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2004年11月28日 「真の王とは誰か」

2004年11月28日 「真の王とは誰か」

  (使徒言行録12:20~13:3)

 先ほど、私たちは使徒信条を共に唱えました。その中で御子イエスの御誕生の由来を告げる言葉「処女マリアより生まれ」と告白致しました。この意味について「信徒の友」12月号・クリスマス特集号の中で、関田寛雄先生が解説をされました。「使徒信条とは、紀元2~3世紀、ローマ帝国が教会になした迫害の嵐の中で、告白されたものだ。特にローマ帝国が強制した『皇帝礼拝』に対して抵抗する発言であった。」そう言ってこういう意味のことを言われるのです。 神様がイエス様に救い主としてのお働きをお委ねになるためには、主イエスが二つの条件を充たさねばならなかった。その一つは、救い主は、徹頭徹尾「人の子」でなければならない。聖書にもこうある。「すべての点で兄弟たち(私たち人間)と同じようにならねばならなかったのです」(ヘブライ人2:17)。主は「人の子」として、人間の出会う苦難、悲しみ、試練を経験して下さる。そして私たちが試練の中で「もう誰もこの苦しみは分かってくれない」と呻く時、人の子イエスは「いや、あなたの苦しみを私は知っている、私はあなた以上に苦しんだのだ」とお声をかけて下さる。私たちが孤独の中とぼとぼと歩く道行きを、人の子イエスも共に歩いて下さり、傍らで励まし続けてくださる。「あなたは独りではない。あなたの苦しみを分かち合おう」と言って下さる。このように「まことの人」になられる。それが救い主の一つの条件でした。

 しかしそこで、関田先生は言われるのです。しかし単なる「人の子」(人間)であるだけでは、人ひとり救うことは出来ません、と。「私も川崎の伝道の場で何人もの路上生活者に出会い、助けを求められました。しかし、せいぜい生活保護の手続きのお手伝いをするくらいしか出来ません。その人の生涯を本当に救い上げることなどは、とてうてい不可能なことでした。本当の救いは神からの力と慈しみをもたらす『神の子』イエス様によらねばなりません。救い主は二つ目の条件「神の子」であってこそ、人間に救いを与え助けることが出来るのです。」

 救い主の条件とは「人の子」であり「神の子」であること。「まことの人」であり「まことの神」であられること。その事実を表現したのが、「処女マリアより生まれ」という言葉なのです。これは第一に、主は「人の子」としてはアリアの胎を通ってお生まれになった「まことの人」である。第二に「神の子」としては、男性を介さず「聖霊によりて」宿られた「まことの神」であられる、主は神人であられる、という意味なのです。

 私はこの文を読み、今朝の御言葉の最も良い注解を得たように思いました。使徒言行録12:20以下には、使徒ヤコブを殺害し、続いてペトロまで手にかけようとした、王ヘロデ・アグリッパの最期が記されてあります。ヘロデ王は理由は記されてありませんが、ティルスとシドンの住民に怒り、食料支援の打ち切りを断行しました。この二つの大商業地域は食料輸入なしには成り立たなかったのです。困り果てた商人たちは「そろって王を訪ね、その侍従ブラストに取り入って和解を願い出」(12:20)ました。そしてヘロデはこの出来事をも、自己宣伝に利用し尽くそうとしました。彼は和解の祝賀儀式において、自分の威光を最大限に輝かせようと演出したのです。 当時の歴史家ヨセフスはこう書いています。「この儀式において、アグリッパは全部銀で作られた衣装をまとい、明け方に入場した。すると朝日の光がその衣にあたるにつれ、驚くばかりにきらきらと輝いた。その輝きは、それを見つめる人たちの中に畏怖の感を起こさせた。」それから彼は演説しました。これを聞いた人々は「神の声だ。人間の声ではない」(12:22)と叫んだのです。人々は食料配給を自分の政治的さじ加減で何とでもする権力に対する最大限のへつらいを口にしました。その時彼はこのお世辞を、神への冒涜として退けることもせず、自己陶酔の中で讃美を受け入れたのです。それは神の栄光を我がものとする「自己神格化」の罪でありました。 彼は直後、天使に打ち倒され、さらに蛆に食い荒らされる哀れな末路を辿ったと言われているのです。理由は「神に栄光を帰さなかったからである」(12:23)と言われます。神の輝きを横取りしようとしたのです。彼の銀の衣は自前では光りません。朝日が反射したから光ったに過ぎません。しかしそれを全部王の威光にしてしまう。それに似て、彼は神の栄光を奪った。神が生かし、神が命を与えて、神が王としての輝きを委ねて下さった、その事実を認めず、自らが自らの力で光を放っているかの如く振る舞う傲慢が裁かれたのです。

 私たちの人生も同じです。処女マリアから生まれた、人の子であり神の子であられる御子イエス以外に、私たちの救いはありません。私たちは毎週こうやって礼拝を守ります。どうしてでしょう。その理由は、自らの力で私たちは光ることが出来ないことを覚えるためであります。この礼拝において、キリストの救いの光を体いっぱいに浴びて、信仰の衣を与えられて、その信仰の衣によって、キリストの光を反射して生きるのためであります。それ以外に、明るい人生を歩むことはないのです。しかしそこで同時にその栄光を「神様、これはあなたのものです。自分のものではありません」そう繰り返しお返しをすること、それが礼拝なのであります。どんなに輝く人生であっても、決して誇ることは出来ない。自分で生きているのではない。神様の光がなかったら、直ぐ倒れてしまう自分であることを認めて、神に栄光をお返しする時、私たちは健やかに生きる。あるいは、どんなに暗い人生だと思われる時も、内からの一切の輝きが失せ去っても、外から神の子の光は私たちを照らして下さる。その喜びを礼拝で知るのです。

 このことをどんなに使徒言行録は意識して物語っているでしょうか。使徒言行録10:25で、異邦人コルネリウスが使徒ペトロの前に、ひれ伏して拝んだ時、ペトロはこう言いました。「お立ち下さい。わたしもただの人間です。」また14章では、パウロが足の不自由な者を癒すと、群衆は、パウロを指さして「神々が人間の姿をとって、お降りくださった」と叫びました。そして生け贄を献げようとさえした時、パウロは「私たちも、あなたがたと同じ人間に過ぎません。」と拒絶しました。このような使徒たちの姿と対照的な姿として、この蛆がわく王ヘロデの病んだ姿が描かれているのです。 関田先生も言われました。先生は一所懸命弱い人のために奉仕されました。私たちは先生がいささか謙遜のしすぎだと思いますが、しかし先生の気持ちはそうなのでしょう。本当に自分は小さなことしか出来ない。人を救うことは出来ない。ただの人間に過ぎないからだ、と。だからこそ、私たちは処女マリアより生まれる救い主を、この季節待ち望もうではありませんか。「聖霊によりて」生まれ、それ故に、私たちを救う力ある神の子を待ち望むのです。

 使徒言行録13章において、いよいよ、アンティオキア教会から世界伝道のために、バルナバとサウロが派遣される情景が書かれています。その時聖霊が告げました。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」聖霊が二人を選び、聖霊がなすべき業を示すのです。誰もが言います。使徒行伝は聖霊行伝である。使徒言行録は聖霊言行緑である、と。

 人を救う伝道の業は、決して人間の業でありません。聖霊の業なのです。パウロは世界中に教会を建てました。しかしパウロが偉いのではありません。パウロを用いた聖霊様が偉いのであります。

 今日からアドヴェントに入ります。この待降節第一主日にふさわしい旧約聖書・イザヤ52章も朗読頂きました。

 「いかに美しいことか/山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え/救いを告げ/あなたの神は王となられた、と/シオンに向かって呼ばわる。」(52:7)

 ローマ皇帝でもなくヘロデ王でもなく、ナザレのイエスこそが王となられた。その福音を伝える者の足は美しいと歌われています。

 私たちが驕り高ぶり罪によって打ち倒され、蛆に食われようとする時すら、十字架の「人の子イエス」はその罪の重荷を分かち合って下さるでしょう。同時に、十字架の「神の子イエス」は贖いの奇跡をもって、私たちの罪を取り去って下さるでしょう。

 そのキリストが来て下さる。もう直ぐ王として来て下さる。私たちを救うために来て下さる。この福音を宣べ伝える者の足は美しい。教会自体は弱いのです。貧しく欠け多き器です。しかし教会は伝道する時美しくなる。私たちも美しくなれる。キリストの美しさ、キリストの輝きを、朝日のように鮮やかに反射するからに他なりません。


 祈りましょう。  主イエスキリストの父なる神様。人間の作る世界がどんなに暗くても、クリスマスの光が訪れることを信じ、希望を語り合い、宣べ伝える教会の伝道の歩みを祝して下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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