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2013年11月3日 聖徒の日・永眠者記念日説教 「苦悩の谷は希望の門に」

2013年11月3日 聖徒の日・永眠者記念日説教 「苦悩の谷は希望の門に」

説教者 山本 裕司 牧師

ローマの信徒への手紙 6:8 ・ ホセア書 2:17


「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。」(ローマの信徒への手紙 6:8)

「そのところで、わたしはぶどう園を与え/アコル(苦悩)の谷を希望の門として与える。そこで、彼女はわたしにこたえる。おとめであったとき/エジプトの地から上ってきた日のように。」(ホセア書 2:17)

 預言者ホセアが語った「アコル(苦悩)の谷」のいわれについては、ヨシュア記7:14~26に記されています。大昔の話ですが、奴隷の地・エジプトから脱出をしたイスラエルの民は、40年間の荒れ野の旅を終えて、肥沃なカナンに入りました。その折り、イスラエルは原住民アイとの戦争に敗れます。その理由はユダ族のアカンが、神様に献げるべき金銀などを惜しみ、盗み取った報いであったのです。荒野の旅を終えた直後のカナンで、早や、この貪欲の問題がイスラエルに生じました。主はそれを憤り裁くのです。そして、アカンが持っていた財産は全て燃やされ、またアカン自身もその家族も処刑されたのですが、その旧跡が「アコル(苦悩)の谷」と呼ばれるようになりました。

 先の御言葉の直前、ホセアはこう前置きしています。「それゆえ、わたしは彼女をいざなって/荒れ野に導き、その心に語りかけよう。」(2:16)、「彼女」とはイスラエルのことです。荒れ野の旅は、限られた食べ物すら不足する厳しい日々でした。夜は天幕を張って雨露を凌ぐのです。私たちが登山する時多くの荷物を持たないように、そこで財産を蓄える意味はありません。その厳しい荒れ野の旅の中でこそ、イスラエルは「おとめ」(2:17)のように心が澄み渡り、一途に、唯一の主に寄り頼む信仰が育まれました。ところが肥沃なカナンで農耕・定住生活に入った時、「彼女」の食生活や財産は飛躍的に豊かになりました。そこで純な「おとめ」は打算的「大人」になったのです。直ぐにアカンのような蓄財が始まる。聖書がアカンを裁くのは、ただ、彼が金持ちになったということではありません。荒れ野の中でも生かして下さる、主なる神に命を託すのではなく、目に見える富でやっていこうとする不信仰が問われるのです。金を拝むと書いて拝金主義です。金が神になる。それを聖書は偶像と呼びました。真の神は「その偶像が本当にあなたの命を守る力があるのか」と問われるのです。


 ロシアの作家トルストイに『イワン・イリッチの死』という作品があります。イワンはどこにでもいる平凡の男でした。彼はそれなりに努力して上流階級の一員に相応しい人間に成長していきます。やがて結婚し順調に出世して立派な家も手に入れました。イワンは判事の職によって満たされる虚栄心と人も羨む成功に深い満足を覚えている。そして自分の人生に何の疑問も感じません。ある読者は、これは現代の日本人が覚える「勝ち組」人生と少しの違いもない、と感想を述べています。19世紀にロシアで書かれた小説が、21世紀の日本人にもぴたりと当てはまってしまう。人間の本質は古今東西不変だと、言うのです。本当にそうだと思いました。

 ところがイワンは、45歳の時病気になります。いくら医者に頼っても治るどころか益々酷くなる。やがて内蔵の痛みでのたうち回るようになります。先ほどの感想を述べた人はこう問います。イワン・イリッチはまぎれもない「勝ち組」だ。しかし彼の素晴らしき「勝ち組」人生は、この死の苦痛を和らげただろうか、と。それどころではない、トルストイは、その死に至る病の中で、その成功人生の虚偽、虚飾こそ、彼を苦しめるようになる、そう徹底して描きます。彼は病床で「前は、あんなことを何で喜ぶことが出来たのだろう」と自問せずにおれなくなります。死に際して何の慰めにもならないことを、一生をかけて追い求めてきたのか、と。遺族年金のことを心配する妻の存在は、彼を苛立たせるばかりです。友人も、イワンが消えた後、その椅子が誰のものになるのか、自分が玉突き式にどこに上るだろう、と関心を注いでいる。それでいて、見舞いに来れば皆、心にもない慰めを語る、全ては欺瞞であり、誰もイワンを本気で心配してはいない。その嘘偽りが、病床の彼を押し潰す。そして彼も自分を顧みて、その者たちとどこも変わらない、同じように生きてきただけであった、誰も本当には愛してこなかったと認めざるを得ない。その虚無が彼の精神も肉体もずたずたにしていくのです。

 彼は、その時、貪欲も虚栄もない子どもだったころが一番幸せであったことを思い出す。「過去に遡れば遡るほど、生命が多い。善行が多ければ多いほど、生命が多かった。…世間の見方から見ると、自分は山に登っていた。ところが、丁度それと同じ程度に、生命が自分の足元から流れ出ていたのだ…。光明は最初に見えていたが、後は、次第に暗くなり、今や、速力を増して、暗黒の中に俺は落ちていく…」、そう感じた瞬間、イワンは、恐ろしい叫び声を上げ始める。「死ぬう」と。しかし実際には最後の「う」の音を続けるばかりであった。その「うー!」というわめき声は、死に至るまで3日間続く、そういう、まさにホセアの言う「アコル(苦悩)の谷」の物語が延延と綴られていくのです。


 トルストイは何故、このような悲惨を描いたのでしょうか。それは、預言者ホセアが、苦悩の谷に言及したように、また使徒パウロが「罪が支払う報酬は死です。」(ローマ6:23)と言ったように、死は罪と結合する時、その滅びの力をこの上無く発揮するからです。トルストイはそれを「イワン・イリッチの死」で描こうとしたのです。そして、先の読者は、これは人ごとではない。ここに今、日本で生きる私たちの姿が、そのまま見えるではないかと言いました。しかし、本日の聖徒の日・永眠者記念日において、私たちが思い出すべき人生と死は、イワン・イリッチのではなくて、私たちの信仰の先達の死、その信仰の命です。そして、今、その看取りを経験された御遺族の方々は、トルストイの語る死に深い違和感をお持ちになられたのではないかと拝察します。私自身、教会で生活を共にしてきた兄弟姉妹が、神に召され、その葬儀をする時、そこにあるのは恐怖ではありません。悲しみの中でも、どこか明るい、前夜式の夜にすら、棺を囲む礼拝の中に、なお柔らかい光が射し込んでくる、そういう経験をしてきました。あるいは、御遺族を前にして、こんな経験を語るは憚られますが、私は、昨年、12月9日に、愛犬パルを亡くしました。彼はその1年前から足腰が弱り、やがて寝たきりとなりました。最後の1週間は何も食べず飲まずでしたが、一つも苦しそうな声を挙げない、うとうと眠っている、声をかけると目を開けますが、顔はいつも穏やかで、その眼差しは私に対する愛情で満ちている(そう勝手に感じただけですが…)、とにかく、イワン・イリッチの死とは全く対極にあると言わねばならないのです。原罪を持たない動物にとって、死は何か調和的なのではないかと思いました。

 あるいは、立花隆氏が書いた『臨死体験』によれば、一度殆ど死んでこの世に帰って来た臨死体験者の話を聞くと、そこに苦しみとか恐れない、むしろ光に包まれる経験をした、深い幸福感に満たされたという、肯定的経験が多いということです。その理由を、科学的に考えれば、臨終におけるストレスに対抗するために、脳内麻薬物質・エンドルフィンが多量に分泌される。それが、極限の危機である死に際する不安や痛みを消して安堵の中で死に赴くことが出来る、それは人間も動物も同じ機能だと書かれてありまして、ああ、パル君もあの頃、多量にエンドルフィンが脳に放出されていて、きっと気持ちが良かったのだろうなあ、とほっとした気持ちになります。しかし、立花さんの『臨死体験』は、そのような科学的説明だけに終始するのではなく、同時に「死後の命」の可能性を論じます。つまり、死後の命を信じる立場では、この平安に満ちた死は、決してエンドルフィンだけが理由ではなくて、そこで、死者を安心させる神的存在に包まれる経験が与えられる。そういう宗教的、神秘的な喜びこそ、臨死体験の本質であるという話になります。特にキリスト信者の多くは、臨終において、イエス・キリストや天使と出会い、導かれて光の中を昇っていく、という至福の経験をするのです。

 ホセアは、「そのところで、わたしはぶどう園を与え/アコル(苦悩)の谷を希望の門として与える。」という神の約束を語りました。アコルの谷が希望の門となる、どうしてそんなことが出来るのか、それは、預言者ホセアが、その人生の中で、本当に苦しんだ末に実感的に示された救いです。富の偶像礼拝に陥ったイスラエル、その罪人を、神は自らの痛みを持って赦して下さるとの福音を彼は示されました。それは、イエス・キリストの十字架の死によって成就したと、パウロは言いました。直ぐこの世の富に寄り頼む、偶像礼拝の罪を犯す私たちのために、主イエスは十字架について下さり、その極限の死の痛みを一身に負って下さった、まさに、そのゴルゴタの死は、エンドルフィンなど全く役にたたなかったに違いないと思います。まさにトルストイの描いた、イワン・イリッチの死に匹敵する罪人の滅びの苦しみを、主は十字架で経験されました。そのように原罪を持つ私たちが知るべき、死の滅びの苦しみを主が全て代わって負って下さった時、その贖いの故に、私たちの死の前には、まさに希望の門が大きく開かれたと言って良い。そこで、私たちは死んでも光の中に入ることが出来る。パウロは、キリストの故に、私たちはついに罪から解放され、キリストに結ばれ、死んでも生きる者となったと、喜びの声を挙げているのです。


 トルストイの作品は、ラスト、その3日目の終わり、イワン・イリッチは、穴の中に落ち込んだ時、何故か、一点の光明を見る。そして、自分の生活は間違っていたものの、しかし未だ取り返しはつく、という思想が啓示された、そう物語は展開していきます。家族たちが、ある者は苦しげに、ある者は涙を流しつつ、彼の傍らにいました。「そうだ、俺はこの人たちを苦しめている」そう思えたのです。そして、「ゆるしてくれ」と言おうとしました。しかし、「ゆるめてくれ」と言い間違えてしまいました。そして、もう言い直す力もないまま、その時、彼は、〈必要な人は悟ってくれるだろう〉と感じたのです。その瞬間、今まで、彼を悩ましてきたものが、一時に、すっかり出て行ったことを感じます。彼は始めて気持ちが良くなる。痛みもどこかに消えた。痛みはどこへ行ったのか、死はどこに行ったのか、と問いました。見つからなかった。何故なら、死はもうなかったからだと、はっきり作家は書いている。「ああ、そうだったのか!」とイワンは声を挙げました。「何という喜びだろう」、しかし、そばにいる人にとっては、彼の臨終の苦悶は、なお2時間続いた。彼の心臓の鼓動は遠ざかり呼吸も僅かになった。「いよいよおしまいだ」、誰かが頭の上で言った。彼はこの言葉を聞いて、それを心の中で繰り返した。「もう死はおしまいだ」、さらに自分に言い聞かせた、「もう死ななくなったのだ」、そういう物語です。

 「赦して下さい」、私たちは主の御前に罪を懺悔する時、キリストの十字架による罪の赦しの光が私たちを覆い包むことでしょう。そこで、私たちは等しく、永久の命の光の中に入っていくのです。先達は既に、そのような遙かなる光の中への旅に出ました。その先達の歩んだ命の道を、先達の信仰の志を受け継ぐ時、私たちも暫く後に辿ることでしょう。何という平安、何という喜びが私たちには待っていることでしょうか。



 祈りましょう。  主なる神様、私たちの罪が作り出すアコルの谷を、あなたは、御子の贖いの故に、望みの門に変えて下さいましたことを心より感謝を致します。どうか先達に倣い、死に際しても消えない平安の道を、終わりまで歩む西片町教会の群れとならせて下さい。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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