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2002年 5月19日 「風の歌」

2002年5月19日 「風の歌」

  (使徒言行録 2:1~2)

 「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。」( 使徒言行録 2:1~2)

 復活されたイエス様がとうとう天にお帰りになられる時がやって来ました。お弟子たちはとても寂しかったと思う。頼りがいがあって、大好きだった、イエス様のお顔を、もう見ることが出来ません。それを思うと、何か気が抜けてしまって、もう僕は何もする気になれない。お話をする元気もない。歌も歌いたくない。顔も青ざめ、がっくりきてしまいました。それでいて、お弟子さんたちは結構仲も悪くて、直ぐ、喧嘩になったり、悪口を言い合ったり、ちっとも一つになれません。みんなの気持ちはばらばらでした。もうこんな僕たちは駄目だ。もうみんな一緒にいるのは止めて、それぞれの家に帰ろう。みんなお別れしよう。そう言う声すら聞こえてきました。

 しかしその時、誰ともなく言ったのです。イエス様が最後に言われた言葉を思い出そう。諦めてはならない。もうしばらく待っていなさい。わたしに代わって、あなた方のために、聖霊が降ります。それは神の霊、私自身の霊、あなたたちを力づける霊、その聖霊が降ってくるのを祈って待っていなさい、そうお約束くださたじゃないか。

 そこで、みんなはエルサレムの家の二階に集まって、もうそれしか出来ません、ただ、ひたすら祈っていました。丁度、イースターの日から50日目でした。突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえて、お弟子たちが座っていた家中に響き渡ったのです。その風のような音こそ、聖霊様が降ってきてくださった音でした。その聖霊の風を受けると、お弟子たちは皆急に元気になりました。怯えたように、青ざめた顔だったお弟子の顔に血が通って、ほっぺたが赤くなっています。その暗かった目は明るくきらきら輝いてきました。そしてお弟子たちは礼拝を始めました。世界で最初のペンテコステ礼拝です。使徒ペトロが説教しました。

 「神は言われる、終わりの時に、わたしは霊をすべての人に注ぐ。」

 その瞬間、どうしたことでしょう。みんなの心が一つとなったのです。さっきまで悪口を言い合っていたのに、今は、どうでしょう。気持ちが通じ合ったのです。みんな、兄弟、姉妹だということが今度こそ、はっきり分かったのです。そして、皆は、手を握り合って、一緒に、讃美歌を大声で歌いました。誰かが、あいつらは、酒に酔っていると言われるほど、喜びに溢れて讃美歌を歌いました。さっきまで元気なかったお弟子たち。ばらばらだったお弟子たち。でも今は違います。聖霊様は降ってこられ、お弟子たちが一つとなって、一緒になって、神様を讃美する歌を歌えるようにしてくださったのです。

 今から、二年半前の遅い秋の朝早く、フランスからの大きな荷物が西片町教会に届きました。それは、ここにありますオルガンの部品でした。そのオルガンの部品を組み立てくれましたのは、フランス人のガルニエさんというオルガン・ビルダーです。その時は、この礼拝堂中に、広げられた部品の中にパイプもありました。その数は全部で507本。でも、まだ、そのパイプは全部ばらばらで机の上に並べられていました。細い細いお箸のように小さなパイプもあります。長くて太いパイプもあります。そのパイプ一本、一本がみんな笛なんです。その一本を手にとって、口に当ててみて、吹いてみると、それは間違いなく、オルガンの音がします。一本、一本、みな違う音がします。でもそれだけでは、パイプの笛は歌を歌うことは出来ません。ただ鳴るだけです。オルガンの笛は、一緒に一斉に、鳴らなければ、歌にはなりませんね。

 オルガンビルダー・ガルニエさんたちは、それから毎日、毎日働きました。そしてバラバラだった部品がだんだん、この前の場所に一つにまとまってきました。そしていつの間にか、あんなに沢山、礼拝堂全体に広げられ、出されていたパイプが、みんなこのオルガンの木の箱の中に納まってしまったんです。パイプが一緒にみんな肩を並べて入ってしまった。

 そして私は思いました。「これは私たちの教会の姿に似ている。これは、私たちが礼拝をしている姿に似ている。」

 今日は聖霊降臨日、ペンテコステのお祝いの日です。ここに今、小さな子どもがいます。大きな大人の男の人もいます。お婆さんもいます。いろいろな人がいます。でもその人たちが今、みんな別々の所にいたのに、今、集められて、一つになって、この木の礼拝堂の中に、みんな納まってしまった。その姿はこのオルガンに、とても似ている。どちらかが、真似したとしか思えないほどに。

 もう冬になっていました。その冬のある日、ガルニエさんは、私を呼んで、これから風を入れてみましようと、言いました。皆さんは、このオルガンはどうやって音を出しているか知っていますね。このオルガンの中には、ふいごという部分があります。電気モーターと繋がって、ふいごは風を作り出します。スイッチを入れると、モーターが回り出して、ふいごは風を送り始めました。そして、ガルニエさんが、ここに座って、鍵盤の上をなでるように、右から左へ、左から右に、指を動かし始めますと、一本、一本の笛から心地よい音が生まれ、それが合わさり、重なりあって、会堂に波のように広がっていきました。オルガンが初めて、音ではなくて、歌を生み出した瞬間でした。

 オルガンの部品を最初見た時、それは、ただの木材と金属の固まりでしかありませんでした。でも、それが組みたてられ一つとなって、風が吹き入れられた時、オルガンは、生き物(生命体)となったのです。私はその時、神様の創造の御業を思い出しました。先ほど、田頭校長先生に読んで頂きました。

 「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」(創世記2:7)

 私たち人の中にも、神様は息を、神様の風を吹き込んで下さいました。そうすると、人は生き物となった。そしてその生きている人たちが、寄り集まって、一つとなって、歌を一緒に歌うようになるのです。

 今井奈緒子先生がこのオルガンを今日も弾いてくださいました。そうすると、507本の笛が、一つとなってまことに美しい讃美歌を歌い始めます。

 私たちも同じ。聖霊の息が吹き込まれると、泥人形のような私たちが命持つ生命に変えられる。聖霊の力によって、ばらばらだった私たちが一つとなって、この礼拝堂に納まってしまう。聖霊の風吹き入れられ、その風によって、私たちは今、歌を歌うことが出来るようになる。命ある一つなる歌を。神様を讃美する礼拝の歌を。子どもも大人も一緒に、男も女も一緒に、みんな一緒に、讃美の歌を歌うことができるようになる。ペンテコステ、聖霊降臨とは、何て嬉しい出来事でしょう。


 祈りましょう。  父なる神様。御子イエスが約束してくださった通り、私たちに聖霊の風を送って下さり、本当ありがとうございます。その聖霊のお力によって、どうか私たちの教会が、いつも一つでいられますように。直ぐバラバラになっていきます。直ぐ、毀れていきます。どうかその度に、聖霊様、私たちを一つに戻してください。そしていつまでも、みんな一緒に讃美の歌を歌い続ける教会でありますように。

 この後、讃美歌21-171「かみさまのあいは」を喜びに溢れてて、皆で歌った。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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