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2003年12月14日 「飼い葉桶と十字架」

2003年12月14日 「飼い葉桶と十字架」

  (マルコによる福音書 15:33~41)

 今から約1年8ヶ月前(2002年4月7日・復活節第2主日)、1章1節から読み始めましたマルコ福音書が、本日、15章33節以下を読むにまで至りました。そこには主イエスの御受難が書いてあります。主イエスが十字架の上で死なれる御言葉が記されています。ところが、教会暦は、アドヴェント第3主日であり、私たちは次週の主日、クリスマス礼拝を祝おうとしております。御子の命の誕生を祝うこの季節に、御子の死の物語を読むことになってしまいました。これだから連続講解説教は困るということもかもしれません。しかしこの「週報」の色が今朝も表現していますように、アドヴェントとレントの典礼色は同じく「紫」であります。普通、赤ちゃんの誕生は明るく喜ばしい出来事です。そして死は暗く悲しい事件であります。しかしその私たちの気持ちをそのままに、クリスマスは楽しげに歌い、受難週には涙を流すとするのは、誤りである。そう私の恩師は教えて下さいました。主イエスキリストにとって、ベツレヘムの飼い葉桶と十字架とは全く同じものだ、と。そして恩師は『飼い葉桶と十字架』という題の説教集を残されました。私はその本を目の前に開いて、昨晩、この説教の備えをしたのです。御子イエスがお生まれになった馬小屋の飼い葉桶とは、クリスマス・ページェントで美しく演出されるようなロマンチックな場所ではありません。誰もがそんなところに宿りたくない、そんなところでお産をしたくないという場所、最も不潔な馬小屋の飼い葉桶の中に神の子は生まれました。どうしてか。「客間には彼らのいる余地がなかったから」(ルカ2:7)であると福音書は書いたのです。宿屋はどこも満員で御子を宿す余地(ゆとり)はない。それは人の心がこの世の気遣いや欲望でいっぱいで、御子を、神の言葉を入れる「余地」がないことを言い表しています。そして、それから30年後も、人の心は一続きのようであって、もう一度「あなたのいる余地はこの地上には存在しない」と言われ、御子は十字架につけられ殺されるのです。飼い葉桶と十字架は確かに一つのことでありました。両者に現れているのは、人の心の頑なさであります。御子を絶対に、自分の客間にお通ししない、固い壁のような罪の心であります。その心を聖霊に打ち砕いて頂いて、悔い改めて、クリスマスの夜生まれる御子を私たちの魂の客間にお迎えする備えをすることが、今日のアドヴェント第3主日の礼拝の役割であります。

 十字架の主イエスは午後3時に大声を叫ばれました。それまで裁判の時から今までずっと沈黙を通してこられた主が、大声を上げられたのです。男弟子たちはもうとうに逃げてしまって、ゴルゴタの丘には影も形もありません。男弟子たちの心もまた恐れと不信仰でいっぱいで、御子イエスを入れる余地はなかったのです。しかし、40節以下、ガリラヤで伝道旅行をしている時からイエス様のお世話をしてきた大勢の女性たちは、この丘まで従ってきて、主イエスの処刑を見守っていたのです。その時、彼女たちが聴いて、その言葉をそのまま報告したのです。忘れられなかったと思う。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」(15:34)。そしてそのイエス様たちの母国語・アラム語は、翻訳される前に、教会で完全に定着してしまったようです。教会はその後、ギリシャ語の世界に広がっていきましたが、実際、この新約聖書もみなギリシャ語で書かれているのですが、しかし、この言葉は翻訳されずに、アッバやアーメンと共に、イエス様の発音の通りそのまま伝えられました。それが「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」という言葉でした。これがマルコにおいて、主イエスが十字架の上で発せられる唯一の言葉であります。訳せば「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てなったのですか」という詩篇22編の言葉であります。どうして主は末期にこんな否定的な言葉を叫ばれたのでしょうか。

 よく葬儀の最後に、遺族の挨拶がある。父は病気で苦しんだが、最期は安らかでした、と言われる。それは救いです。もし、家族の者が、臨終の床で、主イエスのように叫んで死んだら、それは私たちの胸を引き裂くでありましょう。主はここで、後の迫害を受けて処刑される信仰者が出来たように、麗しい讃美歌を歌って殉教の死を遂げたのではありません。神様を褒め称えたる祈りを捧げられたのでもありません。悲痛な絶望的な大声を上げられたのです。神の子ともあろうお方が、もう少し「ゆとり」をもった死に方がなされなかったかと思わないわけではありません。このような否定的な言葉をもって終える殉教の死は理想的ではないと、考えた後の人たちは、ここをこう解釈しました。詩篇22編を主はもっと長く引用されたかったのだ。そうすれば、今日も読みましたが、やがては神様を深く信頼する肯定的な言葉になるのです。主はそこまで唱いたかったのだが、途中で力尽きられて、最初の神への問いで終わってしまったのだ。それは主の本意ではない。そういう理解です。しかしそれなら、何故、主は最初から神様を信頼して唱ういくらでもある詩篇を選ばれなかったのだろう、という疑問が起きるです。主は150編全部を暗記されていたと思います。そうではなくて、やはり主はここで、ご自分が「神様に見捨てられたのだ」、そういう経験をなさっているのだ。ただ詩篇を引用しただけではなくて、ご自身の気持ちを、そのまま詩篇22編に託して叫ばれたのだ、それがマルコが書きたかったことだと思う。
 
 御子イエスはまさにゆとりなき絶望の言葉を発せられた。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」これで死ぬけれども、魂は天国に昇るのだとも言っておられない。実際、私たちが毎週この礼拝で告白している使徒信条の信仰では、この死の後、主イエスは天国に昇るのではなありません。陰府に下るのです。十字架よりもっと深く下るのです。その意味で、もう一度、この主の御受難とクリスマスとの関わりを言えば、御子がこの私たちの地に「降臨」されることは、文字通り、天国から降りて来られるということです。御子イエスの故郷は天であります。その輝ける場から、御子は降って来られる。それをある神学者は、身投げのようなものだ、と表現しています。それは死のジャンプであった。そうであれば、クリスマス自体が、既に御子の受難の始まりだったのです。その低きへ向かう御子の歩みは、十字架にまで降られ、さらに陰府にまで降られる。この意味でも「飼い葉桶と十字架」は、御子のどこまでも低みに降っていかれる同じ一連の運動なのであります。

 どうして御子はこんな動きをなさったのか。私たちの罪を担って下さるためです。私たちを罪から救うためです。罪とは余地なき心です。神の言葉を入れるゆとりなき心であります。その中で、人は神を棄てる。神を見捨てた人間を、神は見捨てます。そのゆとりなき心には、神は入ることは出来ないからであります。神を閉め出し、それが故に神なしに生きる他はなくなるのです。神を棄て、神に見捨てられる罪人の死がどれほど恐ろしいものか、それを御子はここで経験されているのです。それは単なる死ではなりません。これは神の裁きとなる。神を入れる余地なしと言った人間の罪を全て主は担われました。だから主はその十字架の上で、まことにゆとりなき叫び声を上げられたのです。神なしの罪人の死がどれほど、ゆとりなき絶望に満ちているのか、それを主は全て負われたのです。御子を見捨てた弟子たちが、神に見捨てられなければならないところで、主は代わって、ここで、その裁きを一身に担って下さったのです。私たちを救うために。救い主としての業を果たされるために、主はこうして、クリスマスから十字架へと低きに降り続けられるのであります。

 そして主はその罪人が滅びる時の恐怖の中で、37、大声で叫ばれました。そして死なれたのです。その時、何が起こったのか。「すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」(15:38)という出来事が起こったのです。

 かつてエルサレムにありました大神殿は、まさに「ゆとり」なき、「余地」なき構造でした。上方に「祭司の庭」があり、ここは祭司以外誰も入れないのです。そしてさらに上っていくと聖所に出る。ここで祭司たちは祭儀を司どるわけですが、まだもう一つ奥がある。そこが至聖所と言われているいわゆる本殿です。この至聖所は窓が一つもない密閉空間でした。誰も覗くことも出来ない。ここに入れるのは世界でただ一人だけ。大祭司のみであります。「神殿の垂れ幕」とは、この聖所と至聖所を隔てる布のことでした。大祭司だけがこの布をくぐり、神様との交わりをなせるただ一人の義なる人間であったのです。人間は大きな罪をもつが故に至聖所にはその罪人を入れる「余地」はないと理解された。

 しかし主イエスが十字架について下さ時、その隔ての布が切り裂かれるのです。その時、至聖所は大きくゆとりを回復して、全ての者が招かれるような広さを持つ。そして、誰もがこの神様のおられる至聖所に宿ることが出来るようになる。それが主の十字架において起こったことです。そのために、御子は客間に入る余地なく飼い葉桶に生まれ、そして十字架でゆとりなき叫び声を上げられて死なれたのです。神を魂から排除し、それが故に、神の至聖所から排除された私たちを、再び、至聖所へと招くために。つまり罪の赦しのために、主は私たちの罪の贖いのために、神なしに死なれました。

 この処刑を見張っていたローマ人の百人隊長は、その主イエスの死を見て、そしてそれが、神殿の幕を切り裂く業であったことを知ったとき、こう言いました。「本当に、この人は神の子だった」(15:39)。私たちが1年8ヶ月前、ここで読み始めた時、マルコ福音書の冒頭にこうありました。 「 神の子イエス・キリストの福音の初め」(1:1)。これは福音書を書く決意をもって、筆をもった、マルコの信仰告白です。「イエスは神の子である」、それが福音なのだ、そう言ってマルコは福音書を書き始める。そして、ついにこの十字架の場面に至って、「本当に、この人は神の子だった」との言葉を記したのです。ここまで書き続けるのは、マルコにとって、それは旅をしているような歩みであったと思います。しかしマルコは、この百人隊長の言葉「本当に、この人は神の子だった」と書いた時、ついに、自分の旅の目的は達成されたと思ったと思う。本当にこの人は神の子だったということを言い表すために、マルコは、この福音書を書いたからです。

 イスラエルの全ての者が、神の子、キリストとは、豪華絢爛な王宮に生まれられ、全ての者から注目され、上に昇っていく者だと期待していました。そしてその軍事力をもって、ローマ帝国を駆逐し、高き王座に座する王であると信じ待っていました。上に昇る王、力の王であります。しかしイエスは、飼い葉桶に生まれられ、十字架で死なれました。下へ向かう王であります。しかしその人が神の子であられるのだ。それなしに、私たちは例え、一人の王が立ち、ローマ帝国を追い払っても、そしてローマ帝国を滅ぼしたとしても、救われない、そうマルコは知った。主イエスの言われる救いはそういうことではなかったのだ。神に捨てられないことこそ、私たちの唯一の救いなのだから。死に際しても、平安と信頼の内に神を称える讃美を歌うことが出来る。それは神が私たちを見捨てず、天の至聖所を広く大きく開いて迎え入れて下さるからであります。大帝国をここに築いたとしても、神に見捨てられたままであったら、救いはないのだ。神に見捨てられない。神の至聖所に宿ることを許される喜び、それを私たちに与えるために、イエスは「私は神に見捨てられた」と十字架で叫ばれたのです。しかしその代理的苦難によって、私たちは救われたのです。ここに聖なる交換が起こった。

 私たちは次週、飼い葉桶に眠る幼子、本当に貧しい低い所に来た、小さな幼子、そのお方こそ神の子なのだ、「本当に、この人は神の子だった」、そのことを大声で告白する素晴らしいクリスマス礼拝を祝いましょう。


 祈りましょう。  十字架によって、私たちの罪に打ち勝たれた主イエスキリストの父なる神様。その恵みが私たちに与えられたことに感謝します。御子を客間から排除した私たちが、しかしその御子の命の犠牲の故に、至聖所に宿ることを許された恵みを喜ぶクリスマスを私たちに与えて下さい。




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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