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2005年 2月13日 「パウロとバルナバ」

2005年2月13日 「パウロとバルナバ」

  (使徒言行録15:36~16:5)

 エルサレム会議によって、ユダヤ教からキリスト教が独立したと言ってよい決定がなされました。ペンテコステに続く二度目のキリスト教会誕生と言ってもよい結果です。この良い知らせをパウロは一日も早く、第一回伝道旅行の際に生まれた異邦人教会に伝えたいと願いました(使徒言行録16:4)。パウロはバルナバに提案しました。

「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか」(15:36)。

 これが今回のパウロの最初の旅行計画でした。聖書の巻末の「地図7・パウロの宣教旅行1」を見ますと、エルサレム会議の前にパウロとバルナバが伝道したコースが書かれてあります。今回再びこの一つ一つの異邦人教会を訪ねて「もう心配はいらない。私たちが宣べ伝えた通り信仰だけでいいのだ。そう会議で決まった」そう伝えたいとパウロは願ったのです。

 ところが実はこの旅行こそ、いつの間にかパウロの「第二伝道旅行」と呼ばれる旅となる。聖書巻末「地図8・パウロの宣教旅行2」を見ると、パウロは今、異邦人伝道の拠点であるアンティオキアにいる。そこから既に第一回伝道旅行の際開拓伝道した地、デルベ、リストラ、イコニオンを巡回します。このような「再訪」という願いから出発したのに、ところが、実際になされた伝道コースを見て下さい。最初の計画ならリストラでユーターンするべきところで、その実線はどんどん伸びていって止まるところを知らない。小アジアでもその旅は終わらず海を越えてヨーロッパへ行く。このヨーロッパこそ中世一千年を頂点とするキリスト教文明圏になっていく場所であります。その壮大な伝道の発端を作ったのがこの第二回伝道旅行でした。パウロ自身思いがけないことだったと思います。

 ここで、この使徒言行録の著者ルカは注意深く、先の使徒言行録15:36に記される計画を、パウロの言葉としています。第一回伝道旅行においては、ルカはその伝道計画は、全て聖霊の計画であると語りました。

 「彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。『さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。』…聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し…」(13:2、4)。しかし今回は違う。パウロの発案です。そしてその計画は見事に覆されてしまう。先ず、第一回旅行の行程通りであるなら最初に行かなければならないキプロス島に行くはずのところが、パウロはバルナバと最初に対立してしまう。「そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出した。」(15:39)

 一緒に旅行出来なくなる。それでキプロス島問安はバルナバが行くこととなり、パウロは陸路キリキア州に行くことになったのです。今回の旅行は最初から躓いた。その後も、聖霊によって行こうと計画した道を禁じられてしまう(16:6)。また別なところへ行こうとすると「イエスの霊が許さなかった」(16:)7)。そのようなわけで、パウロの計画とは違う方向へ、つまり西へ西へとずんずん進んでいかざるを得ない。

 私たちも計画をたてます。しかしそれが最初で躓く。方向を変えざるを得ない。しかし聖霊のご計画は私たちの計画より大きいのです。それが私たちには失敗と思えても、その躓きを通して神様は私たちをもっと新しい世界へと招いて下さるのです。
 
 さて、その最初の躓きについてですが、ずっと一緒に伝道してきた同労者であった、パウロとバルナバが決裂してしまう事件ですが、その理由はマルコにありました。第一回伝道旅行にも同行した、マルコ・ヨハネをまた助手として、バルナバは連れて行こうとしました。しかしパウロは前にキプロス島からパンフィリア州に渡った所で、エルサレムに勝手に帰ってしまったマルコを連れて行くべきではないと強硬に主張した。

 かつて13章を学びました時説明したように、それまでは、元々年長でアンティオキア教会の重鎮であったバルナバが伝道旅行のリーダーであったのです。しかしこのパンフィリヤに渡った時から「パウロとバルナバ」と聖書は呼び始めた。つまりリーダーの交代が起こった。今朝の15:36でも、やはり計画を語ったのはパウロの方です。若いマルコ・ヨナネにとって、それは承伏しかねることであった。バルナバだからこの困難を極める伝道旅行に従うことが出来たのだという思いです。気心知れないパウロに従って、危険な旅をする力は湧かなかった。神様の計画では、もうここからは伝道の中心は若いパウロになる。神様が定めた。バルナバ自身がそれを認めている。そして聖霊による伝道計画によってトロス山脈を越えて行かねばならない。その神様の計画をマルコは蹴ってしまった。パウロが我慢出来なかったのはそこです。パウロは自分に彼が従わないから怒ったのでない。そうではなくて、御心のことです。聖霊のお示しがあったなら、伝道者というのは、自分の旅の計画が変えられる、それが伝道者なのです。自分はこうありたい。誰にでもあります。計画をたてる。当然です。でも伝道者、キリスト者にとって大切なことは、御旨が示されたら、いつでも自分の思いを捨てることが出来るということです。そちらの方が良いのだと思えることです。だからパウロはマルコを許せなかった。パウロ自身は聖霊に禁じられれば、直ぐコースを変えて服従することが出来る人間だったからです(16:6、7)。

 例えば、自分の洗礼を授けてくれた牧師がやがて年をとって教会を去ることになる。気心が知れたその牧師に代わって、どこからか新しい牧師が招聘されてくる。気に入らないことばかりだ。そういうことが起こる。だからもう着いて行かない。牧師交代にまつわる教会のトラブルであります。そういうすねる信徒を見て、新任牧師は怒り狂う。この教会の信徒は何を学んできたのだと義をもって裁く。パウロも神の計画に従えない人間とは、絶対に一緒に伝道はしないとバルナバに断固主張したと思います。若いパウロにこれまで穏やかに従ってきた人格者バルナバも、今度ばかりは我慢ならなかったようです。「パウロ先生、あなたの言うことはよく分かる。あなたは正しい。しかし人は正しいことでも直ぐに分からない時がある。何度でも神様の御心に反抗するものです。パウ先生、あなたもそうだったんじゃないのか。それで最初はイエス様を救い主と認められず、教会を迫害して回ったのではないですか。あなたの言う正しい伝道者に、この若いマルコ・ヨハネを育ててはくれまいか。そのためにはもっと優しく声をかけて欲しい。出来なかったことを責めるのではなくて、出来たことを誉めて欲しい。足りないところは忍耐して成長するのを待って欲しい。一緒に伝道をさせてやってくれ、それ以外に、彼が伝道者として成長する道はないのだから。」そう心を搾り出すようにして、パウロに訴えるバルナバの顔が、私には目に浮かぶようです。しかしパウロは受け入れなかった。仕方なくバルナバは一人でマルコを連れて、キプロス島問安の旅に出る他はなかった。

 これがバルナバが使徒言行録に登場する最後の場面です。高齢でしたので、死んでしまったかのかもしれません。キプロス島にはバルナバの墓の上に建てられたと言われる、小さい、慎ましい、しかし美しい教会堂があります。バルナバを生き方そのものを現すような会堂です。バルナバの最後の仕事は、いわば若い伝道者の育成であった。そして舞台を去る。

 私はこういうバルナバの生き方にとても心引かれます。自分の書くものがみな後に聖書になってしまう天才パウロの輝きの背後に隠れるようにして生きた慎ましい伝道者です。使徒言行録の読者から忘れられることも多いのです。しかしパウロはこのバルナバなしには、ここまで来ることが出来なかったのです。神様が初代教会に与えて下さったかけがえのない長老でした。

 やがてパウロも伝道者としての経験を重ねるにつれ、あの時のバルナバの気持ちが分かるようになったのではないでしょうか。人を育てるとはどういうことなのかを学んだのではないでしょうか。 フィレモンへの手紙23節では、マルコが再びパウロの協力者として姿を見せています。しかもパウロはそこで同労者の筆頭にマルコの名をおきました。またテモテ二4:11では、獄中のパウロが弟子テモテに手紙を書いています。「マルコを連れてきて下さい。彼はわたしの務めをよく助けてくれるからです。」この時、マルコはパウロにとって無くてはならぬ協力者になっていたのです。パウロが二度と彼とは伝道しないと決めた人が、実はなくてなならぬ助け手であったのです。そこでも人間の判断は打ち砕かれ、神の御旨が成るのです。「パウロよ、私がマルコをあなたに与えたのだ。それを拒絶してはいけない。簡単に排除してはいけない。一緒に伝道しなさい。それが御旨なのだ。愛の御旨なのだ。」そう神はパウロに優しく語ったことでしょう。


 祈りましょう。  当座は苦しい挫折に見えても、いつの日か、その計画変更の意味が分かることを信じて、あなたに従っていくことが出来ますように。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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