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2013年2月24日 主日礼拝説教 「他の男」のものとなる

2013年2月24日 主日礼拝説教 「他の男」のものとなる

説教者 山本 裕司 牧師

ローマの信徒への手紙 7:3



「夫が死ねば、この律法から自由なので、他の男と一緒になっても姦通の女とはなりません。」(ローマ7:3)



 ローマの信徒への手紙を書いた使徒パウロは、何と人間の罪の問題を鋭く語ることが出来の人であろうかと私たちは驚嘆します。いえ、それ以上にそのような罪ある人間を救おうとされる神の憐れみを、これほど巧みに語る者もいないと思います。この手紙を読んでいて、そのように確かに「信仰の神髄」は良く分かります。しかし、それを書いたパウロの具体的な人生は良く分かりません。それはどうしてか言うと、パウロは自伝的なことは書かないからです。パウロの回心物語とか伝道旅行について私たちは思い浮かべることが出来ますが、それはルカが執筆した「使徒言行録」の物語を読んでのことです。パウロ自身は殆ど自分について語りません。ある牧師は、何故パウロはこれほど自分のことを語らなかったかという理由を「彼はどんな意味でも、自分を誇ることがないためであった」と指摘しました。

 私は先週、雨宮栄一牧師が書かれた『評伝 井上良雄』を読んで過ごしました。これは信濃町教会の一信徒として歩み通した神学者・井上良雄の伝記です。その95年の生涯がその時代と共に詳細に記されています。その冒頭はこうです。「井上先生が、生きておられたら、おそらく『評伝 井上良雄』、それ自体が書かれることを、誰よりも強く反対しただろう。」あるいは池田伯牧師のこのような証言があります。「1987年の晩秋、井上先生は牧師室をお訪ねになり、御自分の葬儀のことで私に依頼がありました。それは、葬儀の際、自分のことに直接触れなくともよい、ただ説教をお願いしたい、死に関する説教をお願いしたい。そういうことでした。」そう紹介して雨宮先生は続けます。先生は自分を語らなかった。生い立ちであるとか、敗戦前の文芸批評家としての若き日々について、直接聞いたことのある人は殆どいなかったはずである。

 これは使徒パウロの心と極めて似ていると言わねばなりません。しかし、そのパウロが「わたしは」、「わたしは」と語り始める箇所があります。それこそ、ローマの信徒への手紙7章です。特に中程から、彼は集中的に「一人称単数」を使います。「律法によらなければ、〈わたし〉は罪を知らなかったでしょう。…ところが、罪は掟によって機会を得、あらゆる種類のむさぼりを〈わたし〉の内に起こしました。」(7:7~8)、彼が自分を語るのは、このように自らの罪を語る時だけです。それを手掛かりに、ただひたすら、キリストの恩寵を証しするためです。雨宮先生も同様に、井上先生の生涯がまさに「キリストの証人」(『評伝 井上良雄』の副題)であった。だからこの「評伝」出版もまた許されると理解したと言われるのです。


 パウロは、どうしてそんな惨めな自分になってしまったかと言うと、それが罪のせいだ、律法のせいだと語ります。パウロは主イエスにお会いする前、律法遵守に生きるファリサイ派に属していました。しかし、そうやって掟を守ることによって、神様を大切にしているはずのパウロが、もっと大きな罪を犯す。彼は律法主義に邁進する自分を誇り、神ではなく自らの栄光を求める「むさぼり」(7:7)の罪を犯しました。そこに「私が、私が」という「一人称単数」の世界が出現する。その思いの中で、この世では多くの者がまた「自伝」を書くのです。彼はローマの信徒への手紙7:1以下で、そのような呪縛を生み出す、律法と人間との関係を、夫と妻との関係になぞらえて論じます。パウロは、夫に束縛されて、どうしても自由になれない妻の姿を譬えて、それが、私たちが律法によって陥っている境遇なのだと言うのです。どうしたら自由になれるか。それは夫が死ぬ外はない。「結婚した女は、…夫が死ねば、自分を夫に結び付けていた律法から解放されるのです。…夫が死ねば、この律法から自由なので、他の男と一緒になっても姦通の女とはなりません。」(7:2~3)、夫妻の関係で苦しんでいる者は、そこから抜け出すためであったら、相手を殺すか、自分が死ぬかとすら考えるかもしれません。それと同じことが、あなたたちと律法との間に起こっている、とパウロは指摘するのです。

 パウロがここで男と女の問題で譬えましたので、それに引き摺られるようにして語らせて頂ければ、例えば金持ちの男に囲われている女がいたとします。その女が、高層マンションのベランダから、暇に飽かせて下を眺めている。下界には小さな家がマッチ箱のように並んでいて、路地裏では一人の女が毎日、洗濯や掃除をしてあくせく働いている。お洒落一つ出来ないで、子どもを世話し、夫に仕えて生きるその女を見ながら、ああ自分は何て幸福だろうと思う。ところがある時、彼女の前に「他の男」(7:3)が現れるのです。金はない、地位もない。しかし澄んだ目をしている一人の男、その男を知った時、彼女は自分の今の生活が、どんなに不自由かということにはっと気付きます。パウロにとって、この「他の男」とはイエス・キリストです。ではパトロンとは誰か。律法です。律法と一緒に迫ってくる罪です。パウロは新しい男・復活のイエスに出会って始めて、律法という夫が、彼を身動きもままならない程、罪に縛り付けていたかを知ります。人間というのは不思議なものです。不自由であり惨めな人が、自分は不自由だとか空しいとか、いつも感じているかと言うと、そうではありません。自覚症状なき病ほど怖いものはない。その罪に気付くためには、「他の男」が目の前に現れなくてはならない。前の夫(律法)が死に、その男(イエス)という「花婿が来る」(「讃美歌21」573)時、自分がそれまで誇りとしていたものが、どんなに惨めなものであったかを知るのです。


 『評伝 井上良雄』によると、今言ったことと少し違い、井上先生には既に重い症状が現れていました。1940年代、井上先生は文芸評論の筆を折り、深い思想的苦悶の中にありました。「30何歳かの青年に、80歳の老人のような疲労感と挫折感しか残っていなかった。それは無為な、荒廃した日々」と述懐しています。その気持ちは、自死に至る太宰治のあの虚無感に近いとも言われる。パウロの嘆きを思い出させます。「わたしたちが肉に従って生きている間は、罪へ誘う欲情が律法によって五体の中に働き、死に至る実を結んでいました。」(7:5)、絶望に沈む井上青年は妻に促され始めて教会に行き、やがて信濃町教会で求道生活を送ることになる。当時、いち早く日本でバルト神学を自分のものとしていた福田正俊牧師に導かれて、井上青年はまさに、これまでの文芸の世界では見ることもなかった「他の男」バルトと出会います。そして回心を経験し、敗戦の年、1945年3月18日、出席者もまばらな信濃町教会で受洗した。そして先生はパウロに似てこう言いいます。「洗礼を受ける前の自分と、後の自分はどう考えても同じ人間であるとは考えられない」と。律法という男に死んでもらった。それは、その男の虜だった古き自分に死ぬことでもあった。洗礼を受けるとは、そういう「古い生き方」(7:6)に捕らえられていた自分に死に、キリストに結ばれて「新しい生き方に仕える」ことであった。マンションの女が、自分はパトロンの奴隷だと気づいたように、パウロも律法の奴隷から解放されて、霊に従う新しい生き方に仕えるようになりました。

 「ところで、兄弟たち、あなたがたも、キリストの体に結ばれて、律法に対しては死んだ者となっています。それは、あなたがたが、他の方、つまり、死者の中から復活させられた方のものとなり、こうして、わたしたちが神に対して実を結ぶようになるためなのです。」(7:4)、ここでも「他の方のものになる」とあります。この第1の意味は、もう自分は律法のものではないということです。第2に、もう自分のものでもないということです。この世において独身であることは何の問題もありません。しかし、このパウロの譬えで言うなら、信仰の世界では「シングル」という生き方はありません。律法と離婚して、それからは、独り身の勝手気儘な無律法主義的生活を始めるというのが、パウロの言う自由解放ではありません。繰り返します。「他の方」復活者イエスのものとさせて頂くところに、私たちの真の自由、「神に対して実を結ぶ人生」(7:4)が与えられるのです。



 キリストの証人・井上良雄は、キリストに結ばれる前に、30代の青年であったのに、既に80歳の老人のように疲れ果てていた、そう紹介しました。しかし先生は、本当に80歳になられた時、バルトのKD「教会教義学」の莫大なる『和解論』の翻訳を完成され、90歳過ぎてなお訳文に手を入れ続けられたのです。それは旧約の預言者の言葉を思い出させます。「主は…倦むことなく、疲れることなく/その英知は究めがたい。疲れた者に力を与え/勢いを失っている者に大きな力を与えられる。若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが主に望みをおく人は新たな力を得/鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ40:28~31)

 もう一度引用します。「洗礼を受ける前の自分と、後の自分はどう考えても同じ人間であるとは考えられない。」それこそが、「他のお方」イエスのものとなるということなのです。私たちの人生に与えられた限りなき祝福を思う。



 祈りましょう。  主よ、御子のものとされた私たちが、ひたすら、あなたを宣べ、あなたを誇り、あなたを自慢する、新しい人生に生きることが出来ますように。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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