2021年10月24日 主日朝礼拝説教「さあ、ベテルに上ろう」

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創世記35:1~15

神はヤコブに言われた。「さあ、ベテルに上り、そこに住みなさい。そしてその地に、あなたが兄エサウを避けて逃げて行ったとき、あなたに現れた神のための祭壇を造りなさい。」(創世記35:1)

説教者 山本裕司 牧師

 ヤコブの人生は旅人の人生でした。父イサクがカナンの寄留者であり、井戸を求めて彷徨ったので、ヤコブも遊牧民の子として移動しつつ育ちました。その一家がようやく与えられた場所が「誓いの井戸」という意味の「ベエル・シェバ」でした。しかし青年ヤコブはそこに安住することは出来ませんでした。彼はその名「ヤコブ」その意味は「かかと」(アケブ)をつかむ者(創世記25:26、27:36)であって、兄を出し抜き、祖父アブラハム以来の祝福を奪いました。兄は激昂し弟を殺すと誓う、その殺意を逃れてヤコブは砂漠を越える命懸けの旅に出たのです。しかし途上、ベテルでアブラハムの神イサクの神との出会いによって彼の旅は守られ母の故郷パダン・アラムに到着します。しかしそこも安住の地ではなく、伯父ラバンによる搾取の20年であり、結局寄留の地に過ぎませんでした。ヤコブはそこで夥しい財産を獲得し、ラバンの貪欲から逃れるために家族を率いてカナンに帰る旅に出た。途中、その道を妨げる三つの試練、伯父ラバンの追跡、ヤボクの渡しでの鬼神の姿を取った神との格闘、そして兄エサウとの和解を経て、ついに約束の地カナンに入りました。彼らがスコトを経てようやく落ち着いたのがシケムだったのです。そこは昔、祖父アブラハムも祭壇を築いたゆかりの地であり、主はその時、祖父に「あなたの子孫にこの土地を与える」(12:6~7)と約束して下さっていたのです。

 まさにアブラハムの子孫であるヤコブは、その父から聞いた伝承を思い出したのか、シケムの首長ハモルたちから土地を買いました。実際ハモルの息子、町と同名のシケムが、ヤコブの娘ディナに恋をした時、この父子はこう町の人々を説得してくれたのです。「彼らをここに住まわせ、この土地を自由に使ってもらうことにしようではないか。土地は御覧のとおり十分広いから、彼らが来ても大丈夫だ…」(34:21b)と。寄留者ヤコブはこの寛大な言葉を聞いた時、この先住異邦人との恋愛沙汰も怪我の功名と思ったかもしれない。しかしそのヤコブの楽観思惑は外れました。先週読んだように、兄たちはまさに若かった時の父ヤコブの「名」を受け継いだように、シケムの男たちの「かかと」(アケブ)つかむようにして彼らを騙します。彼らは嫁入りの条件として割礼を男たちに受けさせた。男たちがその痛みに苦しむ最中に襲い掛かり、皆殺しにした。女と子どもは奴隷とし家畜、金銀財宝を奪い取りました。その財宝の中には、夥しい異国の偶像や呪(まじな)い札の類も紛れていたことでしょう。息子たちは妹を口実にしましたが、本心は、元々、遊牧民特有の衝動から、町を襲い、財産を略奪したいという欲求にかられていたのだと洞察したのが作家トーマス・マンです。

 この息子たちの蛮行によって、ヤコブたちがシケムに住むことは出来なくったのは当然のことでした。ヤコブは嘆く。34:30b「わたしはこの土地に住むカナン人やペリジ人の憎まれ者になり、のけ者になってしまった。こちらは少人数なのだから、彼らが集まって攻撃してきたら、わたしも家族も滅ぼされてしまうではないか」と。もはや味方は無い。イスラエルは世から見捨てられ、カナン人の殺意からの逃亡する他はありませんでした。この時ヤコブは気付いたと思います。これはあの25年前の反復であると。不思議なことに、長く生きてこられた方々は知っておられる通り、私たちの「人生も歴史は繰り返す」のです。ヤコブは使徒パウロのように、この繰り返される罪、その支払う報酬としての死(ローマ6:23)からどうしたら救われるのかと呻いたに違いない。その時、天から御声がヤコブに響き渡るのです。35:1「さあ、ベテルに上り、そこに住みなさい。そしてその地に、あなたが兄エサウを避けて逃げて行ったとき、あなたに現れた神のための祭壇を造りなさい」と。まさに、方向は逆向きですが、あの25年前のベテルへの旅をなぞるのだと、そこにのみイスラエルの活路が表れるだろうと。歴史は繰り返す。私たちの罪は繰り返す。私たちのどん底も繰り返す。しかし神の恵みがそれにも増して繰り返す。パウロが言ったようにです。「しかし、罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました」(ローマ5:20)と。

 ベテルはヤコブの信仰の原点です。25年前のベテルで、主は約束して下さった。誰があなたを見捨てても、わたしは「見捨てない」と。ヤコブは、この25年後、アーメン、その通りだったと、その神の約束の確かさを、今朝与えられた創世記35:3で証ししました。神は「苦難の時、わたしに答え、旅の間わたしと共にいてくださった」と。今回の危機の時、このイスラエルの命を守るためには、この25年前の信仰の初心の地ベテルに帰り、祭壇を造り、罪人を救って下さる唯一の主なる神に礼拝を献げる他はない。それこそ後の時代、何千年も信仰の民によって繰り返される聖地巡礼の心がここに表れているのです。「さあ、ベテルに上れ」と。ベテルでなければならないのであります。

 信仰とは時に場所と関わるのではないでしょうか。私たちは自分が洗礼を受けた教会堂のことが忘れられないのではないでしょうか。その頃、自分を支えるものは何もなかった。裸と言っても良い。だからこそ、その神の祝福の水が身に染みました。先にも言ったように、ヤコブは長い帰路の旅の末、33:17~19、スコトやシケムに定住しそうになりました。家や小屋も建てたのです。しかし神は彼をどうしてもベテルに導かれたかったのです。私たちの中にも教会を幾つか移ってきた人がおられると思います。私もそうです。しかしその中で、決定的とも言える神との出会いの場となった、礼拝堂が私たちにはあったのではないでしょうか。地の底に落ちたような自分に向かって天から梯子が下りてくる。そして「見よ、わたしはあなたと共にいる、わたしはあなたがどこに行っても、あなたを守り見捨てない」(28:15)、その御声が会堂の壁に響き渡り、自分に向かってきて、心底安堵した、私たちの「ベテル」(神の家)がそれぞれに存在するではないでしょうか。ところが私たちはその洗礼の感動を維持することが出来ないのではないでしょうか。今、私たちは水曜夕の聖書研究会祈祷会で、コリント信徒への手紙を少しずつ読んでいます。既にコリント教会員は高慢の病気にかかり教会内で党派派閥争いに明け暮れていた。開拓伝道者パウロはアポロ派からひどい悪口、陰口をたたかれていたのです。それに傷つき、遠路エフェソのパウロの所にまで、教会の内情を訴えに来た信徒がいました。それを突き付けられパウロは怒りを堪えて手紙を書くのです。コリント一1:26「兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません」、1:29「それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです」と。歴史は繰り返す。私たちもコリント教会員になる。あのいわば無一文で礼拝堂の床に跪いて水を受けたあの捨て身の謙遜を失い、今や自信に溢れ胸を張って腕組みしてその同じ教会の床に立つようになる。言い換えれば、自分の衣に軍人のように、いろいろな勲章を飾るようになる。それによって支配しようとする、それが偶像に頼る人生なのです。私たちの高慢、その信仰の危機の時に御声は響いてくるのではなないでしょうか。「ベテルに上れ」と。原点に帰れと。そして自分が何者であり、自分が何によって生きるかを思い出せと。

 今朝、この西片町教会礼拝堂に座す私たちも、やがて旅に出るかもしれません。しかし旅先でもし信仰の支柱が倒れ砂に埋もれてしまったら、この会堂に戻ってきて欲しいと思います。平日でもいい、無人のこの席に独り座って思い出すのです。それこそ25年前かもしれない、勲章を何も持たなかった裸の自分が、ただ恩寵のみによってここに招かれ洗礼を受けたその感動を。だからこそ、私たちは可能な限り、この献堂86年のこの礼拝堂をこの地に残さねばならないと思います。ここにある日、旅に疲れた巡礼のように上って来る、戻って来る旅人のために。ここが私たちのベテルであります!そうやって私たちは信仰に立ち帰ることが出来るのです。

 ヤコブはベテルに戻ってこうしました。創世記35:14「神が自分と語られた場所に記念碑を立てた。それは石の柱で、彼はその上にぶどう酒を注ぎかけ、また油を注いだ。」若い逃亡者であったあの時、彼は石の枕を立てて記念として油を注ぎました。それから25年、誰も訪れない、この「聖地」に立てられた石柱も既に倒れ、砂漠の砂に覆われていたかも知れない。それはあの初心たる信仰が倒され、砂に埋められたしまった、それを暗示するかのようです。ヤコブはその石を掘り出し、梯子が下りて来た、その天を指し示すためにもう一度直立させます。そうやってイスラエルの信仰を再び立ち上がらせる、その志をもって、渇ききった石柱に25年振りに油を注いだのです。ヤコブはその石柱の前に息子たちを導くために備えをさせました。それが、35:2「お前たちが身に着けている外国の神々を取り去り、身を清めて衣服を着替えなさい」との命令です。彼らがそれらを「ヤコブに渡したので、ヤコブはそれらをシケムの近くにある樫の木下に埋め」ました。この偶像の放棄と、また35:2b「身を清めて衣服を着替えなさい」とのヤコブの求め、それを注解する複数の教師たちが、ここで私たちの洗礼を思い出しています。初期の教会における洗礼の儀式とは、衣服を脱ぎ捨てることから始まった記録にはあるからです。一度裸になる。そして司祭によって洗礼槽に身を深く沈められるのです。その古代の洗礼時の式文と想定される言葉が、エフェソの信徒への手紙には収められています。「滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、/…神にかたどって造られた新しい人を身に着け」(4:22~24a)よと。そして洗礼槽から上がった時、これまでの衣を着るのではない。実際に新しい衣を身にまとう儀式が、このパウロの手紙から推測されると学者(W.ブルッグマン)は指摘するのです。

 パウロはこうも言いました。「洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。…あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です」(ガラテヤの信徒への手紙3:26b~29)。そうやって、私たちは洗礼を受ける時、偶像、勲章の類を脱ぎ捨て、新しい衣であられるキリストを着るのです。するとアブラハムの子孫となるとパウロは言った。あれほどヤコブが欲した祖父伝来の祝福、そのアブラハムの祝福を私たちも洗礼によって相続すると言われているのです。そこであの倒れていた石柱が再び立てられた時、ぶどう酒と油が注がれたように、私たちのこの体に、水が注がれ潤わされように、私たちは祝福で満たされるであろう。だから洗礼を受けるとは本当に素晴らしいことなのです。

 古い衣には勲章がついていると譬えましたが、ここで埋められた偶像や耳飾りは、創世記34:27、シケムの大虐殺の時、息子たちが略奪したものではないでしょうか。先週も言いましたが、ヨシュア記の物語ですが、モーセに率いられたイスラエルが40年の荒野の旅を終えて約束の地カナンに入ります。そこには、それこそシケムのヒビ人のようなカナン先住民が多く暮らしていました。イスラエルがそこを支配する時、先住民を滅ぼし戦利品を滅却し尽くす、その「聖絶」を神は求めました。それは残虐なことに思えますが、その意味は、戦利品を自分たちの所有物とすることは許さないという掟なのです(申命記7:1~6、20:18)。その御心は私たちが戦争をする時、必ずこれは義のための聖戦であると主張するからです。その義を口実に人は、資源、利権を奪う侵略戦争を行う。神はそれを許しません。ヤコブの息子たちは、シケムの財を全て我が物としたのです。それではベテルでの礼拝の資格はない。そのため、遅きに失しましたが、ヤコブたちは、シケム戦争での侵略の罪を悔い改め、奪った宝、いわば勲章を「シケム近くにある樫の木」に埋める、そのことを以て「聖絶」をここで実行したのではないでしょうか。初心の信仰に立ち帰るためには、神以外の富や偶像に頼る自らの罪を悔い改めなければなりません。私たちはそうやって、私は裸ですと、何もない、その初心、謙遜の中で、唯一の神にのみ頼ることが求められているのです。そのように悔い改めて神に立ち帰る者の罪は赦されるのです。死から免れるのです。それが福音です。だからあれほどの罪をシケムで犯した息子たちであっても、創世記35:5「神が周囲の町々を恐れさせたので、ヤコブの息子たちを追跡する者はなかった。」そう思い掛けない救いが記されるのです。ただ罪人を憐れむ神の恵みによってイスラエルは救われたのです。

 次週の主日、私たちは宗教改革記念日を迎えます。人類は繰り返しヤコブ(かかと)をつかむ者に戻ってしまいました。シケムの惨劇を、あるいはコリント教会の派閥争いを、私たちキリスト者もまたその歴史において繰り返してきたのです。高慢となったからです。ベテルの荒れ野の信仰を見失うからです。かくして罪は反復する。歴史は繰り返す。しかし神は諦めない、見捨てない。人は勲章によっては生きられない、ただ恩寵のみによって生きると、その信仰を思い出すために、歴史が繰り返す以上に、神の憐れみは反復する、神の招きは繰り返す。「ベテルに上れ」と。そのベテルこそ、この西片町教会であります。この教会が私たちに聖地として与えられた、それは何と嬉しいことでしょう。

祈りましょう。 主なる父なる神様、直ぐあなたと出会わせて頂いた時の謙遜を忘れる私たちに、この降誕前の期節を迎えた朝、さあ、ベテルに上りなさいとこの会堂に響く御声をもって命じて下さった、その愛に心から感謝をいたします。あなたの招きに応えて、私たちの信仰の原点である西片町教会に繰り返し立ち帰り、その都度、日々の生活の中でまとわりついた偶像を脱ぎ捨て、新しい衣をまとう私たちでありますように。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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