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2010年 5月30日 主日礼拝説教 「天の特命全権大使」

2010年5月30日 主日礼拝説教 「天の特命全権大使」

  説教者 山本 裕司
  マタイによる福音書 10:42



「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(マタイによる福音書 10:42)


 マタイ福音書をこの礼拝ににおきまして、少しずつ読み続けておりまして、今朝で10章を終えますが、ここで一つの段落がつきます。それは9:35から始まり、この10章の終わりに至るものですが、12人の使徒の選びに関するものです。振り返って見ますと9:37にあるように、主の「働き手が少ない」(9:37)という呻きにも似た言葉から始まって、12使徒が選ばれ、その使徒に向かって、派遣のされる時の懇切な注意を、主はここでお語り下さったのです。そしてその注意も最後になりました。ところが、この後、マタイ福音書の物語では、12人の使徒が各地に派遣されていったことは書かれていません。彼等がこの主の御命令に従って、出て行くのは、主の御昇天に続くペンテコステ以後です。それは、主イエスを肉眼で拝見し、肉声を聞くことが出来なくなった時代のことです。その教会の時のために、先取りして、ここで弟子たちに派遣の御言葉を主はお語りになられたのだと思います。今年も、教会暦における教会の時・聖霊降臨節を歩み始め私たちにとって、今朝、まことにふさわしい御言葉が与えられたと思います。

 今、私は注意深く、肉眼では見られない、肉声では聞かれない、と申しました。主は天にお帰りになられたからです。しかしだからといって、主は死んでおしまいになられたのではない。天にちゃんとおられるんです。
そして地上での御自分の仕事は、弟子たちに、つまり私たち教会に御委託されたのです。

 私はこの御言葉を読んでいて思い出した言葉があります。それは「特命全権大使」という言葉です。これは私が以前属しておりました教会の牧師が、よく説教の中で用いていた言葉です。広辞苑を引いてみますと、その意味はこうです。「外交使節の最上級。外国に駐在し、自国の元首の名誉と威厳とを代表し、本国政府の訓令に基づいて駐在国との外交および在住自国民の保護・監督に携わる。」つまり特命全権大使というのは、王とか大統領の代わりということです。王様は本国にいます。長くよその国に留まることは出来ません。そこで自分の「分身」を異国に派遣する。そしてその者が外交の場で発言することは、王が言ったことになる、そのような高い権威を与える。そういう存在のことです。

 私が小学生の時、こんな質問を先生がしました。「大きくなったら何になる。」野球選手とか先生とか、月並みな希望を皆が言う中で、一人、とても頭のいい子でした。「僕は大使になります」そう言ったのを思い出しました。偉いもんだと思いました。高い志であります。私は考えてみれば、外交官になりたいと一度も思ったこともありません。それは優秀な人間がようやくなれる職業だと思っていました。しかしこの使徒派遣の最後にこうあります。「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。」(10:40)、ここで主イエスは、明らかに、先の言葉で言えば「あななたちは私の特命全権大使となるのだ」とおっしゃっておられるのです。大使は、異国において大変重んじられるものです。相手国の首相と対等の席につくことが出来ると思います。その大使を軽く扱うということは、直ちに大使の国の王を軽蔑したことになり、それが宣戦布告のしるしにだってなることもあるのです。それほどの身分は誰にでも与えるわけにはいかない。最も優秀な者がなるべきです。しかしここで私は、自分でも願ったこともない、特命全権大使に、私自身がなっていることを発見しました。しかもそれは天の国の大使です。首相がしょっちゅう変わる日本の大使というのではない。決して変わらない永遠の支配者イエス・キリストの大使であります。伝道者とはそういう身分の与えられた者だと言うのです。もう少しこの福音書を読んでいきますと、正しい信仰告白をした使徒ペトロに主はこう言っておられます。「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」(16:19)言い換えれば、使徒ペトロが地上で許すことや、禁じたりすることは、それは地上のことに終わらない。それは天上の意志であり、天の思いになる。そのペトロに代表される教会は、そうやって天と直結しているのだと、主はおっしゃっておられるのです。それは、牧師だけということでもありません。私たち西片町教会に属する者は、皆天から地上に派遣されている大使なのです。皆さんはそんなこと考えたことあるでしょうか。自分の本国は日本あるいは隣国であって、その秩序に従うのだと思われるかもしれません。しかし使徒パウロは「わたしたちの本国は天にあります。」(フィリピ3:20)と言いました。大使というのは、自分が今いる異国の都合、定めを優先にするというのなら、それは大使失格です。大使はあくまで、自分の国の元首の都合で動くのであります。

 従って、私たちキリストの使節は、いつも地上で平和に過ごせるとはかぎらない。むしろ外交問題がこじれ、自国の利益と相手国の利益がぶつかり合っているような国の大使は、大変苦労すると思います。テレビのュースを見ていますと、どこかの国の大使館の前で延々とデモが行われていたり、物が投げ付けられたり、その国の国旗が焼かれたりすることがある。外交官がマスコミにも引っ張り出されて非難されたりするところが、映し出されたりもします。それでもその外交官は、あなたたちの言い分の方が正しいとは言えない。どんなに沢山の記者に責めたてられても、言えない。何故ならもしそう言ってしまったら、自分はもはや大使ではなくなるからです。あくまで自分の国の方針に従う、それが大使の務めであります。だから主は「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」10:34)と言われたのです。それは、とても厳しいことだと思います。私たちは天に住んでいるわけではない。東京や埼玉に住んでいるのです。しかし生き方、語ることは、天の生き方、語り方をしなくてはいけない。そこに私たち教会に属する者の困難があるのです。それだけに、私たちを受け入れてくれる者の存在が、しかしこの町にも生まれる。この国にも生まれる。それは天においては、際立った喜びとなるのです。

 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(10:42)これは主イエスの弟子に対する、つまり、私たちに対する愛情がほとばしり出ている言葉です。主イエスは使徒たちが、御名によって地上に派遣された時、どんなに苦労するか、よく知っておられた。天と地の利害は激しくぶつかり合うものです。そこで、彼らは、天が与えた、大きな身分「全権大使」という身分と裏腹に、地においては「小さな者」(10:42)と扱われると、主は言っておられる。しかしだからこそ、伝道の旅をする弟子に親切にしてくれる人がいた時、そのことをどんなに主が喜んで下さるか、ということです。

 旧約聖書に収められるモーセの十戒こそ、天の法です。その第4戒はこうです。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。」私たちは、この掟一つなかなか守ることが出来ません。一つの理由は、私たちが異国に住んでいるからです。この土地の日曜日は、地の掟が支配しています。天の掟は無視されるのです。そこで主日を守るための戦いが始まるのです。しかし、その時こそ、私たちには天の国の王がついていることを思い出さなくてはなりません。

 大使が、デモ隊の抗議の声にも耐えて、大使の務めを果たし抜くことが出来るとすれば、それは自分がどれほど、国の王から愛され大切な者と思われているかを思い起こすことが出来た時だと思います。あなたが私の名のために、どんなに苦労するか知っている。だからこそ、あなたに、一杯の水を飲ませてくれる者がいたとしたら、その者に大きな報いを与える。「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(10:41)あなたに与える同じ報酬を、その水を差し出した者にも与える。それほど私はあなたを愛し、あなたを助ける者を愛する。大使というのは、そういう元首の、愛に支えられる時だけ、人々の抵抗にも負けず、その王の言葉を取り次ぐ使命に耐えることが出来ると思うのです。

 私がかつて大洲教会の歴史を調べている時、貴山幸次郎という日本基督教会の指導者として活躍した牧師を知りました。この貴山幸次郎は大洲に隣接する伊豫吉田の出身でして、彼が宇和島に出た際、1881(M14)年頃、初めてキリスト教の教えに触れます。その時の伝道者が大洲教会創立者である櫻井昭悳牧師でした。それがきっかけとなりまして、自分も伝道者となった貴山幸次郎に関して、1916(T5)年1月7日の「福音新報」にこういう記事があります。これは貴山が鎮西中会という九州北部を24日間、14箇所を巡回伝道した時のことです。その伝道の終わりが近付いた頃、彼は小倉教会で伝道集会をしました。「12月13日2時半小倉市大坂町停留所に下車、予は大洲教会員なる井上姉宅に投宿した。」これは見過ごしてしまっても仕方のないような、大洲教会に関わる小さな記事です。しかし婦人会の一人が発見したのです。この井上さんは、大洲教会において受洗し、やがて小倉に転居しました。そして巡回してこられた貴山牧師に、南予同郷のよしみもあって自宅を宿に提供したのです。長い伝道旅行の終わりに、井上姉妹の良き持て成しを受けたとの感謝の思いを貴山牧師はこめてこの記事を書いたのです。24日間14箇所に亘る九州北部の伝道の詳細を読んでみますと、どこも伝道集会は既に華やかでありません。明治初期の毎回何百名もの人を劇場に集めてする伝道集会では、もはやありません。小倉教会における伝道集会も「22~3名の聴衆、しかし当地にては好集会だと聞いて、平素の寂寥と苦心とに同情を禁じ得なかった」と感想の述べています。そのように、町で伝道者が受け入れられない中で、しかしここに私を伝道者であるが故に、宿を提供し持て成してくれる姉妹がいるのだと、南予というのでは実はなくて、天の同郷人がここにもいた、その喜びの思いを貴山牧師はもつことが出来たに違いないと思います。

 この無名の姉妹のしたことは、人々の記憶に覚えられるものではありませんでした。貴山牧師は教会史上の人物として、その業績は今も語り継がれています。貴山幸次郎の名は残ったけれども、井上さんのしたことは、すっかり忘れ去られました。しかし本当に密やかに「福音新報」の片隅に、井上姉妹の行為は、記録されたのです。そしてそれが誰かの目にとめられるのを、じっと待っていたのではないか。そしてそれはちゃんとこうやって、一人の婦人会員によって見出されたのです。私がこういうことを語りながら、申し上げたいことは、天にも「福音新報」のようなものがあって、それを主イエスもまたじっと見ておられるということです。主もまた検索しておられる。そして見落とされることはありません。華々しい神学者の活躍だけを主はピックアップされるのではない。本当に細やかなこと、自分自身でも、こんなことは当たり前のことをしただけだと思っている、女性の伝道者への持て成しの記録、主イエスはそれを見落とされない。よくあなたは伝道者を、兄弟姉妹を受け入れてくれたと、その伝道者と全く同じ報いを与えると、主は約束して下さる。西片町教会もまた、その大洲の井上姉妹と全く同じように生きた、天に国籍をもつ、多くの無名の信徒たちによって、121年間、支えられてきました。私が、教会史料を重んじるのは、そういう無名の信徒、あるいは無名の牧師たちを再評価したいと願っているからです。それが主の御心だからです。

 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(10:41~42)

 教会員は皆、キリストの全権大使であります。だから私たちは互いに重んじ合い、助け合うのです。教会と礼拝の掛け替えのない値打ちを知っているのは、地では私たちだけです。天での常識は地の非常識、地の常識は天での非常識であります。だからこそ互いの地での戦いを支え合い、励まし合って、天の「治外法権」を断固として守りたい。そう願うのであります。


 祈りましょう。  主よ、あなたは私たちを、この地に派遣されました。70年でしょうか。90年でしょうか。どうか、それぞれにあなたが定められたこの地での任期を全うして、私たちの真の故郷に、任務を成し遂げた大きな充足感をもって、帰ることができますように、聖霊をもって私たちの一生を導いて下さい。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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