2021年1月31日 主日朝礼拝説教「過去という井戸は深い」
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創世記11:27~12:10 ヨハネ福音書4:11
主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。」(創世記12:1)
女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。」(ヨハネ福音書4:11)
説教者 山本裕司 牧師
数年前、私は夕礼拝の2年数ヶ月を用いて、創世記全巻の連続講解を行いました。その時、特に創世記後半部分を読む時、聖書の傍らに常に置いていた小説こそ、ドイツの作家トーマス・マンの大長編『ヨセフとその兄弟』です。今回もその再読を始めました。これは題が「ヨセフとその兄弟」となっていますので、少々早すぎると思われた方もいるかもしれません。ヨセフ物語は創世記37章から始まりますので、そこを読む順番は大分先です。しかしマンの物語は、ヨセフだけが記されているのではなく、この家族の源から始まる物語です。その長い物語の冒頭の言葉を、マンは特別な思いを込めて、魂の全てを注ぎ出すようにして書き始めています。
「過去という井戸は深い。底なしの井戸と呼んでいいのではなかろうか。」
ヨセフの曾祖父アブラハムが既に旅人でした。ヨセフの先祖も子孫も等しくそうであった、その砂漠を旅する遊牧民にとって井戸は「生命」の源でした。またそこは光が届かない淵を持っている神秘的な存在でもありました。マンは「過去」をその井戸に例えます。そして彼は、さあこれから井戸の縁から身を乗り出して、井戸の底を一緒に覗き込もうではないか、そして過去へ過去へと無限に遡るのだ、そう促しつつ、目眩のするような、人間と神との出会いの深淵に私たちを誘うのです。
マンの物語の典拠となった創世記において、メソポタミア、ユーフラテス川下流西岸の大都市「ウル」(創世記11:31)からアブラムの一族は、真の神を求めて旅立ちます。そしてユーフラテス川支流ベリークの畔「ハラン」に移住します。それからさらに神に促されて、ハランを出で立ち聖書の舞台であるカナンに入って行く。そこで息子イサクが与えられ、イサクからヤコブ、ヤコブはユダとその兄弟たち、後のイスラエル十二部族の祖をもうける。その兄弟の中に創世記後半の主人公ヨセフも存在するのです。マンの物語も、このヨセフの父ヤコブの祖父、つまり曾祖父アブラハムから始まりますが、しかしマンによると、その過去という井戸は創世記の記述より遥かに深いと言うのです。
その長編冒頭で、少年ヨセフはカナンの地ヘブロン、その夜の井戸端で思い巡らします。自分の父ヤコブの祖父が、一族の故郷「カルデアのウル」の男であり、その男が長い旅の末に、神の約束の地に根付いたのだと。しかしマンに言わせると、実はこの祖先「ウルの男」とヨセフの間には、優に二十世代、約六百年の隔たりがありました。さらに言えば、このウルの男は本当はウルから旅に出た実際の男ではなかった。実はこの一族の祖「ウルの男」と呼ばれる男自身が、大都市ウルを一度も見たことはなく、彼らが旅立ったのはカナンへの中継地に過ぎない「ハラン」であった。ウルを実際に出たのは、そのウルの男と呼ばれていた男の父親であった、そうマンは書く。創世記に延々と記されており、主なる神に促されて遥かなる旅に出て、様々な事件に遭遇する男、時に正しく、時に罪を犯し、しかし悔い改め、ついに「信仰の父」と呼ばれるに至るアブラハムとは、決して一人ではない。その信仰を継承し続けた「一つの血族」のことだという推測です。それではヨセフより六百年前のその始源であるウルの男、さらにその父親は、何故故郷を捨てたのかということです。それはマンに言わせれば、創世記では10:8に登場する王ニムロドが、都ウルの中心に偶像の神殿を高々と建てたことによるのです。ウルの男はその神殿の神に対する疑念を抑えることが出来ずに、ついに真の神を求めて荒れ野へと出て行ったと言うのです。
この男は信仰の父アブラハムと呼ばれるようになりますが、まさにこの人を見れば、信仰とは何かが分かると言う意味です。彼のことを新約の教師はこう記しました。「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです」(ヘブライ人への手紙11:8)。
このアブラハム、元アブラムと呼ばれた男とその家族の故郷ウルとは、紀元前二千年紀、メソポタミアにおいて最初の統一国家を作り上げたシュメール人の都です。彼らこそ最初の文明の生みの親です。統一国家誕生の一千年以上前に早くも人類最古の文字くさび形文字を発明し、乾燥地帯にあった都ウルに、ユーフラテス川の水を運河によって引水し人類初の灌漑農業によって、飛躍的な食料増産を成し遂げたのも、それなしには決して成り立たない都市文明を作り上げたのもシュメール人でした。ウル第三王朝期のシュメールでは、播いた種の三十倍が麦など穀物の標準収穫量であったことが分かっています。それから数千年後の中世ヨーロッパでさえも、麦類の平均収量は播種量の四倍程度に過ぎなかったのです。シュメールはこの上なく成功した大農業国でもありました。
その豊かさの中で四千~五千年前、輝くような知恵を持った文明を彼らは出現させました。現在もこのシュメールの知恵を受け継ぎ、彼らを「模範」として、私たちの都市文明が成り立っていると言っても過言ではありません。当時の未開人にとって豊饒の都ウルは楽園のように見えたに違いありません。そこに住むことをどんなに憧れたことでしょうか。ところが元々その大都市が故郷であったにもかかわらず、何故アブラムはそこを去ったのかということです。その理由は「バベルの塔」の物語が、アブラムの旅立ちの直前におかれているところに、驚くべき暗示が隠されている、そのことにトーマス・マンなど聖書を読む者が気付いたのは、百年前の考古学的発見があったからです。
メソポタミア南方の荒れ果てた砂漠に、一カ所だけ盛り上がった丘がありました。そこは古来地元の人たちが「瀝青の丘」と何故か呼び習わしてきた小山ですが、その意味は誰も分かりません。それに似たことを、私は前任地の大洲で経験しました。その山の中にやはり地元の子どもたちに伝承され、意味も分からず彼らが使っていた広場の名、それが「キリシタンバタ」でした。ある牧師の研究によって分かったことは、そここそ昔、切支丹大名が密かに寄留し、ミサが捧げられていた隠れ切支丹の聖地であったのです。それはともかく、1922年、大英博物館から派遣された考古学者は、「瀝青(アスファルト)の丘」の発掘を開始します。そこに現れたのは、数千年間地中に埋もれいた古代都市ウルの中心に聳える、「れんがとアスファルト」(創世記11:3)で作られたジッグラト(高い塔の神殿)であったのです。まさにこれこそバベルの塔のモデルでした。
このメソポタミアでは天体が崇拝されましたが、それが、救い主の星に案内されてクリスマスの御子を拝するために旅してきた、東の国の占星術の学者たちの姿にも表れています。その例に漏れずウルの聖所もまた「月神」が礼拝されていましたが、これら偶像崇拝とは「人間崇拝」と表裏の関係でしかありません。この塔の下で王ニムロドはこう言いました。「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」(11:4)と。この「天まで届く塔」とは、人間が自らの力によって、天の神の位にまで昇ろうとする、自己神格化の高慢を表します。都市にとって密集と人数は力そのものですので、ニムロドは近隣の小国を侵略によって飲み込みながら、領土と人口を増やし富み栄え、神に成り上がろうと試みるのです。その貪欲に仕える守護神こそ、高い塔によって祭られる月神でした。その偶像の塔ジッグラトによって統合されることをよしとせず、あえて散らされることを求めて、アブラムはこの都から「行き先も知らずに出発したのです」(ヘブライ11:8b)。ここにウルの王とは全く異質な人類の新たなる「模範」が生まれた。唯一の神を拝する信仰者の模範です。そして創世記は、どちらをモデルとしたら、人は真に高くなるのか、と問いかけているのです。あなたはニムロドかアブラハムかどちらの昔の人を、自分の父と呼ぶのですか、どちらの人生を真似して生きるのですか、「祝福」はどちらにあると思いますかと。
「主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。/わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。」(創世記12:1~2)
私たちはここを読むと、アブラハムは故郷ウルを去ったけれども、神様によって新たな財産となる国「カナン」(12:5)を得るのだ、その国家建設のための旅立ちなのだ、そう読むかもしれません。やがて本当に、「アブラハムの子孫」との自己理解を持つ者が、そのカナン、今で言うパレスチナにイスラエルを建国するのです。そして、現在、20世紀以後、同名の国イスラエルがまさに、ここはアブラハムの子孫である我々の「約束の地」であると主張しています。そして、古代イスラエル滅亡以来、そこに住んだパレスチナ人と、決して和解することの出来ない争いを続けています。その悲劇的パレスチナ問題を私たちは承知しています。そのような争いを神様はさせるために、アブラハムを旅立たせたのでしょうか。そうではない。ただ「主の御名を呼ぶ」(12:8b)礼拝者となるために、そこに人類の祝福、その将来を託すために、アブラハムはジッグラトの建つ大農業国ウルを去った。さらにその約束の地カナンを巡って旅を続けた彼は、「そこからベテルの東の山へ移り、西にベテル、東にアイを望む所に天幕を張って、そこにも主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ」(12:8a)そう書かれています。彼は決して、その約束の地でアスファルトとれんがによる高い塔を築かず、ささやかな天幕を張った後に建てたのは「祭壇」でした。彼は「シケム」(12:6~7)でも同じことをしたのです。彼がどこに寄留してもしたことは、主の御名を呼ぶことでした。これこそが、彼のウルから旅立った「大目的」だったからです。
そのために神はアブラムに離れなければならない場所を指定します(12:1)。「生まれ故郷」と「父の家」と。この「父の家」という言葉を、荒井英子先生は「民族主義」の意味が込められていると指摘しています。自分の民族さえ富み栄えればよいと争い、興亡を繰り返すメソポタミア諸王国、その塔を高く建てる農業大国のあり方、そこから離れるのです。それと対極のあり方、天幕一枚を携え、荒れ野の主に服従する旅人の人生へと、アブラムは招かれるのです。そこに、農夫カインの土の実りを顧みず、遊牧のアベルの献げ物に目を留められる、荒れ野の主の御心があるのです。
主は何度もアブラムに「あなたは」「あなたは」と呼び掛けます。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。/わたしはあなたを…あなたを…あなたを…あなたを…」(12:1~3)と、僅か三節の内七度も二人称「単数」で呼び掛けます。この二人称単数の呼び掛けと「生まれ故郷」と「父の家」から離れることは一つのことです。故郷も父の家も、そこにいる限り、農耕と都市文明と月神、そのジッグラトによる統合に縛られます。そこは常に同調圧力が働き「我々」「おまえたち」という「複数形」でしか生きられない民族主義的世界となる。そこから離れるとは、そのバベル的統合から解き放たれ、単独者として「あなたは」と呼ぶ、神の御前に立つことなのです。この「単数」であることとニムロド王が最も忌み嫌った「全地に散らされる」(11:4)こととは、一つのことだったのです。
それはヨハネ福音書の終わりで、復活の主イエスが弟子ペトロに言った言葉を思い出させるのではないでしょうか。主はペトロに「わたしに従いなさい」(21:19)と求められました。その服従とはペトロの殉教の死が暗示されています。それを聞いた時、ペトロは復活の主と再会した興奮の中で「やってやろうではないか!」と息巻いたかもしれない。しかしその時、彼はふと振り向いたのです。そこには涼しげな顔をした愛弟子が立っていた。ペトロは急に萎えたような気持ちとなって「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と思わず問います。しかし主はそれに答えず、「あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい」(21:22)と、やはり二人称単数「あなたは」と言われたのです。他の人がどうであろうと、主のご命令に私は従う、そこで散らされる、群れない、そこに主に服従する者の祝福の道が開くのです。
それはただ孤独になる道ではありません。「地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る」(創世記12:3b)とあります。それぞれがアブラハムの信仰を模範として旅立つ時、そこに祝福されたの者たちの共同体、民族を超えた「地上の氏族」そのすべてのための「教会」共同体が誕生する。この教会は、世のバベルの塔に同調しない、シュメール的繁栄の塔を建てることをしない、その人間崇拝と異なる生き方をする、真の祝福を与える十字架の御子を、たとえ独りとなっても拝む、それを人生の旅の大目的と覚える、しかしそう決断しても、決して一人にはならない、同信の友は必ず与えられるであろう、その者たちと共にこの信仰の道を歩き通す西片町教会でありたい、そう願う。
祈りましょう。 主なる父なる神様、道に迷う私たちです。その不安の中で、目に見える確かさを求める愚かな私たちを、あなたは見捨てず、十字架の主によって罪を贖い、復活の主によって「あなたは従いなさい」と呼び掛けて下さる、その御言葉に促され、カナンを目指して共に旅する私たちとならせて下さい。
・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。
聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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