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2011年 4月22日 受苦日礼拝(テネブラエ)説教 「「サクリファイス-犠牲-」

2011年4月22日(金) 受苦日礼拝(テネブラエ)説教 「サクリファイス-犠牲-」

  説教者 山本 裕司 牧師


 アンサンブル・カンフリエの演奏によるバッハの「マタイ受難曲」に導かれ、私たちはテネブラエ・闇の礼拝の夕べを過ごしております。先ほど、ペトロの否認の出来事が朗読され、第4の蝋燭が消火された直後に、演奏頂きましたのは、マタイ受難曲第39曲です。この度のアンサンブルでは、独奏ヴァイオリンの旋律にのって、フルートが哀切なメロディーを奏でて下さいましたが、本来はここで、アルトがこうペトロの心を歌います。
「憐れんで下さい。神よ。したたり落ちる私の涙の故に。」

 私たちは、教会暦におけるレント(受難節)の始まりに起こった、恐るべき出来事、3・11以来、打ちのめされ、頽れ、レントの40日間「憐れんで下さい、神よ」と何度祈ってきたことでしょうか。思い返せば、3・11の次の日、甚大なる地震津波被害に追い打ちをかけるように、3月12日(土)、早くも、福島第一原発一号機の爆発映像がテレビで流されました。それを見た瞬間、私は、もう何もかも終わったと、天を仰ぎました。炉心爆発を起こしたチェルノイブリの再来を確信し、まさに日本は終末に突入したと感じました。ところが、それから数時間後、枝野長官が現れ、それは、建屋だけが吹き飛んだだけであって、格納容器と炉心は無傷であると発表したのです。私はその瞬間、旧ソ連の映画監督タルコフスキーの『サクリファイス』のイメージに心が支配されてしまったのを忘れることが出来ません。

 スウェーデンの南、バルト海をのぞむ平和な島に、老教授アレクサンドルがいます。爛熟したヨーロッパ社会と同じく表面的には、満たされきった家庭での静かな日々。しかし、破局は既に内包されている。それが露わになるのは、家族がくつろいでる部屋に、突然凄まじい音が響き渡るところから始まります。核ミサイルが家をかすめた衝撃波でした。全面核戦争が勃発したのです。大統領の絶望的なテレビによる緊急放送の後、電気は消え、電話も不通となる。人類は滅びを迎えたことが暗示されるのです。主人公の老教授は、その夜、これまで無神論者であったのに、生まれて始めて跪いて神に祈りました。「憐れんで下さい、神よ。この恐怖から解放して下さい。息子も家も富も全て捨てますから。」やがて来た郵便配達より神的啓示を受け、迷いつつも、白夜の中、メイドの家に行き、サクラメンタルな儀式を果たす。朝、目を覚ますと、時が戻ったような、平和な朝でした。電気も電話も通じ、テレビをつければ娯楽番組をやっている。そういう救いの物語です。

 私にとって、あの官房長官の言葉は、まさに、破局の時が遡り、もう一度、この日本をやり直せるという、アレクサンドル的な希望を思わせたのです。ところが、次の週に、私たちが経験したことは、実は、あの時、私たちは、3・11以前に戻れたのでは決してなかったという現実でした。やがて、残りの3基も連鎖的に爆発し、その4基の残骸全てから噴煙が立ち上り続けるという、この世の終わりを連想させる映像を見続ける毎日となりました。私は、その3月14日(月)の1週間、断片的報道から、ジェットコースターのように絶望と一縷の希望の間を行き来することになったのです。私は、この危機的状況を受けて、私が責任を負う北支区の臨時常任委員会を開催するために、一斉配信メールで委員たちに召集をかけました。ところが、その予定した委員会の前日、3月17日(木)夜、当時、最悪の福島第一原発3号機に対する自衛隊ヘリコプターによる上空からの海水撒布の映像は、それが焼け石に水であることは誰の目にも明らかだったのです。その直後、応援に駆けつけた警察車輌が、放射能のために、接近出来ず、放水が全く届かなかったというニュースが流れた瞬間、東北で長く牧会された千代田教会の太田春夫牧師から電話がある。先生も打ちのめされ、今晩、明日が山場であるという見解を述べられ、もはや明日、集まることは余りにも危険過ぎると言われる。それで、私その夜、会議の中止メールを配信し、闇の中、放射能の風が吹くゴーストタウンと化した東京に、自分一人が呆然と立ち尽くしている、悪夢を見ながら、眠ったのです。そして金曜、いつものように朝日で目覚めました。小鳥がさえずっているのが聞こえる静かな朝です。そしてニュースで知ったのは、昨晩、その後、自衛隊による放水が行われ、その水が一応、3号炉に届いたという報道を受けました。その朝、太田牧師もやや持ち直され、再び、会を開催することにして、再び中止の中止の一斉配信メールを流す。そして二転三転した緊急会議は開かれた、そういう経験をしたのです。

 そして、私は、「サクリファイス」のイメージに再び捕らえられてしまうのです。老教授アレクサンドルの祈りによって、時は戻り、平和な朝が来た時、しかし彼は神との約束「奉献」を果たさねばなりませんでした。家を燃やし始めるのです。家族は驚愕し彼を取り押さえ、やがて救急車がやってくる。そうやって彼は何もかも捨てる。家も、子どもも、そして名誉も。そして、この老教授の命懸けの真夜中の戦い、その「犠牲」が世界を救ったことに世界中の誰一人として気付かないのです。

 彼が救急車で連れられていく中で、鳴り響き始めるのがあの「マタイ受難曲」第39曲のアリアです。「憐れみ給え。我が神よ。したたり落ちるわが涙の故に」。弟子ペトロがそうであるように、その弱さの故、どうしても罪を犯してしまう私たちへの神の憐れみを求める歌です。その祈りに応えて、御子イエスの犠牲が起こる。主イエスは御自分の命も位も、尊厳も、そして腰を覆った布一枚に至るまで、全てを神に奉献し、丸裸で十字架につかれました。しかしこの御子の犠牲によって、私たち人類は、神の怒りによる滅びから免れ、なおこの2011年の春も生存が許されているのではないでしょうか。

 しかし、緊急会議のあった3月18日(金)から一月が経過した今夕の聖金曜日、私たちは4基のさらなる炉心連鎖爆発による東日本喪失の危機から完全に解放されたわけではありません。例えそうでなくても、垂れ流しの猛毒放射能が大気、海、地下水、土壌に放出され続け、これから数十年間に渡って、多くの人々の健康と命が蝕まれようとしています。

 その恐怖を前に、私の耳に、今、幻聴が聞こえてくるのです。「お前達が真の奉献をしなければ、原発事故はいつまでも収束しないであろう」と。

 それでは、神が今夕、私たちに求められる奉献とは何でしょうか。詩編51編では何よりもそれは「打ち砕かれ悔いる心」だと歌われています。そうであれば、私たちはこの受苦日の夜、これまでの、無限のエネルギーを得たいという貪欲を悔いる心を奉献したいと思います。また、私たち都民の電気のために、故郷を追われた人々の痛みを思い悔い改めの祈りを神に献げたいと思います。事故収束のために、放射能を浴びつつ働かざるを得ない現場の人々を覚えて、悔い改めの思いを神に差しだしたいと思います。何よりも、私たちは、今こそ、富のために、人と動物(本日、警戒区域となった原発20㎞圏内で飢え渇きと孤独の中に見殺しにされた動物たちも含めて)、命ある全てのものを傷つける文明を悔い改め、廃棄し、新しい、御心に叶った文明を神に奉献することを誓いたいと思います。

 そうすれば、神は御子イエスの十字架の犠牲に免じて、私たちを憐れんで下さり、罪を赦して下さり、この受難週の死の闇を超えて、3日目の主日、私たちを、復活の命と希望の光で照らして下さることでありましょう。


 祈りましょう。  主よ、私たちの罪があなたの御子を十字架につけ、また多くの隣人、動物たちを苦しめていることを覚え、悔い改める者とならせて下さい。どうか、二度とこのような過ちを犯すことなき、日本を、二度と、幼い子どもたちに、放射能を浴びせかけることなき、世界を作っていくために、私たちが自らをあなたに献げることが出来るように導いて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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