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1999年 月 日 「さあ、元気を出して」

1999年 「さあ、元気を出して」

  説教者 山本裕司
  (ルカによる福音書 5:12)

イエスがある町におられたとき、そこに、全身重い皮膚病にかかった人がいた。この人はイエスを見てひれ伏し、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と願った。(ルカによる福音書 5:12)

 どこの国でも、いつの時代にも、因果応報という考え方があります。何か大きな病気になる。不幸に遭う。それは、実は、偶然起こるのではなくて、必ず、原因がある。本人がかつて悪いことをしたため、今、そういう報いを受ける。いや、悪いことはした覚えがない。それなら、あなたが前世を生きている時、何か大きな罪を犯したためにそうなったのだろう。そういう原因をたずねる考え方であります。因果応報とは仏教用語ですが、しかしそれは聖書の中にも、同様の考え方があります。ここに「重い皮膚病」によって苦しんでいる人がいました。それはある悲しみが伴うと思います。同じ病気であっても、特に、表面の皮膚が冒され、見た目が損なわれるということは、私たちにとって、何か特別に悲惨な印象を与えると思います。そのため、そのような病気になった人は、旧約聖書の律法では、共同体から疎外されるのです。神様に罪を犯した結果そのようなことになったのだ。そう言われて、14「祭司に体を見せ…」とありますように、祭司が、病気の判断をしまして、それが基準に合致してしまうと、有無を言わせず「汚れた者」とされ、共同体の外に出なければならなくなるのです。

 そういう因果応報的な考え方が旧約聖書の律法には確かにありました。しかし、そこで聖書もまた、古代人の迷信に基づく誤った書物に過ぎないと直ぐ、決めつけないでいただきたいと思います。そんなことはないのです。先ず言わなくてはならないことは、罪を犯した者が直ぐ重い病気になると、いつも聖書が言っているわけではないのです。ルカ5・9で、ペトロは「私は罪深い者です」と告白していますが、ペトロは徹夜の漁ができるほど体は健康だったのです。そもそも、聖書は、私たち人間は皆罪人だと、旧約の最初から新約の終わりまで、一貫して訴え続けている書物です。ですから、もし病気が罪の因果によって起こされるのであれば、全人類が、重い皮膚病や中風のような、深刻な病にかかるはずなのですが、そういうことはなかったのであります。

 にもかかわらず、因果応報という考えが、どこの国にも、いつの時代にもあった、それは、私たち人類に何かしら身に覚えがあったからこそ起った考えであったのではないかとも私は思うことがあります。それは、自分の罪を知るということは、元気をなくすということであります。憂鬱になるのです。気持ちが晴れないのです。人と会って笑っても、目は笑っていない、そんな生活を送っていくと、それは、重い皮膚病にかかった時のように、暗い顔になるのではないでしょうか。あるいは、この後、5・17からは、中風を煩っている人の物語があります。中風というのは、今で言えば、脳溢血のような病気だったかもしれませんが、とにかく立てなくなってしまう。そういう病気です。私たちは罪を犯すと、それに似て、立つ気力が失せてしまうのではないでしょうか。現在では心と体は、とても密接に結びついているということが分かってきたのです。そう考えると、罪くらい「体に悪い」ことはない。それは徹夜より栄養不足より、もっと体に悪いのです。罪は人を病ませ、滅ぼす、その人間の普通の経験が、いつしか因果応報という行き過ぎた考えをすら生み出すに至ったのではないかと私は想像することがあります。

 若い頃、心酔した漱石の『こゝろ』をもう一度読みました。読んでいて気づきましたことは、この物語の舞台が、この西片の周辺だということです。昔の学生はよく歩く。「猿楽町から神保町へ、さらに小川町へ抜け万世橋を渡りて、明神の坂から本郷台にのぼる、それから菊坂を降りて、仕舞いに小石川の谷に下りる」などと書いてある。

 それはともかくとして、これはこういう物語です。「先生」と呼ばれる主人公がいる。ある青年が、「先生」と出会う。見ているとどうも「先生」は何故か、毎月決まった日になると、雑司ヶ谷に墓参りに独りで行くのです。妻を連れていくこともない。毎月独りだけで通うのです。何の先生かと思うと、帝大は出たけれども、特に職業はない。親の遺産で生きているだけです。相当な学問はあることは分かる。しかし、学者にもならない。ある時先生は、こう言った。「人間は誰でもいざという間際に悪人になる」。青年が、その「いざという間際」とはどんな場面ですか、と問う。それに対して、先生は、「金さ、君、金を見ると、どんな君子でも直ぐ悪人になるのさ。」と吐き捨てるように言うのです。先生は傷ついていた。学生の時、父が死に、その遺産は、父が大変信頼していた叔父に預けられていた。ところが、その叔父は実は、その財産を着服していたのです。そして、とがめる先生に対して、結局、あの手この手を使って先生に何分の一かの遺産しか渡さなかった。父の信頼を金のために裏切った叔父を先生は許すことができませんでした。金が欲しかったからではない。潔癖な先生は、その叔父の人間としての裏切りが許せなかったのです。

 しかし、その叔父の罪が先生に致命傷を与えたのではなかった。先生を本当に駄目にしてしまうのは、恋です。先生は、上野で青年に向かって言うのです。「恋は罪悪ですよ。解っていますか。」「恋は罪なり!」と。

 ある日、先生から分厚い封書が届く。あなたに私の過去を話そう。それは遺書でした。先生の学生時代の小石川の下宿は、未亡人が開いていました。その未亡人には一人の美しい娘がいました。最初に会ったその時から、先生はその娘に惹かれたのです。そこに下宿していたのは、先生の他にKという同郷の学生でした。二人は、子供の頃から親友と言ってもよい仲でした。Kはめっぽう優秀でしたが人付き合いが不器用な男でしたので、先生は安心していた。敵ではないと思っていたのです。ところが、ある日、下宿に帰ると、Kの部屋からお嬢さんの笑い声が聞こえる。どきっとする。またある時は、道でKと後ろについて歩くお嬢さんとばったり会ってしまう。嫉妬を抑えられなくて、Kに聞くと、真砂町で偶然会って、一緒に帰ってきただけだと言う。何か、自分の望みががたがたと崩れていくような気がする。その内に、Kの方でも何か考え込んでいるようなことが多くなってきた。

 ある時、帝大図書館で調べものをしていると、いつのまにかKが立っており散歩に誘う。二人は、竜岡町(たつおかちょう)から池之端へ出て、それから上野公園へとあてもなく歩くのです。ついにKは、自分は恋愛の淵に陥ったと告白する。苦しいと、自分はどうしたらいいのだと尋ねるのです。先生の「本心」については、その方面ではまことに鈍いKは何も気づいていない。先生は、言う。「Kの相手がお嬢さんでなければ、その渇ききった顔の上に、慈雨の如く励ましの言葉をかけてあげたろう。私にもそれくらいの同情心はあった。」しかし先生は、この時「いざという間際」を迎えたのです。あの叔父のように。君子でも悪人になると言った、そのいざという瞬間。Kは、最も手の内を証してはならない、敵に自分の要塞の地図を明け渡してしまった大将のようなものであった。その地図を開いて見ながら作戦を練る先生にとっては、赤子の手をひねるほど簡単だった。先生は最も卑怯な手段を用いて、Kにその恋を諦めさせたのです。

 そして、その直後、駆け込んで未亡人に「お嬢さんを下さい」と求める。かくしてKを出し抜いてしまう。

 Kは、そのことを知った二日後の真夜中、下宿で自殺しました。先生のエゴイズムの罪が親友を殺したのです。

 しばらくの後、先生はお嬢さんと結婚しました。そして先生は、最愛の妻にその真実をどうしても告げることができませんでした。純真な妻を傷つけたくなかったから。その結婚は不幸なものになりました。妻と顔を合わせていると、その側にKの幻影が見える。妻を見ると、Kを思い出さざるを得ない。自然、先生は妻を遠ざけるようになる。妻は理由が解らない。「私のことが嫌いになったのね」と訴える。その不安は彼女の結婚生活に常につきまとって拭われることがなかった。先生は、猛烈に勉強しました。しかし、空しい。酒を飲むようになった。義母にとがめられ、妻に泣かれた。酒を止めた。しかし、やはり、何もする気にならない。仕方がないから本を読む。しかし文章をまとめる気にはならない。虚無感に覆い包まれた人生だった。毎月、Kの眠る雑司ヶ谷に通うことだけが、先生の唯一の仕事となった。そして先生は言うのです。今、はっきり私は分かった。Kは、失恋で死んだのではない。Kは、私のように、誰一人信じることができず、たった一人で寂しくて仕方がなくなって死んだのではないか。そして今、私はぞっとしている。自分はKと同じ道を、歩いているのだ。そう言って、先生もまた、自殺するのです。

 漱石はこういうことを書きながら、何が言いたいのか。罪ほど恐ろしいものはない。エゴイズムほど恐ろしいものはない。罪は、人を殺し滅ぼす、Kも先生も、つまり恋の敗北者も勝利者も殺す。そして、美しかった下宿屋の娘の顔もついには真っ暗にして、殺す、そう言っているのです。

 先生はまるで重い皮膚病のように、暗い顔をしていたと思う。先生は、まるで中風の病人のように、何もできない男になってしまうのです。就職もできない。大変な学識なのに論文一つ書けない。元気がでないのです。叔父の罪なら仕方がない。自分だけは立派に生きていればいいのだと思った。しかし自分もまた叔父と同じだと知った時それにはもはや耐えることはできない。どんな人間もいざとなったら、自分のことしか考えないのだ、エゴイストなのだ、そう思うと、寂しくてたまらなくなったのです。人生は虚無だとしか思えない。そこで頑張って偉くなっても無意味なのです。罪とは人をそうさせるのです。一歩も進めなくさせるのであります。

 中風の男も、一歩も進めませんでした。立ち上がることができませんでした。しかし、その時、その友人たちがいたのです。ここに光が射す。ここから漱石の『こゝろ』と福音書の物語は異なる道を進み始める。何とか、この病人をもう一度立たせたい、元気にしたい、その愛に溢れる友人たちが周りにいた。しかもある人は言っています。この友人たちのもっていたことは、愛だけではない。愛以上のものだ。それは信仰だと書いています。確かに、5・20「イエスはその人たちの信仰を見て、…」と書いてあります。このイエスの所に、この病人を連れていけさえすれば、この男もまた起きあがれる。その確信です。キリストの力に対する強い信頼の思い、それを信仰と呼ぶのです。寝たきりの病人に、友人は言ったかもしれない。「おい、イエスの所に行こう」と。しかし、中風の者は、立ち上がる元気がない。絶望しているからです。「もう駄目だ、何をしても俺は駄目なんだ。俺を救う者はいない。」そう首を振るのです。その時、友人は「そんなことはない」そう叫んだかも知れない。この友人たちは誰か、それは、もしかしたら、教会を象徴しているのかもしれません。神を知らないまま、くずおれている人たちに、伝道して「とにかく教会に来てごらん、とにかく礼拝に行き、イエス様に会ってご覧」と呼びかけるのが教会の仕事であります。「ほっておいてくれ、俺なんか、もう死ぬのを待つだけだから」と首を振る中風の者に対して、友人たちは「それなら、俺たちがお前を連れていく。どうしても連れていく。いやでも、何でも連れていく。」そう叫んだのでしょう。そして病人を、床に乗せて、イエスのおられる家に連れていったら、人々で溢れている。玄関から入ることもできない。病人は「そうだろ、もう諦めてくれ、もう帰ろう。もうたくさんだ。」そう言ったかもしれない。しかし、友人たちは「駄目だ。お前を救うのだ。元気にするのだ。」そう言って、屋根に上った。そして瓦をはがして、人々の真ん中の主イエスの前に病人を床ごとつり降ろしたのです。友人たちは諦めなかった。どんな壁にも妨げられなかった。それは最初から諦めて動こうとしない、中風の男と鮮やかなコントラストをもって私たちに迫ってくる。それは、その男たちが積極的な性格だったからでしょうか。その友人たちには強靱な体力と気力があったからでしょうか。私はそうではないと思う。そうではなくて、何のやる気もない中風の男とその友人の違いはただ一つです。それは信仰があるか、ないかということだけだと思う。それは、友人の信仰が超人的に強かったなどと言うことでもないと思う。そうではなくて、それほど主イエスキリストが信頼をおける存在だったという一事であります。それほど、主イエスキリストは友人たちにとって、確かな存在だったのであります。主イエスの救いの強力さと確かさが、男たちにこれほどの困難をうち破って前に進む力を与えたのであります。偉いのは男たちではなくて、男たちにそれほどの確信を与えた、主イエスキリストの力であります。

 20「イエスはその人たちの信仰を見て、『人よ、あなたの罪は赦された』と言われた。」イエス様の前に出た時、この中風の男の罪は赦されました。病気が治ったのでありません。罪が赦されたのです。しかし、罪が赦された時、必然的にこの男は元気が出てきたのです。なぜなら、罪の重荷に押しつぶされて、寝たままになっていただけだったのですから。漱石の先生のように。しかし、罪が赦された時、25「その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を賛美しながら家に帰って行った。」

 先生は、未明にKの遺体を見た瞬間「ああ、しまった」と呻きます。「取り返しがつかないことをした」と。そして恐ろしさのあまり震えました。しかしその罪もまた取り返すことができる。自分ではあり得ないことだと思う。私たちもそうです。あの人、この人に、自分の最愛の妻に、最愛の子供に、取り返しのつかないことをしてきました。しかし、取り返せる!そう主は言って下さる。何故か。何故そんなあり得ないことが起こるのか。それは、あなたたちの「因果応報の報いを私が背負う」、そう主は言って下さるのです。使徒パウロは言いました。「罪の支払う報酬は死である」(ローマ6:23)。しかし「そのあなたの死の報いを、私が代わろう、私が、裁きを受けよう。」そう言われて、主は十字架について下さった。その時、私たちを縛り付けてきた因果応報の呪縛は全て取り払われたのです。

 だから、主イエスの十字架とは、実は、それまで全人類を縛り付け、何百年、何千年と私たちを捕らえてきた「因果応報」の終わりであります。十字架以後、因果応報は一切私たちの前から消え去りました。だから、これは驚くべき救いなのであります。26「人々は皆大変驚き、神を賛美し始めた。そして、恐れに打たれて、『今日、驚くべきことを見た』と言った。」私たちは罪の報いを受けない。罪を犯しても、赦されて、幸せになれる。皆、幸せになれる。私たちは救われるのです。どんな罪人も救われる。それを知った時、私たちの暗い顔は明るくなり、醜い顔は美しくなる。弱った足は強められ、力強く歩き始めることができる。この驚くべき御恵みに導き入れられたことに心より感謝しましょう。





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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