ソウルチェイル教会発題 東北アジアでのキリスト者の役割 ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。 「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと 共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。 この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」(使徒言行録 18章9−10節) 国連本部ビルの庭に「刀を鋤に」というタイトルの彫刻があります。 これはイザヤの予言から引用したもので、1959年旧ソ連が寄贈した エフケニ・プチェヂッチの作品です。しかし、ヨエルがヨエル書4章 10節で受けた神の命令は「鋤を剣に、鎌を槍に打ち直せ。」という ものでした。これは弱者が強くなって強者と戦い、勝利しなさい という予言です。 東北アジアの現実 韓国・朝鮮は、歴史的に中国という強大国に隣接しながらも、 中国に編入されることはありませんでした。いま、同じように世界の 超強大国であるアメリカ、中国、ロシア、日本に取り囲まれながらも、 韓国は目を見張るほどの経済成長を成し遂げ、先進国へと一歩を踏み出し、 これに対して北朝鮮はひどい食糧難と電力不足の困難に遭遇しています。 各国は皆自国のための政策が最優先であり、対韓半島政策もこの範囲を 出るものではありません。アメリカは米・朝の緊張の枠内で自国の 利益を追求するであろうし、日・朝関係もまた拉致問題で足踏み状態です。 冷厳な国際秩序の中で北朝鮮が取りうる戦略を考えるならば、最近 出した北朝鮮の核保有宣言は弱者が強者と戦う一つの法方だと考えます。 南・北朝鮮の関係では、政府レベルで持続的な緊張緩和のための努力が ありましたが、対内外的に、友好的な勢力だけがあったわけでは ありません。南・北朝鮮間の緊張を利用して利益を求める保守言論や 周辺国の政治、軍事関係者があります。このような東北アジアの 現実に対して、西片町教会の発題と思いを同じくし、また、主題に 用いられた聖書の言葉のように、わたしたちが身をおいている 東北アジアの平和のために絶えず社会に対して発言していくことは、 とても適切なことだと思います。韓国やアジアの国々が憂慮していた 「新しい教科書」の採択率が低かったのも、日本国内の良心勢力や 市民団体の継続的な叫びがあったからではないでしょうか。 アメリカの役割 アメリカは、旧ソ連の崩壊後、超強大国として君臨しています。 イラク侵攻を例に挙げてみましょう。イラクには、調査の結果、 もはや大量殺傷武器はないことが判明したにもかかわらず、アメリカは イラクに侵攻しました。アメリカが望めば、核のあるなしに関係なく、 北朝鮮を攻撃するでしょう。幸いにも、今、アメリカはイラクに 縛られており、韓半島周辺国の戦争抑止力もあって、戦争よりは 可能な限り緊張関係の持続による現状維持を望むことでしょう。 今進行中の6者会談も、韓半島の平和のために、発展的な結果が 出されなければなりません。 アメリカは北朝鮮と平和協定を結び、国交を樹立し、食料や エネルギー支援などを通して北朝鮮の核を透明にさせ、世界市民の 一員として受け入れてやらなければなりません。また、アメリカは 南北間の緊張緩和のために進められている開城工業団地の推進や 南北朝鮮の鉄道連結、食料、肥料、電力供給の支援はしても、 これを妨害したり阻止したりはしないという意志を行動で 示さなければなりません。 報道によると、アメリカの有権者の中でしっかりした信仰を 持っている人ほどブッシュを支持しているといいます。ウイリアム ボイキンという米軍少将は軍人にした演説の中で“イスラム教徒は 偶像崇拝をしており、これは真の宗教ではない。神は特別にブッシュを この時代の大統領とされ、世界を救う使命を遂行させられた。我々は この時代にこのことを遂行するために召された神の軍隊である。” といいました。とくに、熱心なキリスト者であることを、人間らしさ、 市民らしさの保証書であるかのように宣伝するアメリカ根本主義 キリスト者の思考方式は、イスラムの宗教や文化、それに アイデンティティーを守るためには自殺爆弾テロ以外に法方はないと 考えるイスラム過激武装勢力の思考方式となんら変わりがありません。 極右が極左勢力を生み、極端主義的な考えが極端な行動を生み出します。 幸いにも、今、アメリカのキリスト教界にはこれに対する 反省が起こっており、ラズマリリュエートラという女性神学者は “アメリカはナチの過ちを繰り返している”という批判とともに “今アメリカに必要なものは帝国的妄想ではなく「懺悔」である。 富と権力を独占し他人の人生を荒廃化させてきた勢力が悔い改めて こそ真の平和がこの地に訪れる。”といいました。 この地にいる多くのキリスト者が神の名によって祈ってはいますが、 平和のためにではなく軍事主義拡散のために祈り、許しではなく復習を、 和解ではなく対決を祈ってきました。 日本の役割 日本は戦後、戦争被害への謝罪と賠償問題で周辺国家から絶えず 要求されており、最近の日本の右傾化は周辺国を不安にさせています。 賠償に関する問題も、日本は充分に賠償したと主張していますが、 被害当事国はこれを認めてはいません。北朝鮮が日本に対して間違いを 犯したならば、謝り賠償しなければならないのと同様に、日本は 周辺国家を強制的に占拠した当時、相手国に与えた精神的物質的 被害を認め、これに対する補償と賠償をしなければなりません。 日本の民間団体や教会が率先して、日・朝修好と北朝鮮に対する 経済支援などのために努力しなければなりません。 両国教会がなすべきこと 主は使徒パウロへ“この町には、わたしの民が大勢いる。” といわれました。わたしたちの周囲には戦争や報復、憎しみや 葛藤のみがあふれているかのようですが、隣人も多くいます。 義しい民もたくさんいるという確信をもって互いに連体し、絶えず 神の御言葉を、平和のメッセイジや愛のぬくもりを、わたしたちが 住んでいるアジアの諸民族と分かち合わなければなりません。 このことを、まず北朝鮮を助けることから始めるべきではない でしょうか。そのためにまず、この合同修養会における両教会の 思いをひとつにし、日本と韓国の全国紙に広告を出し、東北アジアの 平和をアッピールすることを提案します。 もうひとつ、日本の教会が韓国を訪れるとき一緒に北朝鮮訪問を する計画を立てることを提案します。金剛山でもよく、開城も可能 でしょうし、これから南・北朝鮮間の交流の幅が広がれば他の地域も 可能になるでしょう。 このたびの日韓教会の交流が、神の民を北朝鮮やアジア諸国へ 広く拡散させる業に協力する契機となることを願い、このことを 最も模範的に行う両教会になることを願いながら、わたしの 発題を終わります。 →開会礼拝説教 →西片町教会発題 →主日礼拝説教 |