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2020年9月20日 主日朝礼拝説教「イエスの墓・命の門」

2020年9月20日 主日朝礼拝説教「イエスの墓・命の門」

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詩編35:28(旧867頁) ヨハネ福音書19:38~42(新208頁)

「わたしの舌があなたの正しさを歌い/絶えることなくあなたを賛美しますように。」(詩編35:28)

「イエスが十字架につけられた所には園があり、そこには、だれもまだ葬られたことのない新しい墓があった。」(ヨハネ福音書19:41)

説教者 山本裕司 牧師

 アリマタヤ出身のヨセフは総督ピラトの許可を得て、葬りのために十字架の主イエスのお身体を取り下ろしました。それをしなければイエス様のご遺体は処刑場に放置されることでしょう。そうしたら見るも無惨になってしまうことでしょう。一刻も早くお身体を十字架から降ろして、丁寧に葬って差し上げたい、そう願いました。しかしそれは決して容易なことではありませんでした。勇気が必要でした。元々ヨセフは、先ほど朗読したヨハネ福音書19:38にある通り「イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していた」人でした。
 またこのヨセフと共に主を埋葬するために、久し振りに登場したニコデモも、イエス様の宣教初期にイエス様を訪ねた求道者でした(3:2)。しかしその時は「夜」だったと、ここでも繰り返されます。19:39「そこへ、かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも…」と。「夜」とは、この福音書において「ヨハネの夜」と呼ばれるほど「含み」のある言葉です。ユダが裏切りのために出て行った、との描写の直後も「夜であった」(13:30)と書いたのです。「夜の人」ニコデモも、その暗闇の中にイエスを求める自分の姿を隠しているのです。この主の死後現れた二人とも最高法院サンヘドリン議員というユダヤ最高の身分を持っていました。しかしこのサンヘドリンこそ、イエスを死刑としたのです。その裁判において「祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとして…」(マタイ26:59)、そう「全員」と書かれています。そうであれば、定数71名の議会の中でヨセフとニコデモも死刑に賛成したということになってしまうのです。しかし賛成したと言っても、本気でないということは会議の席で幾らでもあります。会議では、誰が賛成したか反対したか、皆じっと見ているものです。そのような中で、意に添わない賛成をしてしまう、そういう人間の弱さが会議においてはよく現れます。あるいは、この二人はあえてその日欠席したのかもしれません。いずれにせよ二人とも、主の裁判において、なお「夜の人」でした。闇の中に自らの信仰を隠すのです。私たちにも身に覚えのある弱さです。しかしこのどこにでも見られる弱さが、主を十字架につける、主を殺す、恐るべき「結果責任」を持つことになることを、私たちは忘れることは出来ません。ですから私たちは会議の席で心して賛否を明らかにしなければなりません。

 このヨハネ福音書の成立は長く濃い霧に包まれていましたが、1970年頃、ニューヨーク・ユニオン神学校新約学者マーティンの学説が発表され、それが多くの学者から支持されるに至りました。その学説は既にここでも紹介してきた通りです。主イエスが昇天されてから半世紀が経過した頃、既に都エルサレムはローマによって破壊されていたので、地中海沿岸の村ヤムニアで、ユダヤ教最高法院サンヘドリンが開かれました。そこでナザレ派、つまりキリスト教の異端宣告がなされます。そしてイエスをキリストと告白する者を、ユダヤ会堂(シナゴーグ)から追放することを決めました。さらに会堂礼拝の成文祈祷「18祈願」の中に、キリスト教徒に対する呪いの言葉が付け加えられました。その時ナザレ人と呼ばれたユダヤ人キリスト者たちは会堂を去って、自分たちの教会を建てました。それがヨハネ福音書を生み出した初代教会・ヨハネ教団であったという学説です。

 会堂追放とはユダヤ人共同体から村八分になることでした。ローマ帝国はユダヤ会堂を公認していましたが、非合法組織ヨハネ教会は、帝国からの弾圧も受け、明日の生命も定かでない、行き先を知らない旅に出ることを意味しました。そのような戦いを避けて、イエスを信じるユダヤ人の中に、その信仰を隠して会堂に留まった者は少なくなかったのです。しかしその選択は、会堂礼拝の度毎に唱えられる「祈願」に耐え続けることを意味しました。1896年に最古の「18祈願」が発見されましたが、その第12番はこうです。「ナザレ人たち(キリスト教徒たち)は瞬時に滅ぼされるように。そして、彼らは生命の書から抹殺されるように。」この時、「隠れナザレ人」たちは、どうしたでしょうか。その時だけ、口をつぐんだのでしょうか。しかし人がじっと監視している。沈黙すらもまた危険であると知った時、彼らはどうしたのでしょうか。

 映画『蝶の舌』という名作があります。舞台は1936年のスペインです。その美しい自然の中で、ドン・グレゴリオ先生と8歳の少年モンチョとの心の交流が描かれています。その森の中で先生は、大きな蝶を捕まえて、モンチョに「蝶の舌」(ティロノリンコ)のことを教えてくれます。モンチョの目は好奇心で輝きました。しかしその光り輝くモンチョの夏は終わり、先生との余りにも辛い別れの時がやってきます。総選挙で人民戦線派が勝利したことによって、これまでの価値観は崩れ、一斉に「共和派」に対する取り締まりが始まりました。広場に集まった群衆の前に、両手を縛られた「共和派」の人々が一人ずつ姿を現します。「アテオ! (不信心者)アカ!(犯罪者)」、彼らを罵る声が飛び交います。その囚人の中にグレゴリオ先生の姿もありました。「お前も叫ぶのよ」とモンチョに母が囁く。一緒に叫ばなければ共和派と疑われるのです。先生を見つめるモンチョ、先生もモンチョを見付けて目を離しません。とうとう「アテオ! アカ!」とモンチョも口を開きました。車が走り出すとモンチョも駆け出します。遠ざかって行く先生に、石を投げながらモンチョは叫びます。「ティロノリンコ! 蝶の舌! ティロノリンコ! 蝶の舌!」と。何度も、何度も、石を投げながら。そういう物語です。

 ヨセフとニコデモは、会堂でモンチョのようであったのではないでしょうか。12番目の祈願の時、口では「滅びよ、抹殺されよ」と唱和しながら、心の中でだけ「それでも、イエスは主なり、イエスは神なり」と懺悔していたのではないでしょうか。ここにも正直な私たちの姿があるのではないでしょうか。若い頃は、自分は正義の味方だと思っていました。根拠のない自信です。自分の誠実さというものを信じていた時代があった。しかしその輝ける夏の日が終わる頃、少年はもう老いてしまって、自分の弱さを知るのではないでしょうか。

 実はここまでが、今日の説教の「前置き」です。人間の弱さを語ることに、余りにも多くの時間を割いてしまいました。実は、本当に語りたかったことは、この恐れの虜であったヨセフが、主の死後、ピラトのもとに走り始めることが出来たということです。その時、おそらく自分はイエスの弟子だから、遺体に対する権利を持つのだ、と主張したはずです。許可を得ると、ゴルゴタに残っている衆人環視のもと、イエス様のわき腹から流れ出た「血と水」(19:34)にまみれながら御遺体を降ろしたのです。それはきつい、きたない労働だったでしょうか。それどころではありません。彼はこの上なき形で、この後代々の教会が挙行する聖礼典、聖餐と洗礼に、全人類の中で最初に、浴びるほどあずかった人間となった、そこで歓喜と畏れに震えたのではないでしょうか。
 そしてもう一人の「夜の人」であったはずのニコデモも、日が沈んで安息日になる前に、ついに日の光の下に現れ出たのです。彼は夕日に照らされながら没薬と沈香を混ぜた香料百リトラ(32.6㎏)を担いで来ました。多量の香料を、皆がじっと見つめる中を通って、ゴルゴダの丘にニコデモは運んだのです。そして香料を添えた亜麻布で、主イエスのお身体を包んだ。この32.6㎏の重さの奉献に、私はニコデモの思い、最高法院で反対票を投じることが出来なかった懺悔の重さ、それにもかかわらず、その罪を贖って下さった十字架の主への感謝、その重さが込められていると思います。

 今朝発行された「月報」9月号に掲載した私の説教にありますが、この福音書は、かつて1リトラの高価な香油を、主に献げたベタニア村のマリアの献身を、このニコデモの姿に重ね合わせているのは確かだと思いました。つまり、この二人の男は、最後に、あのイエス様をこの上なく愛したマリアの心を持つに至ったと言われているのではないでしょうか。もう村八分を恐れない。身分剥奪を恐れない。それよりも主の「血と水」を浴びたい、彼らはそういう信仰者に変わったのです。それから五十年後に、こう二人の男に起こった魂の革命を福音書に書き記すヨハネ教会は、この物語を通して呼び掛けているのです。夜の会堂に未だ隠れている同胞に対して、そこから出てこないかと。ヨセフもニコデモも、アブラハムのように行き先を知らないで、光のもとに出てくることが出来たではないか、あなたたちも出来る。「イエスこそ神である」と一緒に教会で告白しよう、主が、サマリアの井戸端で約束した「決して渇かない水」と、カナの婚礼で振る舞われた「最良のぶどう酒」、その御血潮を飲むためにと。

 ではどうしてこの二人は変わることが出来たのでしょうか。先週私たちは、ヨハネ福音書19:30bで主は最期に「息を引き取られた」とありますが、これは「霊を引き渡した」と訳すことが出来る、そう学びました。主は誰に霊を引き渡されたのか、それは父なる神である、それは当然として、最近の研究では、これはヨハネ教会共同体に、御自身の霊を引き渡された、そのようなペンテコステの先取りが、もうこのゴルゴタで起こっていると言われるのです。
 使徒パウロはこう言いました。「神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。」(コリント一12:3)

 神の霊がもう教会への呪いの言葉、18祈願を唱えなくても済むようにして下さるのです。逆に「イエスは主である」と告白することが出来るようにされるのです。主は御自身の死と引き換えに、その聖霊を教会に残して下さったと言われるのです。だから、この夜の男たちも光の子に変わることが出来たのです。私たちは自力では無理でも、聖霊の息を受ければ新しくなれる、ペンテコステの日に、「炎のような舌」(使徒言行録2:3)であられる聖霊様が来てくださる、その時、私たちも信仰を公然と告白する「舌」をついに持つ者となるのです。

 「新しい墓」という暗示的な言葉もあります。「イエスが十字架につけられた所には園があり…新しい墓があった」(19:41)。これまで人間が持ったことがない「新しい墓」がここに与えられたと読みたいと思います。新しい墓とは、そこから復活の命が噴き出してくる墓です。主イエスだけがそこから復活するのではありません。私たちも主を信じる信仰を携えて墓に入る時、その墓は「命へ至る門」となるのです。その心をもって、バッハは『ヨハネ受難曲』において、この音楽の終わりに真に力強い合唱をおきました。そこでこう歌わせるのです。「この墓が、わたしに天の扉を開き、地獄への道をふさいでくれるのです」と。地獄の門と覚えられてきた墓を、主イエスが天への扉へと変えて下さった。救いの「血と水」を雨のように私たちに降り注ぐ十字架の恵みによってです。

 磯山雅先生は、ヨハネ福音書19:42の御言葉に注目しておられます。「その日はユダヤ人の準備の日であり、この墓が近かったので、そこにイエスを納めた。」ここのバッハによる「ヨハネ受難曲」の終わりの聖書朗唱「この墓が近かった」この中の「近い」、このたった一言をバッハがいかに複雑な音楽をもって際立たせようとしているか、先生はそれを詳細に音楽的に分析した後こう続けます。「このように扱われた『近い nahe』が万感の思いを込めて心に残るのは、筆者だけであろうか。文意としては、ユダヤ人が準備の日を過ごす上で便利だ、と言っているだけであるから、さしたる意味はない。おそらくこの語は、そういう前後関係から抜け出して、届いてきているのだと思う。バッハがこの言葉に込めたのは、誰にとってもイエスの墓は近くにある、ということだろうか、それとも埋葬が成り、復活はすぐ近くに迫っている、ということだろうか。」そう印象深く書くのです。

 私たちもいつか墓に入ります。しかしどこに埋められようとも、イエス様の墓も近くにあるのです。だからもう恐れる必要はない。何故なら、私たちの墓も主にあって「近い」からです。どこに近いのか。天国に近い、復活に近い、何よりも、私たちが生涯の中で犯した罪の贖いの十字架に、近いからであります。だから私たちは安心して墓に入ることが出来るのであります。

 映画『蝶の舌』に戻ると、何故ラスト、モンチョ少年は「蝶の舌」(ティロノリンコ)と叫んだのでしょうか。グレゴリオ先生は森でモンチョに教えました。「今は隠れていて見えないけど、蜜を吸う時に巻いていた舌を伸ばすんだ…」。それは希望の教えです。あなたたちが墓の中に入れられて隠れて見えなくなったとしても、しかし、やがて復活の朝が来れば、蝶の舌のように、命は光の中に現れ出るであろう。たとえあなたたちが、今は人を恐れ、信仰を夜の闇の中に隠していても、やがて聖霊が降れば、蝶が「舌」を伸ばすように、あなたたちも、舌を伸ばして信仰告白をする、その朝を迎えることが出来るであろう。あのヨセフとニコデモのように。そういうイースターとペンテコステの暗示が、この「蝶の舌」という題名には込められていると想像しました。

 西片町教会には墓がありません。ですから以前から会堂内に納骨堂を建設したらどうかという意見もありました。もしいつの日かそれが建設されるとしたら、その墓碑銘はどの言葉を選んだらよいでしょうか。ここまでヨハネ福音書を読んできた私たちはであれば、その納骨堂に、19:41「新しい墓」と名付けたくなるのではないでしょうか。「新しい墓」は、贖いの十字架に近い、復活の命に近い、天国の扉です、だから私たちは墓に入ることを恐れない。そのためにも、今、信仰告白の舌を、夏の太陽の光を浴びる蝶のように長く伸ばす、そのナザレ人キリスト者の人生を、聖霊の御力に頼って、終わりまで全うしたい、そのように願います。

 祈りましょう。 主イエス・キリストの父なる神様、御子の葬りの記事の中に溢れる希望の言葉を聞かせて下さり、心より感謝します。等しく迎えねばならない終わりの日に、私たちは皆、新しい墓に入るという希望を胸に、必要以上に死を恐れず、地上にあっては、主にある一筋の道を終わりまで歩む力を、聖霊をもってお与え下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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