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2006年12月17日「裏切りの物語」

2006年12月17日 主日礼拝説教 「裏切りの物語」

  ヨハネによる福音書 13:21~30

  ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。
  夜であった。(ヨハネによる福音書 13:30)

 アドヴェント第3主日の礼拝において、私たちに与えられましたヨハネ福音書13:21は「イエスはこう話し終えると」と書き始められています。何を話し終えられたのでしょうか。それは先週読みました13:20です。

 「はっきり言っておく。わたしの遣わす者を受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

 主イエスは、人を遣わされる、それは誰かと言うと、教会の長老・牧師のことです。主の御昇天後、地に残され、教会を建てるために主から選ばれた者たちのことです。この福音書では、特に、このヨハネ福音書を書いたヨハネ教会の指導者たちこそ、主が伝道のために遣わされた人々です。主は、その教会の長老たちを受け入れる人は、主イエスを受け入れることと同じなのだ、と言われているのです。そしてイエス様を受け入れるということは、ただ、イエス様は偉人だ、聖人だ、ということを認める、などということではない。主は「『わたしはある』ということを、あなたがたが信じるようになる…」(13:19)とも言われました。「わたしはある」とは神の名です。「イエスは神である」、そのことを一所懸命伝道している教会の長老たちを受け入れ、そして、私(イエス)が神であることを受け入れるのだ、主は、最後の晩餐の席で、弟子たちに言われました。

 そう話し終えられた。しかしその時の主のお気持ちというのは穏やかでなかった、そう福音書は続くのです。「イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。『はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。』」(13:21)注解者たちは、この心騒ぐ主のお姿は、ヨハネ教会の人々と重なり合うと書いています。当時、ヨハネ教会は教会員の脱落者の問題で悩んでいたようだからです。ここで何度か歴史的背景を申してきましたが、ヨハネ教会とは、元々、イエスを神と信じるユダヤ人の群れに源流を持っています。彼らはユダヤ人ですから、ユダヤ会堂に属していましたが、その信仰の故に、会堂から追放され、自分たちの教会を建てました。市民社会から村八分となって、非合法組織として地下に潜ったのです。そして主の食卓・聖餐を守ることを何よりも喜びとしてきた。しかし、その共に聖餐に与ってきた者たちの中から裏切り者が出るという痛烈な経験をしたのです。それが、先週読みました、主の言葉「わたしのパンを食べている者が、わたしに逆らった」(13:18)と重なり合うのです。どのような事件があったのか分かりません。裏切り者と脱落者が、共に聖餐に与ってきた者たちの中から現れる。最初は希望をもって、ユダヤ会堂を出て教会に属した者たちが、やがて教会に幻滅して去っていた。あるいは、地下組織で生きることの苦しみに耐えられなかったのかもしれません。しかもその者は、普通の信徒だったというのではなくて、ここでユダがそうであったように、その者自身が長老であった、牧師であったのかもしれないのです。

 ユダは、最初から裏切り者であったわけではないと思います。イエス様が、深刻な預言をなさった。「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」(13:21b)お弟子たちは互いに顔を見合わせていた。誰がそれと分からなかったのです。全てを見抜かれるイエス様がヒントをいろいろと与えられる。「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ…しようとしていることを、今すぐ、しなさい」(13:26)、そうユダに言われました。ところが弟子たちは「なぜユダにこう言われたのか分からなかった」(13:28)そしてある者は「祭りに必要な物を買いなさい」とか、貧しい人に何か施すようにと、イエスが言われたのだと思いました(13:29)。ユダは会計係でした。会計係は、群れの中で、一番信頼されている人がなるものです。だから、こんなにヒントをイエス様は与えられたのに、分からなかった。

 つまり、弟子たちの誰もが「まさか!」と思う者が、主を裏切りその祈りの場を告げたのです。歴史は繰り返すと申します。ヨハネ教会の指導者の中でも特に用いられた人が、アジトを当局者に密告したという事件が起こったのかもしれません。裏切りの恐ろしさ、密告の恐怖、それをいやというほど知っている者たちが、自分たちの教会で起こっていることと重ね合わせながら、ここで最後の晩餐の記事を執筆したと思われるのです。

 「ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。」その時は「夜であった」(13:20)と続けます。最後の晩餐であったのだから、夜であるのは当然かもしれない。ただでさえ暗い貧しい一室で、外に漏れないように、小さな灯火を灯しながらの聖餐式であったかもしれない。讃美歌を大声で歌うこともはばかられるような教会です。しかしその無力に耐えられなかったのでしょうか。そこに何の希望も未来も感じられなかったのでしょうか、長く共に教会を建ててきた、最長老の一人が、あるいは牧師自身が、その聖餐式をスルッと抜け出して、当局へと急ぐ。まさに夜の出来事です。おびただしい躓きの連鎖反応がこの後教会を襲うのは必至であった。誰もがこのまま闇の中に教会は飲まれて消滅していく他はないと思う。

 やがて、ユダだけではない。ペトロでさえ主を否認して脱落していく。そうであれば、この最有力の指導者であったユダとペトロ、いわば将棋で言えば飛車角が、裏切りと脱落によって、教会を去った時、こういう時こそ、一致して祈らねばならないのに、そうではなくて、多くの者たちが追随する。そして地下教会の教勢は一気に激減する、そのような裏切りの物語であります。

 私たちの一年、2006年も終わりが近づいています。私たちの2006年はどうだったでしょうか。この終わりの政治状況の中で、教育基本法の改悪、防衛「省」の出現など、私たちに強い衝撃を与え事件が起こりました。これもまた、裏切りの物語ではないでしょうか。これは、1945年に生き残った私たち日本人の決意「過ちは繰り返しません」との決意と、アジアの戦争犠牲者への裏切りの物語なのではないでしょうか。そして、この2006年、私たちそれぞれの人生の中にも、痛みなしには思い出せない裏切りの物語があったのではないでしょうか。人から裏切られる苦しみ、悲しみで、夜、闇の中で眠れずに過ごした人もおありなのではないでしょうか。いえ、本当言うと、よその人が裏切ったという話ではない。この聖書の物語は、私たちが裏切った側の人間なのです。私たちが苦しい悲しい思いをしているのではない。主イエスの方が「心を騒がせ」ておられるのです。

 他者の罪は、まだ実は「夜」ではないのではないでしょうか。私たちは他人の罪に怒りますが、怒るって言うのは、ある意味、気持ちの良いものです。自分を正義の味方にして酔っていられる。そうではなくて、私たちが、本当に苦しいのは、自分が「嫌で嫌でたまらない」ことです。自分の醜さを思い出して、夜、寝床から飛び上がって、叫び出したくなる。そうやって、外にも内にも裏切りの「夜の物語」が渦巻く年の瀬になりました。そしてついに教会は闇に負けるのか。いえ、そうではありません!そうではないということを、私たちはこの一年間、礼拝に出席することによって、ヨハネ福音書から聴いてきたのです。何故、主日礼拝を厳守しなければならないのか。その理由はただ一つです。それはこのぽつんと置かれている「夜であった」、この言葉、この現実に、私たちが耐えることが出来るようになるためであります。神さまの不思議な計らいによって、一年で一番「夜が長い」冬至に、私たちは、クリスマスを迎えます。ヨハネ福音書は夜を語る。その現実を誤魔化すわけではない。しかしそれをも凌駕するクリスマスの光の到来を宣言することをもって、この福音書を出発したのです。「光は暗闇に輝いている。」そして口語訳ではこうです。「そして闇はこれに勝たなかった。」どのような夜もクリスマスの光には負ける、という第一声をもって、この福音書は出発したのです。

 先ほど共に歌いました、讃美歌21-243「闇は深まり」という美しいアドヴェントの歌はこういう歌詞から始まります。1節「闇は深まり 夜明けは近し。あけの明星 輝くを見よ。夜ごとに嘆き、悲しむ者に、よろこびを告ぐる 朝は近し。」 この歌はどのようにして生まれたのでしょうか。「信徒の友」11月号で、川端純四郎先生が書いておられます。これを作詞したのは、ドイツの優れた文学者、ヨッヘン・クレッパーです。クレッパーが結婚したのは、ハンニという名のユダヤ人女性でした。彼女は離婚した前の夫との間に二人の子どもがいましたが、クレッパーはこの3人親子を心から愛し、ベルリンに自分たちの家庭を築きました。しかしヒトラーは、ユダヤ人迫害に乗り出す。クレッパー自身もユダヤ人と結婚しているという理由で、帝国著作家協会から除名される。1939年に、長女をイギリスに亡命させました。この頃から、クレッパーは、讃美歌の作詞に心を傾けます。苦難の中で神に委ねる信仰が詩に結晶します。そして彼は、迫害される人々と死に至るまで連帯することをもって、ヒトラーに抵抗しようとしたのです。妻ハンニの命も離婚強制の脅迫によって絶望的になりました。次女レナーテの亡命が不可能とわかった、その夜、3人は自宅で、ガスの元栓を開きました。1942年のアドヴェント、12月10日の夜でした。

 クレッパーは最後の夜の日記にこう書きました。「午後、国家安全局と交渉。私たちはこれから死ぬ -ああ、このことも神のみむねの中にある-私たちは、今夜、一緒に死ぬ。この最後の時、私たちのために闘ってくださるキリストの祝福する像が私たちの頭上に立っている。その眼差しの中で私たちの生は終わるのだ」

 4節「闇の中にも 主は歩み入り、かけがえのない われらの世界 死の支配より 解き放ちたもう。来たらしめたまえ 主よ、み国を。」クリスマスの夜、その闇の中に御子は光として降臨されました。その闇の中に歩み入り、御自身が闇に飲まれるようにして、飼い葉桶に生まれ、十字架の死を遂げられます。しかしそれが故に、私たちを覆い包むどのような夜にも負けない光を、私たちに放射される救い主になって下さいました。

 かつて私は大英博物館所蔵、1155年の作者不詳の作品(『キリスト教名画の楽しみ方』「最後の晩餐」高久眞一著)を、ここで紹介したことがあります。その絵は、画家吉川信子姉の手によって、またそれをお手伝いされた姉妹たちによって、見事に模写されました。私はもし吉川姉と教会員の兄姉の了解を得られましたら、創立120周年記念事業によって建設されるはずの食堂に、その素晴らしい作品を展示させて頂けたらと願っています。

 それは、長い食卓の中央に主イエスが立たれ、その左右に弟子たちが配置されています。ところが、食卓の手前側に、他の弟子たちから離れ、一人だけユダが背をこちらに向けて置かれている。ユダが、他の弟子たちから引き離されている、その構図は、彼が裏切りの罪の故に、主の食卓の交わりから疎外されている、つまり教会共同体から孤立していることを示しているようです。ところが、この絵には、もう一人主イエスが登場するのです。そのもう一人の主イエスは、食卓のこちら側に出てこられ、ユダの傍らに跪き、やはりこの後否認の罪を犯すペトロの足をせっせと洗っておられる。その次に主は、ユダの足を洗われることが予想される構図です。それは罪人の側にあえて座され、裏切り者の汚れを洗い、その孤独を慰められる、主の食卓における愛(アガペー)が表現されているのです。

 また、食卓の向こう側にいるテーブルマスターとしてのもう一人の主イエスは「ユダにのみ特別に」パンを差し出しておられます。洗足だけでない、聖餐のパンにも、ユダは与っているのです。裏切りの罪を犯され、また、裏切りの罪を自分自身が犯し、人々の交わりの食卓から引き離されいる本当に孤独な私たち、しかしその暗い場に、主イエスは進み出て下さる。この私たちを、養うために、主はかがみ込んで食べさせて下さる(ホセア11:4)。それは罪人にこそ与えられる聖餐のことです。そうやって、崩れそうになった教会共同体をまた建て直してくださる。

 ヨハネ教会は、指導者の裏切り、脱落によって、瀕死の状態に陥ったことでしょう。しかしそのような冬の夜、クリスマスをまた迎えた時、彼らは甦る経験をしたと思う。御子は天の高みから、身をかがめるようにして降られました。私たちの罪の闇のただ中に光として生まれて下さった。そして繰り返し神と隣人を裏切る私たちの足を洗い、パンを食べさせてくださる。その思いをもって、ヨハネ教会の先輩たちも、洗礼式と聖餐をどんなに暗い日も挙行したと思う。そうやって、光の勝利を見たのです。生きる希望を回復したのです。だから、ヨハネ教会の書いたヨハネ福音書は生き残り、その信仰は2000年後の私たちの教会に流れ込み、永遠の光を放ち続けています。私たちの教会もそうです。闇に負けない光を仰ぎ、希望をもって皆でクリスマスを迎えましょう。



 祈りましょう。  私たちの裏切りの罪を、御子イエスの十字架の贖いの故に、お赦し下さい。あなたの赦しの光に照らされて、私たちも光の子となって、裏切られても裏切り返すことなく、その夜を愛と赦しをもって照らす者とならせて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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