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2011年 9月11日 主日礼拝説教 「「先生」誕生!」

2011年9月11日 主日礼拝説教 「「先生」誕生!」

  説教者 山本 裕司 牧師
  マタイによる福音書 23:8



「だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。」 (マタイによる福音書 23:8) 


 マタイ23章には主イエスの、律法学者、ファリサイ派に対する真に厳しい批判が語られています。新約聖書の中でこの両者は大変評判が悪いのです。現在の教会でも人を批判する時に「あの人はファリサイ的だ」と言えば、もう決定的にその人やっつけたことになる。そういう悪口に用いることが出来るような名になりました。しかしイエス様が地上で活躍されていた当時、律法学者、ファリサイ派とは、むしろ大変尊敬されていました。ある学者はこのファリサイ派の雰囲気をイメージしたければ、ピューリタン・清教徒を思い出せばよいと書いています。日本の教会は多くは、アメリカ、カナダのピューリタンの影響を受けて育ちました。その信仰の特徴は「真面目さ」です。信仰をもつと酒と煙草は止めました。博打も夜遊びもしない。朝な夕なによく祈り聖書を熱心に読む。月曜から土曜は真剣に働き安息日には教会に欠かさず行く。礼拝が終わると伝道のために隣町に行く。当時の日本の男たちから見たら、何が楽しくて生きてるんだろうと思われるような禁欲的な生活をしながら、教会を一つ、また一つと建てていったのです。それが後の人々にも長く「敬虔なクリスチャン」と呼ばれるイメージとして残りました。 ファリサイ派もそれに似ていたと言われます。ピューリタンもファリサイ派も、どうしてそんなに真剣に生きたかと言うと、それは当時の宗教への批判からです。ピューリタンは16世紀のイギリス国教会への批判として生まれました。ファリサイ派は律法が軽視された時代、やはりその批判として律法遵守を旗印に始まりました。宗教的に堕落した社会の中でこれでこの国は滅びるとの危機感をもって「聖書に帰れ」と叫んだ。形骸化した宗教に命を注ぎ込むために活動したのです。だから大変尊敬され、先生「ラビ」、あるいは「父」呼ばれました。しかし大変悲しいことに、そこにも、いえ、そこにこそ、主イエスの激しい批判が向けられてしまう。「先生と呼ばれてはならない」(23:8)、「父と呼んでははならない」(23:9)、「教師と呼ばれてもいけない」(23:10)と。

 いつの頃でしょうか。先生と呼ばない人たちが現れました。牧師も信徒も互いに「さん」付けで呼ぶ。それは実際にやってみるととても爽やかです。あるいはまた、教会学校の「学校」という言葉もいけないという意見と同時に、CS教師も「リーダー」と呼ぼうと提唱されたこともあります。それも良い面はありますが、しかしそれなら何故「リーダー」なら良いのかという問いが出されると思います。リーダーとは「先立ち」という意味です。実際「教師」(23:10)の元のギリシャ語は「先立ち進む道案内」という意味で、まさにリーダーという翻訳が最も適切な言葉です。確かに時にパワハラを生み出した先生という言葉をあえて使わないことも大切かもしれませんが、しかしそれでも、教え教えられる、導く導かれるという営みは、決して終わらないことは確かです。呼び方はともかく教師の役割を担う人はいつの時代でも必要です。それなくして世界は闇でありましょう。ですから、イエス様がここで本当に言われたかったことは、教師が真の教師になっていないということ、なり損なっていること、そのことを問うておられるのではないかと思います。このファリサイ派の問題、つまり教師としての崩れた姿はこうです。「 宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む」(23:6~7)、この「好む」という言葉は原文では「愛する」という言葉です。つまりこの先生は、人々から先生と呼ばれることを愛してしまったのです。7節の「先生」は10節とは異なり、原文では「ラビ」であり、高位の宗教的指導者の尊称です。「ラビ」と呼ばれることを愛してしまったのです。

 主は、決してファリサイ派の真面目さを否定してはいません。「だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。」(23:3a)そう言われます。しかし「彼らの行いは、見倣ってはならない」(23:3b)と続けられる。どうしてか。彼等は、自分の教えている律法を裏切っている。最も重要な掟とは「神を愛すること、隣人を愛すること」(22:37~38)、そう主はこの直前に教えて下さいました。ところがファリサイ派は、自分が先生と呼ばれることを愛した。上席に座ることを愛した。主の問いはここに極まる。律法遵守に生きる真面目なあなたは、では、最大の掟は守っていますか。神を本当に愛しているのか。隣人を真実に愛しているのか、と。

 この教師を巡る黙想の中で、私は北海道家庭学校校長谷昌恒先生の言葉をどうしても思い出すのです。『森のチャペルに集う子ら』という本があります。それは今朝の御言葉の注解のように思えます。最初に三浦綾子さんとの対談があり、直ぐそこで、教育とは「教師の問題だ」という対話になる。谷先生は言われる。「よく飴と鞭と言う。ある時は優しく、ある時は厳しく、臨機応変に使い分けるのがよい教師だと言われる。しかしそうじゃないと思う。厳しさと優しさは一つではないか。例えば一人の教師がいる。生きる姿勢は一貫している。その先生に対して、ある生徒は優しいと受け止め、時には厳しいと感じる。教育とは、優しさが厳しさでもあり、厳しさが優しさでもる。」私はこの言葉を読んで、西片町教会の兄弟姉妹が鈴木正久牧師をどう感じていたかを思い出しました。兄姉の鈴木牧師の評価とは、厳しい、ということです。そして同時に出てくる言葉は、優しい先生だった、という思い出です。厳しさと優しさ、それは本来水と油で相容れない概念でしょう?そう問われた時に、谷先生の口からふと愛という言葉が出てくる。愛によって優しさと厳しさは結びつく。三浦さんも直ぐそれに答える。「優しいから愛じゃない。厳しいから愛というのでもない。愛から出た優しさ。愛から出た厳しさ。根は一つなのですね。それが一貫している教師の姿ですね」と。ここでもやはり「愛」です。神を愛し、隣人を愛す、その愛においてのみ「真の教師」は誕生するのです。

 そういう対談から始まったものですから、読者はさぞ理想的は教育論が展開されると期待すると思います。しかし、その本の中にそういう話はむしろ少ない。愛の教師である私によってこんな素晴らしい実践があった。そんなことが言われるのではない。むしろ谷先生は項垂れるようにしながら語っているような気がします。 職員住宅に少年の一人が入っていた。少年は生徒会長であり誠実にその役を果たしていただけに先生たちは衝撃を受けた。合い鍵を手に入れて7回既に入っていたことが分かった。度重なる盗みによって家庭学校に送られきた子だ。しかし彼は家庭学校で目を見張るほど成長したと思われた。高校への進学も希望していた。事件は少年の奥深くに潜むものを暗示し不気味だった。「高校進学以前の問題ではないか。」職員会議で教師の一人が激しく言った。その通りです。進学以前の、人間性そのものが問題なのです。そう言って谷先生は続けられる。「しかし」と。「しかし、今の世は高校以前、大学以前のはずの問題が全く問われないままに、多くの子弟を高校に上げ、大学に進ませているではないか。我々の方は教育者として、少年たちに甘えを許さず『それは進学以前だ』と厳しく律しようとする。しかしその厳しくしている私たち自身が、我が子の高校進学、大学進学は当然だと思っている。私はそれが恥ずかしい。私たちが職員会議で論じる少年たちへの問いは正しい。しかし、私たちにそれを問う資格があるか。私は恐れる。」先生はこう言われた時、この言葉を思い出されたのではないでしょうか。「彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。」(23:4)

 また谷先生はある障害をもつ人々のために人生を献げ尽くした医者の話をされる。その医者は、一人が生きるのにやっとの時代に、障害者の施設を作ることに火のように燃えられた。とうとう先生は開設に漕ぎ着け、拡充につぐ拡充、真一文字に驀進された。しかし脳梗塞で倒れ自由を奪われ療養生活に入られた。日頃、先生が病気の子どもたちに強く求めていた通り、この時期機能回復のため、訓練に次ぐ訓練を自ら課さねばならないはずだった。ところが、その一年後、後継者として先生が望みを託していた長男が過労のため死ぬ。夫人はご長男の遺骸にとりすがって泣きそのまま昏倒、10日後亡くなった。それでも機能回復に努めなければいけないのでしょうか。いけないのです。先生は医師として、ずっと患者にそう言ってきたのですから。リハビリを怠るな。弱音を吐くな。自力で立て、と。しかし今や、先生のどこからもその力は出てこないのです。「君たちの気持ちが初めて分かった。偉そうなことを言って恥ずかしいよ。」そうぽつんと言われて亡くなられたそうです。「だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。」(23:8)

 教師とは誰か。真の先生とは誰か。それは逆説的ですが、自らが人の先生になることなど出来ないと思っている人のことなのではないでしょうか。あなたたちと同じです、と。同じ弱さをもち、同じ罪を犯して生きてきました。「皆兄弟なのだ」とはそういう意味です。ただ一人の教師・イエス先生の御恩寵によって生かされているだけの存在なのです。しかしその福音の真実を先に知り、その事実を「先に生き」た者こそ「先生」なのです。そこで、まさに「先に生き」た「先生」として、「後を生きる」少年たちに訴えるべき言葉が生まれる。そこには、優しさだけじゃない。厳しさも、激しさも、また生まれる。チャペルの説教で谷先生は語られます。「A君が無断外出をした。その姿を見かけて保護しようとした。A君は逃げました。家並みを縫うように走りました。この春A君は生きるか死ぬかの大手術をしました。心臓の弁を取り替えたのです。手術は成功しました。その手術にどんなに沢山のお金がかかったか、そんなことは言うべきでないかもしれない。この手術は術後が何よりも大事です。食物の味付けにも、何を食べてはいけないかも、教母さんは特別に心を砕いておられます。半月ごとに国立病院に行って経過を診てもらい、薬を頂いてきます。まるで腫れ物に触るように、慎重にA君の身体を案じ続けてきました。そのA君が走っているのです。『死んでしまうぞ。』私は思わず叫びたくなりました。あとで何故逃げたか聞きました。面白くないからだといいました。」 これは決してA君だけの問題じゃない。私たちのことだと思いました。私たちの心臓もまた自然に、ただで、動いているわけではない。主イエスが与えて下さった恵みによって動いているのです。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。」(コリント一6:20)そう使徒パウロは言いました。高価な恵みが既に支払われて、ようやく動いている。そういう自分がまるで糸の切れた凧のように突っ走る時、主は「死んでしまうぞ!」と激しく叱りつけると思う。一人で生きているような気になっている高慢を許さないと思う。だからこの主イエスのファリサイ派批判はただの怒りではないと思います。そんなに高ぶって、突っ走ったら死んでしまうぞ、という愛の叱責、愛の厳しさです。恩師イエスは私たちを生かすために、謙遜に生きることを教えようとされているのです。一人で生きているような気になって、突っ走ってはいけない。傲慢になってはいけない。生きて欲しいから。そのために私はあなたのために命を注ぎ出したではないか。私の命と引き替えにあなたたちの心臓は今動いているではないか。その命の真実を先に知った者は、教師と召され、後から来る子どもたち、遅れて来る求道者に、それを厳しく教える務めが生じる。教会に来ても教師がいなくて、ただの遊び友だちしかいなかったら、誰がこの「生き方」を教えるのか。先生が必要なのです。学校がいる。それは高ぶる人を作るためではない。唯一の教師イエスの十字架による罪の赦しによってしか私は生きられない。「私がそうだったのだ。君たちも同じだと思う。」そう伝える、先に生きた、真の先生の出現が、今こそ、この先生不在学校喪失の時代に、求められている。


 祈りましょう。 教師である自分にも、父である自分にも、愛想が尽き果て、もうその責任を放棄したいとすら思う私たちです。しかし、その私たちの破れを覆って下さるために恩師イエスが来て下さったことを、先達から教えられました。心より感謝致します。その恩師の愛を後生に伝えるために存在する私たちの福音学校・西片町教会を聖霊をもって建て続けて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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