日韓合同修養会開会礼拝説教 「わたしの民が大勢いるからだ」 2005.10.1 SAT 山本裕司 伝道者パウロはコリントに到着した時の気持ちをこう書いています。 「そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、 ひどく不安でした。」(コリント一2:3)パウロはこの直前アテネで 伝道していました。この哲学の都で彼は自らの知識、知性を振り絞る ようにして、渾身の説教、後世に「アレオパゴスの説教」と伝えられる 有名な説教をしたのです。にもかかわらず、事実としてはアテネで 一人として信仰へ導くことは出来なかったようです。パウロは 自信喪失しました。しかも失意落胆の旅の末に辿り着いたコリントは、 アテネとは対照的な商売人の町、享楽的な町でした。パウロは益々 不安に捕らわれていました。インテリで上品なアテネ人にさえ御言葉は 伝わらなかった。コリントではもっとひどい扱いを受けるのでは ないだろうか。恐れに取りつかれたとさえ言うのです。 神の言葉を宣べ伝えることは厳しいことです。その事実に生きる ことは戦いです。イエスこそ救い主であり、十字架につかれたけれども 復活されたお方であり、そのお方の他に神はいない。このメッセージを 排撃する者はいつの時代にも多いからであります。 かつて大日本帝国政府によって神社参拝が超宗教として位置づけられ、 全国民に強制された時代、1942(S17)年1月11日、日本基督教団 統理富田満牧師は、伊勢神宮に参拝し、日本基督教団創立の報告と、 今後の教団発展を「希願」しました。しかしその翌年、教団に組み 入れられたホーリネス教会の信仰者たちは、神社参拝を偶像礼拝と して拒否し、また再臨信仰を強調した時に、大弾圧を受けました。 朝鮮においても神社参拝が強制されましたが、これは朝鮮の キリスト者たちには耐え難いことでした。偶像礼拝そのものである 神社参拝を拒否する朝鮮キリスト者が多く現れました。 1938(S13)年のことです。当時はまだ日本基督教団の創立前であり、 日本基督教会大会総会議長であった富田満牧師は、平壌で、朝鮮の キリスト教指導者たちに卑劣な恫喝を用いて神社参拝を受け入れ させてしまいました。しかしそれに反対して、神社参拝強制に立ち 向かったために、朝鮮で廃止された教会は200、投獄されたキリスト者は 2000人、獄死者50名以上という迫害が起きたのです。しかし 日本基督教団主流派は、信仰告白に忠実であろうとして、神社参拝に 抵抗した朝鮮教会や旧ホーリネス教会を迷惑な存在に思いました。 それらと同じキリスト教であるという理由によって、自分たちが 日本国家から同一視され、弾圧されることを恐れたのです。そして 国家の価値観に身を寄せて生き抜こうとしました。そして同じ信仰を 告白し、御言葉に忠実であった教会と連帯することをしませんでした。 パウロもまた、コリントでの伝道の業に、深い不安と恐れを感じて いました。御言葉を宣べ伝えた時、自分はこの人間世界から見捨て られてしまうのではないだろうか、と。確かにユダヤ人たちは 「反抗し、口汚くののし」(使徒言行録18:6)りました。ところが、 一方、一家をあげて主を信じるようになった者が現れる。また 「コリントの多くの人々もパウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を 受けた」(18:8)です。 ある神学者は言います。伝道とは、それは海の上を船が進む時に、 船の舳先が、海を右と左に分けて進むようなものだ、と。船が 進む時に必ず、舳先は左右に、海を分けて進む。それは御言葉が 前進する時に、必ず、受け入れる者と受け入れない者に、人間は 分かれるとの例えなのです。言い換えるなら、拒絶する者の出現なしに 伝道が進むということはないのです。そして逆に伝道はどんなに 拒絶されても、必ず舳先が片方の波だけを生み出すことがあり得ない ように、受け入れる者をも生み出していく。 受け入れた時、この世では本当に生きにくくなってしまう御言葉を、 皇国史観に反する御言葉を、それが故に迫害を受ける御言葉を、 損を承知で受け入れる者が、それでも、何故現れるのか。その 理由は「わたしがあなたと共にいる」(18:10)からであります。 神が教会と共におられる。そしてこの使徒言行録を貫く、伝道の 進展は聖霊によるものです。聖霊が働かれた時、人はどんなに 損をしても、御言葉を告白せずにおれなくなるのです。だから 仲間は必ず与えられる。私たちは棄てられない。孤独にならない。 国家に迎合しなくても、デラシネ(故郷喪失者・根なし草)には ならない。この事実をどのような拒否の嵐の中でも、私たちは 信じなければならない! コリントの夜、主は幻の中でパウロにこう言われました。 「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共に いる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、 わたしの民が大勢いるからだ。」(18:9〜10) 「この町には、わたしの民が大勢いる。」この主イエスの 御言葉を信じる時、私たちは勇気を得ることが出来ます。私たちは 一人で戦うのではない。主は同じ信仰に生きる「わたしの民」を、 少しでもない「大勢」起こして下さるからであります。 あの戦争中もそうです。私たち日本基督教団主流派が真に連帯 しなければならなかったのは、決して国体(天皇中心の国家体制)や 皇国臣民(天皇に支配されている人民)ではありません。教会 (キリスト中心の体制)、神の民(キリストに支配されている民)と の交わりが大切だったのです。つまり神社参拝を拒否した朝鮮教会、 ホーリネスの人々。そこに私たちの心細さが払拭される「わたしの民」 が存在したのです。私たちはこの「わたしの民」(告白共同体)と 結びつかねばならなかったのです。 東京大学の姜尚中(カン・サンジュン)教授は「ナショナリズムを 超えて」という講演を語りました。そこで先生は、21世紀の平和の ためには「国境・国民、ナショナリズムによって左右されない人と 人の結びつきを強めていかなければならない」と言われています。 21世紀は、アジアにおいて、国を越えた人々の共に生きる社会を 作っていかねばならない。国に寄り添い、国の利益に乗っかり、国に 属することに自分の立場(アイデンティティ)を見出し、それが 故に異分子を拒否し、排外主義になるのではない。そうではなくて、 国を超えた人間の「共感」を作り出していかねばならない、そう 言って先生は続けます。「国民や国籍というものの囚人(めしゅうど) ではなくして、それとは違ったかたちで私たちは共に生きられる 空間がある得る。」 まさに今回の私たちの主題である「東北アジア」という国境を 越えた広がりの中で、「この町には、わたしの民が大勢いる」という 連帯に生きる時に、私たちは、国の言うがままに危険な道に引き ずられていくことなく、手を取り合うことが出来るのです。その 結びついた手と手が、戦争へのバリアーとなって、平和を造り 出していくことが出来るようになるのではないでしょうか。 姜先生は講演の中で、小林よしのりの漫画『戦争論』に言及 していますが、これが日本において若者たちを中心に歓迎され、 数十万部売れたと言われます。この漫画の帯はこうなっている。 「国家、国のために死ねますか。日本人やめますか。」中身は、 日本人が失ってしまった日本人としての「誇り」取り戻さねば ならないと言われ、あの侵略戦争が正義の戦争であったと美化しようと するものです。また最近日本では幾つもの好戦的な戦争映画が 作られまして、そこでも日本人のプライドが強調されているように 思えます。つまり姜先生は、今日本の中で、一度は封印されたはずの 「ナショナリズム」という魔物がもう一度封印を解かれて我々の前に 徘徊を始めている、そう指摘するのです。 そのような雰囲気の中で、御言葉がどんなに権力者たちによって、 それに寄り添う国家主義者たちによって反発されても、船の舳先が 必ず、もう片方の波を生み出していくように、味方は与えられられる。 御言葉のみを「共通言語・故郷の言葉」(使徒言行録2:6)とし、 天を「本国」(フィリピ3:20)とする者を、あの町にも、あの国にも、 神様が大勢造って下さる。後、私たちに残されていることは、神様が もう用意して下さっている、ナショナリズムと別の次元で結合連帯 出来る「友」を、発見すればいいのです。 「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。 …この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」(18:9〜10) 私たちは悩み苦しむ時、いつもこの主の言葉をもって励まし合い ましょう。西片町教会がこの日本の中で、少数者として苦しむ時に、 あの国・韓国には、あの町・ソウルには、主イエスの民が大勢いる。 そのことを思い出して、私たちの教会は勇気を奮い起こすので あります。そしてまたソウル第一教会の愛する兄弟姉妹から、私たち 西片町教会はそう言って頂くことが出来るように、あの東京には、 神の民が大勢いる、だから「恐れない」そう言って頂ける教会として、 いつも純な御言葉を宣べ伝えていきたい、そのように、私たちはこの 修養会を通じて改めて決意したい。主によって、そのようにして 頂けるように祈りましょう。 主イエスキリストの父なる神様。今ソウルの地から、国家、国境を 超えた、同胞をここに迎え、共に御言葉を分かち合い、東北アジアの 平和を祈り求める会を始めることを許して下さり、心より感謝します。 この3日間は短くとも、内容は限りなく豊かな交わりの時を与えて 下さい。そのために使徒言行録の時代に満ち溢れた聖霊を、私たち 一同に、今、注いで下さい。こうして、益々主にある民としての 連帯を強めていくことが出来ますように。 →西片町教会発題 →ソウルチェイル教会発題 →主日礼拝説教 |