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2005年 3月 6日 「真夜中の賛美の歌」

2005年3月6日 「真夜中の賛美の歌」

  (使徒言行録16:16~34)

 先日、「ローマ帝国」という特別番組を見ました。2世紀初め、栄光を極めたローマ帝国の領土が最大になりました時代、その最北の地、イングランド、スコットランドの境界辺りに、イギリスを横断する壮大な長城が築かれました。壁の高さ6㍍長さは120㎞。帝国最果ての防衛線であり、そこにローマ軍兵士1万人が配備されてたそうです。

 それに似て、今礼拝で読んでいます、使徒言行録第16章の舞台フィリピもまた、ローマ帝国の植民都市でした。フィリピもまた、ローマ帝国がヨーロッパの東門と言ってよい場所を外敵の侵入から守らせるために、ローマ軍兵士を多数入植された植民防衛都市でした。その番組でも描かれていましたが、当時のローマの政策は見事であった。ローマ帝国市民は、人類がそれ以前は勿論、それ以後も、近代産業革命を成し遂げるまで、経験することが出来なかったような繁栄の極みを謳歌することが出来たのであります。それは支配層だけの特権ではなく、多くの征服地にも快適高度な都市文明を享受出来るようにしたところに、ローマの優れた支配政策があった。こんなに豊かになったのだ。こんな楽しみを得たのだ。ローマに征服されてよかったと思わせたのです。そうやって作った都市の一つ、現在の北アフリカ・アルジェリアの辺境にある完璧な碁盤目状の都市遺跡・ティムガッドが紹介されていました。その公共広場の一角で、敷石に彫り込まれた「12列遊び」というゲーム(バックギャモンの起源)のゲーム盤が発見されています。そして、そこにはラテン語の落書きが残されていました。「狩りをし、風呂に入り、ゲームをし、笑う。それが、人生だ。」まるで現代日本人の求める享楽的人生観そのものではありませんか。

 今朝、使徒言行録16章に登場しましたのは、そのような帝国植民都市の一つフィリピで、都市生活をエンジョイしているはずのローマ帝国兵士の一人、その職は、牢獄の看守です。その者が、いきなり、真夜中「剣を抜いて自殺しようとした」(16:27)と言うのであります。大地震によって、牢屋の扉がみな開いてしまったの。囚人が皆脱走したと思い、自分が仕事の責任を果たせなかった。そして朝になれば、厳しい責任追及の取り調べと懲罰が待っている。朝を迎える勇気が失われる。軍人としての挫折の屈辱を人前にさらす前に自殺したい、そう思う他はなかった。おそらく彼も楽しんでいたことでしょう。ローマの喜び「狩りをし、風呂に入り、ゲームをし、笑う」、それはその「地震」の前に、もはや何の救いにもならなかったのであります。ローマ帝国が与えた喜びとはそのような儚いものでしかなかった。いざとなった時、人を虚無の闇から救う力はなかったのであります。

 その牢の囚人の一人に使徒パウロがいました。奴隷の女占い師から悪霊を追い出したために捕らえられたのです。この時の迫害は、確かに、20節では、社会秩序紊乱を起訴理由にしていますが、しかし本音は「この女の主人たちは、金もうけの望みがなくなってしまったこと」(16:19)です。やはり金のことに過ぎない。その囚人パウロが、看守に「わたしたちは皆ここにいる」(16:28)と大声で自害を止めさせました。すると看守は直ぐパウロとシラスを外に連れ出して「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」(16:30)と尋ねる。それは「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」(16:31)そう答えましたところ、まだ真夜中なのに「看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた」(16:33)。ここにこの看守とその家族たちがこの爛熟したローマ文明の中で、しかし人生の大地震に遭遇すると、直ぐ自殺したくなるような世界で、どんなに、揺れ動くことなき真の救いを飢え渇くほどに求めていたかが分かる。この躊躇なき急ぎ足で挙行された真夜中の洗礼式にその切実さが表現されているのではいでしょうか。

 現在日本も経済危機とは言われながら、建国以来の繁栄に恵まれていることには変わりないでしょう。今日の朝刊にも、現在日本人は、どの国、どの時代の王侯貴族よりも豪勢な食事をしている。食料の1/4は残飯となり、その額は年間11兆円と書いてあった。それはローマ帝国以上の贅沢なのです。しかしここ数年、自殺者は増加の一途をたどっています。一昨年の調査では1年間で3万4427人と史上最悪の記録を更新した。全国のどこかで毎日100人近い人が自殺しています。特に日本においては、働き盛りの男性の自殺率が高いと言われる。またその調査ではまさに「ブルーマンデー」が裏付けられまして月曜日の自殺が一番多いそうで、土曜日の1.5倍だそうです。死亡時間別で見ると、男性は午前0時と午前5時代が多いそうです。

 月曜日の真夜中あるいは未明、いくら寝ようとしても眠ることが出来ない。会社では月曜恒例の会議がある。また責任追及が嵐が始まるかもしれない。どこから攻撃されるか分からない。うまく凌げるだろうか。それを思うと頭痛や動悸が始まって「行きたくても行けない」という思いに襲われる…そして…、と言われるのであります。

 もう暫くすると月曜日の真夜中がまたやってくる。底が抜けて闇に落ちていくような不安にどうしたら私たちは耐えることが出来るのでしょう。聖書はその時言うのです。賛美を歌えばいいではない、祈ればいいではないかと、今、ブルーマンデーを迎えようとしている私たちに語りかけているのであります。「真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。」(16:25)

 パウロとシラスは、今、理不尽な迫害に合っています。二人は光も届かないような一番奥の労に入れられました。さらに足には木の足枷がはめられました。その足枷とは又を大きく開かせる足枷であったと解説する人もいます。手と首も鎖で繋がれていたはずだと言う人もいる。つまりそれは逃亡を防ぐと同時に明らかに拷問でした。手枷足枷で横になることが出来ない。既に執拗な鞭打ちの後であり、背の傷は焼けるように痛みました。眠らせないための処置かもしれません。不眠症がどんなに苦しいか。明日どうなるか分からない夜の不安の中で眠れない苦しさを、伝道者たちも知っているのです。しかし彼らは自殺しない。どうしか。繰り返し申します。讃美歌を歌ったからであります。祈ったからであります。枷によって手も足も出ない。富もない。おいしい食べ物もない。ゲームもない。しかし彼らは持っている。神の勝利の歌をです。主イエスキリストの救いを確信する歌です。私たちがこの月曜日前の主日、大声で歌ったと同様の歌であります。

 この理不尽極まるパウロたちへの「ローマ帝国の市民」(16:21)の迫害は、実はやがて起こる、ローマ皇帝ネロによるデタラメな大迫害の前兆として、著者は描いているのだと、注解者は書いています。パウロの第二回伝道旅行は、紀元49~50年に行われましたが、これを後に書いているルカは紀元64年のネロの大迫害を経験してそれをここで思い出していると言われるのです。その際、火あぶりの刑に合ったり、円形闘技場に引き出されて、猛獣に襲われ殉教したキリスト者たちがいました。彼らはその恐怖に讃美歌を歌って立ち向かったと伝えられています。

 ローマの有名な遺跡に、円形闘技場・コロッセオがありますが、これは5万人を収容する世界最高設備を誇った施設でした。中では、連日、猛獣と人間、あるいは剣闘士同士の死闘が行われ、市民たちはこれに熱狂しました。それは単なる娯楽施設を超えた政治的意味をもっていた。皇帝は、これによって、市民に楽しみと気晴らしを提供し、政治への不満や反抗心のガス抜きにしていたと指摘される。これなど、昨年の大晦日、紅白歌合戦でなく格闘技を見た者が多かったということを思い出させるのです。

 しかしそのようなローマ帝国のもたらす平和や楽しい人生が、どんなに脆い砂の上の家に過ぎないのか。ローマの看守が自害しようとしたきっかけは、16:26に記される、突然の大地震、真夜中の大地震でありました。ネロの大迫害を知っている著者が言いたいのは、帝国の秩序を揺り動かし始めた教会を、ローマ帝国は何重にも縛る。「何度も鞭で打ち」「厳重に見張り」(16:23)、「一番奥の牢に入れ」「足かせをはめ」(16:24)、と、絶対に教会を自由にしない。その断固たる体制秩序維持の意志、帝国の自己保身に対して、しかし、神は負けない。神の大地震は帝国の土台を揺り動かしてしまうのだ。教会はその枷を放ち、キリスト教がローマ帝国に燎原の炎のように広まっていく、それに対する何重にも及ぶ抵抗の壁は無駄だ。神のご意志を、その大地震を誰も押さえることは出来ないのだと言われているのです。

 「キルケゴールの大地震の体験」と呼ばれる事件があります。19世紀の哲学者・キルケゴールの父ミカエルは敬虔なキリスト者であった。父は息子セーレン・キルケゴールの誇りでした。ところが、セーレンは父の秘密を知る。「父は幼い頃とても貧乏だった。それで牧場で牛を追って暮らしていた。ある日天候が荒れ, 大変寒く, 暗く, 激しく落雷してとても恐ろしい思いをしたことがあった。 父は恐怖の余り、次々にこんなひどい目に遭わせる神を呪った」と言うのです。信仰者として尊敬していた父が神を呪ったことがある。それは純粋なセーレンにとって「聖霊に逆らう」決して許されない罪として受け取られたのです。

 さらに父にはもっと決定的なことがあった。父はやがて商売に成功して大変裕福になりました。しかし最初の妻に先立たれた後、セーレンたちの母となる、二人目の妻アンネを得ました。その新しい妻は父の元女中だった。そして結婚後五ヶ月もたたないうちに長女を生むのです。しかもそれは父が身分的に抵抗出来ない女中を暴力をもって犯したが故の結果であったらしい。それを聞いた青年セーレンのこれまで確かだと思っていた人生の足場は、がらがらと音をたてて崩れていったのです。これがキルケゴールの大地震と言われる経験です。父の何人もいた子供たちは33歳を一人として越えることなく死んでいく事実の前に、父ミカエルは神の裁きの御手を感じ、恐れおののきました。そしてセーレンは、自分もその罪の血筋の中で生まれた呪われた存在であり、キリストの死の年33歳より、自分が長生きすることはあり得ないと信じた。やがて34歳の誕生日を無事に迎えた時、彼は自分の誕生日が間違っているのでないかと、戸籍簿を調べに役場に行ったほどなのです。

 大地震とは、自分の中には確かさはないということでした。自分を自分で支える足場はどこにも存在しない。人間として誇りも名誉も富も楽しみも、そのようなもの自分たちが犯す罪の前にどんなに脆いものか。自分を自分の力で支えることは出来ない、その絶望の発見であります。あの立派だと思っていた父の中にもある罪の闇。それがセーレンは自分の中にもはっきりあることを感じました。

 2000年前のフィリピの看守も、大地震に遭遇して、ローマ帝国すら確かなものでない。だから、パウロたちに「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」(16:30)と問う他はなかったのです。

 今、私たちはレントの季節を歩んでいます。ただ会社に行くのが辛いということを越えて、私たちの根底を揺さぶる原罪の恐ろしさを覚え、悔い改めたいと思います。しかしその絶望も、賛美を歌う時に希望へ変わる。どのような真夜中の闇の中にも、祈る時光が差し込む。死が命へ変わってしまう。主イエスキリストの十字架の罪の贖いの力と、墓を蹴破って出てこられる復活の勝利を信じる時、虚無しかないと思われた私たちの足下に、底から大いなる大地がせり出してくるを感じることが出来る。だから、立つことができる。地に足をつけることが出来る。月曜の朝も勇気をもって家を出ることが出来る。33歳を越えて生きることが出来る。33歳で私たちに代わって死んで下さった主イエスがそうして下さったのです。ここに真の命と平和と喜びがある!


 祈りましょう。  主イエスキリストの父なる神様。真夜中の闇の中で、もはや何も出来ないと思われる絶望の中に、あなたはなお賛美と祈りを残して下さいました。心より感謝致します。どうか全ての者に等しく来る地震の夜、闇の日に備えて、希望の歌を一曲でも多く暗譜暗唱するために、今朝もまた共に讃美歌を歌う者とならせて下さい。2000年前、一人の看守とその家族が洗礼を受けて、パウロとシラスを中心に食卓を囲みました。私たちもまた今から聖餐に与ります。揺るぎなき大地を通って、食卓の前に馳せ参じる者とならせて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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