2002年6月2日 「母なる神、父なる神」(マルコ1:41〜42)




イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、
「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、
その人は清くなった。(マルコ1・41〜42)

 「重い皮膚病」とは、ハンセン病を特定するわけではありません。
しかしどちらにしても、重い皮膚病にかかる。それは他の病気とは
異なる深刻な事態をもたらしました。皮膚が犯され見た目が
損なわれるということは、昔から「汚れた病」と判断されたのです。
そのためその病人はユダヤの律法によって、共同体から疎外されました。

 日本でもかつて「らい」と診断された多くの人々が、家を出され、
故郷を離れ、戸籍からすら自分の名を消すことを求められたのです。
血のつながり、故郷とのつながり、全てを失い、山や海辺に
独り出て行かなければならない。誰も見舞いに来てくれない。
母も、父も。その孤独感はいかばかりであったかと思う。
果てしない孤独、存在そのものが孤独となってしまうような
現実であったと思う。

 主イエスが僻地を旅している時でした。一切のつながりを喪失した
病人が、千載一遇のチャンスを逃すまいと、洞窟からでしょうか、
転がり出てきて願いました。1・40「御心ならば、わたしを清くする
ことがおできになります」。その時、主イエスは、
1・41「手を差し伸べてその人に触れた」と福音書は記すのです。

 あなたは、「らい」です。そう祭司に言われた瞬間、底が
抜け暗黒世界にどこまでも落ちていくような奇妙な感覚の後、
どうやって帰ったかも覚えていない、家に辿り着き、父母に
言ったかもしれない。「私はらいだって」と。その瞬間から、
誰も自分に手を差し伸べてくれない。感染を恐れられ、
汚れた者と呼ばれ、誰も触れてくれない。

 しかし、この時、病んで以来、初めて手を伸ばし、触れて
くださるお方が現れたのです。全てのつながりを喪失し、
闇と真空の宇宙空間を浮遊していた彼に初めて、命綱の
ような御手が伸ばされてくる。命あるものとつながる。
実際に肉体が癒されるか、癒されないか以上に、この人を
救ったのは、この主の手の温もりだったのではないかと思う。

 作家の遠藤周作さんは、何度も大きな病気をして入院したり
苦しい手術をした経験があります。その時の体験をこう書いています。
 不安の中で寝ている。夜中になると、風にのって獣の
吠えるような声が聞こえてくる。翌朝看護婦さんに尋ねると
「あの患者さんは、もうモルヒネも効かなくなって、
どうすることもできない」と答える。「じゃ、そういう時
どうするのか」と尋ねると「仕方がないので、その手を
握ってあげます。そうすると、少しずつ静かになっていくので、
交代でその患者さんの手を握ってあげるのです」と言います。

 遠藤さんは、そんな馬鹿なことがあるかと思ったそうです。
モルヒネを打っても痛みに耐えかねているような患者が、
手を握られただけで、静かになるわけがないと。

 それから数年後、今度は、遠藤さん自身が大きな手術を
受けねばならなくなった。手術後の痛みのため
「麻酔薬を打ってくれ」と叫んだ。しかしなかなか打ってはくれない。
そこで遠藤さんは書いています。「その時、やはり看護婦さんが
私の手をじっと握って、ベッドの横に座ってくれたのでした。
すると、あなたは信じられないかもしれないが、
痛みが少しずつ鎮まっていったのです。」

 私たちにも記憶があります。子どもの時、高い熱で
苦しんでいる時、いつも隣に母親がいてくれたことを。
そして額に手を当ててくれたこと、手を握ってくれていたこと、
共に苦しんでくれる、そういう人がいると、私たちは、
どんなに苦しくても、自分は独りじゃない、棄てられてはいない、
そう思えて、耐えることができるようになる。主は、重い皮膚病の
人に触れました。母が悲しみに泣き叫ぶ子に思わず手を伸ばすように。

 その際の御心を、福音書は「深く憐れんで」と書いています。
この言葉は数年前に岩波書店から出版されました新約聖書の
翻訳によりますと「イエスは、腸(はらわた)がちぎれる思いに
駆られて」となっています。その注解には、この原語は、「内臓」、
すなわち腸や肝臓・腎臓などを指す名詞に由来する、とあります。

 イエス様の胃腸はこの時、きりきり痛んだ、とその翻訳は
言っているのです。病人の苦しみが寂しさが、そのまま、
主の御心に流れて込んできたと言って良い。この時、既に、
癒しは始まっていた。何故なら、もう彼は独りではなかった
からであります。孤独でなくなっていたからであります。
病人は「母なるもの」を主の御手から受け取っているのです。
砂漠のようだった魂に母なるものの愛の雨が降り注ぎ、
潤っていく。川が流れる。

 今朝は「母」という言葉を意識して用いました。「母なるもの」を
強調して生きた遠藤さんの言葉もあえて引用しました。
それは、実は、この「深く憐れむ」という主のお心の中に、
母性が込められていることが、最近、主張されるように
なったからです。岩波版新約聖書の責任者・荒井献先生が
指摘します。実は、この「深く憐れむ」の訳「腸がちぎれる想い」と
決定した時、気づいていない事実があった。それは、
この腸の中には、学問的に「子宮」も含まれるということです。
その事実に出版をした当時気づかなかった。何故気づかなかったか。
翻訳委員会のメンバーが全員男性だったからだとはっきり申します。
この言葉は「子宮」に遡ることができる言葉である。

 「エフライムはわたしのかけがえのない息子/喜びを与えて
くれる子ではないか。彼を退けるたびに/わたしは更に、
彼を深く心に留める。彼のゆえに、胸は高鳴り/わたしは
彼を憐れまずにはいられないと/主は言われる。」(エレミヤ31・20)

 神の母性を強調するある旧約学者は、ここもこう訳します。
「私の子宮は彼のためにふるえ、まことに私は彼に対して
母親のような愛情を示す。」

 つまり、父なる神は子宮をもっておられる、と。

 「女性は子宮で感じる」と申します。それは、法とか理屈とか
理詰めの論理を越えて、もっと別のところでものを考える
高度な能力があるということです。子宮をもつ神のお心は、
主イエスの「御心」のことであります。マルコ1・40で、
病人は「御心ならば…」と言いました。その病人が
求めていた「御心」とは、息子の苦しみを見て子宮が震える、
子宮が痛む、母の愛なのであります。そのためなら掟も越える、
理性も越える。その母性的な愛、それしか、もう自分を
救う望みはない。がんじがらめに縛られ、抜け道を塞がれた
超管理社会の世で、もし自分に手を伸ばす者があるとしたら、
それは、子の痛みを子宮で感じ取ることの出来る
母の心しかないその期待に、その信仰に、主イエスはまさに、
子宮が痛む思いをもって、「御心だ。清くなれ!」と応え、
憐れんで下さったのであります。そこに救いへの突破口が
初めて開かれたのです。

 最後に付け加えます。この「深く憐れみ」という言葉の
箇所を「イエスは怒り、手を差し伸べ」と書いてある写本が
また別に存在します。そして、こちらの方が、元々の
オリジナルであったという学者も多いのです。誰に怒ったのか。
注解者は言う。それは、神の真の御心を知らず、
ただ自分たちの共同体の安定だけを考え、苦しむ者一人に、
一切の重荷を負わせる宗教的指導者、このユダヤ社会の
差別的構造自体に対する激しい怒りだったと。愛なき社会に
対する怒りをもって、その社会構造を打ち破るために、主は、
病人に触れた、との理解です。あるいは、
この1・43「厳しく注意して」(鼻息荒くして叱る、激怒する、の意)を、
この病人を叱ったのでは実はない、という解釈もある。
ある学者は、主イエスはここでも、一人の苦しむ者に一切福祉の
手を伸ばそうとしない、ユダヤ社会の指導者たちに対して
激怒していると説明します。

 そうであれば、この一方の写本に現れている主イエスとは
まことに男性的であります。鼻息荒く怒る、激怒する、その主の
顔は荒々しかった。弱い者を切り捨てて恥じないこの社会に
対する怒りが爆発している。それは「男らしいイエス」であります。

 そうであれば、神とは、母であろうか、父であろうか。福音書を
書いた人は、あるいはその写本を記した人たちは、どちらの
神の姿をもここから読みとっていたのではないでしょうか。それが、
このマルコ1・41を「子宮が痛む」と写した人と、「激怒して」と
した写本家の両方が生じた理由だと思う。どちらにしても、
弱い個人へ眼差しを注ぐ限りなき神の愛であります。その現れ方は、
母なる神のようであり、父なる神のようである。神はそのような
大きな存在である。どちらかに固定することは出来ない。

 優れた現在の讃美歌作詞者、ブライアン・レンは、
その讃美歌三六四「いのちと愛に満つ」において、神を
「母のごと」、「父のごと」と歌います。私たちはこの神によって、
真の母、真の父を得る。この方に触れていただける。私たちに、
もはや孤独はない。どのような孤独も拭われるであろう。何と感謝なことか。

祈りましょう。
 主イエスキリストの母なる、父なる御神。私たちを憐れんで下さり、
子宮がちぎれる想いとなられる母なる神。弱い者を虐げる社会に
対しては、激怒して下さる父なる神。そのようなあなたの愛を
いつも教えられていながら、私たちは隣人の悲しみに対する痛みも、
不正義に対する怒りもまことに貧しい者であることを懺悔いたします。