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2009年 1月11日「新年を殺せるか」

2009年1月11日 主日礼拝説教 「新年を殺せるか」

  説教者 山本 裕司
  マタイによる福音書 2:18

「ラマで声が聞こえた。
激しく嘆き悲しむ声だ。
ラケルは子供たちのことで泣き、
慰めてもらおうともしない、
子供たちがもういないから。」  (マタイによる福音書 2:18)

 2008年のクリスマスから2009年の新年にかけて、私たちは、パレスチナ・ガザにおける戦禍のニュースに苦しめられています。一方、この季節「嬉しい楽しいクリスマス」と子ども讃美歌では歌われました。そして
「新年おめでとう」と晴れ渡った冬空の下、何度も挨拶を交わして来ました。しかし同時に私の耳には、この時期、口語訳聖書・使徒行伝8:26の言葉が響き続けています。「このガザは、今は荒れ果てている。」

 まさに「今」であります。イスラエルは、長期間ガザを兵糧攻めした挙げ句12月27日に総攻撃を開始しました。今日も手を緩めません。死者数は800人以上、負傷者は4000人と報道されています。1月6日、市民の避難所になっているガザ北部ジャバリヤの学校を砲撃して約40人が死亡しました。1月8日、ガザ市ゼイトゥン地区で、約110人のパレスチナ人(その半数は子ども)を一軒家に閉じ込め砲弾が撃ち込まれました。破壊された家では、死亡した母親に寄り添う、衰弱して立ち上がれない4人の小さな子がいたと言われる。ガザ犠牲者800人の内、200人は子どもだそうです。

 それがガザのクリスマスであり新年でした。

 そして、それは、2000年前の最初のクリスマスから新年の出来事の再来と言わねばなりません。ですから、私たちに与えられました今朝の福音書の御言葉に「嬉しい」とか「楽しい」という言葉はどこにもありません。逆です。大きな怒り(2:16)が語られる。「激しく嘆き悲しむ声」、「子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない」(2:18)との痛烈な言葉。それは母の嘆き、母の絶望です。クリスマスは幼子イエスの誕生を告げます。その誕生告知の結末に「子供たちがもういないからである」との締め括られる。何ということでしょうか。しかしこれは紛れもなくクリスマスの最後の祝い日・1月6日の公現日直後に起こった事件なのです。

 2歳以下の男の子を殺戮したのはユダヤの王ヘロデです。何故殺したのか。占星術の学者から新しい王が生まれたと聞いたからです。新しい王によって、自分の王としての身分が脅かされることを恐れたのです。ヘロデだけじゃない。私たちも自分で自分の王となる。王とは、自分の思い、自分の感情、それが怒りにしろ妬みにしろ、感情の赴くまま行動できる人間です。しかし実は、その神のような身分を謳歌出来た時こそ「古い年」だったのです。「新年」にはその身分は終わる、何故なら新しい王が新年を作り出したからです。御子イエス以来、暦は根本的に変わりました。旧約は新約に、紀元前は紀元後に。まさに、真の王イエスの誕生以来、時代はこの上なき「新年」を迎えた。しかし、古い王ヘロデは、その古い年になお固執し続けたのです。

 繰り返し言います。それはヘロデだけの在り方ではない。新しい王の出現に不安を感じたのは「エルサレムの人々も同様だった」(2:3)とあります。革命的変化は不安をもたらします。しかしその不安を越えて、新しい王イエスの「公現」を喜ぶことが出来た時に、私たちは変わる。支配者が交代した新年の道「別の道を通る」(2:12)歩みが始まるのであります。

 それにしても、今朝の物語は、何と受け入れがたいことでありましょう。今日のガザの先取りのように、パレスチナの2歳以下の男の子が殺されました。この悲劇の理由を母たちが知った時、どのような感情が湧き起こったことでありましょう。ヨセフとマリアという旅人が馬小屋でイエスという名の子を産んだ。そのイエスこそがヘロデ王の目当てであった。それが特定できなかったために、とばっちりを受けたのが私たちなのだ。ところがその夫妻だけは王の殺意を事前に察知し、エジプトへ逃れることができたらしい。そう聞いた時、母たちはどう思ったかということです。イエスが生まれたため、私の子が死なねばならなかった。その日から、母親たちは神を呪い、マリアとその男の子を妬む日々が始まったのではないでしょうか。

 あるミッションスクルールの先生が、ベツレヘムの母の物語を創作しました。その物語では、母たちはそれからというもの、エジプトに逃れた家族を探し続けるのです。探してどうしようというのか。あわよくば自分の味わった同じ苦しみを味わわせてやりたい。実際、本当にその幼子と対面した時、ヘロデのように殺すことができるかどうか分からない。でも拳を振り上げ、その顔に唾し、鞭打ってやることは出来るかもしれない。そして息子が血を流す時の母マリアの顔を見てやりたい。幸福なマリア、その顔が歪むのを見てやりたい。とにかく探す。何年も、何年も。

 「ラケルは子供たちのことで泣き、/慰めてもらおうともしない…」(2:18)ラケルとは族長ヤコブの最愛の妻でした。この夫妻には、待ちに待って生まれたヨセフがいました。ラケルが早く死んでしまったこともあって、ラケル似の大層美しいヨセフは、ヤコブから溺愛されて育ちました。そのため他の母親から生まれた兄たちは嫉妬し、ついに少年ヨセフを穴に投げ込み半殺しにしてしまう。その時、既に墓に入っていた母ラケルが嘆いたと、この言葉から連想される読み方もなされてきました。愛が嫉妬を呼び覚まし、殺意を生み出す。ヘロデだけでない。皆そうなのです。ベツレヘムの母も、ヨセフの兄たちも。何故、私だけが、何故、私の子だけがと、怒りの虜になる。嫉妬の奴隷、憎しみの感情がその人の神になった。それはなお旧年の心です。自分が自分の王だと言うことです。

 それが御心だった、御計画だった、そう言われれば言われるほど受け入れがたい。もしこの中に最愛の者を失われた方がおられたら、この母たちの気持ちがよく分かることでしょう。かけがえのないものが失われる。御心によって取り去られる時、それでもあなたは信仰を守り通すことが出来ますか、との問いがここに隠されている。それでもあなたは、クリスマスを、新年を受け入れるか、新年の王・幼子イエスを神として迎えますか、との問いがここにある。だからクリスマスと、その御子の作る新年を喜ぶことは、これはもうそれだけで激しい戦いであります。

 子を失う母の物語を読みました。それはフランスの作家のジョルジュ・ベルナノスの『田舎司祭の日記』です。これは雨が降る晩秋の黄昏から始まって、真冬の朝に終わる、暗い夜の作品です。それは人の心の闇を象徴している。一人の司祭がその村に蔓延している罪と戦い続けます。その困難に打ちのめされそうになりながら、なお神の言葉を語り続ける物語。その村に、夫とも一人娘とも大変冷たい関係になっている伯爵夫人がいました。司祭は口実を設けて訪ねます。その対話の中で、その家庭の問題、夫人の心の闇がだんだんと露わになって来る。激しい怒りの中で、これまで誰にも言ったことのない心の秘密を彼女は露わにしていきます。夫人ははっきり、夫も娘も愛していないと言う。いえ、それは家族だけではない。神を愛していないのです。彼女は見た目は正しいカトリックの信仰者でした。しかし内面で、神を激しく呪って生きている。その理由がついに告白される。固唾を飲むような場面です。「私は心から男の子を欲しいと思っていました。そして男の子が生まれました。でも、一年半しか生きていませんでした。その子の姉は、もうその子を憎んでいました。それがあの娘です。だから私は娘を今でも愛することができないのです。だからあの子は反抗するのです。」司祭は「男の子が召されたことを、神にお任せしなければなりません。神の御旨に、一切をお委ねしなくてはなりません」そう訴えます。しかし夫人は銀の鎖のはしに下げたメダルを胸元から引き出しました。そしてその蓋を開けると、一つまみの金髪を取りました。死んだ男の子の髪です。「あなたは子どもの死ぬところをご覧になったことがおありでして。-いいえ奥様。-あの子はおとなしく小さい手をあわせ、まじめな顔をして、そして…そして…わたしは飲ませようとしたのです。あの子のひび割れた唇には…まだ乳の一滴が」そして声にならない。司祭はその悲しみに押し潰されそうになりながら、しかし言う。「私たちは皆神様のところへ行かなくてはならないのですよ。」夫人は抗う。「私は、この世にしろ、あの世にしろ、どこか神様のいらっしゃらないところに、あの子を連れて行ってやりたい。神様の御手が届かない所へ。」

 その時司祭は最後の力を振り絞るのです。「もし私たちの神が異教徒か哲学者の神であるなら、私たちの悲惨が神をそこから引きずり降ろすことが出来るでしょう。しかし、私たちの神は、向こうから先に悲惨に向かって降りてこられたのです。あなたも、拳を振り上げ、その顔に唾し、鞭打ち、最後に十字架にかけることだって出来る。しかし、それはもう済んだことなのだ!」そして主の祈りを祈るよう求める。「御国を来たらたらせたまえ」そう祈りなさい。激しい抵抗の末、ついに夫人が祈った時、彼女に全き平安が訪れました。彼女は燃えさかる薪のただ中にメダルを投げ込みました。あわてて炎の中に手を入れた司祭の指の間で、小さな金髪は燃えて消えた。まるで、御国に幼子が受け入れられた徴であるかのように…そういう物語です。

 先の先生のつくった物語では、ヘロデ王に男の子を殺された母はついに30年後、幼子を見つけます。それはエルサレムのゴルゴダの丘でした。大人になったその男は、既に十字架の上で瀕死の状態でした。頭には茨の冠を被り血が滴り落ちている。鞭で打たれた身体は肉が千切れ飛んでいます。手のひらと足には太い釘が打ち抜かれ、全身が人間の身体とは思えないほど湾曲しねじれていました。それは正視に耐えない凄惨な光景でした。そこにやはり追い求めきた母マリアもいました。ベツレヘムの母が想像していたマリアは、世界中からかしずかれる軍馬に跨る栄光の我が子を見上げ、肥え太って笑っていた。しかし、ここにいる女は、自分と同じ年頃のはずなのに、既に老婆のように萎れ、涙も枯れ果て、十字架上で苦しみ悶える我が子を見上げていた。

 それを見た瞬間、ベツレヘムの母の憎しみが光に当てたれた氷のように溶けていくのが感じられたのです。「私が味わった同じ苦しみを味わわせてやるのだ」そう思っていた。しかし、そんなことをする必要はまるでなかったのです。最初からこの方は、そのおつもりでこの地に降って来て下さったのです。ベツレヘムの母の苦しみ、人が人として生きる時の苦しみ、限りなき悲惨、その人類の悲しみの全てを負うために、この方の30年間の人生はあった。母マリアも初参りの時、老シメオンが預言した通り「剣で心を刺し貫かれる」(ルカ2:35)歩みをここまでしてきた。そうやって、決して慰められるはずのなかった母の悲しみ、今日のパレスチナの慟哭、全人類の血涙を拭うために、この方は生まれて下さいました。そして「父よ彼らの罪を赦して下さい」と祈られました。人の作り出した妬みと憎しみと殺意、それを一身に受けているこの方は、ただ赦しだけを求められた。ただ愛だけに生きられた。全ての者の罪はこの方によって赦される。全ての者の孤独はこの方によって癒される。十字架の上から、ベツレヘムの母に「私はあなたの苦しみを知っている」と語りかけて下さる。それを知った時、クリスマスと新年の喜びが、初めて母に生まれたのではないでしょうか。そして、この、イエスに、御心に、御計画に、全てをお任せすることを、ついに学んだのではないでしょうか。それが飼い葉桶の幼子を、十字架の主を、我が王の王として迎入れることなのであります。そして母は、暗い心を捨て、喜びの心を携え、別の道を通って帰って行くことができたのではないかと思う。 私たちのため、新しい年を作り出すために、天を捨ててこの悲惨の中に飛び込んで来て下さった、この主イエスの前で慰められない悲惨はない。このキリストの前で癒されない孤独はない。それを信じることが出来る。だからクリスマスは嬉しい。新年は、ただ、正月になったから嬉しいなどということはない。御子イエスが命懸けで生み出して下さった新しい年だから、希望の日の幕開けです。だから私たちは、新年おめでとう、とだけは言いません。教会で挨拶する時「主にあって、新年おめでとう、御子の与えて下さった新年おめでとう」そう交わすのであります。


 祈りましょう。  一年の内で最も暗い、寒い日々を過ごしています。しかしこの季節、あなたの御子の誕生と、主にある新しい年を祝う時が訪れたことに、深い慰めを見出す者とならせて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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