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2014年6月22日 主日朝礼拝説教 「外へ追い出される説教者」

2014年6月22日 主日朝礼拝説教「外へ追い出される説教者」

説教者 山本 裕司 牧師

ルカによる福音書 4:16~30


「ナタンはダビデに向かって言った。『その男はあなただ。…』」 (サムエル記下 12:7a)

「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。…」 (ルカによる福音書 4:24)



 私たちプロテスタント教会において、礼拝の中心は説教である、そう昔から教わってきました。しかしこの頃は、説教もまた礼拝プログラムの一つに過ぎないと言われるようになりました。あるいは、「聖書朗読」こそ礼拝の頂点あると指摘され、それがあれば、説教なしでも礼拝は成り立つと主張する人も現れました。私はそれらの考えも意味があると思いながら、しかし、そのように、説教位置の変更を迫る主張の背後に、何か隠された動機があるのではないか、そんな気もしたのです。それは、何とかして説教のもっている、躓きと言うか、難しさや混乱と言ったらよいでしょうか、何とかそれを回避したい、礼拝の中から躓きを取り去り、爽やかで気楽な礼拝を作りたい、そのような人間の願望が隠されていないかと疑ったこともあります。

 第一に説教がなくなれば牧師が一番喜ぶのです。説教をすることは、余りにも激しい戦いです。説教者も原罪を持つ、有限の人間に過ぎません。その者が、義なる、永遠の、神の言葉を、語る、それはまさに「mission impossible」であります。従って、説教とは、聖霊様にすがりつつ、不可能の可能性に挑戦することとなる。その使命は、その日与えられた聖書の言葉を正しく語り直すことです。礼拝で神の言葉を語るなら聖書朗読が一番間違わないで済む方法であるに違いありません。しかし、説教なしのミサを捧げていた中世カトリック教会にプロテスト(異議申し立て)をして、プロテスタント教会を立ち上げた改革者たちは、そうは思わなかった。聖書の御言葉が、今日、ここで、実現するためには、聖書朗読に続いて説教が必要だと覚えて礼拝改革を断行しました。


 今朝与えられたルカ福音書にあるように、ナザレの会堂で主イエスもまた、預言者イザヤの書の聖書朗読に続いて説教を始められました。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」(ルカ4:21)と。この「実現」のために説教がどうしても必要なのです。


 説教を語ることは、戦いであると言いましたが、そうであるなら、説教を聴くこともまた激しい戦いであります。「聖書朗読」においては、その内容が、どれほど厳しくても、不思議なことに会衆は抵抗を持ちません。よそ事に感じられるからでしょうか。聖書と自分との間に距離があるのです。説教はその距離を取り払い、私たちを神の面前に立たせる、礼拝における最重要の働きを担います。この御言葉は他でもない「今、ここにおける、あなたに」直接語られているのだ、と。

 主イエスはさらに別の聖書の箇所「列王記」を引用されます。(ルカ4:25~27)、昔、偉大な預言者エリヤもエリシャも、母国イスラエルの所に行かなかった。異邦人のみを救った、そう聖書に書いてある。しかしここでも、主イエスは朗読をして終わったのではない。「ナザレのイエスが御利益を与えるなら、当然、郷里ナザレであると確信するナザレ人よ、しかし「列王記」にある通り、私もあなたたちの所に遣わされない。聖書においてイスラエルの両預言者が遣わせられなかった、「昔のイスラエル」とは、「今のナザレ」のことだ!」、そう聖書を現代化する。これこそ説教なのです。その説教を聞いたナザレの人々は怒り狂いました。

 私たちの場合は、説教の中で、会衆の誰かの名を、ネガティブな意味で挙げることはありません。しかし、正しい説教は、今、ここに座る、私を、名指しで迫ってくる面を持つのです。それは聴く会衆にとって、聖書朗読の時には忘れている、神と直に向き合う、人生の中で最も厳粛、緊張の瞬間であります。


 今朝、もう一箇所朗読頂きました旧約・サムエル下12章の物語においては、預言者ナタンが王ダビデの所に来て言います。小羊を娘のように愛していた貧しい男がいた。「小羊は彼のもとで育ち、息子たちと一緒にいて/彼の皿から食べ、彼の椀から飲み/彼のふところで眠り」(サムエル下12:3)とありますが、大昔からペットを溺愛する者がいたという別の興味も湧いてきます。ところが、金持ちがその小羊を奪い、自分の客に振る舞ったのです、とナタンは王に訴えた。王ダビデは「その男は何ということをしたのか」と憤慨しますが、所詮よそ事だと思った瞬間、預言者ナタンはダビデを指して言った。「その男はあなただ!」、その瞬間、ダビデは地面に打ち倒されました。説教はこういう働きをするのです。

 ダビデは直ちに懺悔の姿勢を取りましたが、私たちはそれがなかなか出来ないのではないでしょうか。むしろ自分のことが言われたと知った瞬間、逆ギレするかもしれません。自分より人生経験も乏しい若い教師の説教を、「神の言葉」として聴くこと、それは語る者以上に、聴く者の激しい信仰の戦いとなるのです。事実は、私のような年配の牧師こそが、最も他人の説教を素直に聞けない存在となりがちです。


 故郷ナザレの会堂における主イエスの説教は、これは、先週の解釈(「月報」2014年7月号、2頁参照)と別の理解ですが、「この人はヨセフの子ではないか」(ルカ4:22)との反発を生む。子どもの頃の無力なイエスをよく覚えているのです。一介の労働者ヨセフの子に何が分かるかという思いです。かくして、主イエスの説教は、会衆の憤激を呼び起こす。人々は、総立ちになりました。(4:29)、そしてイエスを町の外に連れ出し崖から突き落とそうとしたのです。私は、幸か不幸か、今のところ、説教後、皆さんが讃美歌を歌うためでなくて、総立ちとなり、殺されそうになったことはありません。しかし、殺意とまではいかなくても、私がした説教に対して、不快感をもった信徒がいたことを、本人からはではなく、回り回って聞かされたことは、何度も、と言ってよいでしょう、あります。それは私の説教が未熟であり聴衆への配慮に欠けていたからですが、しかしそればかりではなく、聖書の言葉が真っ直ぐに自分に向けられた時、それは私たちにとって、いつも心地よい音楽のようなわけにはいかない、これもまた真実なのです。


 神学校の同窓・志村真牧師(中部学院大学教授)は、何故ナザレの会堂に主イエスに対するこれほどの殺意が渦巻いたのか、その理由は、そもそも主イエスの聖書朗読に端を発していると説き明かしています。(『教会暦による説教集』一巻「イエスの誕生」)、当時のナザレの人々には、ガリラヤ周辺で奮われてきたローマ軍の蛮行に対する復讐心が溢れていた。ナザレの会堂には、ローマ軍によって身内を殺された者も何人も参列していたはずです。その中で主イエスは、安息日日課・イザヤ書61章を朗読されました。「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、/主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、/捕らわれている人に解放を、/目の見えない人に視力の回復を告げ、/圧迫されている人を自由にし、/ 主の恵みの年を告げるためである。」(ルカ4:18~19)


 この朗読を聞いた時「会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれ」(4:20b)ました。それは、主イエスが、皆が待ち望んでいた最後の一行を、聖書日課通りに読まないで、朗読を終えてしまったからだと、志村先生は言うのです。私たちの朝礼拝では、説教者ではなく司式者が聖書朗読をします。その時、私が予告した箇所通りに読まれないことが時々あります。ずっと先まで読んでしまったり、途中で終わってしまったり、私も人のことは言えませんが、礼拝の中では実にいろいろな間違いが起こります。しかし、この2000年前の会堂ではそういうイージーミスではないことが直ぐ分かりました。イエスは、わざとしたのだ、と。この日の聖書日課は、最後に復讐預言が来るのです。旧約本文では「主が恵みをお与えになる年/わたしたちの神が報復される日を告知(する)」(イザヤ61:2)と続くのです。そしてその礼拝の慣わしでは、直後にアーメンと唱和し、ローマに対する呪いの言葉が応答される。そして来るべき「自衛」のための武装蜂起を呼び掛ける説教となるはずであったのです。しかし主イエスは、その報復の箇所を封印するかのように「巻物を巻き」(4:20a)ました。「会堂にいる全ての人々の目がイエスに注がれ(た)」(ルカ4:20b)、ナザレ人が最も期待していた言葉を読まれなかった。それから説教に入られたのです。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」(4:21)と、それは「ナザレ人よ、あなたたちがローマへの報復を放棄するなら、まさに預言者イザヤが預言した、自由解放が、今この時に、ここから実現するのだ」、そういう意味の説教だったと志村牧師は解する。つまり復讐を捨てることが、今、ここにおける、神の言葉なのだ、と。何故、ナザレの村に、自由が訪れないかと言うと、ナザレのあなた方が未だ復讐に生きているからだ、そういう意味だったのです。これに対する会衆の肯定的反応は、「皆はイエスをほめ」(4:22)という一言だけです。しかも、これも先週の説教(「月報」2014年7月号2頁参照)とは異なる理解ですが、原文では「皆はイエスを弾劾した」と全く反対に訳すことが可能です。他の反応は、全て拒絶反応ばかりでした。ナザレの民が「我が意を得たり」という説教を聞きたい、その期待に真っ向から挑戦する説教だったからです。そのため主イエスは、町の外へ追い出され、崖から突き落とされそうになりましたが、無抵抗・非暴力を貫かれました。十字架につかれる時と同じです。


 2000年前のナザレの人々とは「今日、西片町教会会堂に座す」私たちのことであります。「腑に落ちない」と自分の意に沿わない説教に耳を塞ぐ私たちは、そうやって神の「言」(ヨハネ1:1)をもう一度十字架につけようとする。ところがそのような、神への反逆に生きる私たちに、御子は自衛も報復もされませんでした。むしろ、話は逆であって、その私たちの罪を御自身の血をもって贖って下さった、敵である私たちを愛して下さった。そうやって、神の子として「平和を実現」(マタイ5:9a)して下さったのです。だから、あなたたちも「神の子と呼ばれる」(5:9b)ために、もう報復預言は封印して欲しい。愛と赦しに生きて欲しい。「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄」(「日本国憲法」第九条)して欲しい。この決断は「戦争を知らずに、おとなになった」好戦的為政者たちが声高に主張するように、滅びをもたらすものではない。最後に勝利するのは、武力と報復ではなく、愛と赦しに生きた者だ、そう主は言われる。

 崖から突き落とされそうになった主イエスは「人々の間を通り抜けて立ち去られた」(ルカ4:30)、これは主の復活を暗示すると言われます。たとい、集団的自衛権と復讐を断念して殺されても、人々の「殺意」の間を通り抜けて、甦ることが出来るであろう、わたしのようにと、御子イエスはナザレの人々に訴えておられるのです。この復活の希望を信じて、私たち礼拝者は、説教の甘さだけでなく、苦さをも受け入れるのです。そこで、苦さの「間を通り抜けて」(4:30)、やがて「蜜のように口に甘(い)」(エゼキエル3:3)甦りの命の味覚に至ることが出来る、説教を聴く喜びはここに極まる。



 祈りましょう。  主なる神様、御言葉を直面した時、岩のように頑なになる私たちに、どうか幼子のような柔らかな心を与えて下さい。そのためにも御言葉に御霊を添えて下さい。聖霊の執り成しによって、貧しい一人の説教者の限界を持つ言葉を、神の言葉として聴くことが可能となるように導いて下さい。 





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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