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2002年 3月29日 「最も暗い場に」

2002年3月29日 「最も暗い場に」

  (マタイによる福音書 27:45)

 「昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。」(マタイによる福音書 27:45)

 主イエスが十字架につかれたのは真昼でありました。にもかかわらず、その時、太陽が光を失い暗闇が地を覆ったのです。主を十字架につけた人の心の闇の深さ、人の魂の暗黒があまりにも深いが故に、ついに日の光までも覆い尽くしてしまったと言ってよいと思う。

 この闇を作りだした者たちのひとむれは、ローマの兵士たち。彼らは職務上、ただ主を十字架につけただけではありません。その前に執拗なまでになぶり者にしたのです。彼らは、主イエスに何か恨みがあったのだろうか。何もなかったと思う。しかしこの無力な一人の囚人を見た時、彼らの心の中で密かに燻っていた、サディズムの炎が燃え上がったのです。復讐ということであれば、イエスが一時的ではあっても民衆から絶大な人気を得たスーパースターであったということかもしれない。そのスターが、今や落ちぶれてしまった。それをいたぶるのはスターに決してなれなかった自分のストレスを発散させる絶好の機会であったかもしれない。

 その罪は、弟子ペトロのように、弱さの故にイエスを棄てたというようなことではもはやありません。総督ピラトのように、治安維持の政治的判断で、仕方なく裁きを下したというレベルとも違う。しなくてもいいことをしている。恐ろしいほどエネルギーを使って侮辱の限りを尽くしたのです。イエスに王の表す色、紫のガウンを着せ、茨の王冠を被せ、王笏を模した棒を持たせ、その前に跪き「万歳、万歳」と叫ぶ。そして唾を吐きかけ、頭を叩きました。これはショーです。サディストのショーです。猫が捕らえた瀕死の小鳥を弄ぶように、無抵抗の人を大勢でいたぶる。肉体的にだけでなありません。もっと彼らにとって大切だったのは、精神的に追いつめるということであります。それは社会問題化している「いじめ」を思い出してもよいかもしれない。そうやって精神的に殺しておいてから、次に肉体的にも殺そうと言う、二重の殺人を犯すのです。

 その時、兵士たちは、どのような顔をしていたのでありましょうか。悲しそうな顔をしていたのでしょうか。そうではなかったと思う。嬉しそうな顔をしたいたのではないか。「人を殺す時嬉しそうな顔さえできる人間」が私たちの中に住んではいないかと、その心の暗黒が主を十字架につけたのだと、テネブラエ、今夕の闇の礼拝の中で、福音書は私たちに訴えているのであります。

 遠藤周作さんの初期の作品に『地なり』という短編小説があります。ある田舎の小学校校長が、PTAで講演をしてくれた遠藤と思われる作家に独白をするというスタイルで記されています。その作家が1923(T12)年生まれだと知ると、その年9月の東京の話が始まっていく。

 その時、私は麹町憲兵隊に詰めている兵隊でした。あれは地震がすんで三日目の夜だった。私は甘粕大尉に従って飯田橋から水道橋に向かう堀端を巡察しとりました。このあたりは市内でも最も火災が烈しかった所です。自警団の声が流れてきた。「毒物が―壕(ほり)に投げ込まれているそうですからご注意願います」。これが流言であることは、わしら兵卒でもわかっていることです。暫くすると、自警団の声がした方で笛の音が響いた。行ってみると闇の中に、自警団の男たちが立っていた。提灯にうつしだされた彼らの顔は酒にでも酔っているようにひどく真っ赤で眼だけギラギラ光っとった。「朝鮮人を一人捕まえたところです。毒物を壕に長そうとしていました。」捕まった男は殴られ血を流し既に泡を吹いていた。

 先生、私はその時の自警団の連中の顔を忘れられんかった。棒を持った者。日本刀を腰にさした男。顔中ギラギラ光って、眼だけは獣みたいに大きく開いている。誰かが一歩でも、足を踏み出す。すると倒れた中年の男は皆に踏み殺されたに違いない。私は目眩がしそうになった。この人たちも普段なら、わたし等と同じ平凡な人間ですね。愛想のいい八百屋。子煩悩な煙草屋。働き屋の職工、そうした市民の顔がこんなに凶暴に歪んでいる。ここまで変わることができる。先生、すると人間の顔というものはどちらが本当なんだね。…

 数日たったある日、日比谷公園で握り飯を食いながら復興風景を眺めていたら、一人の少年が「兵隊さん、握り飯おくれ」と物乞いをする。顔の真っ黒にすすけた眼だけ落ちくぼんだ子供だった。私はその時、握り飯を差し出そうとしたんです。ところが、思わず手を引っ込めてしまった。先生、私はなぜ、あの時あんな気分になったかわからん。別に握り飯が惜しかったのではない。ただわしが手を引っ込めた時、こちらを恨めしげに見上げた少年の大きな眼が私に不思議な楽しみを与えたのです。

 もう9月16日になっていました。「社会主義者を検束に行く」という命令を受けて、甘粕大尉に従って柏木にある大杉という人の家に出かけました。暫くすると、眼鏡をかけた紳士が洋装の女と、7~8歳ぐらいの男の子を連れてこちらにやってくる。二人に尋問している間、その子の頭をなでていました。あの頃は、男の子は丸坊主が普通でしたが、この子は女の子のように髪を伸ばしていた。柔らかな髪でとても可愛かった。彼らを予定通り捕らえ憲兵分隊に戻った。二人を別々に甘粕大尉が取り調べ中、ある二等兵が少年の相手をした。彼はこの子が国に残した甥に似ていると言い、とりわけ喜んで世話をしました。最初は童話を聞いて喜んでいた少年も、長い時間にだんだん不安になり、「叔母さんの所に行きたい」と泣き始める。夕暮れの光が少しずつ引いていき薄暗くなりました。不安になった私は、大杉が尋問されている取調室の前に行って聞き耳をたてた、その時、何かが落ちるような烈しい音がしたのであわてて扉から離れました。私はいやな気持ちがして庭に出ると、隊長室の窓に洋装の婦人がうす暗い部屋の中でぼんやり浮かんでいました。すると先ほどまで大杉を尋問していたはずの甘粕大尉が背後から近寄って、彼女の首を後ろから突然締め付けたのです。その時の大尉の横顔はまるで何かに酔っているような、痺れたような恍惚とした表情だったのです。私はその顔の意味が分かるような気がしました。私だって僅かだが、今朝、日比谷公園でこの感じを味わったのです。すると突然、子供の大きな泣き声が響いてきました。私が駆けつけた時は、大尉が「子供をよこせ」と叫んでいるところでした。あの二等兵が少年を抱きかかえて「分隊長殿、子供だけは許してやってください」と哀願している。しかし子供は奪い取られ、火のついたように泣きわめく声が聞こえたかと思うと、しばらくして急にその声は静かになりました。これで全て終わりです…。

 あの大正12年9月1日から16日の事件、わしがどうしても忘れられんことは、それは先生、人間が人間を殺そうとする時のあの顔だ。飯田橋の堀端の自警団のあの顔。大尉のあの顔。人を殺すとき、甘粕のように嬉しそうな顔さえすることができる。私は、子供たちを教育する仕事につくはついたが、あの思い出がある限り、自信がもてないんです。無邪気な学童たちと遊んでいる時も、この子たちもひょっとすると自警団の連中と同じ顔をするかもしれん。甘粕と同じ表情をするかもしれん。それをどんな立派な主義主張でも、教育でもどうにも変えられない宿命みたいな気がして…。

 大変長く引用致しました。そういう物語です。

 この「闇の礼拝」の最後に讃美歌311番「血潮したたる」をいつものように歌います。このパウルゲルハルトの受難のコラールをバッハは「マタイ受難曲」の中で5度用いました。先ほど朗読し、また、今夕のプログラムにも印刷されていますが、マタイ福音書27:27~30の御言葉との関わりで、初めてバッハは、この受難のコラールの「第一節」を用いました。何故か。それは明らかです。それは福音書に、27:29「茨で冠を編んで頭にのせ」とあり、さらに30「葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた」とあるからです。これは受難曲のドイツ語では、この御言葉の最後に「頭」がくるのです。「葦の棒で叩いた、御頭を。」そうエバンジェリストが歌い終わった瞬間、受難のコラールが「おお御頭よ」と悲痛に歌い始める。「おお御頭よ。血と傷にまみれた御頭よ。茨に刺されし御頭よ。」そう歌って原曲では、こうです。「おお御頭。いつもなら美しく、至上の誉れと飾りで彩られた御頭よ。」この原曲の通りです。遠藤の短編の少年の柔らかな美しい頭髪のように決して犯してはならないものがこの世にはある。主の御頭です。しかしそれを嬉しげに叩き、傷つけるのが私たちなのだとゲルハルトは歌うのです。最も柔らかなものを最も堅い棒で叩きたくなる心の暗部を誰もが隠し持っている。言わないだけです。誰にも言わないだけです。友達にも、妻にも、先生にも隠し続け、密かに一人夜の寝床で、後悔と恥ずかしさで胸締め付けられ、呻きにも似た声を上げる。その記憶が生涯自分を苦しめ続け、どんなに友達と騒いでも結局孤独でいる他はない。しかしその闇の部分でだけ、そこでだけ私たちは実は本当にイエスキリストに出会うことができるのではないか。何故なら、その底なしの闇の場にこそ、もう救いは微塵もないという場にこそ、光をもたらすために主は今、十字架につかれたからであります。

 だからバッハは、十字架に主がつけられました御言葉の直後、アリアにこう歌わせています。

 「ご覧なさい。イエスが御手を広げて、私たちを抱こうとするのを。来なさい!イエスの御腕に。救いを求め、憐れみを受けなさい。求めなさい。イエスの御腕に。」

 そう美しく歌われるのです。その十字架は、ただ悲惨な姿ではない。私たちの罪に敗北した姿ではない。その横木によって広げられた御腕は空しくはない。その御腕は、今私たちを抱こうとしている姿なのだ。この底なしの罪人である、私たちの罪がその主の胸に抱かれる時、贖われる。そこで、私たちも変わることができる。そこで私たちの闇の心にも、神の恩寵の光が射し込んでくる。死と暗黒の私たちの魂に、復活の命の光が、神の光がそこで少しずつ明るさを取り戻していく。

 だから自分に絶望する必要はない。神の光は私たちの闇よりも強い。


 祈りましょう。  主よ、憐れんで下さい。闇を抱え込んでいる私たちに光を与えて下さい。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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