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2002年 9月29日 「くじけてはならない」

2002年9月29日 「くじけてはならない」

  (マルコによる福音書 4:27 )

 夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。(マルコによる福音書 4・27)

 ある人は、ここに主イエスの「肉声を聞く」と申します。注解書を読んでいると、このテキストは本当は後の教会の神学であって、それをイエスが語ったことにしてここに納めたのだ、などと書いてあることがある。そうであれば、そこにイエスの肉声が聞こえないのは当然であると思います。 そこまで言わなくても、そもそもイエス様は、アラム語をお語りになられました。新約聖書はアラム語とは全く異なるギリシャ語で書かれているのです。ですからイエス様のお言葉を、どんなに正確に福音書が写し取ったとしても、全部一度、翻訳されたものです。それだけでも今、イエスの肉声は聞き取りにくくなっていると思う。にもかかわらず、ここでは
はっきり聞こえる。それが「夜昼、寝起きしているうちに…」という言葉に現れている、と言われるのであります。

 私たちは普通一日を「朝、昼、夜」という順序で表現します。ところが、主はここで「夜昼、寝起き」と、私たちの表現とは順序をひっくり返している。どうしてか。それはユダヤの人たちが、一日の始まりを日暮れからと定めてきたからです。私たち日本人は朝、日が昇ると一日が始まると考えます。一日は、労働から始まる。ところがユダヤでは、日が沈んで暗くなると一日が始まる。一日は、休息から始まる。だから「夜昼、寝起き」という順序となる。それが主イエスが大切に生きられたリズムでありました。

 この主の肉声を聞いた時、私はカール・バルトの言葉を思い出しました。鈴木正久牧師の名訳で引用しましょう。 「創世記2・3の安息日は、神の創造のわざの完成の日であるが、人間の歴史に対しては一番最初の発端の日である。人は自己のわざや働きによらずして、この祝いに参与することを命じられている。そこから彼の歴史は始まる。実に神の戒めのもとにある人間の歴史は、律法からでなくて福音から始まるのである。授けられた祝いからであって・負わされた課題からではなく、備えられた喜びからであって・労苦と労働からではなく、与えられた自由からであって・強いられた義務からではなく、休みからであって・行動からではなく、日曜日からであって・仕事日からではなく、人の日々の生活は開始される。制度としての安息日は、実にこのことを世に対し・人に対して証ししている。」(『キリスト教倫理Ⅰ』新教新書 92頁」)

 「夜昼、寝起き」とのイエス様の表現、それは昼に対する夜の、労働に対する安息の、週日に対する日曜日の圧倒的優位のことなのであります。

 本日「アーモンドの会」が開かれますが、その主題は「環境問題」です。改めて読みました宮田光雄先生の著書の中にも、バルト同様のことが言われ、さらにこう続けられるのです。安息の優位を知らずに「休みをとらない人間は、ひたすら最大の生産効率だけを追求し、人間の生命も自然環境も顧みず、それらを破壊し尽くして止まない」と。

 種の譬え、これは「神の国の譬え」です。神の国、それは社会の矛盾混乱が克服され、神と人間が和解して生きる楽園のことであろうかと思います。その理想社会建設のために人は働く。ところがなかなかその労働の果実を見ることが出来ないのです。社会は相変わらずである。一所懸命伝道する。しかし、神を信じる人は少しも増えない。どうしてなんだろう。そういう経験をしますと、人はまだ努力が足りないのだ。それこそ「昼夜分かたず」もっと頑張らねばと思うかもしれない。

 主はそう焦る私たちに対して、いや、逆に「夜昼、寝起き」のリズムを守って、先ず安息から一日を始めなさい。先ず安息日から一週間を始めなさい。安んじることの大切さを知らなければならない、と訴えられるのです。

 種を蒔くという労働は、休みとワンセットの業ではないでしょうか。言い換えれば、何か大きなものに種を委ねることを知らなければならない業なのではないでしょうか。種を蒔いても、直ぐ収穫を見ることは出来ません。昼、種を蒔いて、夜に、土をほじくり返して、種がどこまで成長したかを計ってはなりません。夜、周りを掘って肥料を浴びせかけることもしてはならない。そう焦っても結果は悪いでありましょう。夜は、何もしないで、ひたすらじっと待つのです。人は、休まなくてはいけない。労働に対する休みの優位、それが種蒔きという労働の特徴ではないかと思う。主はそれを、神の国の譬えとして取り上げておられるのです。

 当時、熱心党という過激派がありました。不正だらけのユダヤ社会の中で、どうしたら神の国建設が成るのかと考えました時に、手ぬるい業ではもう駄目だ。「昼夜」分かたず、革命を押し進めるのだ、と熱心の極みを生きた組織でした。それに真面目な主のお弟子たちも心引かれたのです。

 日曜日に休んで礼拝して、それで一体日本の何がよくなるんですか。礼拝なんかするプチブル的ゆとりがあったら、実際に権力と血を流して戦おうではないか。かつては赤軍、今はカルトであります。そこにあるのは、人間が頑張れば、神の国が来るという誤った終末論であります。昼を第一とし、月曜を最初の日とする思いであります。そうすれば、世界は変わる。そうなのか。本当にそうなのかということであります。

 人間に原罪がなければ、あるいはそうかもしれない。しかし時に歴史は語る。熱心な者たちが革命に成功して権力を奪取したとたん、革命前よりもっとひどい地獄が出現したのだと。

 種を蒔くとは、何よりも、神の言葉を蒔く、伝道の業を譬えております。しかし、そこでこそ、私たちはひどく焦り不安となるのではないでしょうか。伝道が世間から受け入れられないからです。私たちは「うけない」ことに敏感です。ジョークを言って、反応がないと、もうこわばって後が続かない。それと似て伝道や教会自体が時代遅れとなったのではないか。今は、もっと、ぱっとしたことじゃないとうけない時代なのだ、と。そうやって絶望してしまう。しかし主イエスはそういう私たちに、今朝、語りかけているのです。「諦めてはならない!くじけてはならい!」と。

 どうしてそんなことが出来るのか。主は言われました。「土はひとりでに実を結ばせるのであり」(4・28)と。「ひとりでに」。これは後にオートマティックという言葉になった原語が用いられています。主はここで、神の国が起こるためには、人間の努力精進より、はるかに決定的なことがある、と言っているのです。伝道は人間の業を超えて、神の御支配の中で起こる。その成長させて下さる神様に対する信頼を回復せよ、と訴えておられるのです。蒔かれた種は一時、死んだように見えても、実は強かな命を保持し、あなたたちが知らない経過を経て、知らない場所で、芽を出し花開くであろう。

 「種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない」(4・27)。

 だから地道な業をなし続けなさい。それを止めちゃ駄目だ。成長させて下さる神様がおられるではないか。だから、明日のことを思い悩まず、疑わずに今日も種を蒔き続けなさい。その力が、いつか思いがけない仕方で、人間を変え、世界を変えることを信じなさい。

 先般行われた大洲の旅で、偶然、旧街道で、かつて神学生だった時ここで説教奉仕をして下さった矢野敬太牧師(大洲教会出身)と会いました。先生は、西片町教会一行との思いもかけない再会を喜び、手紙と週報を送って下さいました。先生は今南予でも最も辺境に位置する城辺教会で、土地も建物もなく借家で礼拝しています。教会員が一名増えることも困難です。しかし先生は希望を失いません。

 その週報をそのまま読んで今朝の説教を終えたいと思う。

 「南予分区のある教会役員が、まだ教会に行き始めた頃、その教会の若者は自分だけであとは高齢者ばかりだったそうです。だから、このお爺さん、お婆さんを全員天国に送ったら、自分がこの教会を閉じるのだろうな、と本気で思っていました。けれども、その人が定年退職を過ぎた年齢になっても、やはりその教会は立ち続けている。自分よりも若い信徒も大勢いる。そういう教会なのだそうです。神様はそのとき、そのときに必要な人を与えて下さった、とその人は言われました。城辺教会も牧師が最年少の教会です。信仰の後継者の姿は、肉眼では今のところ見えません。けれども神様は必ず必要を満たしてくださいます。」

 そう明るく安心しきって記すのであります。先生もまた、「夜昼、寝起き」のリズム、神のリズムで生きているからに違いありません。


 祈りましょう。  雨が降ることを止めなければ、水が、いつの日か森の知られざる場所から泉となって湧き出すように、私たちもまた御言葉の種を雨のように蒔き続けることに倦み疲れない歩みをなしていくことが出来ますように。

(この後、皆で讃美歌21 五三三を喜びの中で歌った。「どんなときでも、苦しみにまけず、くじけてはならない…」と。)




・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988





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