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1999年 月 日 「強いられた恩寵」

1999年 「強いられた恩寵」

  説教者 山本裕司
  (ローマの信徒への手紙 16:12~13)

主のために苦労して働いているトリファイナとトリフォサによろしく。主のために非常に苦労した愛するペルシスによろしく。主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです。(ローマの信徒への手紙 16:12~13)

 ローマの信徒への手紙の連続講解説教を終える時が来ました。この二年間を振り返ってみますと、この重圧から逃れたいと思うことが何度もありました。難解な箇所に差し掛かりますと、いくら読んでも語るべき言葉が見い出せず、日曜日の朝がどんどん近付き焦燥に駆られたこともありました。正直苦しいと思いました。しかし、そのような御言葉を取り次ぐという務めを、足を引きずるようにしてだったかもしれませんが、何とかはたしていった時に、その都度その都度、苦しみを与えると思っていた、このローマの信徒への手紙が、私を返って支えている。そこで深い慰めと、説教者であることの光栄と喜びが与えられたことに気付いたのです。

 この手紙の終わりの挨拶の中に登場します、パウロが心にかけておりました信仰者とはいったいどういう人たちだったのでしょうか。それは苦労する人たちであります。「命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たち」(16:4)、「非常に苦労したマリア」(16:6)、「一緒に捕らわれの身となった…」(16:7)、「主のために苦労して働いているトリファイナ」(16:12)、「主のために非常に苦労した愛するペルシス」(16:12)。

 キリストを信じるが故に、教会に仕えるために、多くの苦労をしなければならなくなった人々の名が次々に呼ばれるのです。

 私たちは、こういう言葉を読みながら、この人たちはいったい何のために苦しんでいるのだろうと思うところがあります。教会とは苦労するために来る所なのか。信仰とは、心穏やかに生きるためではないのか、と言いたくなるかもしれない。

 私もまた、説教者としての苦労を担っています。しかし私は、この小さな苦労をすることによって、初めて主イエスの大きな御労苦が分かってきたような気がするのです。主イエスの御労苦が、私の救いのためであった、それがこの手紙に、取り組ませて頂くことによって、改めて理解することが許されたように思う。私のような怠け者が、もし説教者にでもならなかったら、聖書をこれほど読むことがあったであろうかと思うと、これは苦労でも何でもない、限りない恵みであった、そう告白せずにおれません。教会とは、いつの時も、どこにあっても、主にある苦労を皆でし続け場所であります。しかし、その苦労は決して損ではありません。

 「主に結ばれている選ばれた者ルフォス」(16:13)ともあります。この季節、週報が「紫色」になりまして、教会暦がレントに入ったことを表しています。このレントは、主の御受難と十字架の御苦しみを覚え、悔い改めをなしつつ過ごす四〇日間の季節です。この季節、ルフォスという名を読むことになったことは、神様の奇しき導きであっと思いました。マルコ福音書の受難物語の中にその名が出てくるからです。

 「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた」(15:21)。

 十字架の死を宣告された者は、自分の処刑される十字架を刑場まで運ぶことになっていました。主イエスもまた重い十字架を背負い、ゴルゴタの丘に登って行かれました時に、途中で力つきられました。そこで兵士が、過越の祭のために田舎から巡礼に来ていたシモンに十字架を代わって背負わせたのです。恐いもの見たさに刑罰を見学していたら「お前ちょっと来い」と、連れていかれ、囚人の血と汗で汚れた重い十字架を担がされてしまう。シモンは、「とんでもないことになった、何故、この男は、俺の前で倒れたのだ。それにしても、近くに沢山野次馬がいる中で、よりによって何故、兵隊は俺を選んだんだ」と、本当に悔しかったと思う。坂道を登りつつ、「お前の十字架だ、何故、最後まで十字架を運ばない。よくも俺に重荷を負わせやがったな!」、そう罵った時、ふと前をゆく囚人が振り向いたかもしれない。そして、シモンをじっと見つめたかも知れない。海のように深い眼差しで。それが、シモンと主イエスとの劇的な出会いでありました。そしてその瞬間から、シモンにとって真の巡礼が始まったのであります。

 暫く後、彼は、誕生したばかりの教会に通うようになりました。そこで使徒たちから教えられたのは、驚くべきことでした。実は、シモンがイエスの十字架を負ったのではなかった。話は全く逆であって、主こそ、シモンと全ての者の罪の十字架を代わって負って下さりゴルゴタに登られたという事実であります。それからというもの、シモンは、何度も何度も、その十字架の肩に重く食い込む重さを思い出したに違いない。そして、主イエスの激しい労苦を、人を救い、教会を生み出す労苦を、誰よりも具体的に感じ取ることができたのです。そして、自分だけが、あの主の担った十字架の丸太の重さを、実際に知っている世界で唯一の人間であることの「選ばれた」ことの大きな意味と光栄を知ったに違いありません。

 主イエスがどんなに重い人間の罪を一人で担って下さったか、その象徴である十字架の丸太がどんなに重いものであったか。シモンは、教会で繰り返し繰り返し、主のゴルゴタへの道行きを物語る、語部(説教者)になったに違いありません。

 もし、あのまま、ただ見学していただけだったら、そうシモンは想像したかもしれない。田舎に帰って、一人の死刑囚が息もたえだえに坂道を上がる姿を、おもしろおかしく語ったかもしれない。しかし、その計り知れない意味は何一つ生涯理解することはなかった思う。傍観者から引っぱり出されて、十字架を無理に担わされたところから、シモンとその一家の、深い、真の人生、信仰の巡礼の人生が始まったのであります。

 「強いられた恩寵」という言葉があります。かつて私たちは、なるべく当事者になりたくないと思っていたのではないでしょうか。キリスト者になると、こういう制限も受ける、こういう面倒も予想される。それより、ちょっと覗いて、いいとこだけ頂戴して、危なくなったらさっと身を引ける場所に身を置いておこう、そういう見学者でいたいと思っていたかもしれない。そういう私たちを、力尽くで、野次馬の群から「選び分かち」洗礼を授けるのが主イエスというお方であります。キリスト教の見学者くらいつまらない存在はないと、主は知っておられる。主イエスの後に従っていく歩み、それが重荷のように見え、どんなに掛け替えのない恵みの道を歩むことであるのか、ここにいる私たち全てがその証人であり、語部なのであります。

 そのシモンの信仰は息子に継承され、その一人ルフォスがローマの教会に仕える者になりました。その母(シモンの妻)は、パウロにとって自分の母同様の存在になりました。「主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです」(16:13)。そうパウロは、深い尊敬と愛情をもって、この神に選ばれた家族、自分と共に、神のための苦労を担う家族に、挨拶を送るのであります。

 「また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない」(マタイ10:38)。これは決して厳しい教えではありません。十字架を担う者こそが限りない恩寵を受けるからであります。「自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」(マタイ10:39)





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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