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2008年 7月 1日 「復活の主の傷を見る」

2007年7月1日 主日礼拝説教 「復活の主の傷を見る」

  説教者 山本 裕司
  ヨハネによる福音書 20:19~23


 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。(ヨハネによる福音書 20:20)

 週の初めの日、イースターの朝、マグダラのマリアが墓に行くと、墓から石が取り除けてあり主のお身体がないことを発見した。走ってペトロともう一人の弟子に報告した。それで弟子たちも走って墓に行き中に入ると確かにお身体はない。二人の弟子が帰った後、再び墓に来て泣いていたマリアは、振り返った時、そこでお甦りの主に再会する。そして主から命じられて弟子たちに復活を告げた。「わたしは主を見ました」と。そうであれば、この時、もうお弟子たちはマリアの証言を受けているのです。ペトロたちも少なくても、主が墓にいないことは目撃している。その事実も他の弟子たちに伝えられたことでしょう。そういう春の一日が今過ぎようとしている。ところが、今朝私たちに与えられたヨハネ福音書20:19にはこう書いてあるのです。「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。」そこにはイースターの喜びは記されていません。これはどういうことでしょうか。集まって不安げに顔を見合わせている。最初のイースターの日、歓喜の復活祭を経験したのは、夕べに至ってなおただ一人マグダラのマリアだけだったのです。だから彼女の報告は「わたしは主を見ました」(20:18)と「一人称単数」なのではないでしょうか。どうして弟子たちには、この喜びが生まれないのでしょうか。

 この福音書を書いたヨハネ教会の状況が、この弟子たちの姿と重なり合っているのかもしれません。主が復活されてから既に半世紀が過ぎた時、このヨハネ福音書は書かれました。当時、ヨハネ教会はユダヤ会堂から異端の烙印を押され、激しい迫害の中にありました。ヨハネ教会の人々も、何度、マリアの残した伝承「わたしは主を見ました」というイースター・メッセージを聞いたことでしょうか。しかしそれが直ぐ恐怖を取り去る力にはならない。そして教会は閉じ籠もった、鍵かけて隠れた、そういう自分たちの姿を、ここに弟子たちの姿と重ね合わせて描いているのではないでしょうか。そしてそれはヨハネ教会だけではありません。私も含めて人生の夕べを迎えるまでに、何度イースターを迎えたでしょうか。何度、復活祭の説教を聞いたことでしょうか。しかしなお心は夕べのように暗い、不安と恐怖で閉じ籠もる。この弟子たちの姿は不思議でも何でもない、これはまさに私たちにこそ身に覚えのある姿ではないでしょうか。

 「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。」

 あるいは複数の注解者が記します。この弟子たちの恐れとは、イエス御自身への恐怖でもあったのではないか、と。マリアの話が本当なら、それは自分たちの罪が白日のもとに晒される時でもありました。裁きの時でした。弟子でありながら結局御言葉を信じることが出来ず、主イエスを見殺しにしたのです。その本人が再び現れたのであれば断罪されるのは当然でした。弟子たちはイエスによって呪われ滅ぼされても仕方ないと思った。それももしかしたら、50年後のヨハネ教会の中で、実際起こったことではないでしょうか。ペトロの否認と類似した出来事が教会内で起こった。ある牧師を見捨ててしまった、そのような事件が起きていたかもしれない。日本基督教団も戦時中似たことをしたのです。夜寝ていても、その牧師がまた夢の中に現れ、幻の中で甦り、哀しそうな目で見つめる、その度に飛び起きて布団を頭から被って「先生、勘弁して下さい」と慟哭する、そんな男も、教会の中にぽつんと座っていたかもしれない。生き返るということ、あるいは霊魂不滅という話は、いつもそのように人を喜ばさせるとは限りません。

 「千の風になって」という歌が流行っているそうです。「私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています」。そういう美しい歌詞です。この歌詞の背後には聖書の言葉があるのではないでしょうか。マタイ福音書の復活の記事では天使が墓前に現れマリアに「あの方は、ここにはおられない」と告げるのです。「千の風になって」の中の「わたしはそこにいません」は原文の英語で読んでも聖書の言葉と見間違う程似た言葉です。そして「吹きわたる千の風」とは聖霊を思い起こさせます。この歌には、全てのものに霊魂が宿っているとするアニミズム的な感覚があって、日本人の心に強く働きかけると言われていますが、しかしその歌詞には同時に復活祭とペンテコステのイメージも含まれているのではないでしょうか。そして愛する者を見送った多くの人々が慰められています。しかし、私はこの歌の限界も感じました。

 宮田光雄先生の書物の中に、神学者カール・バルトのユーモアについて書かれてあります。「カール・バルトはある少々、しつこい婦人から、永遠の命について、尋ねられた。『先生、教えて下さい。私たちが天国で私たちの愛す人々にみな再会するというのは、本当に確かなのでしょうか。』バルトは、その婦人を鋭く見据えながら、おもむろに、しかも厳かに言った。『確かです。だが、他の人々とも再会します』」。他の人々とは、勿論、私たちが会いたくないと思っている人々のことです。バルトの答えは、この婦人の、死後、愛する人と再会したいという、表面豊かな愛情表現の心の奥にあるエゴイズムを暴露しているのです。人は、復活の世界、永遠の世界においても、愛するに価する人だけを愛し、そうでない人は拒絶するというエゴイズムの罪を持ち込もうとするのです。

 そのような思いが解決されないまま、私たちが永遠に生きたら、いったいそこで何が起こるのでしょうか。ある神学者は、霊魂不滅の教えを揶揄して「正直に自分の霊魂を見てみたら、この罪に汚れた霊魂が、無限に生き延びられたらたまらない」と言いました。その通りだと思う。ここで問題にされているのは罪です。死後の世界にまで、霊魂の世界にまで引きずっていく根深い私たちの罪です。「千の風になって」の歌にはそのような罪の問題の解決があるでしょうか。このイースターの夕べなお閉じ籠もる弟子たちにはイエス様は死んだままでいて欲しい、もう会わす顔がないから、そのような罪悪感もあったと申しました。死者が墓から生き返ってきて、自分のした歴史的事実を暴露されることを恐れる思いがあったのです。

 朝日新聞の夕刊に連載されいました、1945年夏に起こった出来事、それは「写真と資料の処分」であったと書かれてあります。市ヶ谷の陸軍省構内のあちらこちらから「異様な黒い煙」が上がっていた。それは「機密書類を焼く煙」でした。陸軍士官学の村上は戦後評論家になりこう書きました。「それは陸軍の屍を焼く煙であった」と。屍は焼いてしまわねばならない。日本が犯した数々の蛮行の証拠を葬るためです。もし戦争被害者の無辜の屍が「千の風になって」私たちの周りを吹き渡ったら、それに私たちは耐えることが出来るのでしょうか。それと同様に私たちの人生の中で、どれほど互いに罪を犯して生きてきたか。その罪などあたかもなかったように隠して生きているか。しかしそこには真の平和はないのです。

 そのような暗い思いが渦巻く夕べ、しかし、そこに光り輝くイースターの夕礼拝が出現したと聖書は書く。どうしてそんなことが可能であったのでしょうか。しかもそこではもう「一人称単数」ではない。「わたしたちは主を見た」(20:25)、ここに教会共同体のイースター証言が生まれている。それは弟子たちが罪赦される経験をしたからです。「そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。」(20:19b~20)この時、初めて弟子たちはイースターの喜びに溢れた。心は平和に充たされた。復活の主の御手には釘付けされた傷跡、脇腹には槍で突かれた傷口が残っていました。それは何を意味するのでしょうか。主は復活され全て新品のお身体になられたのですから、そのような傷も消えていてもおかしくありません。神様にはそんなことは何でもなかったはずです。どうして傷跡を残されたのでしょうか。それはこの復活が十字架と一つであることを表すためなのではないでしょうか。先ほど「千の風になって」にはイースターとペンテコステと近似のイメージがあると申しました。しかし実は決定的に欠けているものがある。あの使徒パウロが言った「わたしは…イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです」(一コリント2:3)、ここが欠けている。しかし言うまでもない、こう語るパウロが、どれ程、復活の命を、聖霊の力を、強調したか。つまり、この主イエスの十字架との結合において初めて復活と聖霊降臨に命の力が付与されるのです。

 甦りの主は、お身体に残る十字架のしるしを弟子たちに見せながら「彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。』」(20:22)ここは「ヨハネ福音書のペンテコステ」と呼ばれる箇所です。息は霊と同義です。そうであれば、私たちの言い方では、今朝の御言葉は僅か5節ですが、ここには福音書の全てが凝縮してる、そう言って良い。イースターとペンテコステとその両者の核となる十字架の御傷(レント)が示されている。教会暦の全てがここで一度に網羅される。何と素晴らしい御言葉でしょうか!

 罪の故に隣人を見捨て、殺し、その事実を墓の奥深くに葬ってしまう(墓石とは死者が再び出てくることを防ぐ重しの意味もあった)。屍を燃やす。そうやって罪を隠蔽する。繰り返し言います。しかしそこに平和はありません。正直になって自らの罪を告白しなければ、人の魂は癒されることはないのです。その意味では、鈴木正久牧師の名による「戦責告白」とは、日本基督教団の癒しのためでもあったと思います。そうでなければ、いつその罪が露わになるのか恐れて、弟子たちのように引き籠もる外はなくなる。復活の主の御体の傷は、私たちの罪を忘れさせないものであるであると同時に、罪の癒しの力でもあったからです。「彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」(イザヤ53:5)

 だから弟子たちは、この傷を見せて頂いた時、もっと恐れたとは書いていない。むしろ恐れを克服した。喜びに溢れた。それは、もう罪を隠す必要はなくなったからです。そして同時に、その十字架の傷が自分たちの罪を癒し、平和を与えたからであります。「そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。」(20:20)

 西片町教会礼拝堂には至る所茨の棘のついた十字形がデザインされています。イースター礼拝を献げる時も、ペンテコステ礼拝を子供たちと守る時も、私たちはいつもこの茨の十字架に包まれるようにして、礼拝を守る、これはこのヨハネ福音書が語ることを象徴的に表していると思いました。いつの日も主を十字架へ追いやった私たちの恐るべき罪が、その十字架によって贖われたことを信じつつ、それが故に「だれの罪でも赦される」(20:23)と宣言するのが私たちの教会の使命です。私たちでも罪赦され甦ることが出来たのだから、誰の罪をも赦され誰もが甦るはずだ、そう福音を弛まず宣べ伝えていきましょう。



 祈りましょう。  主よ、今、息を吹きかけて下さい。主の食卓に与らせて下さい。聖霊の充満の中で、御体と御血潮を受け、私たちが真っ先に得た、罪の赦しと永久の命を携えて、今、伝道の旅に出て行くことが出来ますように。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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