころかとても仲の良い親子だったのです。しかし甘えん坊であった9歳の拓海君は、最愛のお母さんによって殺されました。少年は才能が豊かで詩を書き何度か表彰も受けていました。祖父から畑をもらって、野菜を育てる楽しさを歌った「ぼくはガーデニング王子」というすてきな詩も残しました。特に私たちが衝撃を受けた理由は、その詩の一つに「おかあさん」という作品があったからです。

 「おかあさんは/どこでもふわふわ/ほっぺはぷにょぷにょ/ふくらはぎはぽよぽよ/ふとももはぼよん/うではもちもち/おなかは小人さんが/トランポリンをしたら/とおくへとんでいくくらい/はずんでいる/おかあさんは/とってもやわらかい/ぼくがさわったら/あたたかい気もちいい/ベッドになってくれる」

 どうしてこんなに柔らかだった母は、急に氷の塊のようになって男の子を殺してしまったのでしょうか。これは彼女にとって自殺と同じだったはずです。母は子どもと自分の生命に対して、自分が持っていると思った生殺与奪の権利を振るったのでしょうか。自己神格化の原罪から免れる者はいないと聖書は語ります。生殺与奪の権などと、いささか大げさのようでしたが、私たちは右に行くか左に行くか、それを決めるのは自分の権利であると思っています。それは確かに正しい。しかし、それが思いがけずある拍子に生殺与奪の権力にまで繋がってしまうことがあるのではないでしょうか。右へ行きたいと思っている時に、もし主イエスが、いや、あなたは左に行くことが御心です、そう教えて下さった時、私たちは無視するのではないでしょうか。それでも主が私たちの前に立ちはだかった時、うるさいと私たちは主を押し倒してずんずん自分の行きたい方向に進むかもしれない。私たちはそれぞれ自分の世界を持っています。そこに手を触れる者がいたら、誰だって、人だって神様だって許さない。それはヘロデと何も変わらない夜の心です。

 先に八戸の母が何故、あんなに愛してくれた子を殺したのか、皆分からなかったと言いました。しかしそうであるなら、もっと分からないのは、私たちが御子を殺したということです。八戸の母以上の不可解なことを私たちはしたのです。後の時代、御子の心を受け継いだ伝道者に対しても、同じことは起きました。使徒パウロはコリント教会会員宛に手紙を書きました。「あなたがたを愛すれば愛するほど、わたしの方はますます愛されなくなるのでしょうか」(コリント二12:15)と。

 それら神の子たちに対する殺意は、既にエレミヤによって預言されていたと福音書記者マタイは引用しました。マタイ2:18「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、/慰めてもらおうともしない、/子供たちがもういないから。」ここに出てきますラケルについては、皆様、懐かしく思われたことでしょう。創世記連続講解の中に登場した族長ヤコブの最愛の妻のことです。ラケルは旅の途上で次男ベニヤミンを産んだ時、難産で死にしました。それ以来ヤコブは母ラケルと瓜二つのヨセフを溺愛した。そのため他の母親から生まれた兄たちは王子のようなヨセフを激しく妬み、ついに穴に投げ込んだ。しかし彼は通りかかった隊商によって引き上げられ、からくも命は守られましたが、エジプトへ引かれて行ったのです。御子イエスもまた、兄たちと同様の王の殺意に晒され、からくも命は助かりますが、ヨセフのようにエジプトへと姿を消しました。同時に2歳以下の男の子は殺された。そうやってベツレヘムから幼子が皆いなくなったことを、既にベツレヘム途上の路傍に埋められていた母ラケルが嘆き泣いたのだと、そうエレミヤの言葉からマタイは連想したのです。
 
 マタイ2:16「さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。」ベツレヘムの母たちはこの時どう思ったでしょうか。ラケルと一緒になって泣いたに違いありません。そして幼子イエスのように自分の男の子は守ってくれなかった神様を呪ったことでしょう。八戸の母は、貧しい中で子を育てることに疲れて子を殺したかもしれません。ベツレヘムの母たちは、新しい王イエスの故に、大王の心を刺激して、自分たちの子を結果的に奪った神を憎み殺したかったに違いありません。原罪を持つ者とは、人を殺すだけではありません。神を殺す者なのです。

 子を失う母の物語を読みました。それはフランスの作家のジョルジュ・ベルナノスの『田舎司祭の日記』の一部です。これは雨が降る晩秋の黄昏から始まって、真冬の朝に終わる、暗い夜の作品です。一人の司祭がその村に蔓延している不信仰の闇と戦い続ける、その困難に打ちのめされそうになりながら、しかし、神の言葉を語り続ける物語です。その村に、夫とも一人娘とも冷たい関係になっている伯爵夫人がいました。司祭は口実を設けて訪ねます。その対話の中で、その家庭の問題、夫人の心の闇がだんだんと露わになって来る。激しい怒りの中で、これまで誰にも言ったことのない心の秘密を彼女は打ち明けます。夫人ははっきり夫も娘も愛していないと言う。いえ、それは家族だけではない。神を愛していないのです。彼女は見た目は正しいカトリックの信仰者でミサも欠かさない。しかし内面で、神を激しく呪って生きているのです。その理由がついに告白される。「私は心から男の子を欲しいと思っていました。そして男の子が生まれました。でも、一年半しか生きていませんでした。その子の姉は、もうその子を憎んでいました。それがあの娘です。だから私は娘を今でも愛することが出来ないのです。だからあの子は反抗するのです」そう言う。司祭は「男の子が召されたことを、神にお任せしなければなりません。神の御旨に、一切をお委ねしなくてはなりません」。そう訴えます。しかし、夫人は銀の鎖のはしに下げたメダルを胸元から引き出しました。その蓋を開けると、そしてひとつまみの金髪を取りました。死んだ男の子の髪です。「あなたは子どもの死ぬところをご覧になったことがおありでして。…いいえ奥様。…あの子はおとなしく小さい手をあわせ、まじめな顔をして、そして…わたしは飲ませようとしたのです。あの子のひび割れた唇には…まだ乳の一滴が」そして声にならない。司祭はその悲しみに押しつぶされそうになりながら言います。「私たちは皆神様のところへ行かなくてはならないのですよ。」夫人は抗うのです。「私は、この世にしろ、あの世にしろ、どこか神様のいらっしゃらないところに、あの子を連れて行ってやりたい。神様の御手が届かない所へ。」つまり神を殺したいと。

 その時司祭は最後の力を振り絞って言うのです。「もし私たちの神が異教徒か哲学者の神であるなら、私たちの悲惨が神をそこから引きずり降ろすことができるでしょう。しかし、私たちの神は、向こうから先に悲惨に向かって降りてこられたのです。あなたも、拳を振り上げ、その顔につばきし、鞭打ち、最後に十字架にかけることだって出来る。しかし、それはもう済んだことなのだ」、そして主の祈りを祈るよう求めるのです。御国を来たらたらせたまえ。そう祈りなさい。激しい抵抗の末、ついに夫人が祈った時、彼女に全き平安が訪れました。彼女は暖炉の中にメダルを投げ込みました。あわてて炎の中に手を入れた司祭の指の間で、小さな金髪は燃えて消えた。まるで、御国に幼子が受け入れられた徴であるかのように。そういう物語です。

 旧約聖書のエレミヤ書を読むと、マタイが引用した言葉の後、主なる神はこうラケルに語りかけるとエレミヤは預言します。「泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる、と主は言われる。息子たちは敵の国から帰って来る。/あなたの未来には希望がある、と主は言われる。息子たちは自分の国に帰って来る」(31:16~17)からと。

 私たちの自分の思いを妨げようとする者が、人であっても、神であっても自分の世界から排除しようとすると言いました。しかしエレミヤは、そのような原罪のもとにある私たちを、神は「憐れまずにはいられない」(31:20)と「腸痛む」と訳すことの出来る言葉を以て言い表しました。ベツレヘムの子たちの中で、何故御子イエスはだけは、エジプトに逃れることが出来たのでしょうか。それは聖家族が自分たちだけは「うれしいたのしいクリスマス」を祝うためだったのでしょうか。そうではありません。御子は実は、そのベツレヘムの幼子たちよりも苦しむために、母マリアはベツレヘムの母たちよりも泣くために、生き残らされた、と言って良い。

「こよい誰が知る、まぶねのかたえに 墓は備えられ 死の日を 待てるを。キリエレイソン。」(『讃美歌21』273ー3節)

 御子イエスは人を、愛すれば愛するほど愛されなくなる、その苦しみの三十年を生き、皆から退けられて十字架につけられました。しかしその時、御子は「父よ彼らの罪を赦して下さい」と執り成して下さったのです。まさに腸痛む、そのような十字架の「憐れみ」を以て、御子は私たちの原罪を赦そうとされた。繰り返します、そのためにベツレヘムで生き残られたのであります。その十字架の痛みを通して、愛し得ない者を愛し、赦し得ない者を赦すためにであります。そうやって、私たちサタンの子を神の子の身分に帰して下さるためにです。そのために御子はベツレヘムの飼い葉桶に生まれ十字架で死なれました。その腸痛む贖いの故に、私たち、原罪のもとにある者も、神の国に帰ることが出来るのです。エレミヤは、だからラケルよ、母たちの未来には希望があると、あなたの息子たちは帰って来る、だからもう「泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。…息子たちは…帰って来る」(エレミヤ31:16)、そう主は言われると、母たちを慰めました。その旧約の希望と拭われる涙、その慰めの預言を実現するために、御子はクリスマスの夜、私たちの世に生まれて下さいました。そうであれば、やはり今日は変わらず「うれしい楽しいクリスマス」であることは間違いありません。

祈りましょう。 主なる父なる神様、どうか私たちの心にある、隣人のみならず御子をも退けようとする原罪を、御子の十字架の贖いによって赦して下さい。その赦された喜びの中で御子の御前に跪く私たちのクリスマス礼拝として下さい。そして、礼拝が終わったら、東方の学者たちが違う道を通って帰って行ったように、私たちも悔い改め、回心し、自分ではないと、御子こそ我が王の王、主の主と告白する信仰の道を歩き始めることが出来ますように、そうやって、夜を朝に、争いを平和へと作り替える、神の子となれるように、聖霊を満たして下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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