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2020年8月9日 主日朝礼拝説教「低さの極みに輝く栄光」

2020年8月9日 主日朝礼拝説教「低さの極みに輝く栄光」

https://www.youtube.com/watch?v=Q8NjKczwlAA=1s

イザヤ50:10~11(旧1145頁) ヨハネ福音書18:1~11(新203頁)

説教者 山本裕司 牧師

「見よ、お前たちはそれぞれ、火をともし/松明を掲げている。行け、自分の火の光に頼って/自分で燃やす松明によって。わたしの手がこのことをお前たちに定めた。お前たちは苦悩のうちに横たわるであろう。」(イザヤ書50:11)

「それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。」(ヨハネ福音書18:3)

 先ほど朗読したヨハネ福音書の言葉は、主イエスが最後の晩餐を終えられた夜、弟子たちと共に園に出て行かれた出来事が書かれてありました。実はずっと前に読んだ、ヨハネ福音書14:31で、主イエスは一度、晩餐の席で「さあ、立て、ここから出かけよう」と弟子たちに促しておられます。ところが思い直されたのでしょう、お弟子たちにさらに説教を続けられる。そして終わりに丸々1章を割く、長い祈りをして下さいました。話が一度終わりそうになったのに、また話し出す牧師は嫌われるものですが、イエス様の場合は全く逆です。本当によく座り直して、15~17章までの、素晴らしいお言葉とお祈りをお残し下さったと思います。特に私たちは、このコロナ禍の試練の中で、この御言葉を聞き続けることが出来たことは、代々の教会と共に感謝してもしきれるものではありません。多くの励ましを受けることが出来たからです。
 
 祈りが終わって、再び受難週の物語が動き出した時は、夜も大層深まっていたに違いありません。主と弟子たちは一緒に「キドロンの谷の向こうへ出て行かれた」(18:1a)、と書かれています。シオンの丘からキドロンの谷に下るためには、急な坂を下りて行きます。キドロンとは雨期にだけ水が流れる荒涼としたV字型の谷です。夜空には、過ぎ越しの祭りの時期ですから満月があったはずです。しかしこの低い峡谷にまでは、その満月の光も届かなかったのかも知れない。主を捕らえに来た者たちも、18:3にありますように、「松明(たいまつ)やともし火」を手にしていたとあります。キドロンという名そのものが、ヘブライ語で「暗い」を意味するそうです。その谷を下っていくと、途中に、アブサロムの墓と呼ばれる建造物が見られます。これは旧約聖書の物語ですが、アブサロムとは父であるダビデ王を裏切って謀反を起こした王子です。彼は結局森の戦で、あえない最期を遂げました。ユダヤ人はこの墓の前を通る時、アブサロムの親不孝を責めて、石を投げつけるそうです。ですからその谷は裏切りを思い出させる谷、その名の通りの暗い谷です。主イエスを裏切ったユダも兵士たちを引き連れて、この暗い夜の谷を通ったことでしょう。

 暗いと人は光を求めます。しかしそうやって手にした光というのは、裏切りのユダとその一行にとって、ヨハネ18:3b「松明やとともし火」と書かれました。闇の中で主を捕らえようとする者の心は本当にありふれたことです。自分に不都合な人間を葬り去ろうとする行為です。それは現代でも、国家による戦争や暗殺、また私たちの小さな群れや家族の中にまでに広がっている人間の暗い習性です。あいつを消したい、そうすれば、自分は陽の当たる所に出られる、その貪欲が、逆にもっと深い暗黒を生み出しているのです。
 私たちの小さな世界でも、とうとう奴に勝った、しかしそれで、人は光を得たのでしょうか。確かに、光らしいものはある。夜のキドロンの谷を行く者が松明やともし火を掲げて光を見たように。しかし先ほどもう一箇所朗読した、旧約聖書・イザヤ書、これは「僕の歌」の一つですが、50:11(旧1145頁)にこうありました。「見よ、お前たちはそれぞれ、火をともし/松明を掲げている。行け、自分の火の光に頼って/自分で燃やす松明によって。…お前たちは苦悩のうちに横たわるであろう。」主の僕に逆らう者たちの掲げる松明とは、「自分の火の光」だと歌われるのです。偶像のことです。それは一見、救いの光であるかのように見せますが、実は偽物であり悪魔の発明、悪魔の誘惑です。この人間の作り出した松明は、やがて2000年後、8月6日の広島と、9日の長崎の頭上で光った核分裂の「火の玉」にまで成長したのではないでしょうか。しかしそれは言うまでもなく光ではない、直後、天を覆う黒雲に一変し、黒い雨を降らせ、地獄の夜の中に夥しい市民を突き落としたのです。その痛烈な経験がありながら、この松明に頼る人間のあり方は消えず、今や多くの国々が「核武装」を成し遂げ、核武装をもくろみ原発に固執し、この2020年、ついに、人類滅亡の100秒前であると、終末時計が時を刻むまでになった、それは先週の「平和聖日」にも申しました。

 イエス・キリストを預言する主の僕の求める生き方はそうではありません。イザヤ50:10「お前たちのうちにいるであろうか/主を畏れ、主の僕の声に聞き従う者が。闇の中を歩くときも、光のないときも/主の御名に信頼し、その神を支えとする者が。」その主の御名という真の光が照らすことを信じて、とたえ夜のキドロンの谷に下ることになっても前進しよう、唯一の神に信頼して、と言われるのです。

 バッハの「ヨハネ受難曲」は、今朝の18章から始まります。その音楽が鳴り響き始めた瞬間、私たちが等しく感じるのは、これはただ受難の悲劇を歌う音楽ではないということです。それはバッハがまるで神学者のように、このヨハネ福音書の受難物語の主題を正確に捉えて作曲したからです。それは聴衆を圧倒するような力強い大合唱から始まる。//「主よ、私たちを支配される主よ、その誉れは全地にあまねく輝いています。」そう神の光を賛美します。そして「あなたの受難を通して示して下さい、まことの神の子が、いかなる時にも、低さの極みにおいてさえ、栄光を与えられたことを」そう続きます。確かに低い暗いキドロンの谷に主は降りて行かれます。その時の音楽は「下降線」で描写されます。その下り道は十字架の低さを先取りしているのです。松明に頼る者たちが、主を葬り去ろうとする。それを主イエスは「受難」という言葉に込められるように、受動的に受け取った。そういう理解はヨハネ福音書にはありません。ここにはバッハが「マタイ受難曲」で見事にその悲痛を表現した、ゲツセマネの園における主イエスの葛藤はありません。マタイ福音書26:39では園での主イエスはもだえ苦しみ、うつ伏せのままなされた祈りは「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。…」この悲痛な祈りでした。しかしヨハネでは、18:11b「…父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」という迷いなき言葉になるのです。兵士たちが来た時も、18:4「イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。」と揺るぎなき力強い足取りで堂々と、ゴルゴタに向かって前進するお方です。
 ここで主体的に行動しておられるのは主イエスです。主は、ご受難の中に、積極的に進んで行かれるのです。どうしてでしょうか。そのことによって栄光をお受けになるためです。バッハはその信仰を洞察しました。だから真っ先に大合唱をさせる。「低さの極みにおいて栄光が与えられる」と。この「ヨハネ受難曲」は18:11節までのところで、バッハもひと区切りつけまして、そこにコラール(讃美歌)を入れます。この讃美歌は、宗教改革者ルターが作詞した、「主の祈り」を歌にしたものです。それをこの説教後の歌としました。讃美歌21-63の4節と共通のコラールです。「御旨が実現しますように、主なる神よ、地上でも、また天国でも。苦難の時に忍耐を与えてください」という歌詞です。確かに信仰者としての旅路には苦難がある。しかしそれに耐えて、主イエスにお従い出来ますように、そうすれば、「みこころの天になるごとく地にもさせたまえ」この「主の祈り」が実現するからです、そうコラールはここで歌うです。

 やがてこれは、今朝の御言葉を越えていますが、18:15「シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。」そうあります。ここでペトロと、おそらく愛弟子ヨハネでしょう、この二人が十字架に向かう主に従うのです。この御言葉の直後、ヨハネ受難曲は、まことに忘れ難いソプラノのアリアを歌い始めます。そこで「自分たちも主と共に前進しよう」とその決意を表します。その時、二本のフルートがユニゾンで軽やかに吹き鳴らされます。どうしてソロでなく2本のフルートなのでしょうか。磯山雅先生によると、これは主イエスとその弟子が共に進む信仰者の正しい道行きが表現されているとのことです。アリアは美しく歌います。「私もまた、喜ばしい足取りであなたについてゆきます。あなたを放しません、私の命、私の光よ。この歩みを励まし、やむことなく、いつも御手をもって私を導き、背を押して、励ましてください。」
 どうして十字架の低きに下る主に従う弟子の歩みが、スキップを踏むような、軽やかなフルートなのでしょうか。繰り返します。「低さの極みにおいてこそ、栄光が与えられる」からです。ヨハネ15:15は、ペトロは主に従ったと、バッハは歌いました。しかしペトロは、最初から、その御受難の主への服従に挫折していることは、誰もが知っていることです。それは、せっかくバッハが、フルートでその軽やかな歩みを歌い上げたのにもかかわらず、直ぐその足取りはひどく重くなります。18:26(新205頁)「大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」それを打ち消すことによってペトロは転びます。躓きます。耳を切り落とされたとは、今朝の御言葉にあった事件のことです。18:10「シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。」ペトロもここで、自前の松明を掲げたのです。それは剣です。そうやって松明やともし火と同じ性質の人工の光を求めました。18:3「松明やともし火や武器」とこの三つがワンセットで出てきます。受難曲はこの一つ一つの単語の後、大変印象深い「休符」を入れますが、それは磯山先生によれば「感嘆符」を表現するのです。「松明!ともし火!武器!」と。その「感嘆符」の意味は、おそらく人間が特にこの三つの自前の光を強調するからです。それを掲げて人間の力を誇示するのです。しかしそれはむしろ17:12「滅びの子」のすることであったのです。だから主は、11a「剣をさやに納めなさい」と命じました。闇に勝つためには、その三つのやり方では駄目だ。そのやり方は、一時、少々明るくなったと思っても、やがて、もっとひどい暗黒に飲まれるだけなのだ。18:11b「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」このやり方しか愛する者を守るすべはないのだ。18:9で主は祈られました。「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした。」真実に愛する人を守る方法は、剣を捨てる方法しかない。そう教えて下さるのです。

 主は、松明、ともし火、武器に頼るこの世の支配者の前に自ら進み出て、18:4b「だれを捜しているのか」と問われました。彼らは答える。18:5「ナザレのイエスだ」、そこでイエスは「わたしである」(egweimi)と言われました。ここに再び、紀元前一千数百年頃、モーセが神の山ホレブで教えて頂いた御名「わたしはある」が登場したのです。以前読んだ、ヨハネ8:58では、主イエスは、敵対する会堂のユダヤ人に、モーセよりもっと古い、紀元前二千年頃の「アブラハム」が生まれる前から、「わたしはある」と宣言されています。さらに言えば、先週読みました17:24ではさらに古く「天地創造の前から」とあります。つまりイエスは永遠の昔から存在される「わたしはある」という御名を持つ神の子なのです。
 世の者たちは、捜しているのは「ナザレのイエスだ」と言いました。それは、ヨハネ1:46で、ナタナエルが「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったように、文化果てる辺境ナザレ出身のイエスの低さを揶揄する意味があったのかもしれません。しかし受難曲冒頭の合唱に再び戻れば、「低さの極みにおいてこそ栄光は与えられる」のです。飼い葉桶に生まれ、寒村ナザレに育たれ、十字架のどん底で死なれるイエス、それは松明を掲げる権力者たちからは、何と低く暗い一生かと言われるような人生です。しかし、あに図らんや、このイエスこそ、神の栄光燦然と輝く「わたしはある」との御名を持つ永遠の神ご自身であるとの宣言が、ここでなされたのです。ですから、18:6「イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。」この不思議な勝利が出現する。「わたしはある」との御名を持つ神の子が十字架におつきになられる時、核分裂よりも強いエネルギーが出現する。そして「滅びの子」の罪を打ち倒すのです。悪魔を打ち倒すのです。死を打ち倒すのです。この主の贖罪の愛にこそ、真の強さと勝利があると福音書は訴えているのです。ペトロを初めとする私たちの罪、2本のフルートのユニゾンを歌い続けることが出来ず、途中で信仰に躓く罪、しかしその原罪を贖う、救いの光が、その低さから爆風のように放出される。そして私たちの原罪をも打ち倒すのです。
 
 それを私たちが信じる時、私たちの道行き、たとえキドロンの死の陰の谷を行く時も、災いを恐れなくなる。今度こそあのバッハの2本のフルートのユニゾンのように、軽やかに主に従う信仰の歩みを、私たちも進む者に変わることが出来る、それは何と幸いなことでしょう。

祈りましょう。主なる父なる神様、御子が教えて下さった十字架への愛の道が、赦しの道が、光を見る唯一の道であることを、私たちもまた信じることが出来ますように。その御言葉を毎週学びながら、しかし私たちは弱い者です、直ぐ躓く者です。しかしその罪をも御子がその力強き前進によって贖って下さった、その福音の光を信じ、今、人間の作り出した偶像の如き松明、ともし火、武器を改めて放棄する、その誓いをなす8月とならせて下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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