日本基督教団 西片町(にしかたまち)教会へようこそ!バリアフリーの教会です。 どなたでもいらしてください。

2008年 5月20日 「ナザレのイエス、世界の王」

2007年5月20日 主日礼拝説教 「ナザレのイエス、世界の王」

  説教者 山本 裕司
  ヨハネによる福音書 19:16b~24


ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。…それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。 (ヨハネによる福音書 19:19~20)

 当時、死刑囚には罪状書きを付けて、何故そのような刑を受けなければならないのかを、人々に示すが慣わしでした。そこには「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれていました。ピラトは、イエスが死刑に値する者とは思えず、何とかして釈放しようとしました。しかしユダヤ人権力者たちの求めに結局押し切られてしまった。ローマ総督であるにもかかわらず、小さな属領・ユダヤを思うように支配することも出来ない、そのことを、いやという程、突きつけられた裁判でした。完敗だった。小さい頃から努力に努力を重ねようやく総督という人も羨む地位を得た。しかしなお自分の持っている力の貧しさを思い知らされました。ピラトは、せめても、自分の支配力をこの裁判のどこかに残したかった。だから、ユダヤ人たちが最も嫌うであろう罪状書きを掲げさせた。そして祭司長たちの「それなら〈自称〉と但し書きを入れて下さい」という要求を「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」(19:22)と頑なに突っぱねることで、自分がなお世界の覇者ローマ総督であることの最後の誇りを守ろうとしたのだと思います。祭司長たちは、このピラトの虚勢に仲間内でせせら笑ったと思う。「ピラトの奴、どうでもいいことでよく頑張ったものだ。やらせておけよ、それで溜飲を下げさせておけばいい。我々の勝ちだ」と。

 しかしヨハネ福音書は、本当に勝ったのは誰か。真の支配者、真の王は誰かと、ここで問うているのではないでしょうか。それは祭司長でもピラトでもない。ピラトは、真の支配者によって、自分でも意図しない内に「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と真理を高らかに宣言してしまったのではないでしょうか。祭司長たちも、真の王によって、自分でも知らない内に、十字架による救済を「実現」(19:29)するための僕として仕えさせられたのではないでしょうか。

 しかもその言葉は「ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語」で書かれたのです。これは当時の全世界の言葉を表しています。こう語るヨハネ福音書は、実は「ユダヤの王」という指摘ではまだ足りない、「全世界の王」がここにおられるのだと、高らかに宣言しているのです。

 聖書は世界で最も多く翻訳される書物であり続けています。聖書協会によると2400の言語に翻訳されています。現在、全人類の98%が、母語、第一言語で聖書を読むことが出来ると言われています。ここに一番最初の新約聖書翻訳事業が起こったのではないでしょうか。「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」、いや、世界の王なのだ、だから世界中の者たちが、この言葉を母語で読んだ方がよいのだ。母語でこの事実を読むのだ、魂にこの真理を刻みつけるために、ということではないでしょうか。

 次週はペンテコステです。その日、聖霊の賜物として、天下のあらゆる国から帰ってきた離散のユダヤ人がそれぞれ「生まれ故郷の言葉」で福音を聴くことが出来ました(使徒言行録2:8)。このペンテコステの奇跡の先取りが、もうこの十字架の罪状書き翻訳によって起こっているのではないでしょうか。繰り返せば、この罪状書きは、ピラトの少しでも自分の支配を顕示しようした醜い思い、体面や意地を動機とするのです。しかし、そのような信仰とはるか遠くに隔たった人の思いをも、神は御心の宣言のために用いることがお出来になる、それほどに、神は人を支配しているお方なのだ。ピラトは自分でも知らない内に、御言葉の真実を、全世界に伝える宣教者の使命、聖書翻訳の使命すら担わせられたのです。

 井上良雄先生は、このピラトの出来事を語りつつこう言われました。昔、子どもの頃、「隠し絵」とか「絵さがし」という遊びがありました。ちょっと見ただけでは普通の絵で、森の景色などが描かれているのですが、その絵のなかには別の絵が隠されていて、目を懲らして見ると、絵全体が、前とは別の絵に見えてくるという遊びでした。ちょうどその「隠し絵」を見るように、ここで表面的に行われているのは、ユダヤ人たちとピラトの、極めて人間的なやりとりに過ぎません。しかし見る目を持つ者の目には、そのようなごく普通の絵の中に、全く別の絵が隠されているのが見えてきます、神の宣言が。

 罪状書き、そこには先ず「ナザレのイエス」と書かれました。これはイエスという名が、大変ありふれていたことから出身地を挙げた、そういうことにとどまらない意味を持っているのではないでしょうか。主イエス以前、ナザレとは名もない町でした。旧約聖書にも歴史書にも一度も出てきません。無視されてきた地です。今、上野で、レオナルド・ダ・ヴィンチ の絢爛たる「受胎告知」を見ることが出来ますが、その舞台こそナザレです。しかし実際のナザレは「受胎告知」の背景として描かれる神秘的港町と対照的なただの寒村でした。だからフィリポが主イエスと出会い、喜び勇んでナタナエルに紹介したところ彼は「ナザレから何か良いものが出るだろうか」(1:46)と言ったほどです。そうであれば、その地名は、主イエスの謙遜、弱さを暗示しているのではないでしょうか。人から棄てられ無視される十字架のイエスを指し示しているのではないでしょうか。

 この後、主は直ぐ裸にされます。ローマ兵たちが服もそして下着まで剥ぎ取りました。一切の尊厳を奪われる。しかしこの服を剥ぎ取られるという所で、多くの人が思い出すのは、あの最期の晩餐の席から主が立ち上がって上着を脱がれた、そして弟子たちの足を洗って下さった洗足の出来事です。主が裸にされ十字架につかれたことは、洗足同様、人の罪を洗うためでした。御自身が過越の犠牲となられて、私たちの罪を洗い流して下さるためであった。そのために主は弱くなられた。小さくならなれた。「屠り場に引かれる小羊のように」(イザヤ53:7)命まで差し出して下さる僕の身分になられた、その小ささこそ「ナザレのイエス」という名に込められているのではないでしょうか。

 しかしそのナザレのイエスこそ世界の王なりとヨハネは洞察し、井上先生は見る者が見ればその隠し絵が見えてくるであろう、と言い、ダヴィンチもまたその天才的眼力をもって、ナザレをあのように神々しく描いたのではないでしょうか。

 この「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」とのピラトの言葉の直後、バッハはその「ヨハネ受難曲」において、やはり同様の信仰の眼差しを開いて、コラールを挿入します。この説教後に歌います讃美歌21-571ですが、その歌詞はこう力強く歌い出されます。「私の心の奥底では、あなたの名前と十字架だけが、一日中煌めきを放っています」。「御名と十字架」が一日中輝いている、そう歌います。この言葉で思い出すのは、ゲツセマネの園で、主を捕らえようとした兵士たちが口にする名こそ「ナザレのイエス」です。するとイエスは「わたしである」と言われました。この「わたしである」こそ、旧約の時代、モーセが神に名を尋ねた時神が答えられた、「わたしはある、わたしはあるという者だ」(出エジプト3:14)、その神の御名そのものなのです。そうであれば「わたしである」と主が答えられた瞬間、兵士たちが「後ずさりして、地に倒れた」(18:6)のは当然であった。彼らは神と対面してしまったからです。全ての支配者、王の王である「神御自身」こそ「ナザレのイエス」であられた。主イエス・キリストというお一人の中に、その極大と極小が同居している。いえ、本当に小さくなられたからこそ大きくなられた。僕として罪人に仕えて下さった、そして裸になって十字架について下さった、だからこそ、このお方は王の王として、神御自身として、私たちの魂とこの世界を全て支配してしまわれたのです。鈴木雅明氏は、バッハの「ヨハネ受難曲」に込められている主張とは「極限のパラドックス」であり「最も低い瞬間において、最も高い」と解説しています。それこそ、ヨハネ福音書そのものの原理なのだ、と。

 だからそれはピラトや大祭司の支配とは異なります。力によるのではない。愛による支配です。人は愛された時、本当に愛された時、その人のことを決して忘れることはないのです。魂の支配とはこのことです。バッハが歌った「心の奥底」の支配とはこのことだったのです。

 さらに言えば「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」、この罪状書きこそが新約聖書そのものなのです。この短い名に、罪状書きという不名誉な板に、実は福音の秘密が全て凝縮されているのです。だからピラトの言葉「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」とは「この福音書を書いたままにしておけ」というヨハネ教会の主張がここに「隠し絵」のようにはめ込まれているのではないでしょうか。ナザレのイエスこそ世界の王、そう書いたこの福音書を「書いたままにしておけ、永遠に」と。そしてこれは世界中の言語に翻訳されねばならない、とのメッセージも「隠し絵」としてここに込められているのです。

 「イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた」(19:18)。では、主イエスの両側の罪人の罪状書きはどのようなものだったのでしょうか。それは私たちが犯した罪のことです。私たちが死ぬ時、私たちの頭上にはどのような罪状書きが記されるのでしょうか。私たちはその罪状書きが消えて欲しいと思うのではないでしょうか。だから時に、自分の大きな失敗や過ちを覚えている人が死んでくれた時、ほっとするという恐ろしい心を持つのではないでしょうか。ドストエフスキーの小説に、一人の青年がある人の家に来て、とうとう自分の罪を告白した後、暫くして真っ青な顔をして帰ってきて、どうしたんだ、と聞くと、いや、あなたを殺しに帰ってきた、そう答える、そういう場面があります。しかし、私たち信仰を持っている者にとって、事態は、それを知っている人が死んでも解決しない。それどころじゃない、永遠の神が、全て書き留めておられるのです。「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ。」しかし本当に不思議なことに、バッハが用いた讃美歌21-571の5節はこういう歌詞です。「とうとい主イエスよ、今、わが名をいのちの書にしるしたまえ」、今死のうとする時、この歌は、命の書に私の名を記して下さいと歌うのです。もう私の罪状を伴った名を、神様の名簿から消して下さいと願わねばならないところで、私たちは「主イエスよ、今、わが名をいのちの書にしるしたまえ」と歌うことが許されている、と言うのです。どうしてそんなことが出来るのか。3節です。「つねにかわらず 主の十字架は 輝き照らす、わが心を」と歌うからです。

 主イエスが私たち罪人の「中心」にいて、十字架について下さっている。ゴルゴタで共にい下さる。それは御自身が死なれることによって、私たちの罪状書きを取り去り廃棄して下さるためです。そして、罪赦され義と認めて頂いた私の新しい名を「命の書」に記して下さる。そして大声で言われる。「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と。悪魔の子の名としてじゃない、神の子としての私たちの名を残して下さる。王イエスの国の市民としての名を。永遠に。何と感謝なことか!



 祈りましょう。  私たちの汚れた名を洗って清い名に変えて下さった、御子イエスこそ王の王と告白し、身も魂も御子に支配されることを喜ぶ者とならせて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




a:1721 t:4 y:2

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional