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2010年 2月28日 カナの礼拝説教 「未聞未見の神」

2010年2月28日 カナの礼拝説教 「未聞未見の神

  説教者 山本 裕司
  ヨハネによる福音書 1:19~29 



「あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。」 (ヨハネによる福音書 1:26)


 三浦綾子さんの作品『海嶺』は事実を元にした歴史小説です。何故今夕この物語を紹介したかというと、そこに、プロテスタント最初の聖書の日本語翻訳の物語が記されているからです。この時先ず訳されたのが、私たちが今、夕礼拝で読み始めたばかりの「ヨハネによる福音書」でありました。この翻訳は有名なものですから皆さんもこういうヨハネ1:1~2の言葉を聞いたことがおありかもしれません。「ハジマリニ カシコイモノゴザル ゴクラクトモニゴザル コノカシコイモノワゴクラクニゴザル。」

 「カシコイモノ」とは、新共同訳では「言」です。また「ゴクラク」とは「神」のことです。意外な翻訳と思われるかもしれません。しかし、これはその状況の限界の中で、三人の日本人と一人のドイツ人宣教師の心を尽くした渾身の翻訳でありました。

 時は幕末、1832年(天保3年)秋、尾張米を江戸へ運ぶため、現在の愛知県、知多半島、小野浦から「宝順丸」という千石船が出帆しました。千石船は、150トンほどの荷物を積める、長さ15メートルくらいの木造船です。水主(かこ)=乗組員は14人でした。この船が遠州灘に出ると、直ぐ消息を絶ったのです。大嵐のために難破、帆柱(マスト)も失い、帰ろうにも黒潮に流され、東へ東へと太平洋を漂流をするに至った。そして実に1年2ヶ月後、1834(天保5)年1月、北アメリカ・カナダ国境付近の海岸に漂着するのです。その間、船員は激しい飢え渇きに苦しみました。そして多くの者が、次々に壊血病にかかり病死していったのです。生き残り大陸の土を踏んだのは、舵取りの岩吉(推定28歳)、それから、久吉と音吉という、今で言えば中学生ほどの年齢の見習い船員だけでした。彼らを支えたのは、国に帰りたい。故郷の土をもう一度踏みたい。その一念でありました。

 しかし彼らの試練は続き、直ぐ、アメリカ先住民に捕らえられ、奴隷とされ酷使されます。しかし信仰深いイギリス商社の支配人が大金を先住民に支払い彼らは救出され、大変親切に持てなされました。そして、日本に送り返されるために、ロンドン喜望峰を経て、 1835(天保6)年12月にマカオに到着した。三名は宣教師ギュツラフの家に滞在しました。彼は何とかして日本の人々に聖書を母国語で読んでもらいたいと日頃から願っていました。この三人の日本人と出会い、ギュツラフはその祈りが神に聞かれたと感じ、三人の船乗り意見を聞きながら翻訳を開始しました。そして、1837(天保8)年、プロテスタント最初の日本語聖書がシンガポールで木版刷りされたものです。この聖書「ヨハネ福音書」は、現存する最古の日本語聖書となりました。

 ではどうして「ヨハネ福音書」が最初の翻訳に選ばれたのでしょうか。三浦綾子さんは『海嶺』の中で、ギュツラフと、こういう対話をあるアメリカ人とさせています。アメリカ人はこう問うのです。何故、日本のためにヨハネ福音書を選ばれたのですか。マタイ伝やルカ伝の方が、訳すのが容易いのではないか。ギュッラフは答える。確かにその通りです。ヨハネ伝は四つの中で、一番難解な福音書です。そう言ってギュツラフが言ったのはこうです。「彼ら日本人三人と、マカオの寺院を巡った時、私は彼らがどこに行っても頭を下げることに気付いたのです。彼らは、何にでも手を合わせるのです。それでわたしは、アテネの、あの『知られざる神に』
に手を合わせる記事を思い出したのです。」

 これは、私たちが長く読んでまいりました使徒言行録に記されている出来事ですね。

 ギュツラフは続けます。「それでわたしは、キリストの神性を確実に伝えるヨハネ伝を選んだというわけです。」まさにこのギュツラフの気持ちはそのアテネでのパウロのアレオパゴスの説教そのものであったのです。

 「道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。」(使徒言行録17:23)

 このヨハネ福音書は、二千年前のヨハネの教会が、新約のキリスト教の教えと、旧い宗教の教えと、どこが違うのかを明らかにしようとする意味も込めて書かれたと言われています。そこで何よりも先ず「ナザレのイエス」こそが救い主であり、神ご自身であられるのだと訴えました。「言(主イエス)は神であった。」「カシコイモノワゴクラクニゴザル」と。

 旧約の知者はこう言う他はなかった。「コヘレトは言う。なんという空しさ…かつてあったことは、これからもあり/かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない。見よ、これこそ新しい、と言ってみても/それもまた、永遠の昔からあり/この時代の前にもあった。」(1:2,9~10)新しいものはない。新鮮なもの、瑞瑞しき生命溢れるものは、もはやない。なんという空しさ。そう嘆く「旧約」の知者に対して「新約」に遭遇した洗礼者ヨハネは、叫ぶように言う。「あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる」(1:26)と。この「知らない方」という言葉は、この後もヨハネが繰り返す重要な言葉です。「わたしはこの方を知らなかった。」(1:31、1:33)。しかし、今、人間にとって全く未知の方「新しい方」がおられると言うのです。「未見未聞の神」がここに現れた。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。」(1:29)、「神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」(マルコ2:7)と律法学者は言った。その罪を赦す権威ある真の神を、見よ!とヨハネは喜びに溢れて主イエスを指さしたのであります。
 
 北アメリカで、三人の船乗りたちは本当に親切にしてもらった。金持ちです。知識人です。ところが、どうしてこの人たちは、自分たちに対して礼儀正しく接してくれるのだろうか。彼らは他人からこんな親切を受けるは初めてでした。国にいた時は、侍はいつも威張り散らし土下座させられた。役人の取り調べによって、とうとう気がおかしくなって首をつった者がいた。そして、ふと思います。「キリシタンやから親切なのだろうか。これがもし日本に、エゲレス人が流れて来たら、こんなに親切に扱うやろか。わざわざ高い銭出して、本国まで送り帰してやるやろか。」彼らは日本にはいない、新しい種類の「未聞未見」の異国人と出会いました。

 ついにマカオから自分たちを日本に送り届ける船アメリカのモリソン号が出帆しました。遭難者を送り届けるという意図だけの人道的な船であることを明確にするために、大砲は取り払われました。やがて、船から懐かしい景色を見ることが出来るようになる。モリソン号のインガルソン船長は、その操縦を、名舵取りであった岩吉の言葉に耳を傾け、安全に航海していきました。三人は話し合った。「言うことを聴いてくれる異人さんも偉いわな。日本のお上だと、ああはいかんで。お前らひっこんでおれ、と怒鳴るにきまっているでな。」

 ある日、なびいていた雲が不意に切れた時、彼方に陸が現れた。「御前崎や、御前崎や!」、彼らは肩をふるわせて泣いた。足かけ6年振りの祖国でした。同乗していたギュツラフは言った。「日本と言う国は何と美しい国でしょう。あのマウント富士をごらんなさい。こんな美しい国だから、岩吉や音吉のように賢く礼儀正しい国民が育ったのですね。」ところが、モリソン号が浦賀に入港した時信じられないことが起きた。幕府は問答無用で、大砲を撃ってきたのです。モリソン号は白旗を上げた。しかし砲撃は止まない。それどころか軍船に追われ砲撃される。「何と野蛮な国だ。こんな美しい国が、こんなに野蛮とは…」そう船長は絶句する。命からがら、浦賀の港を去ったモリソン号乗組員はそれでも漂流民を故郷に帰したい一念で考えた末、開明的で名高い薩摩藩主に頼るべく鹿児島湾に入りました。役人による好意的な取り調べがあって、安心していたところ、いつの間にか対岸に大砲が備えられ、火を噴く。

 長く辛い一日が暮れ、暗闇があたりを覆っていました。岩吉、久吉、音吉は黒々と横たわる国土を見つめていました。まだモリソン号に向けての砲火が遠く闇の中に赤く見える。(あれが日本や、あれが日本や)音吉の目に涙がこみ上げてきた。「お上って何や?国って何や?」。久吉も泣きながら叫んだ「もうやめてくれ、撃つのはやめてくれ」。その声を聞きながら岩吉は思いました。「…わしは生みの親にさえ捨てられた(彼は捨て子だった)。それだけでない。今度は国にさえ捨てられた)。しかし彼は同時に、あの六年前の出帆の時、故郷の港に立ちつくし、いつまでも見送ってくれた妻の白い美しい顔が闇に浮かびました。そして岩吉はぽつりと言うのです。「…そうか。お上がわたしを捨てても…国が私を捨てても…決して捨てぬ者がいるのや」。その言葉を音吉も傍らで聞いて思いました。(ほんとや、イギリス商社のあの紳士のようにわしらを買い取って、救い出してくれるお方がいるのやな)。そしてこの文庫本で三巻の長い長い物語が終わるのです。

 三浦さんは何が言いたいのか。それは明らかです。この岩吉も音吉もこの時、本当に自分を捨てないお方は誰か、のど元まで出かかっている。自分を本当に買い取って救って下さるお方、自分を生みの親が捨てても、国が捨てても、決して捨てないお方。それは遠いアメリカで生まれて始めて知った主イエス・キリストであり、マカオでギュツラフと聖書を翻訳する中で初めて知った名、カシコイモノ、ゴクラクという名であった。

 これまで、あらゆる神の名を知っていた。難破し漂流の苦しみ中で水主たちは、知っているあらゆる名の神様の名を呼んで助けを求めた。「南無阿弥陀仏」「伊勢大神宮様」「金比羅大権現様」「船玉様」「南無妙法蓮華経」。しかし今、岩吉も音吉も思ったと思う。ヨハネ1:26の言葉を。「あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。」

 アメリカ先住民の奴隷状態から救われた時、バンクーバーの日曜学校で、子供たちと一緒に、人形劇を見た。迷子の羊の話。はぐれた羊は谷底に落ちてしまう。しかしその時羊飼いは99匹を残してその一匹のために、谷底に降りていくのです。あの命がけで谷底に降りていった羊飼い、そのお方こそジーザス・クライストだと教えられた。あの時、その名を生まれて始めて聞いた。新しい神の名だった。その神は、船底で苦しむ自分たちを探してその所まで降りて来て下さるお方なのだ。そして、罪の奴隷状態から自ら代価を払って下さった。その代価とはご自身の命だと、ギュツラフと一緒に翻訳した。そのようなお方がいる。「あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。」日本人が未聞未見のお方。決して見棄てない神、まさに「ゴクラク」としか訳すことが出来ない素晴らしい神。この真の新しさに、船乗りたちは触れました。彼らの長い長い6年の苦しみの歳月は、彼らの人生は、この新しさを得るためであったのです。新しい人、新しい故郷・極楽を知るためにあったのです。


 祈りましょう。  今夕も、礼拝にあずかることによって、極楽に憩うような喜びを与えられましたことを、心より感謝致します。私たちのために命の代価を払って罪から贖って下さる未聞未見のお方を、さらに深く知るレントの時とならせて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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