2021年11月7日 聖徒の日礼拝説教「我ら記憶によって生きる」

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エゼキエル書3:2~3 ペトロの手紙二3:1~4

説教者 山本裕司 牧師
 
 聖徒の日のこの朝、私たちに与えられたのは、ペトロの手紙二3章の御言葉です。その3:1の中で、使徒ペトロを名乗る著者がこの手紙を教会に書き送った理由が記されてありました。

 「愛する人たち、わたしはあなたがたに二度目の手紙を書いていますが、それは、これらの手紙によってあなたがたの記憶を呼び起こして、純真な心を奮い立たせたいからです。」

 ここで著者が弁えていることは、教会は「記憶」によって「奮い立つ」存在である、キリスト者は「記憶」によって「純真な心を回復する」存在であると言うことです。その教会は、この手紙が来た時、その日の礼拝説教としてこれを朗読したに違いありません。そしてそれが司式者によって読み進められていった時に、うな垂れていた兄弟の首がだんだん上がってくる。姉妹の青白い顔が紅潮してくる、そう私は想像しました。どうして元気が出たのでしょうか。それは「記憶」が戻ってきたからです。何故私たちは毎週礼拝に来て聖書の言葉を聴き、月に一度は主の食卓に与ってきたのでしょうか。それは記憶を呼び起こすためです。

 注解によると、これは使徒ペトロが書いたのではなく後の時代の匿名の教師が書いたと言われます。おそらく紀元120~140年頃、つまりイエス様が御昇天されて、一世紀の歳月が過ぎている、そういう時代でした。既に初代教会の指導者使徒たちは歴史上の人物になっていました。この教会が創立百周年を丁度迎えた頃のことかもしれません。そしてこの手紙の内容から判断すると、その教会は既に疲れている。創立当初は皆、熱心だったに違いありません。しかし百年たってその頃の若々しい純真さは消えようとしている。教会の中に次々に辛いことが起こったのでしょうか。外には迫害、内には内紛、会員の離散、僅かに残った者たちの孤独、それらをこの教会も経験しています。この教会の最大の悩みは「再臨遅延」の問題だったと言われます。救い主イエスは、天に昇られましたが、暫くすれば帰って来て下さると約束して下さった。それをずっと待っていました。この世界にはなお悪が溢れている。愛する者が次々に死ぬ。そのような悲しみが襲ってくるけれども、必ず全てを解決して下さる主イエスが再臨して下さると、首を長くして待っていました。ところが来て下さらない。待っていた曾祖父、祖父も死に、父も死に、ついに自分が教会を守る番になった。しかしもう力が出ないのです。

 「終わりの時には、欲望の赴くままに生活してあざける者たちが現れ、あざけって、こう言います。『主が来るという約束は、いったいどうなったのだ。父たちが死んでこのかた、世の中のことは、天地創造の初めから何一つ変わらないではないか。』」(ペトロ二3:3~4)これは、よその人ではない、教会の内部からの声であったと理解ことすることも出来ます。それを憂える教師が、そういう悪い意味で老いてしまった教会を癒やすための若返りの薬を、ここで与えようとしている。それが「記憶」です。

 自分が自分であるという認識は、人生を記憶することが出来るからです。脳に損傷を受け、過去の記憶を失う時、人は自分らしく生きることが出来なくなります。ある女性は事故で6歳から後の記憶を全て失いました。記憶が失われると夫や子ども赤の他人になるのです。そして愛情も失われてしまう。それは恐ろしいことです。そういう「記憶喪失」が教会でも起こる。そうであれば私たちは記憶を呼び覚まさねばなりません。ある精神科医はこう書いています。運転中にラジオを聞いていると懐かしい歌手の曲が流れてきた。小学生の頃に故郷の本屋でレコードを見付け、ジャケットに写ったステキな彼女に恋心を抱き、小遣いで買ったことを思い出しました。同時にその故郷の小さな本屋にまつわる数々のことも思い出され気分が良くなった。懐かしい曲を聞いたことをきっかけに、当時を思い出すという経験をする人は多い。音楽療養の研究によって、音楽は認知機能を改善し鬱症状を抑えたりする効果があると確認されています。だから高齢者には昔よく聞いた曲を聞かせてあげて下さい。一つ一つの曲に思い出が結び付いているはずです。認知症が治らなくても音楽によって昔のいろいろな楽しい記憶が甦って、笑顔が戻ってくることでしょう、そう医者は言うのです(「東京新聞」2021年2月10日「わが家の認知症ケア手帳」精神科医・渡辺俊之)。

 この話は既に私たちにとっての讃美歌、その大きな役割が暗示されています。私たちもだんだん若い牧師の語る説教、その論理やスピードに脳がついていけなくなるかもしれません。しかしそれでも讃美歌を聞けば信仰の喜びが戻って来るでしょう。そのように聴覚、あるいは味覚は最後まで私たちに残るとも言われています。このペトロの手紙の「記憶」(3:1)、あるいは「あなたがたの使徒たちが伝えた、主であり救い主である方の掟を〈思い出してもらう〉ためです」(3:2)、この二つの元の言葉のギリシア語は、少し変化させると「アナムネーシス」です。この言葉は「記憶」とか「想起」と訳すことが出来ますが、古くから「聖餐」を表す言葉となりました。聖餐式文にもある主の言葉はこうです。「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」(コリント一11:24)。この「記念」という言葉が「アナムネーシス」です。主イエスは何故聖餐を制定されたかと言うと、それは私たちが神の言葉を忘れないためです。先ほどもう一箇所朗読したエゼキエル書3:3の言葉で言えば、御言葉に込められる神の愛の蜜の如き甘さを思い出すためです。

 主は言われた。「人の子よ、わたしが与えるこの巻物を胃袋に入れ、腹を満たせ。」わたしがそれを食べると、それは蜜のように口に甘かった。

 私は作家・角田光代さんの『八日目の蝉』を読み、さらに映画化された作品も観て大変感動した経験があります。主人公は野々宮希和子と言って、映画では有名な女優・永作博美さんが演じました。彼女は不倫相手の子どもを中絶し、その影響で子どもが産めない身体になっていた。それに対して、同じ頃不倫相手の秋山の家庭には、女の子が生まれたのです。希和子はお腹の子どもをおろしたことに深い罪悪感を持ち、一目でも、秋山の子を見てみたいと願い、夫妻が不在の時家に侵入する。そして赤ちゃんを抱きしめた時、薫と既に名付けていた自分の子が帰ってきたような錯覚に捕らえられ、思わず誘拐をしてしまう。土砂降りの雨の中、赤ちゃんを抱えた逃避行が始まります。転々と逃れ、最後に行き着いた所は小豆島でした。そこで4歳まで薫は誘拐犯に育てられ、希和子の逮捕と同時に保護されます。そして、本名は恵理菜だと教えられ、東京の両親のもとに戻ります。しかし、元々壊れかけていたその家で、実の母から虐待に近い扱いを受け、クリスマスではケーキを食べることも、誕生祝いをすることも知らずに育つ。やがて大学生になった頃、自分自身も父に似た男と不倫に走り、誘拐犯に似て妊娠する。恵理菜は、そのように、自分と自分の家を、めちゃくちゃにしたと教えられた誘拐犯を強く憎悪してきました。必然的に、その女と過ごした4歳までの自分の経験を心の中に封印し全てを忘れていたのです。

 ところが映画では、いつも冷え切った暗い顔をしている恵理菜、つまり元薫が自転車で下り坂を行く時、何故か例外的に楽しげに足を広げて降っていくシーンをおいています。それは後に種明かしがされるのですが、小豆島にいた時、その集落の坂道を、ママ(誘拐犯希和子)と一緒に自転車に乗って、足を広げて気持ちよく滑っていく、その記憶なのです。頭では忘れている、しかし身体はその喜びを覚えているのです。母に守られこの上なく愛されていた本当に楽しかった時の幼い頃の「記憶」が、今もそうさせていることが分かります。

 やがて、恵理菜も子を中絶するつもりで病院へ行きます。ところが、老医師の「緑のきれいな頃に生まれるね」との何気ない言葉を聞いた瞬間、おろそうと思っていた気持ちが吹き飛んでしまい、子を産む決心をする。その時「この子は目を開けて、生い茂った新緑を真っ先に見なくちゃいけない」、そう思った。何故か分からないけれども、目の前に緑の景色が広がったのです。「海と、空と、雲と、光と、木と、花と、きれいなものぜんぶ入った、広くて大きい景色が見えた。」それは、彼女が最も幸せだった時の四国の島の景色でした。そして恵理菜は思いました。「…私はこれをおなかにいる誰かに見せる義務がある」と。まさに記憶が少しずつ甦ることによって、彼女は変わり始める。ペトロの言葉を使えば、純真な「母性」が奮い立つのです。しかし一方、彼女は最後まで迷います。自分に子育てなんて出来るはずがないと。だって知らないのだ、母親というものがどんなふうなのか、自分の子どもをどんなふうに可愛がって、どんなふうに叱って、どんなふうに仲良くなって、どんなふうに誕生日やクリスマスを祝ってやるのか、私は何も知らないの、と母になることに絶望します。

 ところが、岡山からフェリーに乗り小豆島に上がる。そしてかつて暮らした集落に入った時、いつの間にか頭の中で声が聞こえ始めます。素麺屋のおばちゃんの声、「薫ちゃん、ご飯やで」、それから友だちの声「薫ちゃん、ぶらんこしよ」、しし垣のくずれかけた塀の所に来ると、競争して走り回った時の歓声、近所の伯父さんの注意する声「薫、気つけて遊べや」、心の底に押し殺してきた光景と(自分の名を呼ぶ)「音の記憶」が、土砂降りのように彼女を浸します。その時、砂漠のようであった彼女の心に何か初めて暖かいものが滲み出てくる。そして自分にとって、最も大切な音の記憶が遠くから聞こえてくるのです。「薫…」と呼ぶ女の人の声が。薫、だいじょうぶだよ。優しい声です。薫、こわくないよ。蜜のように甘い声です。世界一好きだよ。そう言って、その人が口の中に入れてくれた飴の味が口いっぱいに広がる、甘い?と尋ねる、その声と共に、甦るママの肌の温もりを彼女ははっきりと感じました。その瞬間、薫、つまり恵理菜は、走り出す、そしてむせびながら言います。「私、何でだろう、もうおなかの中の子が好きになっているよ。顔も見てないのに。…私、教えるよ、この子に、何も心配いらないよって、教えるよ、何度も、何度だって、世界で一番好きだよって、何度も言うよ…」、そういう物語です。

 ところで「八日目の蝉」とは何でしょう。おそらく、七日で寿命が尽きた仲間が、みんな死んでしまった後の八日目、その日も生き残ってしまった一匹の蝉のことだと思います。この題名は物語にとって多重的意味があると思いますが、一つは小豆島の港で、最愛の母と覚えた女が逮捕され、自分の前からふと死んだように消えてしまった。その後も一人で八日目を生きていかねばならない薫の孤独を表現していると思いました。ペトロの手紙における教会の問題も、使徒が死に先達が死に父が死に、教会の古き良き時代が去った後、なお生き残ってしまった信徒たち、その八日日目の蝉の孤独なのです。

 本日は、聖徒の日・永眠者記念日です。やはり大切な家族や教会の友が神に召され、地上を去ったその後も、寂しさと孤独に耐えながらなお生き残ってしまっているのが、八日目の蝉、私たちのことと言ってもよいかもしれません。しかし物語では、八日目の蝉は、ただ寂しいだけじゃない、ほかの蝉には見られなかったものを見ることが出来るからと、ラスト、愛の記憶が全て甦った恵理菜・薫の気持ちと重なって、八日目が思いがけず肯定されていくのです。

 新約聖書の中の「八日」という言葉を検索すると、福音書のイースターの物語に至ります。既に一度、復活の主が現れて下さったのに、もう忘れてしまったのでしょうか、家に閉じこもっていた弟子たちの所に、八日の後、もう一度、復活の主が来て下さるのです。そこで疑いに捕らえられていた弟子トマスにも主はお声をかけて下さる。「信じる者になりなさい」と。その懐かしいイエス様の肉声によって、トマスは奮い立って「わたしの主、わたしの神よ」と応えることが出来ました。ここを典拠として、爾来、教会は、キリストが復活された日曜日を「八日目」と呼ぶ、そのような習慣も生まれました。そのイースターに洗礼式は挙行されるのが定めですが、古いヨーロッパの洗礼堂が八角形なのはそのためだそうです。それで思い出したのは、バッハの『ヨハネ受難曲』第35曲の真に美しいアリアです。磯山雅(ただし)先生によれば、この主イエスの死の直後の歌は、死が無力化されて復活を経て神の栄光が実現する、その死、復活、栄光の福音の流れが、余りにも巧みな音楽構成によって絵画のように描き出されている、そう解説されます。またそのソプラノによる歌詞の中で「死」という言葉が八回繰り返される。その意味は死の先にある「八」によって象徴される復活、永遠を暗示する。まさにそこに使徒パウロの言う「死の死」「死をのみ込んでしまったイエスの勝利」(コリント一15:54~57)、その復活の福音がそのまま、受難曲であるにもかかわらず劇的に音楽化されていると分析するのです。

 「さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。」(ヨハネ福音書20:26)
 
 この永眠者記念日に、私たちは八日目の蝉の孤独を噛みしめていると言いました。しかし私たちはこの礼拝で、むしろ忘れていた記憶を呼び覚ますのです。家族や先達たち、天に帰った牧師たちが私たちにしてくれたこと、折りあるごとに、かけてくれた柔らかな肉声、その温もり、仕草、何よりも残してくれた信仰です。心の深い地層の下に埋もれてしまった記憶、それが魂の底から浮かび上がる時、私たちは、暗かった一人で生きる八日目の世界にも明るい色彩が目の前の広がるのを感じ始めるのではないでしょうか。それはさらに、その先達たちを突き抜けて、死者たちをそのように明るく生かしてきた神の愛、神の言葉を思い出すことに繋がるのです。どのような悲しみの内に閉じ籠もっても、復活の主が八日目に入って来て下さる。そして私たちの名を優しく呼ぶ声が聞こえてくる。「平和があるように」との肉声が聞こえてくる。そこで私たちも奮い立つ。純真な心が戻る。八日目も独りではないことが分かるからです。神が共にいて下さる。そこで、この世界はただ荒れ果てているだけででなない、世界を包む新緑が見えてくる。なお世界は美しいということが見えてくる。

 そうであれば、私たちも、後から来る子どもたちの記憶の中に、この神の愛の御声を、肉声を、その蜜の如き言葉を残すために、教会の八日目を生きる、その使命が託されているのです。だいじょうぶだよ、こわくないよ、心配いらないよと、神様があなたのことを世界一好きだよと、言って下さっているのよと。そう私たちも先立つ者から受け継いだ言葉を、そのまま、子どもたちに何度でも教える、そうやって、私たちは教会の伝道の歩み、信仰継承の歩みを、奮い立って続けようではありませんか。
 
祈りましょう。 私たちのアッバなる神様、この主の食卓が置かれたこの麗しき礼拝堂に、八日目毎に馳せ参じ、あなたの愛を思い出すことが許される、この導きを感謝します。時に、苦しく辛いことがあると、あなたのことを忘れてしまう弱い者ですが、どうかその時も、魂の奥深くに刻まれたあなたの愛の記憶を、パンとワインの味覚を、呼び覚まして下さい。たとえ、私たちがあなたのことをすっかり忘れてしまった時も、あなたは私たちを、あなたの永遠の記憶の中で覚えていて下さる、何を忘れても、その事実だけは記憶し続ける私たちとならせて下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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