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2004年 7月18日 「脱出する厳しさ、脱出する喜び」

2004年7月18日 「脱出する厳しさ、脱出する喜び」

  (使徒言行録7:30~43)

 毎週、ここで読み進みめています使徒言行録におけるステファノの説教は出エジプトの物語を語ります。イスラエルは奴隷の国エジプトで一切の自由を、剥奪されていました。またその労働は過酷を極めました。その苦しみを神はご覧になりました。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の不幸を確かに見届け、また、その嘆きを聞いたので、彼らを救うために降って来た」(使徒言行録7:34)そして「さあ、今あなたをエジプトに遣わそう」とモーセをエジプト脱出の指導者として召されたのです。

 イスラエルはモーセに率いられエジプトを脱出し海辺に宿営した。その時ファラオ率いるエジプト戦車隊が彼らを討ち滅ぼすために追ってきた。そこでもうイスラエルはモーセに訴え始めたのです。「我々を連れ出したのは、エジプトに墓がないからですか。荒れ野で死なせるためですか。我々はエジプトで、『ほうっておいてください。自分たちはエジプト人に仕えます。荒れ野で死ぬよりエジプト人に仕える方がましです』と言ったではありませんか。」(出エジプト14:11~12)

 しかし、神はこのような愚かな民を救って下さったのです。海は分かたれイスラエルは水を潜って対岸に出た。後を追ってきたエジプト軍は再び水が閉じられた時、海に飲まれて消えてしまいました。

 この水を越えて行くイスラエルの姿は、後に私たちキリスト者の洗礼を先取りするものとして理解されるようになります。私たちも人生の束縛から解き放たれるために、水を被って、神に従う旅に出た者なのです。しかしそうやって受洗し、喜び勇んで教会生活を始めた私たちが、やがて教会生活に不満を訴え始める。不平を呟く。あるいは黙って教会に来なくなる。教会に来ることは止めなくても、本当に自分は洗礼を受ける前と何か
変わったのだろうか、と思うこともあります。

 しかしその私たちのおぼつかない足取りを、これもまた先取りするような、イスラエルの荒野彷徨40年の旅があったのです。それを出エジプト記で読む時、妙なことかもしれない。こう思うのです。「私だけでなかった。私たちだけでなかったのだ」と。

 イスラエルの民は、海を越えた時、皆、感謝感激の内に讃美を歌いました。ところがその直後、三日水がなくやっと得た水は苦かった。彼らはあんなにはしゃいだことも忘れ、モーセに食ってかかりました。「何を飲んだらいいんだ!」(出エジプト15:24)。さらにこうも言った。「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている」(16:3)

 モーセは気づきます。出エジプトの真の敵はファラオではない。それは民の我儘である、と。神に信頼しない不信仰である、と。つまり人が本当に解放されなければならないの場所とはエジプトじゃない。罪からなのだ。どんなに厳しい試練の中でも、神は必ず救って下さる、その事実を信じない罪であります。そのために、苛立ったり、焦ったり、指導者に責任転嫁する。もとの世界に逆戻りしようとする。人はその罪の奴隷状態であり、そこからの解放のためにこそ、この荒野の旅は必要なのだということを、モーセは知ります。彼は神に祈りました。朝になると、宿営の周りに霜のようなもので覆われていた。それは蜜の入ったウェファースのような味だった。それは「マナ」と名付けられました。

 彼らは3ヶ月目に神の山シナイに到着しました。モーセはシナイに登り、そこで十戒を授けられました。その間モーセは山に登ったまま、なかなか宿営に帰ってきませんでした。そこは見渡す限り荒涼とした荒野。岩は赤く夕焼けがそこに重なる時刻は、全てが真っ赤に見える、干からびた世界です。老人たちは、その時刻になると、あのナイルの滔々たる流れを思い出しては懐かしみました。若者たちも都市文明の頂点を極めていた都を思い出し、退屈だと不平を言う毎日です。女たちは、来る日も、来る日も、マナを集め、エジプトの多彩な食物を思い出してはため息をつく。「誰か肉を食べさせてくれないものか。エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない。今では、わたしたちの唾は干上がり、どこを見回してもマナばかりで、何もない」(民数記11:4~6)。

 「何もない」?いえ、あるではないですか。マナが。しかし彼らは何もないと言うのです。あれもない、これもない、ないものを数えるのです。それは、一つのものに飽き、慣れてしまったためであります。それは、あって当たり前で、そんなものに感謝するのももったいない、という心理状態なのであります。マナとは、天から賜る不思議なパン。それは朝毎に新しく与えられ保存は利かない。それは神の言葉・日ごとの糧を象徴していると多くの人は言います。そうであれば、マナに飽きる、それは御言葉に飽きてしまったという意味です。教会の話に直せば、説教だけ、礼拝だけではつまらない、それだけならもう感謝もしないということでしょうか。西片町教会にはそのような人はいないはずであります。西片町教会の兄姉は、神の言葉以外何もない教会に、喜び勇んで通う人々が殆どなのであります。

 ステファノは言います。「けれども、先祖たちはこの人に従おうとせず、彼を退け、エジプトをなつかしく思い…」(使徒言行録7:39)。モーセが山に登って40日にもなると「モーセはもう死んだのだ」、「我々の神はどこにいるのか」と叫ぶ者が現れる。神が見ない、その不安の中で、民は目に見える確かさを求めて偶像神「若い雄牛の像」を造りました。それは彼らがついに心ではエジプトに戻ったということに他ならない。奴隷であっても、そこに目に見える確かなものがあり、現世的幸福があれば、そちらの方がましだということであります。自由と信仰があっても、他は何もない、あるのはマナだけ、そのような荒野の旅より良かったのです。

 今、ステファノは、神殿の法廷でこういう説教を語りながら、神殿と金の雄牛を重ね合わせているのではないでしょうか(使徒言行録7:41)都エルサレムと、エジプトの都と重ね合わせているのではないでしょうか。そこを脱出しなければならない。それは、なお弱い苗木であるキリスト教が、ユダヤ教という大樹の庇護のもとにある安定を棄てるとの決断でした。神殿に捕らえられた教会に真の命はありません。しかしそこから脱出する時、教会は目に見える確かな宗教的権威・聖地も神殿もユダヤ教的伝統も一切失うのです。裸になって散らされる。何もない?いえ、違います。マナはあるのであります。神の言葉があるのであります。福音があるのであります。目に見えません。腹の足しにはなりません。しかし、主イエスキリストの救いの恵み、罪の赦しの恩寵溢れる言葉があるのです。それが私たちはなかなか分からない。出エジプトの民同様に直ぐ不平不満を呟く。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(マタイ6:33)という御言葉を信じられないのです。神を全面的に信頼していないからであります。しかし私は思います。この罪から免れる者はいないのではないかと思う。その根深い罪から解放されるために、そして神に信頼するということがどういうことなのかを知るために、教会生活という荒野を行く旅路は、私たちにはどうしても必要なのだと思います。

 私たちはマーティン・ルーサー・キング牧師の生き方を見て畏敬すら感じると思います。しかし梶原寿先生は言います。キングを神話化してはならない、と。彼がどれほど、この非暴力の運動の中で、迷い、葛藤し煩悶したかを忘れてはならいと。

 キングはこう語ります。それは真夜中だった。委員会から帰宅し床についた。すると間もなく電話のベルが鳴った。受話器を取ると、向こうから汚い声が聞こえてきた。「…黒んぼ、俺たちは、お前やお前達のごたごたにはうんざりしている。もし三日のうちにお前がこの町から出て行かなかったら、お前の頭をぶち抜き、お前の家を爆破するぞ。」私はこのような言葉をそれまでに何回も聞いたが、どうしたものか、その夜は胸にこたえた。眠れない。私は起きあがって台所へ行き、コーヒーを飲もうとした。私はそこで生まれたばかりの娘のことを考えた。また忠実な妻のことを。そして、彼女は私から取り去られるかも知れない、私も彼女から取り去られるかも知れないと思った。私は耐えられなかった。私は弱かった。

 だがその瞬間、キングは神の声を内なる声として聞く経験をしたのです。

 その時、何ものかが私に語りかけた。お前は今父親に電話してはいけない。母親にも電話してはいけない。お前はただ、お前の父親がかつてお前に話してくれたあのお方に頼らなければならない。道なき所に道をお作りになることが出来るお方に頼るのだ。私はその時、宗教は私にとってリアルなものでなくてはいけない。私は自分自身で神を知らねばならないということが分かった。そこで私は、コーヒー・カップの上にうつぶせになった。私は祈りに祈った。その夜、私は声をあげて祈った。「主よ、私は今弱いのです。くじけそうです。勇気を失いかけています。」その瞬間、私は内なる声を聞いたように思った。「マーティン・ルーサーよ、義のために立て、真理のために立て。見よ、私はあなたと共にいる。世の終わりまで共にいる。」主イエスは、私に決して一人にはしないと約束された。決して一人にはしないと。

 キングが支えられたのは、自らの強靱な精神力によってではありません。彼の荒野の旅に主イエスが常に伴って下さったからであります。

 出エジプトの民も、荒野の旅の間、神を忘れる罪を犯し続けました。しかしその荒野旅40年間が終わった時、神は言われたのです。「あなたの着物はすり切れず、あなたの足ははれなかった」(申命記8:2~6)何故あれほど迷いに迷った民に、そんなことが可能だったのか。神の恵みがあったからです。神は罪を犯すイスラエルと共にいて下さり、守って下さった
からであります。夜毎罪を犯しても、朝毎に天から降り注ぐ救いの恵みマナによって、彼らは生き続けたのであります。

 イスラエルの最初の呟き、それはマラのオアシスでの不平でした。水が苦くて飲めない。その時、神は一本の木を示される。木を投げ込むと水は甘くなりました。この木とは何か。昔の人はこの木を「十字架」と連想しました。苦い私たちの心。水を潜り感激して新しい人生を出発しても、そこで、困難や躓きが来ると、直ぐ「失敗した」と呟く苦き心。ここに十字架という木を投げ込んで頂く時、私たちでさえ、また苦いものから甘いものに変えられる。それは罪が赦されたということであります。その赦しの中で、神が私たちを見捨てず、共にいて離れず、約束の地まで導いて下さるのです。そこで私たちの魂の熱は戻る。

 これこそマナであります。ステファノは、私たちが生きるために必要なのは、このただ一本の荒野の木・マナであると、言いたかったのではないでしょうか。この木が与えれた。神殿も都もユダヤ教も人をこのように救う力はない。この木に宿る無限の救いと福音の限りなき力の前に、目に見える一切の富は色あせる。私たちは、だからただひたすら、この十字架の主イエスを、唯一のマナとして、宣べ伝えるのであります。

 「わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。」(コリント一2:2)


 祈りましょう。  主よ、直ぐ恵みに慣れる愚かな私たちを憐れんで下さい。その時、もう一度、御子の木を私たちの魂に投げ入れて下さい。そしてあなたと共に、信仰の旅を終わりまで続けるものとならせて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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