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2002年10月27日 「もう泣くな、と主は言われる」

2002年10月27日 「もう泣くな、と主は言われる」

  (マルコによる福音書 5:21~43)

 今朝朗読頂きました、マルコ福音書の御言葉は、いささか長かったかと思います。何故長くなったのか。それはお分かりになられたように、二つの物語が組み合わされているからです。一つはイエスの服に触れる出血の止まらない女の物語があります。そしてこの物語をもう一つの物語が、つまり会堂長ヤイロの物語がサンドイッチのように挟み込んでいるのです。

 会堂長ヤイロは、主イエスの足下にひれ伏し、娘が死にそうです。どうか命を助けてください、と願い出ました。その姿一つとっても、ヤイロがどんなに娘を愛していたかが分かると思う。主イエスは既に会堂おかかえの律法学者たちとの対立が始まっていたからです。そのイエスに会堂責任者であるヤイロが跪いてお願いしたら、彼は学者たちから批判されるのは当然であった。あの男も焼きが回ったものだ、と。しかしヤイロは娘の命への愛おしさは、もうそんなことはどうでもよくなっていたのです。プライドもかなぐり捨てて、どうか後生ですから、主よ、私と来て下さい、と願い出ました。

 イエス様は直ぐヤイロの家に向かって歩き始めて下さった。ヤイロはどんなにほっとしたことでしょうか。「娘よ、待ってろよ、この父が、イエス様を連れて行くからな、速く、速く」と。そこまではよかった。しかし、そこで邪魔が入ったのであります。

 今、私は今朝のマルコ福音書は、いささか長かったと申しました。しかしその長さを、本当に長く感じたのは、この会堂長ヤイロだったと思う。ヤイロと一行の救いへの行進が、道半ばで止まってしまったのですから。

 私たちもまた、似た経験をするのではないでしょうか。祈りを聞いて下さったはずの主の足が、ある時、ふと止まってしまわれるように感じられる時がある。一時、主にあって、よくなったと思った病気がまた悪くなってくる。祈りが叶って急に深まった二人の愛が、ある日、もう動かない。どんなに押しても引いても。恥も外聞を捨てて神に迫っても。その時の失望の闇は深い。最初から思わせぶりな、光へ向かう行進など始まらなかった方がよかったと思うほどに。

 この時一行を止めてしまったのは、一人の病気の女でした。主は立ち止まって衣に触れた者を見つけようと見回している。やっと、一人の女が震えながら進み出てきた。そんなことをしている内に、時間はどんどんたっていく。「イエス様、私の方はどうなったのですか。」ヤイロは叫び出したかった。こうしている内にも、娘の命の灯火は消えていく。私が先だ。女が割り込みしたのだ!

 イエス様が女と話している内に、会堂長の家から使いの者が走ってきて言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう」(マルコ5・35)。会堂長は茫然自失した。彼は立ち尽くした。最近のテレビニュースで、最愛の家族を失った父が言ったように。「私の時は、あのときから止まったままです。」しかしその時、主イエスは再び道を進み始めるのです。「恐れることはない。ただ信じなさい」(36)と言って。今度は、逆に主の方が会堂長を引きずるようにして、家へ急がせたのかもしれない。まだ間に合う、と。

 子が死んで、何故、間に合うのか。ある牧師は申します。主のなさる奇跡とは、死なないで助かるという奇跡のみなならず、死んでも生かすという奇跡だからである、と。私たちが病気になった時、求める奇跡は、いつでも「死なないで助かる」という奇跡なのではないか。しかし主がここでなされようとしている奇跡とは「死んでも生きる」という奇跡なのであります。それは一切の可能性の喪失の中で、なお立ち現れてくる神の真の奇跡のことなのであります。

 「イエスはその話(使いの死の知らせ)をそばで聞いて」(36)と福音書は書きました。死の知らせを、私たちも会堂長のように聞く瞬間がある。私は牧師となって、何度そういう電話を受けたことでありましょう。それは本当に恐ろしい。しかしある人は書いています。ここで福音書は、死の知らせを「そばで聞いてくださる」お方がいる、と教えようとしているのだ、と。それは私たちは一人で、孤独で、死の知らせを聞かなくてすむということであります。主が一緒に死の知らせを受けとめて下さる。そして死の絶望と戦うために、私たちを立たせ、前進させて下さるのであります。

 「聞いて」とは、「聞き流して」とも訳すことが出来るそうです。主はその希望への行進を止めてしまう知らせを、聞き流してしまわれると言うのです。これは、湖で舟が突風に襲われた時、艫の方で枕して眠っておられる主の姿を思い出させます(マルコ4・38)。主は驚かれない。主は平安であられる。いつも主が冷静かと言われるとそうでもない。少し先に「人々の不信仰に驚かれた」(6・6)との記事があります。主は不信仰には驚愕される。しかし主は死の知らせには驚かれない。信じればいいではないか。信仰があれば、驚かなくてすむのだ。死や嵐に際しても。そう言われるのです。

 しかし死は不信仰な私たちから冷静さを奪い、次々に激しい感情を呼び覚まします。恐れの後に会堂長の家で起こったのは「泣きわめいて騒ぐ」(5・38)ことだった。主は「なぜ、泣き騒ぐのか」(39)と問われました。次は「笑い」(40)です。旧約聖書の族長の一人にイサクがいます。イサクとは「笑い」の意味です。どうしてそんな名がついたのか。それは御使いが妻サラのもとに来て、来年の今頃、あなたに男の子が生まれますと預言したところ、サラは、ひそかに笑いました。何故なら、サラは年老いて月のものが止まっていたからです。神はその時「なぜサラは笑ったのか」と問われました。同様に、甦りを告げる神の子に対するあざ笑いがありました。恐れと涙と笑い、死の前にうち倒された人間の乱れた感情がここにあります。しかし私たちは皆こうなるのではないでしょうか。その時、主は手を取って言って下さるでしょう。「タリタ・クム。少女よ、あなたに言う、起きなさい」(41)と。私たちはもう少女ではないかもしれない。しかし、今朝、主は私たち一人一人に言われる。一人一人を訪ねて言って下さる。「あなたに言う。タリタ・クム」と。

 この長い物語の終わりに、この少女が「12歳になっていた」(42)とマルコは記しました。どうして最後にその歳を明かしたのでしょう。この12ということは、25節で、一度出てきた数字です。女が病気だった期間もまた12年間でありました。マルコはこのような数字を二度、この物語で語ることによって、何を言い表そうとしていたのでしょうか。それはマルコが会堂長のこのような証しを聞いたことがあったからではないでしょうか。

 私は、途上で止まってしまわれた主を、いらいらしながら待ちました。どうしてこんなに私を待たせるのか、と恨みました。しかし今にして思います。本当に待ったのは誰か、ということを。それはこの12年間、出血の止まらなかった女性だったのではないか。私と娘が楽しく暮らした同じ歳月を、あの女性は苦しみ続けてきたのです。どちらが多く苦しんできたのでしょうか。どちらが長く待ったのでしょうか。会堂長である私は、本当に、隣人の苦しみが分からない存在であった。ただ自分の苦しみしか見えない人間だった。自分の苦しみの故に、世界も、また神でさえも、私中心に私優先に動かねばならないと思うようになっていた。自分ほど苦しんでいる人間はいないと思い込んだのです。それもまた高慢の罪でありました。人はその苦しみにおいて、罪を犯すのです。

 社会的地位の高い会堂長である私の悲劇に対しては、大勢が群となってついてきました。しかし主は群衆の中に隠れて見えない女性を、その秘かなる苦しみを必死で捜されたのです(5・31~32)。それを私は邪魔が入ったとしか感じられなかった。何と隣人の痛みに鈍感だったことか。主はこの出来事を通して、私の罪を、教えて下さったのだ。ただ娘を甦らせて下さっただけじゃない。この奇跡の出来事は、私の信仰者としての復活でもあったのです。


 祈りましょう。  自らの苦しみに酔って、隣人の悲しみが少しも見えなく私たちを憐れんでください。

  (表題「もう泣くな、と主は言われる」は、説教前に共に歌った讃美歌21-110から取られました。)




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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