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2004年 2月22日 「兄弟たち、私たちはどうしたら…」

2004年 2月22日 主日朝礼拝説教「兄弟たち、私たちは…」

説教者 山本裕司 牧師

使徒言行録2:37~47

人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。(使徒言行録2:37)

 聖霊降臨によって生まれたばかりの教会で使徒ペトロは説教を語りました。その最後をペトロはこう締めくくったのです。「だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」(使徒言行録2:36)
 厳しい説教でした。イエスを十字架につけて殺したのはあなたなのだ。そう言ったのです。反発する人がいてもおかしくないと思います。その中には知事ピラトが民衆に問うた時「十字架につけろ」とつい一緒に叫び声を挙げてしまった者もいたかもしれない。またイエス様が十字架を担ぎゴルゴタの丘を登られるお姿を見ていたけれども、倒れたイエス様に水一杯差し出す勇気もなかった、そういう53日前の経験を思い出している者も、ここにいたかもしれない。そういう人は、ペトロから、あなたがイエスを十字架につけて殺したのです、そう言われても仕方がないと思ったかもしれない。しかしここにいた、多くの人たちは「3000人」(2:41)とありますが、その大部分は、十字架の事件に直接居合わすことのなかった人なのではないでしょうか。しかしペトロはここで断固として「イスラエル全家が、イエス様を殺した責任がある」と説教したのです。

 自分は無関係でした。そういくらでも言えた人が多かったと思います。自分はイエス様の十字架に何の責任もないと退席する者で階段がごったがえしても、おかしくなかったと思う。しかし、この時、そうではなかったのです。人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と尋ねました(2:37)。ああ、本当に自分たちがイエス様を殺してしまったんだと思えたのです。この説教は、単に表面的な甘い話ではありません。まことに厳しい説教だった。「大いに心を打たれ」(2:37)とは「強く刺された」と訳すことが出来るそうです。「あなたが下手人なのだ」と、その罪を説教者から突きつけられた時、心臓を貫かれたような衝撃を受けたのです。どんなに辛かったかと思う。ところが、それを避けず、ごまかさず、真っ正面から受け止めようとした者たちがここに現れたのです。そこに説教者と会衆の真剣勝負が起こったのです。説教者冥利に尽きるとはこのとだと思う。「本当にそうだ、自分が神の子を殺したのだ」そう知ったのです。これが分かったこと自体が奇跡に思える。「 使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていた」(2:43)とありますが、この説教が会衆に受け止められたこと自体が、不思議なしるしそのものだったと思う。

 『塩狩峠』という三浦綾子さんの有名な作品があります。明治時代、まだ切支丹禁制の記憶が強く残っていた時代、信夫青年の求道と犠牲の物語が美しく綴られている作品です。彼の周りにはキリスト者がいました。母や親友、その妹など皆信仰をもっており、彼は次第にその影響を受けていきます。そんな時、冬の札幌の街角に立つ伝道者の説教を聞く。「イエス・キリストは自分の命を吾々に下さったのです。彼は決して罪を犯しませんでした。しかし何ひとつ悪いことをしなかったイエス・キリストは、この世の全ての罪を背負って、十字架につけられたのです。私はこのキリストの愛を宣べ伝えるために、東京からここにやって来ました。10日間というもの、ここで叫びましたが、だれも耳を傾けませんでした。」
 それを聴いて信夫は感動した。そして、イエスの言葉に従って生きたいと痛切に感じた。下宿に伝道者を連れて行くと、自分はイエスを信じると告白しました。すると伝道者は問うのです。「君はなぜイエスが十字架にかかったかを知っていますか。」信夫は答えた。「それは先ほど先生が言われたように、この世の全ての罪を背負われたからだと思います。」「そうです。しかし、キリストが君のために十字架にかかったということを、いや、十字架につけたのは君自身だということを、分かっていますか。」伝道者の目は鋭かった。信夫が「とんでもない。僕は、キリストを十字架になんかつけた覚えはありません。」そう返した時彼は言った。「それでは、君はキリストと何の縁もない人間です」と。信夫には意味が分からなかった。「先生、僕は明治の御代の人間です。キリストがはりつけにされたのは、千何百年も前のことではありませんか。どうして明治生まれの僕が、キリストを十字架にかけたなどと思えるのでしょう。」「そうです。君のように考えるのが普通です。しかしね、私は違う。何の罪もないイエスを十字架につけたのは、この自分だと思います。君は自分を罪深い人間だと思いますか。もしそれが分からないなら、聖書の中の一節をとことん実行してみなさい」、そういうアドバイスを受けるのです。

 その時信夫が選んだ言葉が「善きサマリヤ人の譬」(ルカ10:25~37)でした。信夫はこの中の「隣人を自分のように愛しなさい」との御言葉を実行するために、盗難事件を起こした同僚を更生させようと決心しました。同僚の隣人となろうとしました。しかしいくら努力しても、彼は受け入れない。ついに信夫の心は憎しみで一杯になりました。その時気づいたのです。自分はいつも人より真面目な人間であるという自負の中を生きていたのだ。そして失敗ばかりする友人を、上から見下し哀れんでいたのだ。しかしある時イエス様が語った。「お前こそ、山道に倒れている重傷の旅人の方なのだ」と。「私はこれを知らなかった。私は傲慢にも、神の子の地位に自分を置き、友人を見下していたのだ。そして自分の真心の強さによって人を救えると思っていたのだ。今、自分のこの傲慢の罪が、イエス様を十字架につけたことを知りました。」そう告白するに至るのです。

 イスラエルの人々も、このような信夫と同じ発見をしたのではないでしょうか。自分は正しい、自分は神の子に対して何も悪いことはしていない、そういう正しさこそ、返ってイエスを十字架につけたのだということを。義なる人間はイエスも、十字架の贖いも、聖霊も必要ないのです。正しい人間が、確信をもって、イエスを抹殺したのです。自分にとって主が不必要だったからです。私たちは確かに、具体的な意味で、イエス様を十字架につけることはしませんでした。しかし私たちの魂の中から、どんなにイエス様を排除して生きようとするか。どんなに亡きものよしようとするのか。十字架の救いなどまるで不必要な人間であるかのような態度で、傲慢な思いで生きているか。それは主を十字架に付けることと同じことなのです。その御言葉の神髄が説教を聴いて分かるということが、最初の教会で起こった奇跡なのです。
 
 私がイエスを十字架につけたのだ、それを知った以上、それで済ますわけにはいかなくなる。「ではどうしたらいいのですか」(2:37)。イスラエルの人々は使徒に問わずにおれなかった。命のがけの問いです。もし適切な答えがなかったら、自分は犯した罪によって、押しつぶされしまうかもしれない。しかし、私がイエス様を十字架につけた、それを知った時、実は、救いは近いのです。最も近いのです。何故なら、あの札幌の路傍の人の言葉を借りれば「その時、主イエスとあなたは御縁をもたせて頂ける」からであります。そこで初めて、私たちには、主イエスの十字架の救いが、神の力が必要となるからであります。

 使徒ペトロは言いました。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます」(2:38)。「悔い改め」とは「反省」とは違います。反省は、何か間違いをした時、自分の力で修正しこの次は失敗しないようにしようという、なお自分の力に頼る生き方です。しかし悔い改めは、もうそういう自分の力に頼ることを止める。自分はどのような努力精進によっても、他者に対して隣人になることが出来ない、愛の劣等生であることをよく知り、それが故に、神の方を振り返る生き方であります。

 人は自分の力ではどうすることも出来ない自らの罪を知った時、初めて神と出会うのです。キリストと出会うのです。そこにご縁が生まれるのです。だから説教は厳しいのです。厳しくない説教は、甘えの説教は、人間を安易な自己肯定の中に導き、キリストなしの安価な救いをもたらし、益々人間を傲慢にさせるのであります。

 洗礼を受け、イエス・キリストの十字架による罪の赦しを得る時、私たちは真の慰めを得ます。真の救いの甘さを経験します。厳しさこそ、真の甘さを生み出すのです。「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった」(2:41)。3000人もの人が一度の説教で洗礼を受けたのです。真の説教とはこのような力を持つ。2000年前もそうです。そして明治期のあの冬の札幌の路傍伝道においては、10日間の声を嗄らした説教の末に、ただ一人の悔い改める者を見いだす。同じ説教の力であります。人数の大小は関係ありません。等しく真の説教とは洗礼を受けるものを呼び起こす力を持っている。

 教会はいつの時代もこのような力ある説教を語る者を求めるのではないでしょうか。説教者は自分がこのような説教者でありたいと思って努力します。説教を語る度に洗礼を受ける者が現れるような力ある礼拝を作ることが出来たらと夢見ます。しかしそれもまた、自分の力ですることではありません。

 私たちは何度もここで聞いてきました。聖霊は舌であり、言葉である。聖霊こそ説教を生み出すものだというとを。そして、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」(コリント一12:3)とは告白出来ないことを。全ては聖霊の力なのです。もしこの聖霊の力なしに、説教の度に、3000人の受洗者が出てご覧なさい。それはもはや教会ではなくなると思う。そういうものをカルトと呼ぶのです。おそらく甘い言葉によって、教祖の魅力によって、神秘的経験を呼び起こす力によって、人々を引きつけるのでしょう。その時、説教者は神のようになることでしょう。自分自身の力に酔うと思う。カルトについて学んでいますと、教祖になる人間も最初はこわごわと布教しているところがある。ところが思いがけず多くの信者が自分の前で跪き平伏するようになって、その気になる、というところがあるらしい。そこにカルト教団が生まれる。そしてそのカルトの中で恐ろしい人権侵害が起こるようになるでありましょう。人間の力に酔う世界というのは、より能力の高い者が、より成果を出す者が、人を見下ろすようになるからであります。あの『塩狩峠』のかつての信夫がそうであったように。そこに教祖を頂点とした恐るべき差別的階級社会が出現するでありましょう。そして、自分たちに平伏し屈服しない外部に対して、カルトは苛立ち憎み攻撃を仕掛けてくることでしょう。自分の力が多数を救えると思った時、その優越感の中で、人は限りなき傲慢に陥るからであります。それは一度に数千人の受洗者を得た初代教会が、そこでなおうるわしき愛と平等の共同体を形成する姿と対照的であります。
 「信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし…皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、…一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた」(2:44~47)。

 たとえ3000人が一度に洗礼を受けても、それは使徒の力ではありません。聖霊の力によると使徒言行録は訴えて止まない。この厳しい説教を語ったペトロ自身が、まさに主を見殺しにした張本人なのです。「あなたがたが十字架につけて殺したイエス」(2:36)、この「あなた」には、自分が含まれていることを、どんなに恥ずかし思いでペトロは語っていることでしょうか。自分が偉いのではないのです。自分は人前に立つ資格もない存在なのです。ただ主イエスの十字架の赦しの故に、聖霊様のお力の故に、語ることが可能となっただけです。自分の説教でどんなに受洗者が現れても、ペトロは自分を誇る気にはいささかもならなかったと思う。自分のような駄目人間でもイエス様のために働くことが出来る、自分の説教によって回心する人を見て、本当に「不思議」(2:43)だったと思う。彼は最後まで教祖になることはありませんでした。謙遜に生きたのです(使徒言行録14:13~18参照)。

 無力な者を用いる主イエスを、聖霊様を、彼は讃美するばかりでした。こうして教会は一度に3000人の仲間を増やした時すら、傲慢になることなく、カルトになることなく、歩むことが出来た。そしてあの冬の札幌の伝道者が、10日間、声を嗄らした路傍伝道に耐え、なおもう一声説教をする力があたえられたのも、この空しいと思われる伝道も聖霊様が必ず用いて下さることを信じていたからに違いない。かくして教会は「折が良くても悪くても」(テモテ二4:2)御言葉を宣べ伝えることが出来る。「貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています」(フィリピ4:12)。私たちの教会とは、何と幸いな交わりでありましょう。

祈りましょう。 主よ、目に見える成果、大きければ自惚れ、人を見下し、目に見える成長、乏しければ、劣等感にさいなまされ意欲をなくす私たちの罪を悔い改めさせて下さい。


・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988



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