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2019年3月10日 主日朝礼拝説教「伝道の旅は終わらない」

2019年3月10日 主日朝礼拝説教「伝道の旅は終わらない」

使徒言行録28:17~31 山本裕司 牧師

「パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、/全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。」(使徒言行録28:30~31)

 2017年5月28日に1章1節から読み始めた使徒言行録の連続講解説教が本日(2019年3月10日)終わろうとしています。約1年10ヶ月の歳月を要しました。今朝終わると計算して読み始めたわけではありません。旅人が目的地を目指して毎日少しずつ歩を進める。その時、終わる日は分かりません。連続講解説教はそれに似ています。
 使徒言行録はまさに旅の物語でした。私たちは何度も『新共同訳聖書』巻末地図を礼拝の中で開いてきました。使徒言行録の後半は特にパウロの伝道旅行の記録です。計4回に亘る、現在のトルコ、ヨーロッパを巡る足跡を辿りながら、私たちもまた旅をしている。一緒に山を越え、異国の町々を訪ね、嵐の海で翻弄される、そうやって、私たちも今初代教会の伝道者と共に、伝道の旅、巡礼の旅を続けているのです。そしてついに創立130年を迎えようとしている今日にまで至った、そう思います。
 
 ルカの記す、使徒言行録最後の言葉はこうです。「パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、/全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」(28:30~31)。ここには否定的な言葉は一つもありません。晴れ渡った曇り無き言葉が並ぶ。そうであれば、この旅の物語は、ついに、目的の都に到着し、思い通り世界の中心ローマで伝道した、そういうハッピーエンドを迎えたのでしょうか。言うまでも無く、それだけではありません。
 パウロは確かに長年の祈りが叶って、ローマにいる、それは正しいのですが、自力で旅をしてきたのではありません。ローマ帝国の未決囚として連れられて来たのです。実際、「わたしはこのように鎖でつながれているのです。」(28:20)と言っているのです。番兵が一人つけられていた(28:16)とあるように、見張られていたのです。
 またパウロはさらに、当時地の果てと覚えられていたイスパニア、スペインに伝道したいと願っていました(ローマ15:23)。世界の中心ローマといえども、パウロの壮大な伝道計画の中ではゴールではなく、地の果て・イスパニアへの拠点の一つでした。そのスペインに行くことは出来なかったのですから、旅は未完に終わったのです。

 有名な「黄金伝説」の中にパウロも登場します。彼のローマにおける伝道によって、皇帝側近の兵士、家族など多くのローマ人が、キリストを永遠の王と信仰告白するようになりました。最初はキリスト教を無害と思っていた皇帝ネロは、自分以外の者が王と称えられていることに怒り狂った。そして、キリスト教徒を拷問にかけ、その迫害の手は、ついにパウロにも伸ばされます。その時、パウロは言うのです。「私の王は、まことに強大無比、やがては全世界の人々の裁き主としてご来任なさり、火でもってこの世界を一変させておしまいになりましょう。」
 ネロは、これを聞いて怒り、キリスト信者はその家もろとも、一人残らず焼き殺せ、パウロは打ち首にせよと命令した。ローマは火の海となる。その時、ローマに来た使徒ペトロが、主イエスと同じ十字架では恐れ多いと、逆さ十字架にかけられ殉教した。同日、パウロもまた処刑場に引き出される。彼はその時、母国の東を向いて祈った。それから首を差し出した。すると、胴体から離れた首は、母国語ではっきりと「イエス・キリスト」と一言叫んだ。そして「黄金伝説」は書くのです。これこそは、パウロが生涯の間あれほど甘美に、あれほどしばしば口にした言葉であった。というのは、彼の手紙にはキリスト、あるいはイエス、もしくは両方を結びつけたイエス・キリストという言葉が、約500回使われているということである、そう言うのです。

 パウロの最大の苦しみは、その最愛のヘブライ語の御名を、同胞ユダヤ人に受け入れてもらうことが出来なかったことです(ローマ9:2~4)。ローマに護送されて三日後、パウロはやはり自由ではなかったのでしょう。幽閉されていた家に、ローマに住むユダヤ人を招いています。彼らこそ、世界の誰よりも聖書に精通している。しかしその同胞が、パウロを自由にすることに「反対」(28:19)してきたのです。
 また、「イスラエルが希望していること」(28:20)とあります。イスラエル自身が何百年も抱いてきた希望、それは救い主が来るということです。油注がれた王の王・メシアが来る。その希望が叶った。もう救い主、王は来たのだ、そのパウロが語る福音が拒絶される。イスラエルは何度も大国との戦争に敗れ、囚われの身になった。それを解放するメシア・キリストが来臨する。パウロの時代は、帝国ローマによって支配されている。そのような囚われの世界から解放してくれる王の王を待っていた。それが希望です。ついにそのメシアが来たのだ。その御名こそイエス・キリストと。
 しかし、そこでパウロは言う。そのお方、王の王は、帝国と武力をもって戦うダビデのような軍事的王ではない。キリストは、先ず私たちを罪の虜から解放する王だった。勿論、イエス・キリストは社会的抑圧・不正と戦って下さるお方です。しかし主はどんな革命が起こっても、そこで人が「罪と悪魔と死」の虜になっているのであれば、人はやはり囚人である、そうお考えだったと思う。
 だから主イエスは、軍馬ではなくて、ロバの子に乗って、エルサレムに入場され、弟子たちに剣を取ることを許されませんでした。そして十字架につかれました。ところが驚くべきことに、そこから春の命の息吹が吹き出してくる。罪と死と悪魔からの自由解放が起こった。それがやがて実際に、罪の帝国ローマを滅ぼしてしまう力となる、そう言えるのです。

 そのことが、神の民イスラエルにはどうしても分からなかった。別の集会日を改めて定めて、パウロは大勢のユダヤ人を宿舎に集めました(28:23)。そして朝から夜まで、一所懸命、旧約聖書を引用しながら、そこにイエス・キリストのことがもう預言されていると説教した。とうとう、ある者は受け入れてくれた。しかしなおユダヤ人全体としては、イザヤの預言がそのまま実現してしまった。そう深い悲しみの中でパウロは引用せざるを得なかったのです。「この民のところへ行って言え。あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、/見るには見るが、決して認めない」(28:26)。
 
 そうこうしている間に、皇帝ネロの教会に対する大弾圧が始まります。本当に教会もパウロ自身も、思うに任せず、不自由であったと思う。それにもかかわらずルカは、この使徒言行録の最後にこの言葉を置いた。「全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」(28:31)。ローマによって鎖に繋がれていても、同胞の反対に遭って身動きが取れなくても、パウロは自由だ、ということは、キリスト者は自由だ、と言おうとしているのです。
 私たちの人生はどうでしょうか。確かに私たちはパウロのような囚人ではない。しかし私たちはこの人生の中で、様々な束縛を受けています。弱っている家族に、愛の故に、仕え続け、一日も家を空けることも出来ない。そういう方もおられるかもしれない。自分自身が病弱であり、何をするにも自由が利かない。そういう方もいると思います。肉体は健康であって、今直ぐローマにだって、スペインにだって旅行出来る。そうだとしても、それでいて、心は解き放たれることはない。
 私たちはローマ帝国の囚人でなくても、様々なしがらみに捕らえられていることに変わりがないのです。しかしルカはそれを承知で、私たちは自由なのだ、何者にも縛られていない、そう言っている。それは私たちの救い主、イエス・キリストがそうして下さったからです。一番私たちを縛っている罪の鎖を解き放って下さいました。罪からの自由とは、もう私たちが罪を犯さなくなることではありません。罪が赦されたということです。さらに私たちを縛る悪魔に主は勝利され、復活されて、私たちを死からも自由にして下さったのです。
 パウロは「神の国」(28:31)を宣べ伝えた、と書かれています。神の支配の意味です。もうローマの支配にいない。たとえ肉体は縛られていても、魂は、神の支配の中に、私たちは移されているのです。どんなに肉体は捕らえられていても、私は自由だ、と言える素晴らしい神の言葉を、パウロは地の果て、スペインにまで宣べ伝えたいと願いました。しかしパウロは先にも指摘したように、出来なかった。

 しかしナチスによって捕らえられた牧師ニーメラーはこう言いました。「しかし神の言葉は繋がれない」と。パウロが引用した預言者イザヤも、ここで絶望しているかのようですが、やがて、どんなに神の民の森が焼き払われても、その切り株から新しい希望が芽生えると、それが王の王だと、歌い始めることが出来ました。神の言葉は繋がれないからです。その確信が、このルカが書く使徒言行録の大団円、フィナーレの明るい、輝ける言葉になりました。

 パウロの伝道旅行、その地図のコースが、ローマで途切れても、しかし伝道は続きます。神の言葉は繋がれないからです。どのような切り株からも、新たに聖霊は伝道者を起こして、御言葉を伝えていきます。

 1年10ヶ月前を思い起こせば、使徒言行録は、その冒頭に、印象深い主の言葉を記していました。復活された主イエスは、弟子たちが見守る中、天に挙げられる時、弟子たちに言われたのです。
 「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(1:8)。実に、使徒言行録の全体は、この最初の主イエスの言葉が実現していく物語として描かれているのです。
 その主のご計画が実現されるために、聖霊はキリスト者に力を与えます。伝道者が起こされ、御業のために用いられていく。パウロもその一人でした。パウロが行けなければ、別の者が、パウロの夢を果たすために続く。神の言葉は繋がれることはありません。伝道は終わりません。

 ある夜テレビを見てたら、スペインの世界遺産、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路が映し出されていました。その映像に魅了されました。険しいピレネー山脈を超えて、フランス国境を跨ぎ、北スペインを横断する旅路、全行程を歩くには一日30~40㎞歩いたとしても、約一ヶ月かかる巡礼道です。大昔に開かれたこの信仰の道を、今なお老若男女がヨーロッパ世界の西の果て、そこに建つ聖ヤコブ大聖堂を目指して旅します。それは私には、まるでパウロの夢を受け継いだかのように見えました。そして私は思います。私も、またここにいる全ての兄弟姉妹も、現実に西の果てに行かなくても、全く同じように巡礼をしているのだと。

 パウロを初めとして、新約聖書を書いた誰も知らなかった、東側の地の果てこそ、この私たちの住む日本です。救世軍の優れた指導者山室軍平は、自分は今、使徒言行録を書き続けていると言いました。使徒言行録の冒頭で、復活の主イエスの言われたご命令を、この東の地の果てで実現しているのだと。それがこの神の兵士・山室軍平であると。使徒言行録は私によってなお続いている、と言ったのです。パウロは偉い、山室軍平は偉い、ということではないのです。聖霊に背を押される時、誰もがこの地の果てに御言葉を宣べ伝える旅に出る。西の果て、東の果てに、もう福音は伝わったから地の果ては地球には残っていないということでもない。地の果ては私たちの直ぐ近くにある。例えばそれは家族です。家族に福音を宣べ伝えることは他人に伝えるより難しいと言われる。そここそ地の果てかもしれない。例えばそれは自身の魂の奥底です。表面的には福音を聞いているようで、いわば本気にしていない胸の奥がある。その自分自身の地の果てにこそ、神の支配が及ぶように、日毎、自ら伝道しなければならないのではないでしょうか。

 「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(1:8)。
  
 東京神学大学のある年の学生が、その卒業に際して、その同窓のクラス名をこう決めたそうです「使徒言行録29章」と。使徒言行録は言うまでもない、この28章で終わります。しかしそのクラスは、これから我ら卒業生が、日本中の地の果てに散って、使徒言行録の続き、29章を書いていこう、そう志を、この名をもって立てたのです。私たちも同じです。伝道は終わりません。神の言葉は終わらない。私たちも本日、28章を読み終えた後、パウロからの「タスキ」を受け、私たち西片町教会の使徒言行録29章を今日から綴っていきたい、そう願う。

 祈りましょう。 主なる神様、あなたは私たちの教会の旅を、130年導いて下さいました、そのことを感謝します。どうか、ここから、次の130年に向けて、私たちを旅立たせて下さい。伝道は困難ですが、神の言葉は繋がれることはないと教えられました。私たちもまたパウロに倣い、御子が既に作り始めて下さった神の国を、地の果てまで広げて行く使命を果たすことが出来ますように、聖霊の風をさらに送って下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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