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2014年10月12日 日韓合同修養会・ソウルチェイル教会主日礼拝説教

2014年10月12日 日韓合同修養会・ソウルチェイル教会主日礼拝説教 「神か神々か、命か死か、それを今、選択せよ」

説教者 山本 裕司 牧師

エレミヤ書 7:30~34



「彼らはベン・ヒノムの谷にトフェトの聖なる高台を築いて息子、娘を火で焼いた。このようなことをわたしは命じたこともなく、心に思い浮かべたこともない。」

(エレミヤ書 7:31)



 預言者エレミヤと同時代のユダ王はヨシヤでした。彼はカナンの偶像神を廃し、唯一の神に立ち帰ることをもって、国を立ち直らせようとした名君でした。そのために神殿改修をしている時、イスラエルから長く失われていた「契約の書」が発見されます。この書こそ、今回の第19回日韓合同修養会の「主題聖句」である、申命記のオリジナル「原申命記」でした。この書を獲得することによって、ヨシヤの宗教改革は決定的な根拠を得たのです。エレミヤはこの唯一の神への信仰復興に、神の御心を見て、ヨシヤの運動を支える預言者活動を開始したのです。

 この修養会の主題聖句において、主は「今日、命と幸い、死と災いをイスラエルの前に置く」、そう言って続けられます。「わたしが今日命じるとおり、あなたの神、主を愛し、…その戒めと掟と法を守るならば、あなたは命を得」る。(申命記30:16)、そして、「もしあなたが心変わりして聞き従わず、惑わされて他の神々にひれ伏し仕えるならば、…あなたたちは必ず滅びる」(30:17~18)。つまり「神か神々か、命か死か、それを今、選択せよ」、と主は私たちに迫っておられるのです。


 イスラエルは、もともと遊牧の民でした。砂漠を移動し定住することはありません。私たちも旅行をする時、なるべく持ち物を減らします。同様に、遊牧の生活で財産を蓄えることは無意味です。土地や泉は共有財産であり、個人が独占することはありません。みな平等でした。またイスラエルは、荒野という厳しい環境の中で、自分たちを生かすものは、富だとは考えませんでした。日々、食べ物を与えて下さるのは神だけです。出エジブト記にあるように、イスラエルが砂漠で飢えた時、神はマナを降らせて下さいました。それは、毎朝取らなくてはならない。貯えることは出来ない。だから彼らは日毎、食毎に感謝の礼拝を捧げました。この神を中心とする部族が食を分け合って生きる時、命を得る。贅沢は出来ません。しかし神が必要なものは全て与えて下さる。その感謝の中で、明日のことを思い悩むことなき(マタイ6:34)、「荒野の精神」と呼ぶべき価値観が形成されていったのです。

 ところが、イスラエルは荒野の旅を終えて「乳と蜜の流れる地」カナンに入り定住します。遊牧から農業への移行は、彼らの生活を一変させました。富を蓄えることが可能となったのです。生活水準は上昇し、貧富の差が生じ、平等は崩れ、荒野の精神・足ることを知る心、分け合う心は失われました。

 「こうして、彼らは強大になり富を蓄える。彼らは太って、色つやもよく、その悪事には限りがない。みなしごの訴えを取り上げず、助けもせず、貧しい者を正しく裁くこともしない。」(エレミヤ5:27b~28)

 肥沃の地カナンは富と繁栄の神々・農業神バアルやモレクの支配下にありました。イスラエルは禁欲的な荒野の神を捨て、肉的快楽を与える、豊作の神々を選び、その前にひれ伏したのです。それは富そのものを神と崇める拝金主義に他なりません。預言者エレミヤは、その死への道から、「背信のイスラエルよ、立ち帰れ」、命の神へ、と叫びました。


 この富の偶像崇拝は国同士の関係をも悪化させます。その貪欲の故に侵略や経済支配を企てます。かつて「満州は日本の生命線である」と言われました。しかし、この中国侵略こそ、日本が滅びる寸前までいった敗戦の一大原因です。現在、安倍首相は「原発を再稼働しなければ日本は立ちゆかない」と似たことを訴えています。しかし「日本の生命線」と呼ばれた満州も原発も、実は偶像に過ぎなかったのではないでしょうか。偶像は一時、私たちを富み栄えさせますが、やがて人と国を破滅させる麻薬的力、死の力です。

 先ほど朗読頂きました、エレミヤ7:31にはこうありました。「彼らはベン・ヒノムの谷にトフェトの聖なる高台を築いて息子、娘を火で焼いた。このようなことをわたしは命じたこともなく、心に思い浮かべたこともない。」ヒノムの谷は、都エルサレムの南をえぐる深くて狭い谷です。ここで、農業神バアルと一体化したモレク神へ、イスラエルは生きたまま子を焼き殺す小児犠牲を繰り返しました。私たちも貪欲の神々に仕える時、かけがえのない子どもたちを犠牲にすることになるのではないでしょうか。


 1910年の韓国併合による、日帝の朝鮮植民地支配によって、朝鮮の人々は、日本人から様々な経済的不利益、差別的待遇を受けることになりました。そのため、多くの生活困窮者が日本に渡り、各産業の低賃金労働者とならざるを得なかったのです。そこで移住者は徹底した賃金差別、職業差別、民族差別を受けました。そのようは搾取収奪構造によって、日本の資本主義は発展したのです。その時代、今から91年前、1923年9月1日、関東大震災が勃発しました。その時「朝鮮人が放火し井戸に毒を投げ込んでいる」という流言が広がりました。日頃、日本人は朝鮮の人々を虐め抜いていたのです。そのためいつか報復されるのではいかという恐怖心が、震災パニックの中でデマを増幅させていきました。市民による自警団が組織され、多くの朝鮮人や中国人が捕らえられ数千人が、残虐極まりない仕方で殺害されました。軍隊が機関銃で虐殺した地域もありました。大人だけでなく、子どもや少年、暴行された妊婦が産み落とした赤子まで殺されました。まさに、ヒノムの谷への預言のように、その日、東京下町の至る所が「殺戮の谷」(エレミヤ7:32)となったのです。日本の経済発展はこのような悪魔的人身御供によって成り立ったのではないでしょうか。


 あるいは、日本は、謀略によって中国人の土地と富を収奪して、1932年、満州国を建国しました。その後、王道楽土と呼ばれた満州に移住した日本人は数十万人に上ったのです。しかし、1945年8月9日、日本降伏直前、ソ連軍による満州侵攻の瞬間から、日本人開拓者の絶望的な東への逃避行が始まりました。軍と国は、彼らに対して何の保護も与えませんでした。高級職業軍人の家族だけはいち早く避難しましたが、開拓団の老人、女性、子どもたちは見捨てられました。彼らはソ連軍の攻撃と、農地を奪われた報復に燃える中国人に追われて逃げ惑う。発見されることを恐れて、母親が泣き声を上げる赤ちゃんを殺しました。絶望の中で集団自殺が随所で起きました。そこもまたエレミヤの預言の通り「殺戮の谷」となったのです。朝鮮や沖縄でも全く同じことが起きたのです。かろうじて施設に収容された子どもたちも、やがて餓死し、病死し、凍死していったのです。生き残った子どもは残留孤児となりました。まさに、それらは貪欲の神モレクに跪いた日本人の小児犠牲だったのではないでしょうか。


 あるいは、原発に関することですが、最近、福島県の子どもたち約37万人の内、57人が甲状腺癌と診断されました。通常100万人に2~3人と言われる癌の発症ですので、100倍前後です。しかし県はいろいろな理由を付けて「原発事故による被爆の影響とは考えにくい」としました。しかし多くの医師、学者がこの判断に疑問を持っています。また、チェルノブイリでは、4年後から癌が多発しました。また広島、長崎の経験から、事故5年後辺りに白血病のピークがくるのではないかと予想する医師もいます。今、事故から3年半が過ぎたところですので、癌の爆発的発症の可能性はこれからです。それなのに、国と県は、放射能汚染の実態を隠し、その影響を過小評価するばかりです。安倍首相は、莫大な経済効果をもたすと言われる東京オリンピック招致のために全世界に向かって「原発は完全に統御されている」と大見得を切りました。それは原発再稼働の布石でもあります。しかし現実は、汚染水の大量漏水など、到底「アンダーコントロール」と言えない状況です。そうやって、日本は再び、貪欲の神モレクに子どもたちの命と健康を奉献しようとしているのではないでしょうか。


 それにもかかわらず、安倍内閣の最近の支持率は50%を超えています。その理由は、経済政策の成功にあると言われるのです。株価が上がったと喜ぶ富裕層を中心とする国民を支えに、安倍政権の真の目的である「憲法九条」の骨抜きが目指されています。しかし、主イエスは、荒野で悪魔の誘惑を退けられた時、申命記の言葉を引用されました。「人はパンだけで生きるものではない」(マタイ4:4)と。私たちは、いつの時代も「パン」、言い換えれば、金や経済を第一とする時、悪魔を拝む存在に近づくのではないでしょうか。そして結局、子どもたちの未来、その命と幸いを奪うことになるのではないでしょうか。悪魔は次に主イエスに繁栄した全ての国々を見せてこう誘惑しています。「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」(4:9)と。しかし主は、「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と書いてあると、やはり申命記(6:13)の言葉をもって、退けられました。

 私たちは、この悪魔(モレク)の誘惑を拒絶された主イエスの御言葉をもって、目先の富を求めて偶像に跪く、死と災いの道を退けたいと願います。荒野の神のみを拝し、両国の子どもたちの未来を守るために、命と幸いの道を、共に手を携えて歩く私たちでありたい、そのように祈り願いましょう。



主なる神様、あなたが私たち日韓両教会の姉妹関係を39年間の長きに渡り導いて下さった恵みに感謝を致します。今、日韓の関係が冷却していますが、私たちは、いかなる時代にも左右されず、さらに、40年、50年と、この交流の歴史を刻んでいくものとならせて下さい。この友情が教会の壁を超えて広げられ、2度と、最愛の子どもを悪魔の犠牲に捧げることなき、生命と平和に充ちた国となるように祈り、伝道する両教会とならせて下さい。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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