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2012年 4月 8日 イースター礼拝説教 「甦りの主と朝食を」

2012年4月8日 イースター礼拝「甦りの主と朝食を」

説教者 山本 裕司 牧師

ヨハネによる福音書 21:1~14

イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。 (ヨハネによる福音書 21:12)


 本日のイースターに私たちに与えられた、復活の主と弟子たちの出会いの物語の終わりにこうありました。「イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。」(ヨハネ21:14)しかし、この元になっている伝承は、甦りの主と弟子たちとの、初めての再会の物語だったはずだとある学者は指摘します。このガリラヤに帰って来た弟子たちは未だ復活を知らない。知っているのは、主イエスが十字架で死なれたということだけであった。そのように読んだ方がこの物語は筋が通るのだと言っています。

 そうであれば、弟子たちの打ち沈んだ姿はよく分かる。主イエスが十字架につけられた後、弟子たちは「ティベリアス湖畔」に帰ってきました。都会で傷ついた者の心を癒すのはいつも故郷です。彼等は都エルサレムから砂漠を越えてガリラヤに着く。挫折と失望の末の弟子たちの目には、この春の故郷の湖は涙が出るほど美しく見えたことでしょう。彼等の3年間の伝道は全て失敗に終わりました。特に都での弟子集団の崩壊、裏切りと棄教、背教、それは思い出すだけでも苦痛でした。全てを失った。夢も希望も、そして若さも。「これからいったい自分はどうすればいいのだろうか?」その疑問に兄弟子ペトロはこう答える他はありませんでした。「わたしは漁に行く」(21:3)、元々我々は漁師だったのだ、それがイエス様の口車に乗って「人間を獲る漁師」になろうなどと思い上がったのが迷い道の始まりだ、今、頭を打ってやっと我に帰ったのだ、と。神学校の先生が言っていました。教会に派遣された卒業生たちが、やがて辞めてしまう。そして普通の仕事に戻る者が多い。そう嘆いていました。

 ペトロも似ています。しかし、そうやって一晩徹夜で働いても、その夜一匹の漁獲もありませんでした。この労働の空しさこそ、彼が、3年間の伝道の労苦において味わい尽くしたことだったのではないでしょうか。「その夜は、何もとれなかった」(21:3)、それは、漁のことだけでなく、彼等の伝道の旅の結果のことを暗示しているのです。伝道の空しさ、その徒労、力一杯奉仕をし、命懸けで伝道した者だけが知る、深い虚無が教会には起こる。もっと従うことにいいかげんだったら、こんな空しさを覚えることは生涯なかったであろうに。

 「イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。」(21:14)ここを素直に読めば、弟子たちは、エルサレムで2度日曜日を迎え、その度に甦りの主と出会ってきたということです。そこで、主は弟子たちに、息を吹きかけ(20:22)、聖霊を注いで下さり、伝道の使命を与え、疑い深いトマスもついに「わたしの主、わたしの神よ」(20:28)と信仰を告白することが出来た。それでどうして、21章でこんなことになるのか、湖畔で、もうペトロもトマスも打ち沈んでいる。歓喜の信仰告白がなされた直後、ぱっと場面が変わったら、もう同じ人が、故郷に逃れ暗い顔をして呆然と立ち尽くしている。だから、最初に言った解釈、これは未だ復活の主に出会っていない弟子たちの伝承だったのだ、と言われることにもなる。しかしこれを、私たちの信仰生活に当てはめれば、どこも不思議ではないと思います。むしろ本当に教会で見慣れた姿、思い当たる心だと思うのです。

 私も含めてここにおられる多くの方々は、確かに、主の甦りを信じて、洗礼を受けた者たちです。しかしその後、力強く前進したかと言うと、そんな人は多くありません。洗礼を受ける前と同じ所に停滞したり、いえ、もっと遠く退いてしまう、そういうことが日常的に教会で起こっています。弟子たちがそうでした。後世の学者から言われる。これでは20章と21章は繋がらない、だから別々のお話なのだ、それと似て、私たちの人生も後の人々から、一貫しない信仰生活と、この人はあんなに喜んで洗礼を受けたのに、やがて暗い顔に舞い戻った。20章と21章は繋がっていない、と、伝記に書かるような生き方をしている。しかしこの信仰者の迷い、紆余曲折の歩み、「にもかかわらず」復活の主は、その者たちを決して見棄てない。そういう物語を、ヨハネ福音書はここで語ろうとしているのではないかと思います。

 そうであれば、この佇むペトロの姿とは、キリスト者、伝道者の信仰の挫折の物語です。洗礼を受けた時の感動は儚く消え、後は、主の復活などまるでなかったように暗く生きる。そして毎日、ただ食うためだけの仕事をする。それが空の舟を岸に向けて漕ぐ、ペトロの姿に投影されているのではないでしょうか。しかしその時「にもかかわらず」と福音書は訴える。虚無しか待っていないはずの岸に、他のものが待っている、と。「 既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。」(21:4)復活の主がその労働の虚無に沈む疲れ果てた男たちを待っています。この「既に」を、「イエスが〈既に〉岸に立っておられた」と翻訳することも出来るそうです。そうであれば、たとえ、私たちが復活の主を忘れてしまっても、復活の主などいないものとして生きていたとしても、そうやって、足を引きずるようにして、職場から家に帰った時も、そこに「既に」復活の主は待っていて下さる。復活の主の御存在は、私たちの強靱な信仰によってようやくリアルになるものではない。そのことは、20章でも既に記されている。頑なに閉ざされた私たちの不信仰の壁を打ち破って、復活の主は、入ってきて下さる。そこに私たちの希望が生じるのです。私たちが生涯、信仰の灯火を守って、この人生を終えることが、もし出来るとしたら、それは、ただ、復活の主の私たちの人生に対する御介入にある。つまり、復活の主の憐れみにある。それ以外にはありません。

 主は、弟子たちの孤独な戦いを「既に」見守っておられた。そして言われる。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」(21:6)彼等は無駄だと知りつつ網を打ちました。ところが突然激しい手応えが腕に伝わってくる。その瞬間、ヨハネが岸辺に立つその人を指して叫ぶ。「主だ」(21:7)と。手応えある労働がここにある。ついに彼等の長年の経験がものを言ったのでしょうか。そうではありません。お甦りの主が彼等の傍らにいて下さったからです。そうやって労働の充実は、復活の主が共にいて下さる時にだけ与えられるのだと言われるのです。

 この直後、朝の光の中で、お甦りのイエスと弟子たちの朝の食事が始まります。私たちが月毎に味わっている聖餐、これは「主の晩餐」とも呼ばれます。朝礼拝でも「主の晩餐」と伝統的に呼ばれるのは理由があります。主が十字架につかれる直前に開いて下さった「最後の晩餐」こそ、聖餐の源流と覚えるからです。しかし、聖餐には、その最後の晩餐に集中的に込められた「十字架の贖罪」だけでなく、多様な意味が含まれています。特に復活の主との食事、これもまた源流であると強調されるのが、最近の聖餐の理解です。ですから私は復活日の聖餐の時、この御言葉を持って、皆さんを食卓の前に招きたいと思います。「さあ、来て、朝の食事をしなさい。」(21:12)、朝とは復活の朝のことです。そこで、聖餐は晩餐だけでなく、朝食という意味になる。この招きの言葉から分かるのは、聖餐の主催者は復活の主御自身だということです。「イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。」(21:13)。人はこれを用意することは出来ません。「『子たちよ、何か食べる物があるか』と言われると、彼らは、『ありません』と答えた。」(21:5)、ないのです。私たちは自分の信仰を再燃させる、自前の命の糧を持ち合わせてはいない。だからこそ、復活の主が御用意下さる。夜明けの湖畔で、湖から帰って来る弟子たちのために炭火をおこして、魚を焼いて、パンを用意されたのは、全て、お甦りのイエス御自身です。誰もいない湖畔で炭火を一所懸命おこされる。何でお甦りになってまで、こんなことをされたんだろうか。私たちの最初の純情を甦らせるためです。伝道者を復活させるためです。そうやって私たちが、夜の人ではなく、朝の人として輝いて生きるためです。

 私たちの内には「何もありません」(21:5)。しかしその時、復活の主は、いや、あなたにはある、まだ「聖餐がある!」そう大声で言って下さる。洗礼は一度だけですが、それだけで、生涯生きるのではない、主の食卓を与えよう、これを味わうのだ。あなたが繰り返し甦るために、私は何度も飽きずに晩餐も、朝食も用意するから。あなたたちが、もう一度、神に仕えて、伝道をやり直すことが出来るように。「さあ、来て、朝の食事をしなさい」(21:12)、何を忘れても、その主の愛の味だけは私たちは忘れることは出来ない。

 「わたしがそれを食べると、それは蜜のように口に甘かった。」 (エゼキエル書 3:3)

 祈りましょう。  主なる神、一切のものを失い、虚無の中で、信仰さえ見失う、弱い私たちです。その時、復活の御子イエスは、私たちをなお聖餐に繰り返し招いて下さり、立ち直らせて下さる、この愛と恵みを心より感謝します。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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