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2008年 6月 1日「一致の最後の望み・主の晩餐」

2008年6月1日 主日礼拝説教 「一致の最後の望み・主の晩餐」  

  説教者 山本 裕司
  コリントの信徒への手紙一 11:17~26


 今朝は6月の第一主日であり、この主の食卓の上にパンと葡萄汁が用意されています。この主の晩餐・聖餐に与ることは、いずれの教会、教派におきましても、礼拝の中心であり頂点であります。その聖餐の中で、特に大切な言葉として読まれます聖書の言葉が、今朝、コリント一の中にあったということを、初めて知った方や、あるいは改めて、ああ、この言葉はここにあったのかと思い出した兄姉が多くおられたのではないでしょうか。「わたしがあなたがたに伝えたことは、わたし自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り…」(11:23)

 この御言葉は私たちが用いる聖餐式文において「制定の言葉」と言われます。実は、私はこの西片町教会の聖餐において、常にこのコリント一の聖餐制定の言葉を用いるわけではありません。それは聖餐には多様な意味が込められているからです。例えば復活日・イースターの聖餐においては、私は、復活の主と弟子たちが食事をされる福音書を制定の言葉として選ぶことがあります。ルカ福音書においては、エマオ途上の二人の弟子と復活の主が、夕べ宿屋に入り食卓を囲んだ時「主はパン取り…裂いてお渡しになった」この御言葉を読んだことがあります。あるいは、ティベリアス湖畔で復活の主は岸辺で炭火を起こし、パンと魚を用意して下さった。そして、弟子たちに「さあ、朝の食事をしなさい」(ヨハネ21:12)と呼び掛けられる、この言葉を朗読したこともあります。また、ペンテコステ礼拝では、聖霊に充たされた中、最初の教会の姿が描かれる使徒言行録を引用しました。「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」(2:42)

 しかしそのような聖餐の多様な意味を指し示す言葉に先立って、先ず第一に、いずれの教派教会が、最も大切な聖餐の言葉として定めたものこそ、今朝の使徒パウロの言葉なのです。私たちはこれを「制定の言葉」と申しますが、 ここはカトリック教会では典文と言うそうです。典文とは「キャノン」の翻訳です。これはギリシヤ語の「カノン」から来ており、最初は「パピルスの茎」を表す言葉でした。パピルスとは、水辺にはえる葦のことですが、真っ直ぐで細い茎を作る。ですからそれは「物差し」に用いられ、やがて「基準」という意味になった。だから典文とは基準のことです。ミサの基準、ミサの物差し、何が正しい聖餐で、何が間違っているか、それを測る物差しの言葉、それがこのパウロの言葉なのだ。この言葉から逸脱すると、主の晩餐はもう晩餐にならない。他の福音書などの御言葉をお祭りの日に読むことがあったとしても、決して忘れてならないのは、このパウロの言葉である。それ程の位置づけです。

 ですから今何気なく、聖餐のことを「主の晩餐」と私は言いました。それは何よりもここでパウロが言う聖餐とは、あの最期の晩餐と呼ばれる出来事に遡る、と言っているのです。主が「これはわたしの体である。この杯は私の血である」と言われたはいつかと言うと、それは他の福音書で読みましても、受難週の木曜日の夕、最期の晩餐の出来事です。パウロも「引き渡される夜」(11:23)と記します。ですから、今も礼拝は朝行われますが、にもかかわらず、聖餐を「主の晩餐」(11:20)と呼んでいる教会は多い。この呼び名こそ、聖餐を表す最古の言葉でした。それは、確かに、復活の命も、聖霊の注ぎも、みな教会の食卓に流れ込んでいます。しかし何よりも、この聖餐が生まれた理由、聖餐成立の根拠は、最期の晩餐と直結する主の十字架による罪の贖いによるのだ。この信仰こそ「聖餐のカノンである」、そう言われているのであります。

 どうしてそれ程の伝承が、このコリント一に納められたのでしょう。決してパウロはここで典礼式文を纏めたり、聖餐の神学を論じようとしたのでもない、そのことをここをずっと読んでこられた皆さんはよく承知しておられます。これはコリント教会が今本当に病んでしまった、そのことを海の向こうで聞いたパウロが憂え牧会的な手紙を書いたものです。中でも、パウロが最もコリント教会のことで心を痛めたと思われるのは、仲間割れです。教会分裂です。この手紙が一番最初の頃書いた仲間割れとは、どの指導者につくのかという分派争いでした。しかしここでは、また別の理由での仲間割れが起こっているという指摘なのです。聖餐における分裂です。注解書によると、これは、別にコリント教会員を悩ましきた問題ではなかったのではないか、と書いてあって驚きました。これまではコリント教会の人々も教会のことで悩む抜いて、パウロに質問状を送ってきたのです。パウロもその質問に一つ一つ答えてきましたが、ここではむしろ教会員が問題にしていないことを取り上げようとしているという理解です。むしろそのことを質問してこないところにこそ、コリント教会の致命的問題がある、そうパウロは考えたのではないか、そういう解釈です。その根拠は「…聞いています。わたしもある程度そういうことがあろうかと思います。」(11:18b)とあり、あなたたちがはっきり言ってきたことではないが、噂では多分そういうことになっているのだろう、そういうニュアンスです。かくしてこの重大な最古の伝承「主イエスは、引き渡される夜、パンを取り…」が残された。今言いましたように、これはパウロが礼拝論を書いたのではない。彼が教会の大変具体的な問題、仲間割れを何とかしようとした中で残されたのです。それによって、教会の限りなき宝の言葉が永遠に残された、この神様の不思議な御計画を思うのです。

 そして私たちは、聖餐時にこの式文が朗読される度に、これはこのような動機の中で私たちに伝えられた言葉であることを、思い出して欲しいと思います。聖餐は一致の食卓です。和解の食卓です。そのことを崩してしまうようなことがあってはならないという強い訴えの中で、この伝承は保存されたのです。

 しかしパウロは分派、仲間割れを全否定はしていないような感じもあります。「あなたがたの間で、だれが適格者かはっきりするためには、仲間争いも避けられないかもしれません。」(11:19)、適格者、正しい人ということでしょうか。教会は本当に分派、分裂を繰り返してきました。しかしそれは、正しさを求めてのことである、誰が間違っているか、誰が正しいのか、それがはっきりするためには仲間割れも必要なことは認める、そうパウロも一応言う。教会は仲良し倶楽部なのではないからでしょう。

 しかしそう言うパウロも、一緒に与るはずの主の晩餐における仲間割れだけは決して許さない。確かに私たちも、教会の中で議論になることはあります。イエス様のことを、教会のことを、愛する余り、厳しいことを互いに指摘し合うこともあります。それは必要かも知れない。しかしそうやって争う中で、しかしやはり今朝も主の晩餐の時がやって来る、その時、この聖餐制定の言葉を聞きながら、これを書き残したパウロの真意を繰り返し思い出したいと思う。

 その具体的な仲間割れの姿とは以下です。「なぜなら、食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです。」(11:21)当時は日曜日であっても休日ではありません。毎日働く。仕事が終わった夕べに教会に集まって礼拝をする。その時文字通りの主の晩餐を開きました。その順番は、24、先ずパン裂きがある。それから、25、食事、普通の夕食があって、その後に、25、杯を飲む。これは私たちがこれから行う主の食卓と違うと分かります。パンと杯を受けるのは同じですが、その間に、食事会がある。このやり方を愛餐と申します。今でも私たちは、礼拝後に会館でランチを食べる、それを愛餐会と呼ぶことがありますが、パウロの時代、それと聖餐は一つだったのです。

 その夕礼拝は、しかし休みの日ではないので、皆ばらばらに教会に来る。仕事が早く終わった人、元々仕事をしていない人は、まだ日が高いうちから教会に集まっていたでしょう。そういう人たちは自由人、金持ちです。貧しい者や肉体労働者は、日が沈むまで働かなければならなかった。奴隷たちも多く入信していましたが、彼らは日が沈んでもなかなか解放されない。早くから来ている自由人たちは、そういう弱い人たちの気持ちが分からなかったのです。そして特に、このコリント教会の中で大変傲慢になっている人たち、自分たちはもう完全な救いを得た、自分は王様だとまで言っている金持ちたちは、貧しい人労働者の気持ちが分からない。分からないというより、考えようともしない。元々、ついこの間まで、奴隷や天幕作りなどの労働者たちと、一緒に食事をすることもなかったような身分だったのです。しかしパウロは天幕作りをして肉体の糧を得ていたことは以前述べました。一日働くことの厳しさを身をもって体験していました。早く来られない理由を痛いほど知っている。重荷を負って生きている者たちが、沢山いて、この社会は支えられている、貴族たちも奴隷に支えられた自由を謳歌しているに過ぎないのです。

 その貧しい者たちがようやく夜、喜び勇んで教会に来た時、もう食べるものも飲むものも残っていない。先に来た自由人たちはもう酔っぱらっている。それで一つ教会の礼拝となるのか、そうパウロは言っているのです。主の晩餐は一つになることではないか。主イエスもまた大工であられた。そして十字架の重荷に耐えてゴルゴタの丘まで上って下さったではないか、そうやって、肉を裂かれ、血を流され、何をして下さったのか。この世を、底から支えて下さるのです。私たちのその直ぐバラバラになろうとする罪を、誰が適格者で、誰が不適格者かと、正しさを求める中で「さえ」、いえ「こそ」です、直ぐ分派分裂に走る私たちの罪を贖って下さった。血潮は「新しい契約」(11:25)だと言われています。神様と人間の古い契約・律法は、人間の罪の故に、一度完全に破られてしまいました。しかし新約の時、今度は神が一方的な恵みによって、契約して下さる、御子の十字架の贖いによって、あなた達を救うと。そうやって、私たちは神とも隣人とも一つにされる。どうしてもバラバラになる私たち、その私たちの一致の最後の手段である聖餐です。まさにそのような意味で文字通りの「最期の晩餐」、最後のチャンス、最後の希望である晩餐、そこにおいて、なおバラバラであったとしたらどうなるのか。おしまいだ、そうパウロは言ったのです。「…あなたがたの集まりが、良い結果よりは、むしろ悪い結果を招いているからです。」(11:17b)せっかく御子が命懸けで作って下さった最良の食卓を、あなたたちは、その自分勝手によって、むしろ悪いものにしてしまった。何たることか、と言うのです。

 コリント教会員であるあなたたちは、やれ、女性の被りものの是非や、偶像の肉のこと、牧師の報酬問題、誰が真の指導者なのかと、そういうことがあたかも一大問題であるかのように問うてきた。しかし実はコリント教会の決定的な問題とは、この聖餐における不一致なのだ、あなたたちは聖餐の極度の重要性を知らない。パウロは変なことを言います。「そのため、あなたがたの間に弱い者や病人がたくさんおり、多くの者が死んだのです。」(11:30)、おかしなことです。貧しい兄弟のことをわきまえずに飲み食いしているから、あなたたちは病気になるのだ、死人が出たのだとまで言う、私たちの信仰に反することを言う。しかしここまで言って、パウロは、それ程、主の晩餐を真実のものとすることの大切さを訴えたかったのだと思う。何故なら、もう一度言います。これが私たちの最後の砦なのです。これを失ったら、私たちは無限に分裂し続ける者たちなのです。自らの正しさ主張して、決して妥協することを知らない私たち。相手が間違っていると思ったら決して許さない、どこまでも復讐に生きる私たち。パウロは「だれが適格者かはっきりするためには、仲間争いも避けられないかもしれません」(11:19)と認めた。そのように、私たちの執念深さの前に、ため息をついて妥協しています。しかし、だからこそ、最後の頼みの綱は、この私たち全ての者の罪を贖う、主の晩餐、贖罪の恵み、皆私たちは罪人であり、皆等しく罪赦された者である、その点で一致の食卓を作る、残された平和への道は、もう私たちには、ただこれだけなのだ、そうパウロは訴えるのです。この罪の赦しの主の晩餐に、今、一つになって、喜びをもって馳せ参じましょう。



 祈りましょう。  あなたは、御子の御受難を通して、私たちの分裂分派の罪が贖われる主の晩餐を供えて下さいました。どうかこの私たちの最後の希望を、軽んじることがありませんように。この主の晩餐のあり方について、今、激しく争い分裂の危機にある私たち日本基督教団を憐れんで下さい。「それは、他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者になってしまわないためです。」




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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