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1997年 月 日 「喜びの言葉を交わし ―交読詩編の話―」

1997年 「喜びの言葉を交わし ―交読詩編の話―」

  説教者 山本裕司
  (創世記 15:5)

 『讃美歌21』は、詩編を歌うことを重んじています。『21』は詩編の歌を、大項目の一つにまとめて60曲(50編)収録しています。今後、西片町教会が『21』を採用するとすれば、同時に、交読文も、54年版讃美歌に付随していた文語文交読文をやめて、讃美歌21に納められている新共同訳による交読詩編に切り替えることが自然ではないでしょうか。それらが実現すれば、それは言葉が現代的な分かりやすい言葉になったということも含めて、礼拝における「詩編の復権」とも呼ぶことのできる事態となると思います。

 古くから、詩編は礼拝との関わりの中で重んじられてきました。宗教改革者カルヴァンは、神様を讃美するには「神の言葉」そのものである詩編を歌うことがよいと考え、創作讃美歌は礼拝には好ましくないと排除しました。そして一五〇編の詩編をフランス語「韻文」に訳し直した「ジュネーブ詩編歌」(21―113番「いかに幸いな人」など)を完成させました。(カトリック教会や英国国教会のように散文の詩をチャント形式で歌うのは、音楽的訓練の乏しい会衆には困難。54年讃美歌のアングリカンチャント(讃詠)は49~563番に納められているが、これは古い明治版からそのまま引き継いだもの。その背景には、日本プロテスタント教会において、讃詠があまり用いられず、また問題にならなかったという実状がある。むしろ、カルヴァンが禁欲した創作讃美歌が重んじられ、聖書の教えと異なる異常な情緒性、自然賛美が自由に讃美歌の中に入り込むことを許すことになった。)

 勿論、私たちはカルヴァンほど禁欲的ではなく、自らの言葉をもって歌うことの素晴らしさを良く知っています。だからこそ、自分の歌が聖書から逸脱していないか、常に謙虚に御言葉に耳を傾けなければならないと思います。

 神の言葉詩編を母国語の歌にする手順は以下のようになります。元々ヒブル語原典の詩編は韻文でしたが、翻訳はどうしても散文になります。それを自国語で歌にする時は、チャント以外の方法では、自国語の韻文にしなければなりません。詩編84編を原詩とする21―140番「み神のすまいは」も詩が大幅に改変(パラフレーズ)されていますが、曲は近代のもので、韻文日本語歌詞と見事に調和しています。「み神のすまいは 何と素晴らしい」と満堂の礼拝堂で皆と歌う時「本当に素晴らしい!」と喜びで心が高鳴ります。

 詩編は言うまでもなく歌です。詩編84編の表題に「指揮者によって。ギティトに合わせて。コラの子の詩。賛歌」とあります。これらの標語の殆どは、詩編奏楽に関する、何らかの指示と思われます。「ギティト」を「ぶどう搾りの歌」と訳すこともあって、これはこの詩編を歌う際の元々のメロディーを表しているのかもしれません。他にもこれに類似した標題はあり、「ゆりに合わせて」(45編)、「暁の雌鹿の調べに合わせて」(22編)等、不思議な用語がありますが、これはこのような歌詞で始まる、当時よく知られた民族歌の旋律によって、その詩編歌を歌うことを指示したのかもしれないそうです。

 「コラの子の詩」、これは「レビ人のケハトの子孫とコラの子孫は立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、主を賛美した」(歴代志下20・19)とあり、神殿合唱隊の一つの名であることが分かります。詩編82、 83編「アサフ」も同様(歴代志上6・18)。これらの歌人組合の名を個々の詩編の書名として付けたのは、当初おそらく、それらの詩編がこのような合唱隊の伝承に由来するもので、礼拝の際に彼らが朗唱するように定められていたためかもしれません。

 また、この84編には記されていませんが、楽器名のも多く見られます。「角笛を吹いて神を賛美せよ。琴と竪琴を奏でて神を賛美せよ。太鼓に合わせて踊りながら神を賛美せよ。弦をかき鳴らし笛を吹いて神を賛美せよ。シンバルを鳴らし神を賛美せよ。シンバルを響かせて神を賛美せよ。」(詩編一五〇編)このように礼拝の楽器は、当時は非常に多様であり、これは、厳かなオルガンのみを用いる私たちの礼拝より、自由闊達な黒人教会の礼拝音楽を思い出した方が近いかもしれません。

 しかし、現在、これらの詩編が旧約聖書の時代、どのような旋律で歌われていたのかは全く分かりません。ユダヤ教の全ての歌は、二千年以上の間、楽譜なしに口伝えに歌いつがれてきたので、神殿が破壊され、ユダヤ人が離散してしまった後、その神殿音楽は音楽家の消滅と共に演奏される機会を一切失い消え去りました。メロディーは分かりませんが、詩編の構成、あるいは、詩文に付けられた応答唱(セラ)、反復句、投入句(「ハレルヤ」「アーメン」)等から、どのように歌われたかを推測することができます。それによると歌い方は様々であったようで、独唱したり、レビ人のような職業的合唱隊や会衆によって斉唱されたり、あるいは、一人対大勢、大勢対大勢というような形で、交互に歌い交わされたと思われます。それは独白と対照的に対話性、交わりが重んじられる形式であって、礼拝の主題である「交わり」と軌を一にします。いつの世も神様とも隣人とも罪によって分断されている私たち。その回復こそ礼拝であり、そこに対話が再開され、他のどこにもない深い絆の中で私たちは孤独の悲しみから解放されるのです。

 東京ドームに行ってご覧なさい。応援団のトランペットが吹き鳴らされた直後、一般観客が「かっとばせ○○!」とメガホンを振りながら応える。そのシュプレヒコールの轟きに選手が奮い立つ。種々雑多な見知らぬ人たちが、ドームの中で一つになり、燃え上がり、古くからの友人のように肩たたき合うのです。旧約の民における詩編の扱いは、まさにそれに似た、それ以上の連帯性、対話性の中に位置づけられてきました。先ず、一人または少数者の先唱奉仕者が歌い、会衆は、これに応えて繰り返しの答唱句を歌い、神の言葉に答える形式が取られることもありました。例えば詩編80編では「神よ、わたしたちを連れ帰り/御顔の光を輝かせ/わたしたちをお救いください」の言葉が繰り返されますが、この部分が会衆の受け持った答唱句だと言われています。

 また、交互唱が用いられていたことも明らかです。これは先唱者である合唱隊と会衆(あるいは合唱隊)とが交互に歌い交わす形式です。詩編の多くは、二行一組の詩文の形をとっており、一行目で述べられた思想を、二行目で継続したり、言い換えたり、パラフレーズ(敷衍)したりします。ですから一行目を先唱者が歌うと、二行目を会衆なり合唱隊が歌って応答する、という形が考えられわけで、それは現代に連なるシュプレヒコールの起源でありましょう。

 また、反復句、投入句も存在します。歌舞伎の合いの手のようなイメージかもしれません。「イヨ!」「待ってました!」。詩文が歌われている最中に会衆が声を上げるのが反復句です。詩編一三六編は各節の終わりで「慈しみはとこしえに!」というたたみかけが加えられます。おそらく各節の前半が、先唱者によって複雑な旋律で歌われたのに対して、反復句は会衆によって単純な節回しで唱えられたのだと推測されています。

 このような詩編の歌われ方の伝統が、プロテスタント教会の礼拝において詩編を「交読」する原因になったと言われているのです。新「交読詩編」は150編全部を用いることができるようになりました(54年版は33編のみ)。『讃美歌21』に納められた「歌う詩編」60曲と合わせて、全ての詩編を交読することが可能となれば、私たちの教会も「詩編による礼拝」の伝統を回復し、より豊かな礼拝をなすことができるようになると信じます。

 この新共同訳「交読詩編」が出版されたのは、1990年の春でした。その時、何故、新共同訳聖書と同文のものを、出版しなければならないのかとの問いがあったそうです。しかし、既に申しましたように、詩編は、何種類かの交唱の仕方が伝統的にあったということが考慮されなければなりません。もし司式者と会衆の交互に読まれる時、機械的に行ごとに読み交わすだけでは、詩編そのものの意味の流れが、交読によって断ち切られることがしばしば起こると思います。すると、本来、祭司の読む箇所と思われる箇所を会衆が唱えることになってしまったり、またその逆も起こります。また、原文の一行分が私たちの聖書では二行にわたるような所も少なくありません。それでは読みが混乱してしまいます。その点『交読詩編』は司式者と会衆のパートが熟考の末の正しい理解のもと分けられており、無用な混乱が少ないと思います。中には、会衆の読む部分がAとBに分かれており、右席と左席、男と女とで交読することが勧められているものもありますが、これも詩編の歌い方の伝統を受け継いでいるのです。

 詩編84編の交読詩編においては、司式者が「万軍の主よ」と呼びかけますと、それに会衆は「あなたのいますところは/どれほど愛されていることでしょう」と応える。それらがさらに交互に繰り返され段落の最後に「いかに幸いなことでしょう」と司式者が訴え、それに会衆がすかさず「あなたの家に住むことができるなら」と応答する。そこで司式者と会衆が声を合わせて「まして、あなたを賛美することができるなら」と締めくくって、礼拝に集う全ての人の心を強く高揚させて一段落目が終わるのです。私たちもこの詩編の良き言葉を交わす喜びの中で、礼拝と教会を、この詩編詩人同様に心から慕う信仰者になるのです。

(六月八日に開かれた婦人会例会における聖書研究を書き改めた)





・引用出典は、日本聖書協会『聖書 新共同訳』より 。

聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会  Executive Committee of The Common Bible Translation
           (c)日本聖書協会  Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988




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