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2015年2月15日 主日朝礼拝説教 「力ある言葉を求めて」

2015年2月15日 主日朝礼拝説教 「力ある言葉を求めて」

説教者 山本 裕司 牧師

ルカによる福音書 7:1~10



神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。  (創世記1:3)

百人隊長に重んじられている部下が、病気で死にかかっていた。 (ルカによる福音書7:2)



 聖餐式文の中にこういう言葉があります。「ふさわしくないままでパンを食べ、その杯を飲むことのないよう、自分をよく確かめて、聖餐にあずかりましょう。」、これは、コリント一11章の使徒パウロの言葉からきています。これを聞くと、聖餐に「ふさわしい」人とは、一月間、正しく生きた信仰者のことだろう、逆に、聖餐に「ふさわしくない」のは、罪を犯して生きた者のことだろう。そう理解するかもしれません。しかし、そうでないことが、このルカ福音書の物語で言い表されているのです。

 カファルナウムには、ローマが軍隊を駐屯させていて、そこに百人の兵を指揮する百人隊長がいました。彼はむろんローマ人です。異邦人は、たとえメシアが来ても救われないと考えられていました。そのように、通常は異邦人に対して冷淡なユダヤ人長老が、この百人隊長には態度が違いました。この百人隊長の部下が病気で死にかかった時、隊長の懇請を受けた長老は、主イエスに願いました。「あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。」(ルカ7:4)、ここに「ふさわしい」という言葉が出てきます。どうしてかというと、「わたしたちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです。」(7:5)、一人で建築費の全てを献金したのかもしれません。多くを愛し、多くを献げた、だから「ふさわしい」と言うのです。そうでしょうか。そういう立派な人だけが、聖餐に代表される神の慈しみを受けるに「ふさわしい人」なのでしょうか。

 昔、私はかつて仕えていた教会に行って、その祈祷室に入ったら見慣れない絵画が飾ってある。当時の牧師に尋ねると、これはかつてオルガンを献品された医者の息子の贈り物だと言う。画家ダリの作品です。美しい教会堂に横たわる死者を天使が天に引き上げている。その死者は、自分の財を献げてその会堂を建てた貴族であった。その功徳の故に、今、自分の建てた礼拝堂から天に引き上げられるという意味を示す絵なのだそうです。そして、これを教会に贈った人は、自分の父親がオルガンを献げたので、父は天に上げられたのだと、言いたいのだろう、と牧師は力なく答えるのです。私はその時思わず言いました。この絵は直ぐ外さなければならない、私たちの教会は、そのようなことを最も嫌う教会であったのではないか、と。次に訪れた時、絵画はありませんでした。

 一人でオルガンや礼拝堂を奉献したから天国に行く、とんでもないことです。ユダヤの長老たちは、会堂を建てた人だから、救ってあげるに「ふさわしい」と言った。この考えを覆すために、主は来られたと言って良いと思います。ユダヤの律法主義とは、心が健康な人を、神は招いて下さると言う教えです。主はそうではないと既に教えて下さった。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」(5:31~32)、しかし、主イエスは、病人のために出掛けられた。それはその人の功績によってではない。病人とそれを愛する者への憐れみの故、ただ恵みによってのみ、です。ところが、まだその家に着かない前に、百人隊長の友達が来て伝言した。「主よ、御足労には及びません。わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。」(7:6)、先にも指摘しました。イスラエルは、メシア来臨の時、自分たちの所に真っ先に来るのが「当然」と思っていた。自分たちは律法を守った、だからメシアの救いに我々は「ふさわしい」と、確信した。しかし、この百人隊長は、わたしの方からお伺いするのさえ「ふさわしくない」と思いました(7:7)と言ったのです。その時、主イエスは感嘆の声を上げられた。「イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」(7:9)と。
 自分が御前に「ふさわしい」と思う者は、むしろ、ふさわしくない。逆に「ふさわしくない」と思う者が、ふさわしかったのです。御前に真に健康な者、真に全てを奉献した者は、実は一人もいない。自分の病気に気づき、ただ主イエスの一方的な恵みと力に寄り頼むところに、聖餐にふさわしい信仰が生じるのです。
 西片町教会では、聖餐において、会衆が恵みの座にまで出ます。その姿には、「主よ、ご足労には及びません」(7:6)との、百人隊長の心が込められているのではないでしょうか。御子が何億光年の距離を超えて、私たちの所へ来て下さった、クリスマスの御献身に、私たちは、本当にささやかなことです、数メートルですが、それにお応えする巡礼をなすのです。西片町教会に来る以前、私が経験してきた聖餐は全て配餐方式でした。会衆は動かないのです。それは今、夕礼拝に採用されています。聖餐の方が一方的に近寄ってくる。しかし、もしそこで、会衆が椅子にふんぞり返って、当たり前だと、私こそ、聖餐に「ふさわしい」と思うなら、それこそ「主のからだと血とを犯す」(コリント一11:27、口語訳)のではないでしょうか。それは、主が、御体と御血潮をもって実現した、罪の贖いと死からの救いを空しくする心だと思う。

 もう一つ、主が百人隊長をお褒めになった理由は、彼が「ひと言おっしゃってください」(7:7))、そう求めたことにあると思います。私が以前した教会学校での説教を紹介します。
 百人隊長の部下が病気になりました。隊長はその部下を愛していました。だからどんなに忙しくても、一日に一度は、部下の病室を訪ねて話しかけました。話しかけると言っても、「お体いかがですか、お大事になさって下さいね」、何て口調ではありません。偉い隊長ですから、部下に対して言う言葉はいつも命令口調です。「貴様は未だ寝ているのか。早く良くなれ!」、はっと気付いて目を開けた病人は、やっとの思いで敬礼をしました。「アイ・アイ・サー」、「よし!」、百人隊長は頷いて出て行きました。次の日も隊長は見舞いに来ます。ところが、見ると、部下は昨日よりも顔が青ざめている。「おい、起きろ」、兵士は目を覚ましました。「飯は食ったか」、「いえ、隊長」、「食え!」「かしこまりました。」、帰り際、隊長は賄いに「一番上等の肉を食わせろ」と命じた。心配になって隊長は夕方また病室に行ってみると、寝ている兵士の横に、冷えたお肉が皿にのったままです。「お前は何故食わない」、痩せ衰えた部下は、「隊長、食欲がありません」、「駄目だ、食え、起こしてやる」、隊長に押されてやっとの思いで起きた部下は、肉を口に入れましたが、そのままくわえているだけです。「食えません」、そして、兵士の目から涙がぽたぽた落ちました。隊長は慌てて大声で言った。「泣くな!ローマ帝国軍人は泣かない。」その声が変にかすれていたので、病人がはっと見上げると、隊長の目からも涙が、ぽたぽたと流れ落ちていたのです。
 次の日、隊長が病室に行くと、もう部下は息も絶え絶えでした。隊長は大声を発した。「ローマ帝国軍兵士よ、よく聞け、ローマ皇帝の御名によって命ずる。死ぬな!」ところが、病人の目は開かず、敬礼をしようとした右手が少し動いただけで、ぱったりと落ち、その口からは「かしこまり…」まで言って、後は言葉になりません。隊長は「俺の命令が聞けないのか。俺の命令はローマ皇帝の命令であるぞ、貴様は現人神であられる皇帝の命に従わないのか!」、しかし、もう答えはありません。
 隊長は自問した。「どうしたらいいのだ。百人隊長である俺の言葉も、自分が神だと言っている皇帝の命も聞けないなら、誰の言葉なら、この者は服従するのか。」、その時、隊長ははっとしました。命じた通りになった話をどこかで聞いたことがあるぞ、と。汚れた霊に取りつかれた男がわめいていた。そこにイエスという男が来て、「黙れ。この人から出ていけ」(4:35)と命令した。すると、悪霊はその男から出て行ってしまった、という噂を。隊長は「これだ」と思いました。隊長は長老たちや、友達を使いにやって言わせた。「ひと言おっしゃってください。そして、わたしの僕をいやしてください。わたしも権威の下に置かれている者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」(7:7b~8)、わざわざお越し頂かなくても結構、軍人の世界では、遠い異国でも、上の者が伝令すれば下の者は従います。あなたこそ、真に力あるお方、百人隊長である私よりも上のお方、いえ、ここだけの話ですけれども、あの悪霊の話から考えると、あなた様は、ローマ皇帝より力あるお方、王の王、主の主、真の神であられるのではないでしょうか。だから、権威あるお言葉を下さい。私の愛する部下に、そこからでいいです、命令して下さい。「病気よ、兵士から出ていけ、兵士よ、生きよと、そうしたら僕は癒されます。」そう言った。イエス様は感心した。そして、群衆の方を振り向いて言われた。「言っておくが、イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。」(7:9)、使いの者が家に帰ると、部下は元気になっていました。

 私は中学生の時、深夜、ラジオ放送を聞きました。自我に目覚め自分の内外の「深い闇」に気付く年頃です。その闇の中の一筋の光を深夜放送に求めた、そう思います。一番良く聞いたのは、金曜午前1時から始まる、知る人ぞ知る、知らない人は全く知らない、野沢那智と白石冬美の「パックインミュージック」でした。その夜も、DJ那智さんが、リスナーからの投稿を読みます。それは一人の若い女性からの投稿で、こう始まりました。
 「わたし、顔面の難病で明日手術を受けるの。わたしは小さな頃から、皆から可愛い可愛いと言われ、そんなもんかと思って育ちました。でも明日、手術した後、顔半分はなくなります。顔半分のお化けになるの。それでも私は生きられますか。死んだ方がいいのではないですか。自分で死ぬかもしれない。どうか、那智さん、朝を迎えられるように、真夜中に、生きろって言って。」、読み終わったその瞬間、ラジオの中の野沢那智が、それこそ、僕が、飛び上がるほど、大声で、「生きろ!」と叫んだ。そして、一呼吸おいて「生きて下さいね」と呟いたのです。50年弱前の放送です。しかし記憶から消えることはない。それは力ある言葉です。
 私は後に、このように教会の説教者となって、度々、あの真夜中の声を思い出します。「生きろ!」とマイクの前で叫んだ、あのラジオの人、あの力ある言葉に匹敵する言葉を、自分はこれまで、未だ一度も、この礼拝堂で、語ることは出来ていない、そのような気がする。
 しかし、実は、私が語れようと語れまいと、聖書の中で神が語って下さる。私たちがもう死ぬと思った瞬間、イエス様が「生きろ!」と大声で叫んでおられる。創世記冒頭で、いきなり、天地創造の神は、虚無の闇に向かって「光あれ」と命じた。すると「光があった」そう続く。神の言葉の権威の前に、闇も死も服従せざるを得ない。父なる神は今朝もまた闇に向かって「光あれ!」と、御子イエスは、死者に向かって「生きろ!」と命じておられる。この力ある言葉に勝つ闇はない。この大声に勝る死はない。ここに私たちの唯一の生きる希望がある。

 祈りましょう。   主なる父なる神様、敬愛する高瀬尚也兄弟の死の知らせから始まった、朝なのに暗い、この礼拝の中に、「光あれ」と、「生きろ」と、力ある言葉を聞かせて下さった恵みに感謝します。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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