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2004年 3月 7日 「この人の言いつけ通りに」

2004年3月7日 「この人の言いつけ通りに」 ※カナの夕礼拝初説教

  説教者 山本裕司
  (ヨハネによる福音書 2:1~11)

 この記念すべき西片町教会最初のカナの礼拝、夕べの礼拝において、朗読しましたヨハネ福音書の御言葉は、ヨハネ福音書の中では最初の方に書かれてあります。イエス様は沢山の奇跡を行って下さいました。嵐を鎮めたり、病気を癒す奇跡を行って下さいました。しかし全ての奇跡に先んじて、行って下さった奇跡こそ、このカナの婚礼における、尽きない葡萄酒を生み出す奇跡だったのであります。

 この時代、婚礼の祝いはとても長く続きました。この時、その席で、ぶどう酒がなくなってしまった。ワインが切れてしまっては、それ以上、宴会は続けることは出来ません。婚礼の喜びは早々に終わってしまう。それは、婚礼の祝いにおいて、とても不吉なことではないでしょうか。つまり、ここで結婚した夫妻の愛の喜びもまた早々と終わってしまうことを、それは暗示しているのではないでしょうか。蜜月・ハネムーンと申します。しかしその期間は1年でしょうか。いえ、月、というのですから、一月のことでしょうか。最初は密のように甘かった二人が、しかし僅か一月で、もう苦い味を互いのその口に舐めさせるようになる。蜜は長く続かない。私たちが今日から始める夕礼拝もまた、愛から始まったのです。主イエスへの愛と隣人への愛から始まったのであります。しかしこの礼拝への愛もまた短命であったとしたらそれは余りに悲しい。

 私たちの心がいかに変転極まりなく、無常であるのか、その刹那的・苦汁を私たちはもう自分の人生で味わい尽くしてきたような気がします。だからこそ、この夕礼拝を始めることを躊躇もあったのではないでしょうか。しかしそのような自分の「心」がまさに、その発音に似て「ころころ」変わる、最初の愛が続かない、そのことを百も承知で、なおこの夕べの礼拝堂に10年後も愛が現れるとしたら、10年後も蜜が枯れることなくここに流れ続けることを求めるとしたら、そこに必要なのは何でしょうか。それは私たちの根性ではなく、意地でもなく、必要なもの先ずカナの奇跡であります。そのために、この夕礼拝を私たちは「カナの礼拝」と呼ぼうと言って出発しました。

 主イエスの母マリアはこの不吉なしるしに不安となり、イエス様に「ぶどう酒がなくなりました」とそっと告げました。イエス様は、最初、ご自身の神の子としての力を表すには、まだ時は来ていない、早すぎると思われたようです。しかし、思い直されました。どうしてか。それはこの後、行われる嵐を鎮める奇跡より、病人の癒しの奇跡より、先ず最初にご自身の栄光を現すためにするべき奇跡こそ、この場である。そう母マリアの促しによってはっと気づかれたのではいかと、僭越にも私は勝手な想像を致しました。途切れない愛の奇跡こそ、神の子の第一の奇跡であるべきだ、と。やがて夫妻の家に、嵐が来て、その嵐が例え直ぐ静まらなくても、愛の土台石が動かなければ、夫妻は耐えることが出来るであろう。例え夫妻のどちらかの病気が、どんなに祈っても、どうしても治らなくても、その家に変わらない愛があれば、夫妻はきっと病のただ中で生きることが出来るであろう。主イエスはだから、終わらない愛の婚礼の奇跡を最初の奇跡として選ばれたのではないでしょうか。

 その時、主イエスは、石の水瓶に水を汲むように召使いに言われました。「召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした」(ヨハネ福音書2:7)とあります。しかしこれは決して容易なことではありません。その瓶の大きさは「二ないし三メトレテス入り」でありましたが、それは約100リットルだそうです。その瓶六つということは、600リットルの水を井戸から汲むのです。それはどのような労働なのでしょうか。イエス様はそれを、宴会の世話役の所へ持っていきなさいと言われましたが、100リットル=100㎏です。それプラス石瓶の重さは約150㎏、それを大人二人で持てるでしょうか。しかもそれを六つ。運んでも、運んでもまた次の労働が待っている。しかし彼らは汗だくになりながら、しかし、主の御言葉に従ったのです。

 「ここに福音書記者は一つの信仰者のあり方を見ている」とY神学生は書いています。召し使いは、決して甘い葡萄酒を運んだのではありません。それなら彼らはその重さを忘れることが出来たに違いない。人々の賞賛を勝ち得る誉れ高き仕事であります。自慢出来る。「俺たちがやっていることはこんなにすごいことなのだ!」と。しかしその手に食い込むものが、誰も見向きもしない、ただの水でしかないことを思い出すと、ずっしりとそれは肩に食い込み、泣きたくなったかもしれない。私たちが今、召しを受けて毎日、毎日している奉仕も労苦も、それは地味なもので、水のように味もそっけもないようなもので、誰も見てない、変わり映えなき繰り返しでしかないかもしない。しかし、それを「お言葉ですから」とやり遂げた時に、つまり愛が重荷に打ち勝って10年間やり遂げた時に、重荷でしかないと思った水が、何かに変わっているのを最初に見る「光栄」に浴することが出来るかもしれない。詩編詩人がこう歌ったように。

 「涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる」(詩編126:5~6)

  召し使いは、ぶどう酒が足りないという話なのに、何故自分は水を汲んでいるのか?分からなかったと思う。しかし従うのです。あの美しいマリア様に「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」(2:5)とお願いされたからです。このマリア様のお言葉を、そのまま、この最初の夕礼拝(カナの礼拝)の説教題にしました。私たちも今夕、この時、マリア様の声を聞いているのです。マリア様が私に声をかけて下さった。私に頼って下さった。この私に願われるのだ、だからこの意味の全て知ることはないけれど、その通りにしよう。そういう思いの中で、このカナの礼拝が今夕、始まったのです。

 宴会の世話役は、汗だくの召し使いが、抱えてきた瓶の中にある液体の味見をします。そして、世話役はこれが元は水であったことを知らなかったので花婿に言いました。「よくもこんな良いぶどう酒が今までとっておかれたものですね」と。そして最上の葡萄酒が、皆に振る舞われました。そして宴会は最後に爆発的に盛り上がったのではないでしょうか。宴会が最後に白けて終わるのと全く逆に。それはまるで、この新婚の若い二人の愛が、初めだけ美しく甘いのではなく、主イエスの恵みを飲む時、二人が老い、死を迎える、その終わりの時こそ、愛が最も濃く甘く熟成することを暗示しているかのように。

 「このぶどう酒がどこから来たのか、水を汲んだ召使いは知っていた」(2:9)とあります。一方「世話役は知らなかった」(2:9)と書いてある。ここに鮮やかな知恵に対するコントラストがあるのです。結婚披露のコーディネーター、全てを熟知しているはずの世話役、だからワインの聞酒をするのは彼です。しかしソムリエにとって一番肝心な原産地が分からない。しかし、一生、水瓶を運ぶ下積みの僕として生き、それだけに知恵なき者と思われる召し使いが、しかし原産地を洞察する。ソムリエに遙かに勝る知恵を得ている。これは主の栄光から注ぎ出てた酒だということを見る知恵を、労苦した召し使いだけは知り得た。

 そして再びY神学生は書いています。「福音書記者は、奇跡とはそういうものだ、と読者に教えようとしている」と。奇跡とは、それがまっただ中で起きていても、殆どの人には分からないものなのだ、と。ただ、イエス様に言いつけられたとおりにした人にしか、それは分からない、知恵なのだ、という意味のことを言われるのです。

 私たちの伝道の歩み、それは目に見える成果乏しく、受洗者も現れず、求道者も少ない。この夕礼拝も西片町教会の伝道の歴史の中で、何でもない水のようなものだったという評価を受けて終わるかも知れない。しかし、私たちが、毎週夜、ここに来て、水の石瓶を運び続けるなら、きっと、私たちは10年後に知ることが出来る。このところに奇跡は起きたことを。主の栄光が満ちることを。このただ一度の人生の中で、その信仰の洞察を得る素晴らしさを、この世界で神は確かに働いておられると、その奇跡を、奇跡として捕らえることの出来る感激を、水瓶を運んだ召使いたちは生涯忘れることはなかったでしょう。私たちも、このカナの婚礼の召し使いの一人になろう。そして「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と私たちに求め続ける、マリア様のお言葉をここで聴き続けたい、このような志を神は私たちに与えて下さった、カナの礼拝を始めることが出来る喜びで私たちは今、充たされています。


 祈りましょう。  主イエスキリストの父なる神様。どうかマリア様の
心からのお願いを、生涯を通じて果たしていく人生を歩むことが出来ますように。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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