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2012年 2月 5日 主日礼拝説教 「うな垂れるキリスト」

2012年2月5日 主日礼拝説教  「うな垂れるキリスト」

  説教者 山本 裕司 牧師
  マタイによる福音書27:54


 私たちキリスト者にとって、信仰の文字通りの「中軸」は、イエス・キリストの十字架にあります。従って十字架は古くから教会のシンボルとなりました。教会には十字架が立てられ、十字架の装飾が施されました。胸で十字を切る習慣も生まれました。この後も申しますが、バッハは『マタイ受難曲」の譜面上に図形をもって「十字架形象」を多数刻みつけるのです。そうやって教会は十字架を大切にしてきました。ところがエホバの証人(ものみの塔)は、十字架という言葉を嫌悪します。新約聖書には十字架という言葉が沢山出てきます。しかし彼らの用いている聖書は、そのギリシャ語を翻訳する時に「十字架」と訳さず「杭」とするのです。真っ直ぐの一本の棒ですね。これは直ちに誤訳というわけではありません。元々このギリシャ語の十字架という言葉(スタウロス)は、棒とか杭という意味です。大昔、死刑執行の道具として最初に用いられたのは、罪人を縛りつける単なる一本の柱であったと思います。そういう柱を指す言葉でした。しかしこの死刑の道具は歴史と共に発展します。ローマでは、そこに横棒が付けられて十字架形に変化しました。考古学者の研究によると、イエス様がおかかりになられた刑具は、まず間違いなく十字架の形だったと言われています。しかしエホバの証人は、あくまでこれは「杭」だったのだと主張します。何故そんなことにこだわるのでしょうか。その理由は、私たちキリスト者が十字架をとても大切にしたからです。愛したと言ってよい。彼らはそれを否定したかったのです。

 エホバの証人の教科書の中に、十字架を重んじているキリスト者に対する批判が、こう書かれてありました。「もし親しい友人が偽りの訴えによって処刑されたなら、あなたはどう感じますか。処刑に使われた刑具の複製を作りますか。それを大切に持っているでしょうか。むしろ触れたくもないのではないでしょうか。」これはなるほどと思わせます。確かに、十字架は処刑道具です。最も暗いものです。しかしある瞬間、その意味が逆転してしまう。この上なく明るいものになる。どうしてそんなことが起こったのでしょうか。誰がそこにお付きになられたかということで、その十字架の意味が全く変わってしまったのです。神の子イエスが十字架について下さった。その瞬間、闇であるものが光に変わってしまった。死臭に覆われたものが、命の望みを迸り出す泉に変わってしまった。最も汚れた醜いものが、限りなく聖き美しきもの変わってしまったのです。

 使徒パウロは言いました。「わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。」(コリント一1:23~24)。

 主の十字架は、ユダヤ人と異邦人、つまり全人類を躓かせ、愚かなものとしか理解されなかったと言われるのです。そうであれば、エホバの証人の人々の方がまともなのです。しかし非常識にも、その元刑具十字架を私たちが教会の頂に掲げるとしたら、私たちの心にいったい何が起こってしまったのでしょうか。

 イエス様が死なれる時、昼の12時であったのに太陽が光を失い真っ暗になったと書いてあります(マタイ27:45)。この闇を絶望の闇と見ることが出来ます。さらに主ご自身が「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(27:46)と叫ばれました。主ご自身が、この十字架は人からだけじゃない。父から見捨てられる絶望だと感じておられるのです。この後、教会の敵対者たちは、このイエス様の言葉を必ず取り上げて、教会を攻撃しました。こんな悲鳴をあげて非業の死を遂げた者が、神の子であるはずがない。神から見捨てられる神の子がどこに存在するか、と言って。

 バッハは『マタイ受難曲』の中で、イエスの言葉が歌われる時、必ず、真に気高いイメージを与える弦合奏を随伴させてきました。これは「光背」と呼ばれ、宗教画によく用いられる手法です。聖人の背後や頭におかれる御光(オーラ)のことです。それをバッハは音楽に応用しました。『受難曲』に登場するイエス様は常に神の子の光を弦合奏という形で背後に輝かせておられるのです。しかしバッハはイエスの言葉でただ一箇所だけ、その「後光」を消しました。それこそ「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」という言葉の時です。どうしてバッハはこう作曲したのでしょうか。それはイエス様はここで徹底的に人間になられたということを表現しようと考えたからに違いありません。いえ、罪人になられたということです。罪人の叫びだから、後光はささないのです。「我が神、我が神、何故私を見捨てたのですか。」これは、本来私たち罪人の悲鳴なのです。罪人は神に見捨てられる。当然のことだと思います。罪人とは、自分の方から父なる神などいらないと、神を捨てた者のことだからです。その私たちが負わなくてはならない神の裁きを、キリストが代わって負って下さった。罪人の恐れと痛みを全て担って下さった。そして闇の中、底の底まで、陰府にまで降って下さった。しかし、その十字架の贖いによって、私たちは光を見たのです。「墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った」(27:52)、生命が回復する。主イエスが光背を失った時、その御光を私たちが頂戴したと言ってよい。御子が罪人となって下さった時、私たちの方は、その十字架によって、神の子に交換されたのです。こんな感謝なことはありません。

 主が十字架で息を引き取られた時「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂ける」(27:51)という出来事が起こりました。神殿の構造は、一番外側には異邦人の庭という広場があって、ここまでは誰でも入れます。その奥に婦人の庭があって、ユダヤ人の婦人はここまで入って良い。異邦人はもう入れません。そして次に階段を上がりますと、男子の庭がある。ユダヤ人の男子だけがここまで入れる。そしてまた階段を上ると、神殿中央に祭司の庭がある。ここは祭司だけです。そしてさらに上ると、とうとう聖所に出る。ここで祭司たちは祭儀を司どるわけですが、まだもう一つ奥がある。そこが至聖所と言われる、所謂「本殿」です。この至聖所にかつて「契約の箱」が置かれていました。神聖この上なき場所です。ここに入れるのは大祭司だけです。「神殿の垂れ幕」とは、この聖所と至聖所を隔てるカーテンのことです。大祭司だけがこの布をくぐり神様との深い交わりをなせるただ一人の人でした。神様はそれほど私たち罪人にとって、近寄りがたい聖なるお方だと考えられていたのです。

 その隔ての布は、十字架によって切り裂かれたのです。爾来、教会という新たなる至聖所に誰もが入ることが出来るようになりました。だから十字架を教会に掲げるとは「私たちの教会に敷居はありません。隔ての布はもうありません。弱い人も、罪を犯した人も、誰でも、このサンクチュアリ(聖域)に入って下さい。ずんずん奥まで進んで下さい。」そういう主イエスの招きの言葉を示すためです。

 「百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、『本当に、この人は神の子だった』と言った。」(27:54)百人隊長はローマ人ですから異邦人です。神殿でも異邦人の庭までしか入れない、神から遠く隔てられていると思われた者が、しかし、地震の直後、真っ先に、信仰を告白するのです。主イエスはかつて、主を讃美する弟子たちを制したファリサイ派に対してこう言われました。「もしこの人(弟子)たちが黙れば、石が叫びだす。」(ルカ19:40)この預言の通り、弟子たちを始めとするユダヤ人、その神の民が、十字架に躓き、沈黙した瞬間、地震によって岩が裂けました(マタイ27:51)。それは、異邦人の頑なな石の心が、閉ざされた口が、十字架の大地震によって、開かれてしまう。そして叫び始める。「本当に、この人は神の子だった」(27:54)と、そう言われているのです。

 バッハの『マタイ受難曲』、この27章54節の自筆楽譜を見ますと、そこには、明瞭な「十字架形象」が出現しています。バッハは、この箇所を自分で清書した時、絵画的な工夫をします。百人隊長の告白の直前を、紙面をゆったり使いながら記譜し、十字架の横棒を表現し、「本当に、この人は神の子だった」の合唱2小節を十字架の柱、まさに「中軸」として描きました。そのために、この2小節は、音符数の多さにもかかわらず、極力幅を詰めて書かれているのです。またバス・パートは音符数は14ですが、これはバッハの数です。バッハはバスの声の持ち主でしたので、彼はこの十字架の下に自分の名前を彫り込んだと考えられる、そう磯山雅先生は説明します。そして「このサイン入りの十字架こそ、受難曲の最深の核心に位置する」と言うのです。この十字架によって、新しい時代・新約の幕が開き、岩が裂ける。そして、これまで神を知らなかった異邦人が「本当に、この人は神の子だった」と告白することが始まる、バッハは自分もまた、その救いに与った者として、歓喜の中で、この告白の歌を『マタイ受難曲』の頂点と位置付けたと磯山先生は書いています。何と素晴らしいことでしょうか。

 さらに、バッハは、隔ての幕はもはや存在しないことを強調するために、これを、百人隊長など少数者の歌としないと、指揮者オイゲン・ヨッフムは発言したそうです。この合唱句は、2つの合唱グループが一つとなって、「神の子」の言葉を大きな声の高まりをもって歌います。それは「百人隊長の信仰告白は、それに止まらず、バッハ自身の告白となる。さらに礼拝のために集まった会衆の告白へ、いやそれどころか、全キリスト教会、全人類の信仰告白へと深めようとしているのだ」そう言うのです。私は昨夜、飽きずに、この受難曲の頂点と言われる大合唱を聴きながら、この歌を私も共に歌うことが出来る。勿論、生涯ただの一度も、この受難曲の合唱に加わることはあり得ないのですが、しかし、心は共にある。全てのキリスト者と共に告白出来る、「本当に、この人は神の子だった」と、その感動に酔いました。キリストはこの歌を、私たちが一つになって歌うことが出来るために、十字架につかれ、息を引き取られたのです。

 さらに『マタイ受難曲』では「息を引き取られた」(27:50)、この箇所に、下降カーブを描く旋律が添えられます。それは、バッハが、愛用していた17世紀の牧師ミュラーの『受難説教』が反映していると磯山先生は指摘します。ミュラーは「主イエスが首を垂れるさまは、あたかも愛をもってわれわれの方に身をかがめるかのようだ」と説教しました。バッハのこの歌を聴くと、その十字架のキリストの姿、首を垂れて私たちの方に身を寄せて下さる愛のお姿が目に浮かんでくるのです。私たちの人生も暗いと思われる時があるかもしれません。しかしイエス・キリストが首うな垂れるようにして、私たちの闇の中に入ってきて下さった。そこで闇の意味が変わるのです。十字架の意味も絶望の刑具から、十字架形象をバッハがどうしても自分の楽譜に描かずにおれない程、望みの象徴に変えられる。その死は、絶望の死でありながら同時に私たちを方に「御手を広げて、私たちを抱こうと」(『マタイ受難曲』第60曲・アリア)、身を屈めて下さる愛の行為でもあります。十字架のイエスこそ、真の神の子キリストである。この非常識とも言える逆説を信じる時、私たちの人生も逆転する。暗いと思われる人生が望み溢れるものに変わる。最も神から遠いと思っていたこの私が最も神に近くなる。醜が美に、闇が光に、死が命に、変えられてしまう。だから私たちは十字架を愛する!


 祈りましょう。  父なる神、御子が、私たち低きに座す者を、十字架の上から首を垂れてお招きになられ、信仰の高みへと招いて下さった恵みを感謝を致します。今、共に、「本当に、あなたは神の子だった」と告白しつつ、主の食卓へ参集する者とならせて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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