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2008年 2月11日「向こう岸に渡る主・イエス」

2007年2月11日 ソウルチェイル教会主日礼拝説教 「向こう岸に渡る主・イエス」

  説教者 山本 裕司
  ルカによる福音書 8:26~39


 今朝2月11日の主日に、私たちに与えられましたルカ福音書の物語は、主イエスが湖を渡って、ガリラヤ湖の向こう岸ゲラサに到着した時から始まります。いつも主イエスと弟子たちが伝道していたのは、湖西側周辺のユダヤ世界でした。その対岸、東側にゲラサがありました。この町は異邦人の町、真の神を知らない民の町でした。

 日本人は「向こう岸」のことを「川向こう」と言います。そこは「よそ者」が住んでいる土地なのだという意味が込められています。「対岸の火事」という言葉もあります。あちら側でどんな悲惨なことが起こっていようと、私たちには関係ない。火の粉はここまでは飛んでこないという意味です。ましてゲラサの地は、ユダヤ人が嫌う豚を飼って平気なほど異質な国でした。ユダヤ人にとって、そこがどんなに大火事でも放っておいて良いような無関係の地でした。26節で「一行は」と書かれています。言うまでもなく、舟に乗って到着した、イエスと弟子たちのことです。その前に、主と弟子たちは確かに「一緒に舟に乗った」(8:22)と強調されています。ところが、嵐を乗り越え到着した27節では、陸に上がられたと書かれるのは、イエスお一人だけです。そして、その後、この物語では一度も弟子たちは登場しません。どうしてでしょうか。

 ユダヤ人である弟子たちは、この時、よけいな所に来てしまったと思ったのかもしれません。だから傍観しているのです。舟から下りなかったかもしれません。しかし、そのような中で「主イエスだけは違う」とルカは書いているのです。主イエスは、対岸の火事を「我が事」として下さる。キリストは進まれる。どの民族、どの国にも、進まれれる、海を越えて進まれる、そこに苦しみがあれば、そう言われているのです。

 ここで対岸の火事とは、悪霊の力のことです。その悪霊の支配の中で、苦しんでいる一人の男がいました。その男は、主を見ると悪霊の叫ばせるままこうわめきました。8:28「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。」

 真の神がいない異邦の世界で、これまで悪霊は思う存分力を奮うことが出来たのです。しかし、そこにキリストが入られる。そして悪霊と戦って下さる、悪霊を追放されるのです。それは、一人の男だけでなく、この異邦の地全体を、悪霊の支配から神の支配に取り返そうとされる救い主の御業なのです。

 そうやって来られた主が、先ずこの悪霊に憑かれた男に「名は何というか」とお尋ねになると、「レギオン」と答えがあった。その名に関して、8:30「たくさんの悪霊がこの男に入っていたからである。」と注釈があります。「レギオン」、これは元々はローマ帝国軍隊を表す言葉で、約7000人の大部隊のことでした。この男を支配している悪霊の名は、大帝国の軍隊を表す。これを学んだだけで、私たちは、ああ、ここで福音書が言っている悪霊とは古代人の迷信のことではない、戦争の世紀・20世紀を生きた私たちにこそ思い当たる話だと気づくのではないでしょうか。

 どうやって、レギオンにこの一人の男は支配され、おかしくなってしまったのでしょうか。ある人は想像しています。例えば、男は、ローマ帝国陸軍レギオンの侵略を体験したのではないか。征服者の軍隊がゲラサの地を占領した時、何が起きたのか。財産の一切を奪われ、捕らえられ男は拷問を受けたかもしれない。あるいは、自分の妻や娘が陵辱され殺されたかもしれない。その時、まともな神経、感受性の鋭い者ほど、おかしくなってしまうと思います。それは、彼に強い心的外傷を与え、精神に障害をもたらせたかもしれない。むしろ感受性が鈍かった人が正気でいられたのではないでしょうか。まともな者が異常とされ、鈍い者が正常となる。それが悪霊の支配する国なのです。
 
 本日、2月11日は、 日本がかつて「紀元節」と定め、現在では「建国記念日」と呼ぶ日です。神話に由来する初代天皇・神武天皇が即位した日とされる日です。私たち日本のキリスト者たちはそれに抵抗して、この2月11日を「信教の自由を守る日」と呼んで、毎年、反戦・反天皇制の集会を各地で開いています。私がこの日、思い出したのは『南京大虐殺・生存者証言集』(加藤実牧師の翻訳・1999年5月出版)です。それは目を覆いたくなるような夥しい虐殺、放火、強姦の証言です。

 77歳男性の証言。1937年12月13日、中国侵略の日本軍が、どっと入ってきて、気の狂った犬のように、人と見れば殺したのです。その日の午前10時頃、日本兵の一人が、家の門を蹴り開け、無理矢理父をひきずって行き、父の身体から、銀貨20元余りを探し出し奪い、老眼鏡はたたき落とし足で踏みつぶした。母も連れ出され、中国兵の隠れ家を教えるように言われたが、きっぱりと断ったところ、日本兵は母の腹に一発の銃弾を撃ち込んだのです。母は腸がみな飛び出してしまい、痛みで転げ回りながら死にました。帰ってきた父は、これを見て苦しみ、とうとう精神に異常を来し、中風で寝込み間もなく亡くなりました。

 64歳女性の証言。日本軍が南京を占領した時、私は19歳で、もう結婚していました。薪を拾いに出た時、日本兵に見つかりました。その時私は男装していたのですが、日本兵は私の上着を剥ぎ、さらに衣服を全部はぎ取って、町を引き回したのです。家に帰ってから私は服毒自殺をしようとしましたが、救急措置で助かりました。しかし、精神は刺激を受けてしまい、それからは精神病になってしまいました。

 1937年冬の南京において、日本軍こそ「レギオン」だったのです。「日本人の目は血走っていた」と書かれています。取り憑かれているのです。そして南京の人々をも、その悪霊の支配下に巻き込んでいったのです。

 どうして、軍隊は悪魔のようになってしまったのでしょうか。古代のアウグスティヌスは、悪霊を「堕落の集団」と呼びました。「群衆は赤面しない」と言われます。「レギオン」とは「沢山、大勢」という意味です。人間は確かに、悪いことをしますが、一人では、絶対的な悪を犯すほど強くない。ところが、大勢だと、一人ではできなような恐ろしい悪魔的なことを平気でするようになると言われるのです。それがレギオン・大勢という名の一つの意味であると思います。

 『5千万人のヒトラーがいた!』という本も読みました。八木あき子さんというヨーロッパ生活が長いジャーナリストが書いたものです。ヒトラーは一人じゃなかった。一人だけで、あれだけのユダヤ人大量殺戮を行うことはできない。ある計算によって、ヨーロッパ全体に、ヒトラーに匹敵するような過激な者は5千万人くらいいたはずだと言われる。しかし5千万人だけというのでもない。その過激な5千万人に残りの何億人もの普通の人たちが引きずられて、まさに大勢・レギオンとなって、大量殺戮の地獄が出現したと言われるのです。

 「ヨーロッパ人の多くは等しくナチの共犯者であり、あるいはユダヤ虐殺劇の観衆であった。」特に知識人の名を挙げれば、200年前のドイツの哲学者カントは「ユダヤ人を詐欺師の民族」と書いた。ドイツ人、カール・マルクスは「ユダヤ人を排除することが人間的な新しい社会を作りだすための条件」と言った。芸術家ワーグナーはユダヤを痛烈に批判して、人間性の敵と糾弾して止まなかった。

 そして、八木さんは、こういう名を挙げながら、不思議なことを語り始める。カントはユダヤ系であった。カール・マルクスはユダヤ人であった。ワグナーも、ユダヤ系であった疑いが濃い。そしてアドルフ・ヒトラーこそがユダヤ系であったとの証言がある、と。アーリア民族の特徴、金髪碧眼(へきがん)、長身痩躯(そうく)と呼んだヒトラー自身が、黒髪で身長は普通以下の男でした。その男が、アーリア民族の純血種を守るという大使命に邁進したのです。ゲシュタポ長官、ハイドリヒもまた祖母がユダヤ人でした。彼は、祖母の墓を跡形もなく破壊しています。

 この八木さんの指摘が本当なら、ここで起こったことは一体何なのでしょうか。それは明らかに「自己否定・自己差別」です。最も嫌悪して抹殺したいのが自分自身であるということです。他の福音書には、この悪霊に憑かれた男は「石で自分を打ち叩いていた」(マルコ5:5)とあります。それがドイツにおいて、同じ血が流れているかもしれない650万人を殺戮するに至ったのです。ヒトラー自身も「自分の内なるユダヤ人」の首を絞めていたのです。今から60数年前の日本人も同じだったのではないでしょうか。「自分の内なるアジアの血」を絞め殺したかったのではないでしょうか。天皇神格化の故に。悪霊・レギオンとはそういう存在なのです。悪魔の究極の目的、それは人類に殺人と自殺を同時にさせ、全滅させるのことなのであります。

 主イエスキリストが、何故、弟子たちが傍観する中、一人でも、この対岸、ゲラサの地に渡って行かれたか、その理由がこれで分かると思います。私たちへの深い憐れみの故であります。八木さんは最後に書いています。「ヨーロッパ人がそうであったように、このアウシュビッツの悲劇を上から見ておられた、ヨーロッパの神もまた、傍観者に過ぎなかったのだろうか」と。私は、この問いに今朝の御言葉をもって答えたいと思います。他の全ての者にとって、対岸の火事である場所に、主イエスだけは、この神だけは、傍観者ではなく、渡られるのだ!そこに、精神も肉体もずたずたにされている者を求めて進んで行かれる。そして、悪霊の支配から、神の支配の中に移し返して下さる。そのためにキリストは今も全世界で、そしてどこよりも向こう岸の国・日本で働いておられる。これは本当のことであります。



 祈りましょう。  主イエスキリストの父なる神様。天皇即位の日と呼ばれるこの日、あなたの御子こそ、私たちの韓日両教会の唯一の主でられることを共に告白する礼拝を献げることをお許し下さり、心より感謝致します。どうかこれからも私たちが手を取り合って、神ならぬ者を神とし、あなたを棄てようとする悪魔的力と戦っていくことができますように。対岸に渡られる御子に倣い、私たちも互いに海を渡ることを厭わず、互いの民のため、教会のために祈り合い、仕え合うことが出来ますように、聖霊をもって導いて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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