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2008年12月21日“「筋交い」によって建つ”

2008年12月21日 教会学校合同クリスマス/会館・牧師館奉献礼拝説教        「筋交い」によって建つ

  説教者 山本 裕司
  イザヤ書 11:1~2a
  マタイによる福音書 1:1~17


 このクリスマスを祝う朝礼拝から、マタイ福音書を最初から読み始めることにしました。しかし開いてみると、そこにはカタカナの名前ばかりが並んでいて、今朝の司式者も読むのが大変だったと思います。また、それを聞いている皆さんも大変だったかもしれません。でもここにもクリスマスにふさわしい素晴らしい神さまからのメッセージが隠されています。

 これは何かと言うと「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。」(1:1)とあります。これは、クリスマスの日にお生まれ下さったイエスさまの系図です。私たちには、皆それぞれご先祖がいます。そのご先祖から、子どもが生まれ、その子どもからまた子どもが生まれる。子どもというのは、何人も生まれることがありますから、例えば3人の子どもがいたら、その3人の子どもたちが、また子どもを何人も生むかもしれません。そうやって、最初は一人なんです。でもそこから、どんどん家族が増えていく。その系図は、ただ名前を並べますと分かりにくい。そこで、一番古い御先祖の一人を、一本の木の幹と考える、そこから子孫たちが枝分かれして増えていく、それは最後に大きく枝を広げた樹木のよう形となります。だからその図示された系図を「ファミリー・ツリー」と呼ぶそうですが、その場合、一番大切なのは、一番古いご先祖だと普通思いますね。その大本がいなければ、ファミリー・ツリーは茂らなかったのですから。

 でも、このイエスさまの系図は、実は、そうではないというお話なのです。それはどうしてかっていうと、さっきも私たちは、讃美歌21-248で「エッサイの根より」を歌いました。これは、旧約聖書の預言者イザヤの言葉の中にもあった言葉です。このエッサイの名前がマタイ福音書の系図にも出てきています。「エッサイはダビデ王をもうけた」(1:6)。ここに出てきたエッサイの子・ダビデは強い王さまでした。その時、ダビデ王の国イスラエルは、戦争に勝って豊かになって、土地も広がりました。でもそうやっている内にイスラエルは、どんどん悪くなります。ダビデ王も悪いことをした。代々の王は、神さまを裏切る不信仰ばかりして、とうとう神さまの裁きに合って、大国によって滅ぼされてしまいます。「バビロンへ移住されられた後」(1:12)、それは国を失ったイスラエルの人たちが、異国の都バビロンに連れていかれてしまったことを言っています。

 それは、この家族の系図(ファミリー・ツリー)は、一番根本で、ばっさり切り倒されてしまった、ということです。さっき歌った讃美歌「エッサイの根」とは、そのようなことを言っているのです。エッサイの子・ダビデの王国の大木は切り倒された。そこに残されたのは、切り株だけでした。でも、そこで預言者イザヤは一つの幻を見て歌いました。「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで/その根からひとつの若枝が育ち/その上に主の霊がとどまる。」(イザヤ11:1~2a)

 切り倒され、もう駄目だと思うファミリー・ツリー、でも、その最後に、御子イエスが生まれる。「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。」(マタイ1:16)若葉としてお生まれになる。もう荒れ果てた地に根しか残っていない、もうこの木は死んでしまったと誰もが思う、エッサイの根、しかし、どういうわけか、12月25日の真冬、そこから小さな芽が出てきました。神の子イエスさまという若葉です。その新しい生命の葉は、それからというもの、太陽の光を浴びてどんどん育ちます。

 皆さんは、学校の理科で、光合成という言葉を習うでしょう。緑の葉が太陽の光を受けると、光をエネルギー、つまり栄養に代えることが出来ます。神の子イエスさまもそれに似て、神の愛の光を、たったお一人で、一所懸命受けられました。そして、光合成のように、命の栄養を、作って下さる。そして、枯れたエッサイの切り株に流し込んで下さいました。その栄養の中で一番大事なものこそ、罪の赦しということだったのです。神さまを信じないで、悪いことばかりしたからエッサイの木は倒れてしまった。でも十字架の罪の赦しの栄養を、その若葉からイエスさまがせっせと注いで下さった時、ファミリー・ツリー全体が甦ったのです。そしてまた大きな木に育っていったのです。

 今日、私たちは、このクリスマス礼拝の中で、新会館牧師館の奉献式を行います。会館は古くなっただけでなく、二階には、沢山の人があがってはいけない、床が波打っていて、いつ抜けるか分からない、地震がきたら倒れちゃうのじゃないか、と言われました。それから、狭いので、教会の食事会でも、窮屈な思いをしていました。それで教会の人たちは話し合いました。これはもう駄目だから、会館、牧師館を取り壊してしまおう。そして、そこに全く新しい建物を建設しよう、そう考えていました。でも、その計画を聞いた藪田さんが、新築ではなく、改修をしましょう、というアイデアを出して下さったのです。それは古い建物を全部壊してしまうのではなくて、リフォームする、古い建物を、直して使うという考え方です。

 何十年も前に、私たちの大先輩が、建てて下さった会館牧師館です。それが古くなったらもうお仕舞い、と言うのではない。この建物も生き返る、と教えてもらったのです。いらない所は取り除き、必要なものを付け足して、設計士さん、大工さんたちも、いろいろな工夫をして下さって、そうやって、作り直して見ると、本当に驚くべきことが起こりました。あっと思うほど、広い立派な会館、美しい牧師館が出来たのです。

 これは、別の建物が建ったのではありません。古いものが生き返ったのです。古い柱や梁がそのまま残っています。その柱や梁は、そこいらじゅうに、削られた跡が残り、ひび割れています。でもそこが返って味わい深く、惹きつけられる。

 特に、心に残るのは、会館新ホールに立つ、元々あった柱です。その真ん中の二本の間には、十字形の「筋交い」と言う交差柱が入りました。実は、今回の改修では、壁で隠されていますが、いろいろな所に、この斜め十字の筋交いが入りました。それが目に見えて表れている唯一の箇所が会館ホールだと思います。しかし、これで、この古い建物は安全になりました。大地震がやがて来るかもしれません。その時、倒れてしまわないように、この十字形の筋交いは、はまったのです。それは、信仰的にも意味あることだったのではないでしょうか。その存在は、教会は十字架によって支えられているということを、もう一度私たちに教えるのではないでしょうか。今、回りを見て下さい、この礼拝堂全体が、元々、その斜め十字(聖アンデレ十字)で飾られていることが分かります。

 私たちも、この福音書に出てきたファミリー・ツリーの名前の人たちのように、直ぐ悪いことをします。神さまのことを忘れます。その時、ああ、自分は取り返しのつかないことをしてしまった、もう自分の人生は、ぐちゃぐちゃに壊れている、そう思うかもしれません。あるいは自分はもうすっかり古くなってしまった。年取ってしまって、もう何も力がなくなったと思う人もいるかもしれません。あるいは、自分は小さくて、何も出来ない、と思っている子どももいるかもしれません。しかしその小さく弱く罪深い私たちの人生の中に、御子イエスが入ってきて下さるのです。私たちのもう枯れてしまったような人生のただ中に、御子イエスがお生まれ下さる。そして御子の若葉から神の恵みの栄養が私たちに注ぎ込まれてくる。その栄養の一番大切な成分は、十字架の罪の赦しだと言いました。その時、私たちも甦る。それは、私たちがなくなるのではありません。古い自分の役に立たない部分・罪は取り去られ、良いところは残され、リフォームされる。自分が全否定されるのではないのです。同じ自分なのです。弱い罪人の自分なのですが、だからもう倒れそうになっているのですが、でもそこにイエスさまの十字架という筋交いが入る。その時、私たちは復活する。その人生はどんな地震、嵐が襲っても安全です。御子がエッサイの株の若芽として来て下さったクリスマスとは、何と嬉しいことでしょう。


 祈りましょう。  私たち自身が、イエスさまと結びついたクリスマス・ツリーとして大きく育つことが出来ますように、聖霊を注いでいて下さい。


会館牧師館奉献式  司式者 山本裕司牧師

主御自身が建ててくださるのでなければ
家を建てる人の労苦はむなしい。
主御自身が守ってくださるのでなければ
町を守る人が目覚めているのもむなしい。 (詩編 127:1)


 祈祷  天地の造り主なる神さま。あなたは120年前に私たち西片町教会をこの地に建てられ、爾来、恵みを注ぎ続けて下さり、2008年のクリスマスのこの良き日に至らせて下さいました。あなたは、この時を記念して、会館牧師館の改修しようとする私たちの企てを祝福し、その工事を完成して下さいました。心より感謝致します。どうか、ここに執り行う奉献式を御旨にかなうものとし、聖霊をもって導いて下さい。



奉献の辞(会衆は起立する)

 兄弟姉妹たち、そして愛する子どもたち、私たちの教会は、創立120年を迎えようとしています。1889(M22)年の春に、主の御言葉を宣べ伝えるために、この地に教会建設の志が与えられて以来、どれ程、多くの人々が、この教会のために献げ物をしてきたでしょうか。先達たちはその能力と、時間と、奉仕と、財産を教会に献げてまいりました。その結実が、今のこの目に見える私たちの西片町教会会堂です。私たちはこの先達から受け継いだ宝物を更に豊かに整えていきたいと願い、私たちもまた献げ物を重ねてまいりました。特に、私たちは、祭りの日に、子どもと大人が一緒に愛餐をなすことが出来る場を求めました。そのために牧師館を移動し、会館の一部を増築し、広々とした空間を作り出しました。その工事のために、あなたは極めて優れた建築者を多数私たちにお与え下さり、私たちの思いに勝る会館牧師館が完成して下さいましたことを、重ねて感謝致します。先達がそうであったように、私たちもやがてこの地上を去りますが、この西片町教会会堂は今ここに立つ多くの幼い子どもたちのために残ります。そして、いつの世も、孤独と虚無に充たされたこの地に、御子イエスを中心とした交わりと食卓が作られていくようにと願い、父なる神と御子イエスに、御霊の助けの中で、今、謹んで、新会館と新牧師館を奉献致します。 アーメン


 祈祷  神さま、今から2000年前の最初のクリスマスの夜、故郷を離れて遠く、星に導かれ、学者たちが幼児と出会い、黄金、乳香、没薬を奉献しました。今、私たちも、その学者たちに続いて、私たちのために来て下さった御子に新会館新牧師館をお献げまします。これを聖めて、ただ御名の栄光のためにお用い下さい。そして、あなたの御心である愛と平和が、その場に実現しますように聖霊を充たして下さい。


 この後、讃美歌21-279「ふるさとを離れて遠く」を皆で歓喜のなか歌った。


聖画「最後の晩餐」奉献式 (2008年12月21日 礼拝後) 

聖画「最後の晩餐」は、 吉川信子姉の作品です。これは、大英図書館所蔵・ 作者未詳の作品(1155年頃)の模写です。かつて(約7年前)の説教の中で、この絵が紹介された時、吉川姉の心に創作意欲が生まれ、爾来、新ホール(食堂)の ために姉妹は全身全霊を傾けて描き続けてこられました。これもまた、853年前に描かれた古い絵のリフォームなのではないでしょうか。古くから修道院の食堂には「最後の晩餐」を主題とする絵画が置かれる習慣がありました。私たちも、この吉川姉奉献の感動的な聖画のもと、新ホールでの愛餐の度に、御子イエスが私たち西片町教会の食卓の中心にいて下さることを思い起こしましょう。

主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
主はわたしを青草の原に休ませ
憩いの水のほとりに伴い
魂を生き返らせてくださる。…
死の陰の谷を行くときも
わたしは災いを恐れない。
あなたがわたしと共にいてくださる。…
わたしを苦しめる者を前にしても
あなたはわたしに食卓を整えてくださる。 (詩編 23:1~5)



 祈祷  主よ、今、私たちは、このクリスマスの喜びの中で、この聖画「最後の晩餐」をあなたにお献げします。7年前、あなたが、吉川信子姉に、この聖画作成の志を与え、その後、吉川姉の信仰と体の健康を支えて下さり、聖霊を注いで下さいまして、聖画を完成させて下さった恵みに心より感謝します。どうか、この聖画によって、クリスマスの夜、御子イエスが私たちのところに来て下さった意味を、深く悟ることが出来ますように。私たちがここで食卓を囲む度に、御子が私たちの罪を赦し、私たちの食卓における絆を作って下さったことを思い出すことが出来ますように。どうか、この聖画が、この後、100年後も1000年後も、西片町教会に掲げ続けられ、あなたの恵みを明らかにするために用いられますようにお願いを致します。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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