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2008年9月21日「真の「本」を手に取れ!」

2008年9月21日「真の「本」を手に取れ!」

  説教者 山本 裕司
  コリントの信徒への手紙一 15:32


単に人間的な動機からエフェソで野獣と闘ったとしたら、 わたしに何の得があったでしょう。 もし、死者が復活しないとしたら、「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」ということになります。」  (コリントの信徒への手紙一 15:32)


 先週の木曜日の夕べに、ガラテヤ522(カルト問題を考える会)の例会が開かれました。今、私たちが読んでいますのは、ジャーナリストの江川紹子さんが書かれました『オウム事件はなぜ起きたのか 魂の虜囚』という、主にオウム裁判を追ったルポルタージュです。先日学んだ箇所は、地下鉄サリン事件の実行犯となったオウムの中堅幹部たちの裁判記録でした。

 その一人は林泰男は、元々、大変求道的な若者でした。彼が20歳の時、長く患っていた父の臨終に立ち会い、これまで以上に死後の魂の行方について、突き詰めて考えるようになりました。父親の魂はどこへ行ったのか。自分が死んだらどこへ行くんだろう。そもそも人は何のために生き、何のために死ぬのか。-そのような思いが高じて、彼は生きる意味を探して、世界放浪の旅に出る。旅から戻り、たまたま書店で、松本智津夫の著書『生死を超える』を手に取るのです。そこに「死後の体験」がまことしやかに書かれてありました。それが、日比谷線にサリンをまくところまでいく発端だったのです。

 もう一人、豊田亨は、オウムの集めた理科系エリートの中でもトップクラスの青年でした。彼の生家は、禅宗寺院の真ん前にありました。寺では頻繁に葬儀や法事が営まれ、墓地で遊んだこともあったそうです。彼はそういう環境の中で幼い頃から、死を意識するようになりました。死の恐怖は、何かきっかけがあると浮かび上がってきました。小学二年生の頃に見た、自分の首が切り落とされる夢を、恐怖と共に、今でもよく覚えているそうです。平均余命の表を見れば、「あの人はあと○○年しか生きられない。自分はあと××年だ」と思い詰め、悲しい気持ちになった。そして、前世、輪廻転生や因果応報に興味をもつのです。両親はそのような子どもの心の動きを全く知らなかったと事後語りました。東京大学へ進学する時、父親は「新興宗教に気を付けろ」と注意して息子を送り出しました。直後、彼は、書店の精神世界コーナーで、松本の本と出会ったのです。彼もやがてサリンを散布しました。

 両者とも、死に関わる問いと悩みの末に、おそらくは誰もこの問いに取り合ってくれないまま、すがるように、麻原の本を書店で手に取ったのです。裁判の中で、弁護人と、豊田、そして、もう一人やはり理系エリート出身のサリン実行犯広瀬との対話があります。弁護人にはこう問いました。

 「あの時ああしていれば、こうはならなかったかもしれないということはありますか。」
 「相当遡らないとありません。」
 「いつまで遡るんですか。」
 「書店で松本智津夫の本を見ていなければ…」と彼らは答えたのです。

 何ということでしょうか。一冊の本とはそれ程の影響を人に与えるのでしょうか。そうであるならば、彼らは、もっと別の「本」を手に取らねばならなかったのではないでしょうか。もっと別の「本」の「ありか」を、私たちは青年に伝えねばならなかったのではないでしょうか。

 私たちが、何故この西片の地に教会を建て120年間伝道しているか、それは真の「本」がここにある、死を巡る問いに応える真の本が、この教会受付に山積みされている、そのことを知らせるためであります。そのようなやり方で、教会は、死からの救済を求めて結局、他人を殺す、そして自分もまた「殺される」(死刑)ような生き方を阻止しようと努めているのであります。

 真の本・聖書において、使徒パウロは、真の「生死を超える」世界を示そうとしているのです。「わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。」(コリント一15:51~52)

 この真の本に記され真の神秘・復活を知らないと、妙な本を書いた者の所に行くか、そうでなければ、虚無に苛まされるのではないでしょうか。「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。」(15:14)パウロは、自分の最大の生き甲斐を挙げます。「宣教」「信仰」、この上なき価値をもつこれらすら、無駄だ、何もかも無駄だ、「むなしい」(15:17)、復活がなければ、と言いました。旧約・コヘレトの言葉1:2にはこうあります。「なんという空しさ/なんという空しさ、すべては空しい。」復活を否定すると、こういう心になってしまうのです。パウロは、だから、何としても、この虚無を、コリントの兄弟たちから、払拭するために手紙を書いているのです。虚無から何とか逃れようとして、教祖の所に走ったり、娯楽、飲食の類に溺れる私たち現代人のためにも書いているのです。

 「なぜわたしたちはいつも危険を冒しているのですか。…単に人間的な動機からエフェソで野獣と闘ったとしたら、わたしに何の得があったでしょう。もし、死者が復活しないとしたら…」(15:30,32a)

 テレビ番組が「ローマ帝国」を取り上げた時、イタリアのポンペイ遺跡が映し出されました。西暦79年の噴火によってポンペイは厚さ5メートルの灰の下に埋まりました。それだけに、それはタイムカプセルのように、今から二千年前の帝国都市をそのまま保存した。発掘すると、そこにも円形闘技場が出てきました。そこで剣闘士ショーが繰り広げられていたのです。市民の娯楽のためです。市民は血を見る興奮の中で、生きることの虚無感、日々の退屈から解放されるのです。パウロがこの手紙を執筆したのは、噴火の僅か25年前・54年であったと言われいます。従って、やはりローマ植民都市であったエフェソも似た状態だったと思います。その競技の合間に、犯罪者や思想犯が、獣が放たれた闘技場に投げ込まれる余興もありました。パウロが「野獣と闘った」と言った言葉が比喩でなければ、彼は信仰の故に、そこに投げ込まれた経験があったのではにでしょうか。それはまさに「日々死んでいます」(15:31)という人生であります。獣と闘う時、どれ程、自分が無力であるか、パウロは感じたことでしょう。全身が筋肉のような獣に比べ、余りにもみすぼらしい骨と皮の体。くわえられて引きずり回され、服も脱げ、体は傷だらけになったことでしょう。客席からは大歓声が上がったかもしれない。何故助かったのか、もしかしたら、エフェソ教会で信仰を得た一人の貴族が、金を払って、途中で止めさせたのかもしれません。パウロは闘技場の裏口に打ち捨てられ、そこで、人間としての誇りも尊厳も何もかも失い、傷だらけの体を見ながら「復活…」とぽつんと呟いたかもしれない。

 希望はただ復活だけだ、と。単なるヒロイズムなど、人間的な動機で、これに耐えることは出来ない。まさに「日々死んでいく」、「日々殺されていく」パウロ、しかし終わりの日に、この無力なぼろぼろの体が光輝く復活体に変わる、そのための信仰なのだ。自分だけでない、この闘技場で、同様に、娯楽のため、体も尊厳もずたずたにされている剣闘士や生け贄にも、体の甦りを宣べ伝えるために、自分は召されている。いや、このような麻薬的娯楽によってしか、もはや空しさを忘れることが出来ない市民にこそ、復活の御言葉を宣べ伝えねばならない、そう思った時、パウロはもう一度立ち上がり、エフェソ教会に帰っていくことが出来たのではないか。

 ローマ帝国の世界支配とは、決してただ武力によるものではなかったそうです。むしろローマの富を背景とした文明を、各植民都市に与えました。つまり帝国の支配の中を生きることの悦楽を教えた、と言われます。ローマに支配されて人生は限りなく楽しく豊かになったではないかと思わせました。その人々は当時「今日を楽しめ」(カルペ・ディエム)という言葉を盛んに使ったそうです。

 「もし、死者が復活しないとしたら、/『食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか』ということになります。」(15:32b)この鉤括弧の中は旧約からの引用です。しかし当時、エフェソでもコリントでも、同じような言葉が使われていたと思います。先の番組でも、大変似た言葉が、ポンペイ遺跡の銀の食器に刻まれていると指摘していました。「明日は確かならざれば、楽しめよ、生ある限り」、ポンペイの人々は、豊かな食生活を送っていたことがその遺跡から分かります。宴会ともなれば、吐いては食べ食べては吐き、が繰り返されたと言う。発掘された宴会場の壁画には落書きでこう書かれていました。「とことん飲むぞ!」

 やがて、ヴェスヴィオ火山が噴火して何もかも飲み込んでいった。まさに「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」、その言葉通りを生きてしまった。あのコヘレトが知っている、生きることの空しさ、儚さ、死の前に何もかも無駄なのだ、我々は直ぐ永遠の「無の闇」に飲み込まれる、という戦慄すべき感覚。その虚無を目の当たりにした時、人は、もう素面ではやっていけない、それを一瞬でも忘れるために、享楽の道に走る。それが飲食であり闘技場であった。コリント教会の人も、信仰をもったにもかかわらず、体の甦りを信じなかったために、ポンペイ市民と同じ心になっていたのです。

 何故、これ程の虚無と死が私たちを支配したのでしょうか。パウロはその原因はアダムであると書きました。「つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになった」(15:22a)と。創世記に登場する最初の人間です。アダムは禁断の実を食べる。その故にアダムこそ悪の初穂となった。それからというもの生まれ出る人は誰も彼も、そのアダムに似た者となった。原罪をもった死すべき存在となった。しかし、そこでです。そうであるならばと、パウロは続ける。「キリストによってすべての人が生かされることになるのです。」(15:22b)「最後のアダム」(15:45)キリストが来て下さった時、その原罪がついに取り去られる。神と和解する。そこで虚無と死は終わる。そこで、私たちの人生は決して無駄でないことを知る。そうであれば、もう享楽にもカルトにも走らなくて済む。「わたしの愛する兄弟たち、…主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです。」(15:58)

 16世紀を生きた画家・カラヴァジョの作品に「エマオの食卓」があります。これはルカ福音書に記される、復活の主とエマオ途上の二人の弟子の話。彼らが旅を続け、夕暮れになった時、宿屋に入り食卓を囲んだ時の物語です。お甦りの主イエスが、パンを裂いて渡した時に二人の弟子たちの目が開け、イエスだと分かった、その瞬間を捕らえた絵画です。興味深いのは、その食卓の端にのっている果物籠が、今にも手前に落ちそうなのです。その籠の中には、虫食いの林檎が入っている。それはこのイースターの聖餐に与った瞬間、私たちを縛り付けていた、禁断の実(それは後の時代、林檎だと理解されるようになりました)が、転げ落ち消滅することを表現しているのです。十字架について下さった方の復活によって、アダムの原罪から私たちが解放される。この事実を宣べ伝える、教会の宣教は空しくない。無駄でない。どのような労苦があろうと。これほど意味あるものはない。命懸けでする値打ちがある。


 祈りましょう。  ローマ帝国の繁栄の中で、なお満たされない魂の渇きを癒すために、パウロは手紙を書きました。私たちもまた、空しい、と悩む人々の前に、この真の本・コリント一15章を開く伝道の業を続ける者とならせて下さい。

 英語の「バイブル」はギリシャ語の「ビブロス」(本)が語源である。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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